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ファインダの向こうを巡る一景



「いよぉ、仕事どうよー」
気の抜けそうな声と共に矢張が顔を出したのは、もうすでに事務所の受け付け時間をとうに過ぎた後だ。いつも通りの仏頂面で御剣が続いてくる。
真宵が明るい笑顔で振り返る。
「あ!ヤッパリさんにミツルギ検事さん、こんばんは!」
「よ!真宵ちゃん、今日も力ワイイねぇ」
「うム」
なんだからしいような、妙な挨拶を交わしてから、真宵は笑顔のまま所長室を指す。
「なるほどくんなら、資料の整理とかでうんうん言ってるよ」
「うんうん?」
御剣が、不可思議そうに首を傾げる。
「あはは、アイツ、前から整理整頓苦手だからなァ」
笑いながら矢張が所長室の扉を開けると、確かにうんうん言っていた。ただし、スキャナが。
「あ?なんだ矢張か、悪いんだけど忙しいんだ」
物音に気付いて顔を上げた成歩堂は、モ二タに視線を戻しながら半ば邪険に言ってのける。
「なんだってなんだよ!せっかく友人が飯に誘いに来たってのによ!だいたい、スキャナで取り込むってどういう仕事よ!」
「うム、私も訊きたい」
新たに加わった声に、成歩堂は目を丸くする。
「あれ、御剣もいたのか」
「うム」
「バイトの帰りに会ってさ、ちょうどいいから一緒に飯食おうってハナシになったわけよ。で?何やってんだ?」
再度問い返されて、成歩堂はスキャナで取りこみ終えたらしいものを取り出してみせる。
「いい加減、資料のファイルがいっぱいいっぱいになってきたしさ、データベース化しといた方が何かと便利だし、パソコンに突っ込みだしたのはいいんだけど、証拠関連の写真が厄介なんだよ」
「はぁん、それでスキャナな、写真アナログなわけな」
納得したらしく、矢張は大きく頷く。
「だから、これからはデジカメにすればいいのにって言ったんだけどねー、取り込み楽じゃない」
お茶を手にした真宵が笑顔で入ってくる。
「いいって、面倒だから」
と、モニタとにらめっこしながら成歩堂。
お茶に誘われるようにソファに腰を下ろした矢張が笑う。
「まーた新しいモノ覚えるの面倒病かよ、結局覚えるハメになるのになァ」
「なんだ、それは」
こちらも素直にお茶に誘われて腰を下ろした御剣が、眉を寄せる。
「いやさ、成歩堂って覚えちまえばなんでも器用に使うのにさ、なにかってぇと面倒くさがるわけよ。使い方覚えるのが面倒とかなんとか。その気になりゃ、ものすごく早いのになァ」
「デジカメの使い方を覚えた方が、最終的には効率がいいように思われるが」
性格的なことをツッコまれ、厳然たる事実をツッコまれたら、反論のしようがない。
「ほらー、やっぱりデジカメ買おうよ、イロイロ使えるし」
「あーうー、はいはい、わかりましたよ、デジカメ買えばいいんだろ、買えば」
なんだかヤケ気味だが、そんなこんなで成歩堂法律事務所にデジカメが導入されることになったわけである。

翌日。
なんのかんので、結局、四人揃い踏みで買い物に出かけることとなり、画素数がどうとか持ち運びがどうとか、イロイロもめた挙句に、新品のデジカメが事務所へとやってくる。
そこそこ小型だが光学ズームが可能で、やろうと思えばレンズなどをつけることが出来る、それなりの本格派だ。
「ま、基本的には普通のカメラと変わらねぇよ」
手先が器用なことだけは確かな矢張が、ボタンを指し示しながら説明する。
「電源入れて、レンズ出して、シャッターな」
「うん」
割り切ってしまえば、切り替えが効くらしく、選ぶ時からなかなか細かいこだわりを見せた成歩堂は、けっこうマジメな顔つきでその説明を聞いている。
「この調子なら、即戦力に出来そうだね」
真宵が、嬉しそうに笑う。
御剣も、薄い笑みを浮かべて頷く。
「うム、そのようだな」
エフェクトの使い方等、一通りの説明をしたところで、矢張がにやり、と笑う。
「ま、カメラのクセってのがあるからな。後は使い慣れることよ」
「そりゃそうだな、じゃ、撮ってみるか」
軽く首を傾げつつ、成歩堂はカメラを構える。
「はーいはーい!私撮って撮って!」
さっそく、真宵がモデル候補に立候補だ。
「はいはい、じゃ、いくよー」
フラッシュが光って、撮影完了。
「見せて見せて」
うきうきの顔つきで、真宵は成歩堂の手のカメラを覗き込む。
「ちょっと待って、ええと、撮影したのを見るのは、こうだよな」
「おおお、かわいく写ってるよ、なるほどくん、上手だねぇ」
「お?そうなのか?」
脇から覗き込んだ矢張も、目を丸くする。
確かに、満面の笑みの真宵が、けっこうかわいらしく写っている。
「手ブレもないし、上出来だよ、やっぱ器用だなァ。おい、これ教師代でよこせ」
「はぁ?それとこれとどういう関係があるんだよ」
「ほほう、そんなに上手く撮れたのか」
御剣も興味深そうに覗いてくる。
「ふむ、確かにキレイに撮れているな」
ひとまず皆に褒められたので、成歩堂は少々嬉しそうな顔つきだ。
「そうか?ふうん、案外簡単かもな」
「うーわ、調子いいなぁ、なるほどくん」
真宵ににやり、と笑みを返しつつ、またカメラを構える。
「じゃ、次は御剣な」
「う、うム」
なにやら緊張したような返事であったのだが。
出来上がりを覗き込んだ成歩堂と真宵の表情が、妙な具合だ。
「……なんだ、このムダに爽やかな笑顔は?」
「なに?ムダとはなんだ、ムダとは」
御剣の抗議に関係なく、会話は続く。
「ホント、ムダに爽やかだねー。でもこれ、きっと検事局に持ってったら売れるよ!」
「そうか、こんど家賃に困ったら売ろう」
「待て、売るとはどういうことだ」
もう一度、御剣が抗議するが、見向きもせずに矢張に向き直ることで、さらっとスルーされる。
成歩堂も充分に無駄に爽やかな笑顔でカメラを構える。明らかに誤魔化している顔だ。
「さ、次は矢張だな」
「おう、カッコよく撮ってくれよ?」
矢張は、にっかりと笑ってポーズをとる。
「おい、聞いているのか」
御剣が立ち上がって成歩堂の側に行ったのと、撮影はほぼ同時。
そして、出来上がりが映し出される。
「…………」
「…………」
「…………」
写っているのは、間違いなくカッコいい矢張。
「どうよ、え?」
いつもの親指突き出しポーズで、矢張が出来を尋ねる。が、三人共、無表情のままモニタに見入ったままだ。
やがて、ぽつり、と成歩堂が口を開く。
「消すか」
「消そう」
「消すべきだ」
三人がものすごい速さで意見の一致をみたのに、矢張が抗議の声をあげる。
「ちょっと待て、なに、どう写ったってんだよ?ちょっと俺に……」
手と躰を伸ばした瞬間。
ぷしゅ。(←消去音)



矢張の猛烈な抗議により、再度、撮影はされたようだが、その後、カッコいい矢張が写ることはなかったと言う……

2004.05.10 Digital Photoglaphs




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