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■ 潜む黒きモノ ■



カーライル、ヒュウガ、ディオン、三人が共に呼ばれるのは初めてだった。
酒の戯れに銀樹騎士団最強の三人、などと言ってみたりすることもあるが、それはあながち嘘ではない。
剣技に長けたカーライル、槍を持たせたら右に出る者はいないヒュウガ、状況判断の的確さでは群を抜いているディオン。
間違いなく、今の銀樹騎士団の中では最強の名に相応しい実力を持っている。
だから、たいていは誰かそこそこの腕の者と二人で組んで任務にあたっているし、もし二人が組むことがある場合は、相当なタナトスが現れたと誰もが判断されている。
そんな三人が組んで調査に赴くことになったわけで、道行く表情にはさすがに笑みは無い。
「街道にある森に現れるタナトス、か」
カーライルの言葉に、ディオンが気ぜわしげな顔つきで応える。
「どこから出現してくるのか全く予測がつかないままに、生気を吸い取られる旅人が続出しているそうだ」
「全く、か。銀樹騎士団が向かいはしたのだろう?」
「ああ」
頷いてディオンが挙げた名に、カーライルも眉を寄せる。
「それで歯が立たなかったとなると、本当にかなり、だな」
そのあたりの詳細は聞いていないが、と前置きして、ディオンが知る限りの情報を語る。最初に向かったのは自分たちの先輩である熟練の騎士であったこと。
治癒浄化が得意な騎士が同行していたから、かろうじて危機を脱することが出来たこと。
あまり名誉なことではないせいか、そこらの事情は調査に向かう当事者たるカーライルたちにも語られてはいない。
「しかし、タナトスが完全に気配無く目前に現れるとは考えにくいが」
ヒュウガが、眉根を寄せる。
肩をすくめたのはディオンだ。
「ともかく、情報が少なすぎる。あたれるところはあたってみたが、そうとうマズい相手らしいってことくらいだな」
「だからこそ、俺たち三人が遣わされたのだろう。失敗は許されん」
まっすぐに前を見据えてカーライルが言い切ったのに、ヒュウガが口の端に笑みを乗せる。
「無論、負ける気は無い」
「当然だな、ともかく、現場に行ってみるしかないだろう」
「ああ」
向かう現場は、あと少しだ。

三人は、誰からとも無く顔を見合わせる。
うっそうというよりは、爽やかな並木道とでも言った方がいいくらいの明るい場所だ。
全くタナトスの気配は無い。
それ自体は珍しくもないが、空気の淀みさえ感じないのは初めてだ。これならば、何も知らない旅人は足を踏み入れ、あえなくタナトスの餌食となってしまうだろう。
「さて、どうする?」
問いを発したのはディオン。
切れ長の目を、更に細くしたのはヒュウガだ。
「このまま様子を見ていても、現れることは無いようだ」
「入るしか、ないだろうな」
カーライルの導いた結論は、三人共が思ったことだ。誰からとも無く頷きあい、足を踏み入れる。
横一線ではなく、適当な距離をあけて縦になるように調整する。
最後に足を踏み入れたカーライルが、数歩足を進めた時。
「戻れ!」
鋭く声を上げたのは、いくらか前に行っていたディオンだ。
いち早く迫ってきたタナトスに気付いたのだ。呼応して、すぐにカーライルも走る。
が、入り口付近へとたどり着いた二人は、緊迫の表情で振り返る。
「ヒュウガ!」
全く戻る気配のないまま、ヒュウガは立ち尽くしている。その視線は、地面へと落ちたままだ。
「おい!」
「待て」
戻ろうとしたディオンの肩を抑えたのはカーライルだ。
もう、タナトスの気配は足元すれすれまで迫っている。見つからないはずだ、地中奥深くに潜んでいたとは。
ヒュウガは、相変わらず動かないままにいる。
が、それは、タナトスに足を絡め取られたせいではない。
槍を構えたまま、地を睨みつけている。
踏み固められた地面がひび割れ、激しく持ち上がり始める。轟音の中でも、その視線は揺るがない。
やがて、大きく持ち上がった土くれの中からタナトスの瘴気が漏れ出した、その中の一点を、ヒュウガは一気に突く。
「はあっ!」
激しい風圧と共に、地面から現れたタナトスが大きく歪む。
二撃目を振り上げた時には、ディオンも剣を抜き払って波打つ地へと走り戻っている。
槍がアリジゴクのような巨大なタナトスへと再び突き刺さるのと、ディオンが次に現れたタナトスの腕を切り払った音が重なる。
カーライルの手の中でオーブが鈍い光を放ち、三体目のタナトスが現れた場所へと叩きつけられる。
「これで終いだ!」
ヒュウガが大きく振りかぶる背で、ディオンの剣が横に走る。
跳ねるように起き上がろうとした三体目がカーライルの剣先にひるむ間に、巨大なタナトスが槍の先で真二つとなって消滅する。
カーライルから、じわりと後ずさったタナトスをヒュウガの槍が貫いて浄化する。
ディオンの剣先でも、タナトスが浄化されていく。
ふ、と、響き続けていた轟音が消え、揺れ動いていた大地が静寂を取り戻す。
三人の視線が、周囲を素早く見回す。
遠く、小鳥のさえずる声が響く。
どうやら、どこにもタナトスの気配は残っていないようだ。
「やったか?」
緊張のとけぬ顔のまま、カーライルが問う。ディオンの視線に、ヒュウガが頷く。
「ああ、タナトスの気配は消えたな」
誰からともなく、肩の力が抜ける。
剣を収め、ディオンは額の汗をぬぐう。
「まさか、三体もいたとはな。しかも地下に潜まれたのでは、気配が無いわけだ」
「タナトスに気付いた時には囲まれ、足元をすくわれたのでは抗し難い。被害が広がったのも道理だな」
ヒュウガの分析に、くすり、と笑ったのはカーライルだ。
「貴様を除いて、だけどな。あんな不安定な足場で微動だにせずにいられるとは」
「驚いたけど、正しい判断だったよ。標的の足を取れなかったとわかれば、すぐさま地中へ引くのだろう」
ディオンが肩をすくめる。
「避けたのでは、捉えきれないわけだ」
だからこそ、百戦錬磨の銀樹騎士でさえも苦戦したのだろう。わかってしまえば答えは簡単だが、足元から生気を吸われそうになる、ぞっとするような感覚の中で逃げず立ち向かう判断なぞ、そうそう出来るわけでは無い。
よほどに、肝がすわっていなければ。
言外の意味を察したのだろう、カーライルが頷く。
「ヒュウガでなければ、解決出来なかったな」
「何を言う。俺一人では三体も一気には相手出来ん」
ヒュウガの目が不機嫌そうに見開かれる。
「きっかけを作ったのは、間違いなくヒュウガだよ」
生真面目な反応にディオンが笑ってから、小鳥がさえずる梢を見上げる。
「なんにせよ、無事解決したってことも確かだ。ほら、小鳥が戻ってきてる」
つられるように見上げた二人の目も緩む。
「ああ」
「本当だね」
誰からともなく、顔を見合わせる。
「報告しないとな」
カーライルの言葉に、またヒュウガの口が不機嫌そうに引き結ばれる。だいたい何を考えているかは想像がつくので、カーライルとディオンは軽く視線を合わせて笑いを堪える。
「特殊なケースだったから、急ぎ本部に報告に戻りますとか付け加えるっていうのはどうかな」
「で、いつもの店で一杯やる、と」
「ああ、それはいい」
誰からともなく、歩き出す。
さらり、と風が吹いて、後には柔らかな空気だけが残る。

2006.11.18 Lurking Darkness things


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