[ Index ]

■ 始まりの前 ■



銀樹騎士団見習いとして迎えられるまでの一連の行事をこなし終える頃には、ただその浄化能力のみが歓迎されているものであることが身に染みていた。
東の田舎者が。
あんな槍を持って、何様のつもりだ。
完璧な礼と所作を叩き込まれているからこそ、漏れ出るモノはどす黒い色を持つ。
選んで、望んで来た場所とはいえ、さすがにここまで歓迎されぬ存在かと思うといたたまれない思いがしてくる。
歩きながら、いつしかヒュウガの視線は落ちていた。
だから、前の人物が止まったことに気付くのに、一瞬、遅れた。
こつん、とおでこがぶつかってしまい、はっとする。
「申し訳ありません!」
騎士団長という立場の彼は、ずっと難しい顔をし続けていた。
彼も、あまり自分を歓迎していない部類であろう。それにぶつかってしまうとは、失態だ。
が、視線の先の顔は、驚くほど柔らかな笑みだった。先ほどまでの、厳しい顔つきがまるで嘘だったかのように。
「大丈夫だ、長旅の直後にこれだけの儀式では疲れたろう」
膝をつき、視線の高さを合わせてくれる。
「が、いましばらく、辛抱してくれるか?会わせたい人間がいる」
「……はい」
いくらか戸惑うが、否定権は無い。こくり、と頷いたのを確認して、騎士団長は綺麗な身のこなしで立ち上がる。
「ヒュウガは、キリセの出身だと言ったな」
「はい」
知らず、いくらか音量が落ちる。
そんなヒュウガの変化に気付いた様子も無く、騎士団長は続ける。
「サキアの大きな港から、もう少し東の海沿いで、山もすぐにある、起伏に飛んだ場所なのだろう?」
ヒュウガは、いくらか驚いて視線を上げる。
セチエの港に上陸してからこの方、キリセを知っている人間に会ったことが無かったのだ。知っていたとしても辺境の田舎、という扱いが関の山だった。
少なくとも、悪意の無い問いをされるのは初めてのことだ。
目を丸くして見上げると、騎士団長はいくらか首を傾げる。
「違ったか?」
「いえ、あっています」
慌てて首を横に振ると、騎士団長の口元にはにやり、と笑みが浮かぶ。
「そうか、あってるか」
その後は、なぜか妙に嬉しそうに口の中で笑っている。
何がなにやらわからないまま、ヒュウガが立ち尽くしていると。
「なんだ、そんなところに突っ立って」
足早な靴音と共に、新たな声が聞こえてくる。
「ああ、貴様の帰りを待っていたのだ」
あっさりと騎士団長は返すと、立ち尽くしたままのヒュウガを押し出すように背を押す。
「ほら、例の」
言葉と共に視界に現れたのは、騎士団長よりも頭ヒトツくらい背の高い男だ。あちらこちらに汚れが見えるが、制服を身に着けているところからして、彼も銀樹騎士の一人なのだろう。
いくらか濃い色の目を、見開いてまじまじとヒュウガを見つめる。
「おう、来たのか」
それから、彼も視線をヒュウガの高さへと合わせる。
「キリセの出身なんだよな?父上から槍はもらったか?」
東の辺境の、と言い続けられていたので、再びのキリセの響きが不思議な気がした。いや、それよりも、サキアの子が旅立つ時、槍を持たせる風習を知っていることに戸惑う。
「はい、あの……」
「俺もサキアの出身だ。槍は手放せん。ほら」
振り上げて見せた手には、見慣れたカタチの槍がある。
「コレは我が銀樹騎士団副団長だ。槍はこの男から仕込んでもらうといい」
「おう、任せろ」
話の展開についていけていないヒュウガにおかまいなく、騎士団長は胸を反らす。
「貴様はいつも、話を聞いていないと怒るが、キリセのことはちゃんと合っていたぞ。な?」
「また、どうせおおざっぱなことを言ったんだろ、そうだな、海と山があって起伏が激しいとか」
どちらも合っているので、ヒュウガはどんな風に答えていいのかわからなくなり、かわるがわる顔をみつめる。
戸惑いきった仕草に、副騎士団長が声を立てて笑いだし、騎士団長は軽く頭を撫でる。
「大丈夫だ、わかってくれる人間は必ずいる」
ヒュウガの返事を待たずに、また副騎士団長へと向き直る。
「それだけじゃない、確かほら、なんか有名な谷があったはずだ」
「ほら、なんで有名かもう忘れてるじゃないか。貴様の話の聞き具合なんて、そんなものなんだ」
少なくとも、騎士団長たちは自分を馬鹿にしたりはしておらず、それどころかサキア出身の人間に槍を教わらせてくれる、ということだけは心に刻む。
「待て、思い出すから言うなよ」
妙に真剣に悩み顔になる騎士団長に、どうせ思い出せないと笑う副騎士団長を見上げながら、言葉通り、本当にわかってくれる人がいればいい、と願う。



ほどなくして、サキアってどんなところ?あの槍に触ってみてもいい?と目を煌かせながら話しかけてくる二人の少年と出逢うことになるのだが、そんな未来は、まだ知らない。

2006.11.18 Before a beginning


[ Index ]