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 砦のある日

「おーおー、今回もまんまとハマってくれてるなぁ」
にぃっと口の端を持ち上げたのは、その筋骨隆々とした体格にあった大きめの剣を持った男。
目前に敵が迫っているというのに、その笑みは身につけた衣服の色に見合った明るさだ。
隣にいる優男とも見える風貌をした青年が、軽く眉を寄せる。
「ハマってくれないと面倒だろうが」
「まぁな。かすり傷だって下手なことすりゃ命取りだ。なんもねぇのが一番だってな」
「わかっていればいい」
仏頂面になってきた青年に、男は笑いかける。
「んな、シケた顔すんなって。城にカビがはえちまう」
「大口叩くな。砦がせいぜいだろう」
「あはは、違いねぇ」
全く堪えた様子の無い男は、笑顔で立ち上がる。
「さぁて、そろそろ仕上げにかかるかねぇ。頼んだぜ、青雷殿」
「黙って行け、ビクトール」
一オクターブ低くなった青年の声に、ビクトールと呼ばれた男は大げさに首を縮める。
「わかったわかった、怖い顔しなさんなって」
更に笑みを大きくするビクトールに、青年は追い払うように手を振る。
「とっとと洗い出せ」
「おう、そいつは任せときな」
ビクトールの口元の笑みは更に大きくなるが、その目は鋭さを増す。そう、あたかも獲物を見つけた肉食獣のように。
「意味も無くここに砦があるんじゃねぇってことを教えてやらねぇとならねぇからな」
「わかっていればいい」
ビクトールも青年も、向かう視線の先は互いでは無く向かってくる敵だ。
「おう、仕上げは頼んだぜ、フリック」
「ああ」
平坦なままのフリックの返事に、ビクトールは苦笑を浮かべるがすぐに大股に歩き出す。

夜盗とはとても思えぬ重装備の連中を前に、砦の城壁より見下ろしつつビクトールは笑って告げる。
「一応、忠告してやるけどよ。とっと帰りな?それ以上近付いてくるってんなら、命の保証はしないぜ?」
「黙れ!勝手にこのような場所に陣を張って良いと思っているのか?!」
「思っちゃいねぇな。なんせこちとら、表向きには出来ねぇが許可は取ってるからなぁ」
「ッ!」
素直に煽られた兵士を、後ろから現れた誰かが制する。
「んー?」
ビクトールは目を少しだけ細める。
「礼を失して失礼した」
制した誰かは兵士よりは涼やかな声音で告げる。
「だが、我らは貴殿たちより数に大いに勝る。あまりご無理をなさらぬ方がよろしいかと思うが」
「数に勝るかぁ、まあ、数だけはねぇ」
少なくとも砦の規模からして立て籠もれる人数の三倍は余裕というつもりの寄せ手は、ビクトールの言葉にひくり、と頬を震わせる。
「ほう?見えねば信じられませんかな」
少し機嫌を損ねたらしい誰かがすっと振った剣を合図に、なにやら伝令が通ったようだ。
ビクトールに伝わった先はわからぬが、かつてトラン帝国の王朝を滅ぼした面々が残るこの砦の者たちが追うのは容易。
そして、その先が砦の内部に待機するフリックに伝わる速度も相手が想定する数倍の早さだ。
相手の中枢部に伝令が伝わったのか伝わらぬのか。そんなことは、ビクトール側にはどうでも良いことだ。
事実はただ一つ。
今、この瞬間に寄せ手の中枢を担う箇所に「雷のあらし」が轟く。
「雷電球」ではない、「雷のあらし」だ。
「上位紋章!」
相手方の誰が言い出したのかはわからない。が、崩れるのは早かった。
なんせ、上位紋章はそこらの者では入手出来ないだけで無く、身につけることすら出来ない。身にそぐわぬ紋章は身の程知らずを滅ぼすだけだ。
結論はヒトツ。ここには相当な手練れがいる。国の中枢部にいても不思議では無い者が。
パニックを起こして崩れていく相手を見やりながら、ビクトールは晴れ晴れと笑う。
「ばっかだなぁ。何の手も無くこんなとこにいる訳がねぇだろうがよ」
彼らは気付かなくてはならなかったのだ。そこらのちょっと運の良い盗賊風情では、枡形など備えた砦は構築出来ない、ということを。
それに気付いたところで、トラン帝国を滅ぼした反乱軍主力を擁するこの砦がそうそう落とされる訳も無いのだけれど。
青雷と称されたフリックの能力は二つ名に見合うモノだ。鍛え上げた騎士でもあれば最上位といっていい魔道士でもある。雷の紋章の使い手という意味では。
「さ、終わった終わった!美味い酒飲もうぜ!」
ビクトールが剣を掲げながら上げた声に、わっと前線にいた連中が応える。
言葉通り、今日は美味い酒が飲めそうだ、とビクトールは笑みを深める。これだけさらっと決まったのだから、フリックも宴会開催に文句は言えまい、と。

2021.05.13 A day at the fort


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