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 MASSAGE

我に返ると、自分の胸から血が流れていた。
息苦しいとは思うけど、不思議と痛みは感じない。
……ああ、きっと、死ぬのね。
そう気付いたら、きゅうに心が軽くなるのを感じた。
ずっと、ずっと、願っていたこと。
心のどこかで、望みつづけていたこと。
あの人のところへ、自分もいくこと。
それを望みつづけていたのだということに、いまさら気付く。
あの人のために、組織した解放軍。
そうでもしなければ、きっと正気を保てなかった。
いつも、苦しかった。
自分一人が、生き残ったことが。
あの人のために何かしていなければ、いてもたってもいられなくて。
でも、人にはそんなことは言えないから、理想を語った。
高尚なそれに惹かれて人が集まるたび、心が痛んだ。
自分の中には、なんの理想もないのに。
あの人の仇を討ちたいだけなのに。
それを知っていながら、黙ってついてきてくれた人が、二人いたわ。
ひとりは、自分の手で虐殺を行ったことが許せなかった男。
そして、それを顔色ひとつ変えずに命じた男を許せなかった男。
私と彼とは、討ちたい相手が一緒という、同志みたいなものだった。
もう一人は……
あの人しか思えない私を、好きだといってくれた。
わたしも、きっとあなたのことを好きだったわ。
あの人のようには、想えなかったけれど。
ねぇ、いつも思っていたわ。
あなたの背中には、翼があるんじゃないかって。
解放軍をつぶそうと躍起になってる帝国軍の目を引くために、自ら陽動隊となるあなたを見送りながら、わたしは、少し不安になったの。
いつも、黙って私のために命をかけてくれるあなたが、あの人のようにいなくなってしまうんじゃないかって。
待つばかりの毎日。
わたしが行くわけに行かないのは、わかっていたけれど。
それでも、待つのが辛かった。
わかっているわ。
これは、私のワガママなの。
いつも、あの人のことばかり考えているのに、あなたには、私のことだけ考えていて欲しいなんて。
でも、あなたは私のそんなワガママを、黙って聞いているだけ。
あの人を思って泣いても、怒らない、嫉妬しない。
ただ、黙って、私の涙が止まるまで、側に座っていてくれた。
そして、涙が止まると、黙って立ちあがって、そして微笑んで別れを告げる。
「じゃ、いってくるから」
すぐ帰るよ、とは、言ってはくれないのね。
本当は、君の側にいたいけど、とは言ってくれないのね。
そう、わかってる。
これは、私のどうしようもないワガママなの。
あの人も、あなたも、私のものにしたいなんて。
あの人を失って、私は壊れてしまったのかもしれない。
想ってくれる人がいて欲しいの。
でも、あの人しか愛せないの。
だから、ほっとしているわ。
あの人のところに行けること。
あなたの帰りを待って、苦しい思いをすることも、もうないから。
それから、あなたの寂しそうな瞳を見ることもなくなるから。
ええ、知っていたわ。
あの人を想って泣くたびに、あなたが本当は、とても寂しそうな瞳をすること。
でも、あなたが口に出して責めないことをいいことに、私はいつも泣いていたわ。
あなたのことを、あの人より想うことが出来ないのをわかっていて、私はあなたを縛りつづけたわ。
それでも、私は、あなたがいなくなってしまうんじゃないかって、不安だったの。
苦しかったの。
だから、私は、死んだら、楽になるの。
あの人のところへ行けるのよ。
ずっと、望んでいたことなの。
私が死んだことを聞いたら、あなたは悲しんでくれるのかしら。
涙を流してくれるのかしら。
まだ、そんなことを考えている。
あの人のところへ行けるのを喜びながら、あなたが私を想ってくれることを、まだ望んでいる。
ほんとに、ワガママね。
そして、わたしは、毛の一筋すらあなたに残さずに、言葉だけであなたを縛るの。
『あなたのやさしさが、いつもわたしを救ってくれたわ』
そんな言葉が、あなたをどんなに縛るのか、わかっていて伝えるの。
あなたの気持ちを、永遠に手に入れたくて。
わたしは、あなたを想うことすらできないのに。
こんな独占欲が、『恋』だというなら、そう、わたしはあなたに『恋』をしているんだわ。
でも、あの人のように、『愛』することは、できないの。
知っているわ、わたしには、あなたを縛る権利なんてないのに。
それでも、わたしは、あなたの『心』を縛るの。
だんだんと、遠のいていく意識の中で、わたしは、わたしのワガママに、ちょっと笑う。
でも、あなたのも『恋』だったわね。
あなたが、「君のそばにいたいけど」と、口にしなかったのは、きっと精一杯の抵抗。
わたしが、あなたを想えないことへの。
あれが、あなたの精一杯のワガママだったのよね。
そして、わたしは、それに苦しんだの。
言葉で言ってもらえないことが、なによりも辛かったのよ。
もしかしたら、お互いに傷つけあってばかりだったのかもしれないわね。
最後に、もっと大きな傷を、あなたにつけるわ。
わたしは楽になって、あなたは、苦しむのね。
でも、いつか。
いつか、気付いてね。
『恋』と『愛』は違うのだ、ということ。
そして、祈っているわ。
あなたが、本当に『愛』せる人が、現れるように。
あなたを、本当に『愛』してくれる人が、現れるように。
そして、許してね。
そのときまで、あなたの『心』を縛ることを。

1999.03.13


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