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綺麗の理由



キレイだなぁ。
ため息混じりに思ったのは、もう半ば無意識だ。
何が、と言われると、小文吾はとても困る。
造作が、と言われれば、一理あるとは思う。朴念仁の部類だろうと自覚してる己の目からしても、彼はそこらの女性より、ずっと整った顔立ちだ。
いや、顔立ちだけでは無い。体の作りそのものがそうだ、と思う。女田楽をしてたころよりはしっかりとしたような気もするが、それでも柳のような腰と称された体型が大幅に変わっているわけではない。
身軽を身上としているせいだろう、無駄なモノがついていないのだ。
でも、小文吾に言わせれば、それだけではないのだ。
声変わりしても尚、男らしさに欠けると本人もひっそり気にしているらしい声のことではない。
立ち振る舞いの一々、所作の一々が、小文吾にとってはキレイなのだ。
そもそも、自分以外の八犬士は早くに武士の意志をもって訓練を積んできており、小文吾からすれば隙の無い身のこなしをする。
が、毛野は特別だ。
軽業や舞を生業としていたお陰なのやもしれないが、指先まで行き届いた動きが実に器用で細やかなのだ。
他の犬士たちとは、ほんの些細な差だと知っている。
でも、小文吾は、いつも目を惹かれてしまう。
その理由は、とつらつら考えるに、やはり最初の出会いのせいではないか、と思う。
女田楽師旦開野として、恋情を打ち明けられた。
その前の晩の宴会では、色仕掛けにはかかるまいと視線を逸らしたままだった旦開野を、初めて真正面から見た。
小文吾の命を救わんとして、かんざしを朱に染めたのだと言い切る姿は、はっとするほどに美しかった。
翌日、真実を打ち明けられた瞬間とて、わたくし、という言い方を直せずにいる彼を、旦開野として見ていたのだろうといわれたら、否定が出来ない。
驚き過ぎた、というのが真実だと思いたいのだが。
未だにキレイ、という単語を思い浮かべてしまう自分を、ほとほと持て余してしまう。毛野とて、嬉しくはあるまいに。
「何か、気にかかることでもあるのか」
目前に、悩みの種である毛野がいるどころか、触れんばかりの距離で覗き込んでいる。
小文吾は、文字通り飛びのいた。
「うっわぁ?!」
「なんだ、人を化け物のように」
悲鳴に近い声に、毛野は眉を寄せる。愁眉を寄せる、と言った方が相応しい。西施のひそみ、と形容してもいい。
言ったら怒る、と思うのに、小文吾は毛野には逆らえない。
「いや、キレイだと思って」
「何が」
「毛野さんが」
言ってしまって、しまったと思う。毛野が、実に不審そうな顔つきになってしまったのだ。
が、返って来た言葉は、小文吾には意外なモノだった。
「なぜ、それで困る」
「いや、そんな風に思われたり言われたりするのは嫌だろうと思って……」
やはり、素直に述開する小文吾に、毛野は至極あっさりと返す。
「気にする必要など、どこにも無い。小文吾さんが言う通り、私は美しいんだよ。でなければ、女田楽一座で看板は張れない」
思わず目を丸くした小文吾は、そのまま、数回瞬きをする。
一瞬、言葉の内容を飲み込みかねたのだ。
が、考えてみればその通りだ。確かに毛野は男だが、女田楽一座の看板を張っていたのも、間違いない事実なのだ。そして、その為には器量は必須条件だ。
何かがすとん、と落ちるように小文吾の中に収まる。
本当なら、こんなこと、今更のように言わされたくはなかろうに、小文吾の為にそう言ってくれる毛野は、なんてイイ人なんだろう。
小文吾は、にっこりと笑う。
「ああ、うん。そうだな。ありがとう」
何度か、頷く。
「やっぱり、毛野さんが好きだなぁ」
それはもう、小文吾の心からの言葉だったのだが。
なぜか、毛野は目を丸くする。そんな表情さえキレイなのだなぁ、と素直に感心する小文吾に、毛野は苦笑を返す。
「全く、小文吾さんには適わないな」
軽く肩をすくめてから、付け加える。
「それは私に言ってもいいが、余人には言うなよ。あらぬ誤解を受けるからな」
どんな誤解なのか、小文吾にはイマイチわからないのだが、毛野が言うのだからそういうものだろう、と頷く。
「わかった」
幼子のように素直な小文吾に、毛野は最初のように、つい、と身を寄せて耳元に囁く。
「私も、小文吾さんは好きだよ」
「え」
思わず目を見開いた小文吾へと、珍しく含みの無い鮮やかな笑みを返し、毛野はさらりと身を翻す。
後には、硬直したままの小文吾が取り残される。

その後、硬直したままの小文吾を発見した大角が座禅と勘違いして一緒に並んだとか、更に現八が声をかけられて修行ならばと一緒に加わったとか、勝負と思い込んだ道節がムキになってたとか、何が始まったかと困惑気に信乃に問われて、おおよそを察した荘介が止めるまでそれが続いたとかいうのは、また別の話。

2008.09.27 Because of Beaut




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