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 ENDLESS ROAD

せめて、その命だけは、守ってやりたい、と思っていた。
親友と敵対する、という運命から逃れられないというのなら。
運命の流れを変えるほどの力はないが、まだ幼いともいえる命を守ってやることなら、できるから。
いつか、この戦争も終わるときがくるから。
そうしたら、また、別の道を探しにいけるから。
せめて、そのチャンスを残してやりたい。
そう思っていたのに、そう誓っていたのに。

何人目の返り血を浴びたのか、わからない。
まったく、きりがない。
でも、あともう少しでケリがつくはずだった。
さきに行ったリュウたちが、ロックアス城上部に掲げられたハイランドの旗を燃やしさえすれば。
あと、少しだ。
モンスターとは違う、人間を切り捨てている、という感覚から逃れるまで。
そんなことを思った、瞬間だった。
微かに、でも確かに響く悲鳴。そして、罵声。
続いて起こる、剣となにかが、激しくぶつかり合う音。
尋常の戦闘ではないことは、戦いなれている自分にはすぐにわかる。
「……?」
急に襲ってくる、いやな予感に、フリックはとなりの相棒に目をやる。
「ばか、目ぇそらすな!」
相棒のほうは苛立った声を上げ、自分にむかってきた王国兵を斬り捨てた。
その一撃で、ひとまず目前の敵はいなくなる。
もっとも、近くから声がするので、またすぐに敵が現れるのは確かだったが。
ビクトールは、星辰剣についた血を振り落とすようにはらいながら(そうしないと星辰剣が怒るので)、フリックを睨み付ける。
「こんなとこで、ぼんやりするなよ」
かなりきつい口調だが、フリックを心配して、の言葉だ。
「ああ、わかってる、すまなかった」
素直に謝り、もう一度耳を澄ます。近づいてくる敵の足音にではなく、その中に混じって消えそうな、だけど確実にきこえる。上からの闘いの音に。
そのそぶりから、どこに耳を澄ましているのかわかったのだろう、ビクトールは眉を顰めて、もう一度、口を開きかかる。
あわてて、人差し指を立ててみせる。
黙って!
いま聞こえた、高らかな呪文を唱える声は、前に聞き覚えのあるものだ。
それから、聞きなれたリュウの声。
さすがに、ビクトールもぎく、とした顔つきになる。
まさか、リュウとジョウイが戦っている?
次の瞬間、こちらに近づいてくる敵の足音をも呑み込む大音響がひびき、そして静寂。
気味の悪いくらいの。
「…………」
どちらからともなく、顔を見合わせる。
いったい、なにが起こっているんだ?
言い表わしようの無い、執燥感。
すぐにも、上にあがりたいのに、静寂を破ったものは自分たちに向かってくる敵兵の足音だった。
ビクトールが舌打ちをして星辰剣を握り直す。
「ったく、しつけーんだよ」
「ああ……」
「おい、俺たちがここで死んじまったら、守ることもできねぇんだからな?」
さすがに、ちょっと心配した口調でいわれて、我に返った。
「そうだな、早く片づけちまおう」
フリックも、その愛剣を握り直した。
そこから先は、先ほどの続きだ。
生身の人間を斬り捨てる、手応えと、それをつたう生暖かい液体と。
地獄の中で、それでも自分のなにかを守るために。

せめて、その命だけは、守りたい、と思っていたのに。
もたらされた結果は、あまりにも酷い。
ナナミは、リュウたちをかばってゴルドーの矢に倒れた。
フリックたちが聞いた闘いの音は、リュウとジョウイが、ゴルドーを倒す音だったのだ。
あの時はもう、手遅れだったのだ。

空を見上げると、満天の星が瞬いている。
いつもなら、奇麗だと思うその光景が、今日は憂鬱にしか映らない。
誰が教えてくれたのだったろう?
『人は死んだら、星になるんだよ』と。
でも、そうだとしたら、なんて多くの人が亡くなっていったのだろう?
こんな、夜空を埋め尽くすほどの星、全てが死んだ者の化身なのだとしたら。
『平和』という名の平安を手に入れるには、いつも、余りにも犠牲が多すぎる。
そう、今日だって。
今日失ったものは、同盟軍にとっては、あまりにも大きかった。
リーダーであるリュウのたった一人の姉、ナナミ。
家族がいることが、リュウにとっての支えだったのに。
いつも、いちばん守りたいものが奪われていく。
そう、いつも。
「よう、またこんなとこで、考え事か?」
振り返ると、ビクトールが立っていた。
「リュウは……?」
慰め役だったビクトールがここへ来たということは、いちおう落ち着いたのだろうが、それでも確認してしまう。
「ああ、ま、どうにか、な」
肩をすくめながら、あいまいに返事をする。
そう簡単には、立ち直ることはできないだろう。
でも、いまは立ち直ったフリをしなくてはならない、可哀相な少年。
「おまえがそんな顔、するなよ」
隣まで来たビクトールは、フリックの肩を軽くたたく。
「え……?」
「別に、守れなかったのは、おまえのせいじゃないから」
相変わらず、ビクトールには隠し事ができない。この男は察しがよすぎるのだ。
もっとも、この3年間一緒にいたせいで、お互いにそうなのだが。
じっさい、おまえのせいじゃない、と言いながらもビクトールの顔にはかすかな陰りがある。
こんなことになったのを、自分のせい、と、どこかで思っている顔。
「……ミューズが落ちたときに……」
「あのときは、連れてくしかなかった」
ビクトールが遮る。言われなくとも、それはわかっていた。
ジョウイが、こちらからしてみれば、裏切ったあのとき、リュウたちはハイランドにとっては、裏切り者だった。帰れば、間違いなく殺されていただろう。
「それに」
フリックがまた、なにか口にしようとする前に、ビクトールは急いで口を開く。
「リーダーでありつづけることを選んだのは、リュウ自身だ」
そう、たしかに、何度か選ぶチャンスはあったはずだった。
そして、岐路に立たされるたび、少年はリーダーでありつづけることを選んだのだ。
あれだけ、ずっと、ナナミが反対しつづけていたのに。
それでも少年は、リーダーであることを辞めなかった。
こうなる可能性を、知らなかったわけではあるまい。
でも、理性でそうはわかっていても、感情はそう簡単に納得してはくれない。
「……わかってるよ、わかってるが……」
うまく、言葉にならない。唇をかみ締めた。
やっているのは戦争だ。
誰かが死ぬのが、日常茶飯事。
それでも、無理やりに運命に巻き込まれるのを、見ていているのが辛かった。
だから、せめて、守りたかったのに。
たぶん、それは彼らのためではなく。
あまりにも非力なことを、また思い知らされる。
わかっている。死は、選り好みはしない。
現に、今日自分が斬り捨てたのだって、人間だったのだ。
ハイランドで誰かが帰りを待っているはずの。
もしかしたら、誰かが、誰よりも大切にしている人なのかもしれないのに。
それでも、自分の中のなにかを守りたくて。
完全なエゴだと、わかっていても。
なんど願っても、守りたいものを守ることすらできない。
「生きていれば、大丈夫だよ」
不意にビクトールの声が聞こえて、はっとする。
「なにかを失っても、生きていくしか、ねぇんだから……そして、いつかどうにかなるよ」
ビクトールだから、言える言葉。
彼は、乗り越えてきたから。全てを失うという、悲劇を。
そう、それに比べたら、リュウはまだ幸せなほうなのかもしれない。
リュウには、帰りを待つ人がたくさんいるのだから。
でも。
「ああ、俺だって悔しいよ」
ビクトールは、先回りをする。
「でも、それでも、生きてる奴は、生きていくしかねぇんだから」
「ああ……そうだな」
そう、まだすべてを無くしたわけじゃない。
生きていれば、いつかは。
自分の中の、消えない空虚が埋まる日まで。
フリックの顔色が戻ってきたのを見て、ビクトールはもう一度口を開く。
「せめて、リュウは、守ってやろう」
「ああ」
微笑んで、うなずく。
誰のためでもなく、自分のために。

1999.03.06


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