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晴れた日に公園で



「なるほどくーん、早く早く!」
「そんなに慌てなくたって、トノサマンは逃げやしないって」
いくらか面倒くさそうな成歩堂の声に、真宵は猛烈に抗議する。
「暢気なこと言わないでよ、限定品なんだから!」
「了解、善処します」
かなり真剣な顔つきからして、買い逃したら大変なことになる。そう察した成歩堂は先を走る真宵を追いかけて走り始める。
さわやかな風が心地よい日曜日。
二人が向かう先はオモチャ屋だ。
予約受付なしの、レアモノのトノサマンフィギュアが発売されるのだとか。
発売日が決まってからずっと、真宵はこれが欲しい、どうしても二つ欲しいと言い続けていた。
子供っぽいワガママはいつものことで、いったい何歳になったんだ?と問い返すことさえ思いつかず、成歩堂は「そこまで言うなら、一緒に並んであげるよ」と彼女の目論見通りに承知した。
そんなこんなで、雲ひとつ無い青空が約束されているであろう空を見上げて、真宵は満面の笑みになり、成歩堂は眠い目をこすってるという一日が始まる。
まだ、夜が明けてまもないという時間なのに、オモチャ屋の前にはずらりと子供たちが並んでいる。
無論、その中には大きいお友達もいるわけで、更に見覚えのある人影があったりするのだが。
「あー!ミツルギ検事さん!おはようございまーす!」
恥ずかしくなるような大声で挨拶しながら真宵が大きく手を振ると、相手も軽く手を振り返す。
うーわー、やぱっり並んでるんだーとか微妙に血の気が引いたりしつつも、つられるように成歩堂も手を振ってみたりする。
「やっぱりすごいなぁ、ミツルギ検事さん、あんな前に並んでるよー」
「ここもそうは人数食って無さそうだけど?」
子供たちの中では充分に高い身長を活かして、成歩堂はざっと自分たちまでの人数を数える。
「何個くらい、入荷予定なの?」
他の大きいお友達と違って、成歩堂は明らかにはしゃいでいる真宵の保護者という視線で見つめられている。まぁ、そうでなければ、とてもこんなところに落ち着いて並んでなどいられないが。
「うーん、あんまりたくさんじゃないってことしか、わかんないんだよねぇ」
真宵は大真面目な顔つきで首を傾げている。成歩堂は口元に手をやって大あくびをする。
「ふうん?じゃ、実際開店するまではドキドキだなぁ」
「なるほどくん、全然ドキドキしてないくせに」
むう、と真宵が頬を膨らませる。
「ま、先着順なら間違い無く大丈夫じゃないかな。限定数が一桁前後とかじゃなければ」
「んもう、ホントにそれだけだったらどうするのよ!」
またも始まった猛烈な抗議に、成歩堂は相変わらず眠そうな視線を向ける。
「その時は、潔く諦めるんだな」
「ううう、ものすごい正論」
「だろ」
あっさりと肯定して、成歩堂はまた大あくびをする。
「んもう、緊張感がないなぁ、ミツルギ検事さんを見習いなよ」
真宵の視線の先へと、成歩堂も顔を向ける。直立不動で前を見据えているらしい。
正直、彼がココまで真剣になれる心境など全く理解の外だが、ある意味、尊敬に値するかもしれない。どうやっても、成歩堂には出来ない。
というより、やりたくないというのが本音だが。
「並んでるってだけで許してよ、正直、このまま眠れそうなくらい眠い」
「しょうがないなぁ、眠気覚ましに歌ってあげようか?倉院音頭とか霊媒おけさとか真宵節とか」
「いやいやいやいや」
などという会話をしているうちに、いつもよりずっと早い開店時間を向かえる。
店員の説明からいくと、一人一体限定で先着順らしい。ということは、まず間違い無く手に入る。緊張気味だった真宵の顔がみるみる笑み崩れるのに、成歩堂も笑ってしまう。ここまで正直に表情に出ると、いっそ小気味いい。
一足先に会計を済ませた御剣へ、真宵は機嫌良さそうに声をかける。
「ミツルギ検事さん!今日はお休みなんですよね?」
「うム」
しかつめらしく頷くのをみて、更に笑みを大きくする。
「じゃ、朝食一緒に食べに行きましょう!ねっナルホドくん」
「ああ、ちょい行ったとこに美味い中華粥の店があるんだ」
相変わらずあくびを殺しながら成歩堂も言うと、御剣は素直にもう一度頷く。
御剣が店の外へと姿を消してから、真宵はわくわくとした顔つきでレジの方へと向き直る。
目的のフィギュアはすでに包装されて積まれているようだ。
「あの中にねぇ、特別レアがあるかもしれないんだよ!」
「特別レア?」
効率のいい売り方だなぁ、などとぼんやりと考えていた成歩堂は、不可思議そうに真宵を見やる。
「そ、金のトノサマンが混じってるの。ぜーんぶで十体しかない、ものすごーいレアなの」
「ふぅん」
相変わらず眠気と戦いつつ、それはネットオークションでどえらい値がつきそうだな、などと考える。が、そんなのを見つけたら、真宵と御剣は「トノサマンをそんな扱い方するなんて!」と激昂しそうだなぁ、などとも思ってから、ああ、そうか、と納得する。
一個よりは二個の方が、確実に特別レアとやらを手に入れられる可能性は高くなる。
例え、ほんの微かであったのだとしても。
なぜ、あんなにも二つ欲しいと力説したのかわかって、成歩堂の口元に笑みが浮かぶ。
「なるほどくん!」
袖を引っ張られて視線を戻すと、ぷう、と頬を膨らませた真宵が見上げている。
「ほら、私たちの番だよ」
「あ、ああ」
首を傾げている店員へと指を一本立ててみせる。
「一つ」

二人して手下げを持って出て来たのを見て、御剣の眉が軽く上がる。が、何も言わずに真宵が先頭に立って歩き出したのについて歩き出す。
「ね、ね、あそこの店行くなら、ここ通ってった方が早いよ」
真宵が、ベンチと木々だけの小さな公園風の場所を指差す。
「そうだな」
あっさりと返事を返す成歩堂の口元に、微かな笑みが浮かぶ。不可思議そうに御剣が片眉を上げたのに、成歩堂は、に、と笑みを大きくして視線で真宵を見る。
が、御剣にはなにがおかしいのやら、さっぱりわからない。はっきりとは問わずに、素直に二人について歩く。
どうやら、仕事以外には鈍いらしいという自覚はあるので、おそらく自分の気付いていないなにかなのだろうと考えて、御剣は一人納得する。
平日なら、コンビニおにぎり片手のサラリーマンなどがちらほらいるここも、今日は時間が早いのもあいまって、誰もいない。
大きく頷くと、先頭にたって歩いていた真宵は、くるり、と二人へと振り返る。
「ね、中、見てから行こうよ!」
一瞬、成歩堂の顔があからさまに吹き出すのをこらえたのを、御剣は見逃さない。
その笑顔で、なにがおかしかったのかを覚る。
多分、成歩堂には、真宵が公園を通ろうと言った時点で、コレを言い出すのを予測していたのだ。家に帰り着くのが待ちきれず、すぐに開けたくなる、と。
「いいよ」
頷いて、ベンチへと手にしていた袋を下ろす。二人が納得してしまっているので、御剣も素直に腰を下ろす。
実のところを言えば、御剣自身も気になっていたりもするのだが。
しばし、包装紙やらなにやらを開けていく音だけがしてから。
「ほえええええええええ!」
すっとんきょうな悲鳴が上がる。
「ほう」
何事かと覗き込んだ二人のうち、先に反応したのは御剣だ。成歩堂も感心した顔つきだ。
「ホントに金色なんだな」
ぽかんとした顔つきのまま、金色のトノサマンを見つめている真宵に、成歩堂が声をかける。
「良かったね、真宵ちゃん亅
その声で我に返ったように手元にある通常仕様のトノサマンと金色のとを見比べると、衝突しそうな勢いで御剣へと向き直る。
あまりの勢いに、いくらか目を見開いている御剣に、真宵はすがるような目つきで言う。
「ミツルギ検事さんの、見せてもらってもいいですか?」
「う、うム」
半ば勢いに負けるように自分の手にしている箱を真宵に差し出す。
覗き込んだ真宵の目が、これでもかというほどに大きく見開かれる。
「はわわわわわわ!」
全く話が読めずにいる成歩堂は、真宵と御剣とを交互に見やるが、どうやら展開についていってないのは御剣も一緒であるらしい。
「あのさ、真宵ちゃん、もう少し人間らしい言葉でしゃべってくれないと、僕たちなにがなんだかさっぱりなんだけど」
成歩堂の言葉が耳に入っているのかいないのか、またもや真宵はすさまじい勢いで御剣に向き直る。
「ミツルギ検事さんっ!一生のお願い、金のトノサマンとこれ、取り替えてください!」
言ったなり、べったりと頭を下げる。
頭を下げられた当人たる御剣も、その隣にいる成歩堂も、ますます話が見えなくなる。
「ダメですか?」
うるっとした瞳にみつめられて、少々たじろぎながらも御剣は咳払いをする。
「真宵くんならば、もし、逆の立場だったとして、素直に頷くのだろうか?」
「え?」
首を傾げた真宵に、成歩堂が説明する。
「だからさ、二つ買ったのが御剣で、普通のと金のだったとしてだよ、真宵ちゃんに向かって、理由も言わずに「金のを上げるから普通のをくれ」って頼まれて、素直に「いいですよ」って言うかって意味だよ」
困った顔つきになる真宵に、御剣がトドメを刺す。
「きちんと納得の行く理由ならば、考えなくも無い」
「ホントですか?!」
ぱっと顔を輝かせるが、すぐに困ったように首を傾げる。
「えーっとその、他の人にはないしょですよ」
ないしょもなにも、こんなことを言いふらすような相手はいないのだが。ひとまず、成歩堂も御剣も、素直に頷いておく。
「ハミちゃんにね、上げたいんです」
「春美ちゃんに?」
思わず聞き返したのは、成歩堂だ。
「うん、キミ子叔母さまも逮捕されちゃったし、ハミちゃん一人でしょ?このトノサマンね、ID番号が付いてるの、それで、これとこれがね、並んでるの。兄弟みたいでしょ?」
と、自分が手にした箱と、御剣の手元にある箱を指してみせる。
そこまで言われれば、真宵が何をしようとしているのかは理解出来る。離れていても、兄弟のトノサマンがいてくれるからね、そう言える。
少しは、幼い春美の支えになるだろう。
兄弟というなら、見た目も似ている方がいい。
御剣の口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「ふム、そういうことならば、取り替えよう」
「ホントですか?!いいんですか?!ありがとうございます!」
幸せそうに、満面の笑みになる。
何度も頭を下げてから、取り替えてもらった箱を大事そうに抱える。
「それじゃ、朝飯にしよう。いい加減、腹減ったよ」
成歩堂が切なそうにお腹をさする。
に、といつも通りの笑みを浮かべて、真宵は飛ぶように立ち上がる。
「んもう、しょうがないんだから、ナルホドくんは!」
いまにもスキップしそうな足取りで歩き始めた真宵の後ろで、成歩堂と御剣は顔を見合わせる。
ないしょ、の相手は春美のことだったわけだ。
かわいらしい心遣いに、きっと満面の笑みで喜ぶに違いない。
確信できて、二人の口元にはどちらからともなく、笑みが浮かぶ。

2004.10.25 At the park on sunny day




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