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 砦の夏

夏。
じりじりと太陽のてりつける夏。
一言で表現するなら、『暑い』であろう。
その他、いろいろな表現法が存在する。
『焦げそう』とか、『蒸発しそう』とか、『溶けそう』とか。
ともかくも、夏である。
今年も、夏が来たのだ。
傭兵の砦にとって、もっとも忌むべき季節が。

ミューズに居候させてもらっている、という身分のため、その最高責任者であるアナベルからの依頼があれば、盗賊退治だろうが魔物退治だろうが、出動せざるをえない。
それは、かまわない。
腕にそれなりに覚えがあるから、この砦にいるのだから。
だが、しかし。
どうせ戦うなら、できるだけ快適にいきたい。
なにも、気温や湿度に文句を言うつもりはない。
言ったところで自然相手だ。どうにかなるわけじゃない。
なにがイヤかって、砦を仕切る二人の姿が、だ。
どうしてかって、『暑苦しい』から。
もう、ともかく見るだけで暑い。
それじゃなくても暑いのに、隊長たちを見かけると暑さ40%増量(当社比)ってなものだ。
隊長たるビクトールは、通常でもどちらかというと暑苦しい外見にくわえ、これでもかってくらいに汗をかく。
流れ落ちるくらいに汗をかく。
これが、ホントーに暑苦しいのだ。
心底、偽りなく。
盗賊退治やら魔物退治やらは、たいがいどちらかの隊長についてくことになるので、任務が終わるまでえんえんと流れつづける汗を眺めてなくてはならない。
汗がひいた瞬間なんて、夏の間は見たことないのだから。
(ちなみに、コレを理由に毎晩、晩酌してるらしいが)
副隊長フリックのほうは。
汗をかきつづける、などということは、間違ってもない。
普通の人なら、ぜったい汗をかくというところでも、涼しい表情をしている。
だというのに、なにゆえ暑苦しいかというと。
服装。
真夏だっていうのに、長袖のまんま。
それだけでも暑いのに、手袋にマント。
当人は暑さをかんじてないのかもしれないが、真夏にこんな格好をされたら、窒息死しそうだ。
でも、どちらかにはついていかなくてはならないわけで。
夏の究極の選択、というわけだ。

「……に、しても暑苦しすぎる」
砦の兵士Aが言う。隣にいたBも頷いた。
「ああ、暑苦しすぎる」
いま、見張りのためにつめている物見櫓のことではない。
櫓は高台にあるから、むしろ涼しいのだ。
彼らが言っているのは、もちろん、隊長2人のこと、だ。
「……やっぱり、職場は快適でないと」
「そうだよな」
「隊長は、そのものが暑苦しいから対処のしようがないが」
そう、副隊長のほうは、格好さえどうにかなってしまえば、むしろ涼しさを感じさせるに違いない。
あれだけ着込んでいても、汗をかいてるふうでないのだから。
もっとも、モデルのように首から上だけの汗を調整できるのなら、話は別だが。
そうだとしても、隊長ほどにはだらだらと汗はかくまい。
「副隊長が、半袖さえ着てくれれば……」
暑さ増量は、なくなるはずである。
が、自分たちがどうこう言える立場ではない。
「はぁ、やっぱりムリだ……」
ため息混じりに言う兵士Bに向かって、Aは首を横にふった。
「いや、諦めるのは早い」
「え?」
やけに、自信ありげな目をしている。
「言える人が、いるじゃないか」
と、視線を物見櫓の下にむける。つられるように、兵士Bも視線を落とす。
ちょうど、ビクトールがとおりがかってるのが見える。
「隊長か?たしかに言えるだろうけど……」
自分たちより、ずっと長く一緒にいるようなのに、フリックの格好にかまった様子はない。
相変わらず、戸惑った様子のままの兵士Bに、兵士Aはニヤと笑う。
「まぁ、見てなって」

翌日。
兵士AとBは、ビクトールについて盗賊退治に行った。
任務自体は、ごく、あっさりと終わる。
帰り道、夕方だというのにジリジリと照りつける太陽に焦がされつつ、兵士Aは隊長に話し掛ける。
「あの」
「ん?」
どうやら、盗賊退治は適度な運動であったらしい。しごく機嫌のよさそうな顔つきだ。
「前々から不思議だったのですが」
「ん」
「副隊長殿は、どうして夏でも長袖なのでしょう?」
それを聞いた瞬間、ビクトールの顔がひくり、と引きつる。
「さ……さぁな、当人の趣味じゃねぇか?」
なんとなく、逃げ腰の答えだ。
しかも、先ほどまでよりも汗の量が増えているように見える。
「でも、この暑いのに長袖で、しかも手袋もなさっていて……」
「当人は、平気なんだろ」
イイじゃないか、とぽつりと呟く。
汗の量は、さらに増えたようだ。
「でも……」
さらに言い募った兵士Aの言葉をかき消すようにビクトールは大声をだす。
「いいか、洗濯物が乾かなかったとかいって、長袖隠したりするなよっ!」
わざわざヒントを与えている発言だ。
「…………はぁ」
曖昧に返事をして、兵士Aはそのまま黙り込む。

三日後、朝。
まだ、太陽はジリジリと照りつけている。
地上に存在する全てを、干からびさせようとしているかのように。
ビクトールは、大きめの仕事があるから2週間ほど留守にすると言い置いて、旅立っていった。
チャンス、というやつだ。
兵士Cが、恐る恐るフリックにつげる。
「あのう、洗濯、失敗しちゃいまして……」
怪訝そうな表情になるフリックに、いかにも申し訳なさそうに事情を説明する。
「乾いたのを取り込もうとしたところで、全部、ぶちまけてしまって……」
しゅんとして肩をすぼめている兵士Cに、フリックはおだやかに尋ねる。
「まぁ、仕方ないな……で、代わりはあるんだろう?」
この暑い中、着替えがないのは耐えられない。
「はい!」
なにやら、急に元気を取り戻して手にしていた着替え、を差し出す。
受け取ったフリックは、笑顔でありがとう、と言った。

数分後。
兵士Cは、再びフリックに呼び出されていた。
が、部屋の雰囲気は先ほどとはまるで違う。
暗いのだ。
雰囲気が、でなく、実際に。
この真昼間から、カーテンが十重二十重にひかれている。
異様なモノを感じながら、兵士Cはフリックの発言を否定していた。
「いえ、長袖はないんです……みんな、しまいこんでしまったので」
「……そうか」
はた目から、はっきりとわかるほど。
フリックの肩はがっくりと落ちた。

さらに、数時間後。
あの、カーテンで閉ざされた部屋から、フリックが出てきた気配はない。
一歩たりとも、一ミリさえも。
通常、朝夕二回は見回りをかかさないというのに、それもない。
ともかく、部屋に閉じこもっているらしい。
アナベルのもとに使いにいっていた兵士Dが、フリックはどこか、と尋ねると、誰もが一様に暗い部屋を指す。
首をかしげつつ部屋に向かった兵士Dが、相変わらず首をかしげながら出てきてから数分後。
半袖に短めの手袋、それに胸当てだけという、実に軽装のフリックが姿をあらわした。
「おお」
思わず声をあげてしまった兵たちを責めるわけにはいくまい。
このくそ暑い中、汗ひとつかいていないその姿は、清涼感たっぷりではないか。
暑さ減量20%(当社比)である。
一点、難をいえば、どうも冴えない表情だろうか。
「アナベルから、仕事を頼まれたから行ってくる……留守を頼む」
ぼそぼそと告げると、兵士たちに背をむける。
完全に姿が見えなくなった後。
兵士たちの間からは、歓喜の声があふれていた。
「やった、成功だ!」
「涼しいぞ!」
「これでもう、暑さ倍増されないんだ!!」
口々に叫んで大喜びする兵士たち……
よほど暑苦しかったんだろう、可哀相に。

夕方。
帰ってきたフリックは、すっかり日焼けしたようだ。
顔から、腕から、露出しているところは、まんべんなく。
もともと白いから、焼けたところは真っ赤になっていて、少々痛々しい感じもするが、それでも涼しげなことにはかわりない。
相変わらず憂鬱そうな表情のまま、フリックは夕方の見回りをすることなく、部屋に戻っていった。

翌日。
どうやら、フリックは赤くなった後、すぐに沈着する体質らしい。
すっかり、黒くなっていた。
健康的な色だし、いったん黒くなってしまえばあとはツライい思いをすることもあるまい。
おそらく、当人も半袖の涼しさを満喫したのだろう。
今日も半袖のようだ。
兵士たちは、顔を見合わせてにんまり、と笑う。
彼らの目的は、達せられたのだ!
これからはもう、少なくとも半分は暑さ増量されなくなるのだ。
少しは快適な夏が、やってくるのだ。

そう、誰もが信じていた。

それは、フリックが日焼けしてから四日後に起こった。
「わぁっ!」
心の準備ができていなかった兵士Bは、頓狂な声を上げる。
心底、驚いたのだ。
目前に立っている人物に。
それは、声といい、仕草といい、副隊長たるフリックに間違いはないはずなのだが。
顔が、マダラ模様。
どうやら、ばりばりと皮がむけはじめている模様だが、その量がハンパでないのと、顔だろうがなんだろうが、日焼けした場所すべてが好き勝手に向けてきているせいで、恐ろしいコトになっている。
まだ、むけたいのだがむけられないといった風情でハンパに浮いている皮膚の間から、ぎょろり、と瞳が光っている様は、化け物以外の何者でもない。
顔だけではない。見えている肌という肌、すべてがそんな様子なのだ。
パンダだったらカワイイが、ところかまわずマダラ模様はカワイくはない。
挙句、マダラ模様が青い服着て歩いた後には、脱皮の後のようにボロボロと皮が落ちている。
掃いても掃いても、あとからあとから落ちている。
日焼けした後も、おとなしく半袖を着ているのは、どうやらこのためらしい。
むけた皮膚が服に溜まると気持ち悪いので、床に落として歩いているのだ。
しかも、ひとつひとつが異様に大きい。
皮がむけてる、というより、これでは脱皮だ。
ほうきを手に、掃除をしながら兵士Cが呟いた。
「……怖い……よな」
「うん……息がつまったよ、最初見たときは」
兵士Bも憂鬱そうに答える。
なんといっても。
マダラ模様に皮がむけてくっていうのは、どうにもいただけない。
よけいに暑苦しい。
しかも、ハンパに浮いている場所が見えてしまうと、無性にむきたくなるのだ。
だが、まさか副隊長の皮をむくわけにはいかない。
ストレスが溜まる。
半袖なんて、着せるんじゃなかった……
誰もが、そう思った。

結局、フリックの脱皮(笑)がすっかり終わったのが日焼けしてから十日後であった。
また、元通りの長袖にマントに手袋といういでたちになったその日に、ビクトールは用事とやらからかえってきた。
絶対に、フリックが日焼けしたらどうなるかを知っていたに違いないと兵士Aは思う。
二度と、副隊長に半袖を着せようとは、思わない。
それくらなら、暑いほうがまだマシだ。

傭兵の砦の夏は、やっぱり究極の選択のまま、だ。

2000.09.17


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