『 手紙の向こう側 』



「ほほう、しぶとく生き残ったか、褒めてやる」
「あのな、エルマー、少しは労わろうって気にはならんのか」
反駁する声には、まったく力が入っていない。
それはそうだろう、彼はつい先日まで、医者に諦めた方がいいかもしれない、と言われるほどに酷い肺炎の熱に浮かされていたのだから。
いまも、やっとのことでベッドに起き上がっているという態だ。
が、見舞いという名目で現れたエルマーは、容赦ない。
「労わる?責められる覚えはあってもいいが、労わって欲しいなんて単語を口にする資格があったかい?」
「………」
ベッドの上の病人は黙り込む。
「いいか、ジャービス、彼女の手紙には、常に答えが書いてあったにもかかわらず、それを考慮することなく感情で発言した挙句にだね、失恋旅行だかなんだか知らないが、天気も考えずに猟に出かけて豪雨にあって、生死の境を彷徨うようなヤツの、どこに同情しろというんだ?こちらが教えて欲しいね、ぜひに」
どこで息継ぎしてるんだろうとか、発言の主旨と関係の無いことに感心されるほどの長台詞を一気に吐き出す。
「全く持って、心底情けないとしか言いようがない」
腹立たしげな口調で吐き捨てるように言ってから、ぴらり、とヒトツの封筒を取り出す。
「拝啓、スミス氏は貴女の手紙を読まれる前に、病にて逝去いたしました。敬具なんて手紙を打つことになるのかと思ってたよ 」
ようするに、ジャービスのことをえらく心配していたということなわけだが、それ以上に情けなさっぷりにも腹を立てているのは十二分に伝わったらしく、大人しく頭を下げる。
「すまん」
「俺に謝っても仕方ないだろう」
「……すまん」
ジャービスは、エルマーが手にしている封筒をくれ、と言い出さぬまま、米つきバッタのように頭を下げまくっている。
どうやら、彼女の開けっぴろげな手紙で、もう一度ふられる、と決めてかかっているらしい。
どうにも、それを読む勇気が出ないようだ。
エルマーは、ぴし、と封筒を差し出す。
「あのな、あしながおじさんの正体を知らせないと決めたのは自分なんだから、諦めて読む」
「……はい」
学生時代、イタズラがバレで呼び出されるときでさえ、これほど重苦しくはなるまい、というほどに、暗い空気を背負って、ジャービスは封を切る。
珍しく、便箋はほとんどなさそうだ。
喜んでいる時だろうが、怒っている時であろうが、最低は六枚、長い時は十枚以上に渡っていたはずなのに。
最後通牒を見るような顔つきで便箋を開いたジャービスは、いくらか、眼を見開いたようだ。
二度、三度、文面を追っている。
それから、困惑しきった顔を、エルマーへと向ける。
「これは……どう対処すべきだと思う?」
ぴらり、と便箋もこちらへと向ける。
そこには、ジャービスの表情と同じくらいに困惑しきった文字が並んでいた。
いつもの元気はどこへやらの態で、訴えている。
困ったことが起きた。他ならぬ、あしながおじさんに、直接相談したい。
秘書が手紙を開ける可能性もあるし、とある。
「……そんなに『秘書』は信用なりませんかね」
ぼそ、と呟くと、ジャービスはまた、米つきバッタになる。
「すまん、悪いとは思ってる、お前ばかりに嫌な役をやらせて」
エルマーは、ヒトツため息をつく。
学生時代からの付き合いの目前の友人は、上流階級の中でも最高の部類に入る家柄でありながら、それに捕らわれない思考の持ち主だ。
その次になにをするかわからない突拍子も無さが面白くて、こうして一緒にいるわけだが。
これほどまでに、弱りきった顔つきを見るのは、初めてだ。
慈善事業に興味を持つのは、上流社会ではありがちなこと。才能があるのならば、孤児だろうが勉強できる機会を与えられるべきだ、という考えは、実にジャービスらしいと思っていた。
それが、今回は女の子だ、と聞いた時には驚いたけれど。
ユーモアのある文章を書く子でね、と話を決めてきたジャービスは言った。
それが、数ヶ月後に姪に会うという名目で訪ね行って、校内を案内してもらった上にお茶までちゃっかりとして帰ってきた時には、興味深い子だ、に変化していた。
手紙で、実に感じのいい、と書かれていたのを読んだ時には、自慢げにその節を読み聞かせたくらいだ。
後は、押して知るべし。
こんなにわかりやすい男だったか?とエルマーが首を傾げるほどに。
昨年夏のヨーロッパ外遊騒ぎの時などは、おじさんの指示を伝えるというよりは、犬も食わないケンカを一方的に仕掛けてるような妙な気分を味わったものだ。
ついでに言えば、夏の最後に届いた手紙での消沈っぷりはなんとも言い難いほどで、笑うのをこらえるので必死だったのだが。
「どうって、彼女はいままでになく、とてつもなくたいそう困っていることがある、ということだよ、何度頼まれても、頑なに君が会うことを拒絶したにもかかわらず、どうしても会って相談したい、と願うほどに」
またも、一気に言ってから、付け加える。
「前回の手紙では、君と会うことは永遠に諦めた、と言っていたのに、だ」
「……なにをそんなに、困っているんだと思う?」
相変わらず困惑の顔つきのまま、ジャービスは手紙へと視線を落とす。
「俺に訊くのはお門違いだ、彼女の相談に乗る気があるのならば、彼女の願いどおりに会うんだね」
「いや、でも……」
「彼女はこの手紙で、はっきりと君以外に悩みを知られるのは嫌だと明言している、ここで俺が返事を書こうものなら、あしながおじさんにも拒絶された、と判断することは明白だ、とまで言われないとわからんかね」
「……………」
たっぷりと一分は考え込んだろうか。
ジャービスは、覚悟を決めた顔つきで、エルマーを見上げる。
「すまないが、便箋とインクとペンを用意するよう、言いつけてくれないか」
「お安い御用だ」
エルマーは、浮かびかかった笑みを押し殺して頷く。

数日後、エルマーは、またジャービスの屋敷へと足を向ける。
部屋へと通されると、いくらか顔色は良くなっているものの、妙に呆然とした顔つきでベッドへと起き上がっていた。
エルマーが入ってきた、と見たなり、挨拶よりも先に、興奮気味に口を開く。
「知らなかったんだよ!知らぬふりをしていたのではなく……僕があしながおじさんだと、彼女は知らなかったんだ!」
いままでの出来事から、それを予測してなかったのか、と心で呟くが、エルマーは口にはしないで、ただ首を傾げる。
「ほほう、で、どうするんだい?」
「彼女と会うよ」
決意した瞳だ。
「あしながおじさんとして?ジャービス坊ちゃまとして?」
「どちらもだよ、同じ人物なのだから……エルマー、最後の代筆をお願いできるかい?」
「ああ」
にこり、とエルマーは微笑む。
「幸運を祈るよ」


〜fin.

2003.09.07 Daddy Long Legs and a bosom amanuensis Presented by Yueliang


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