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■ メッセンジャー ■



恐る恐る、といった様子で近付いてきた女性に、ディオンは首を傾げる。
「どうかなさいましたか?」
「あ、はい、いえ、その……」
なぜか、酷くためらっているようだ。
「お役に立てることなら、遠慮なくおっしゃってください」
それは、騎士としての務めだ。ディオンの穏やかな笑みと物腰に、意を決したように女性は問いを発する。
「あの、銀髪の騎士の方をご存知でしょうか?槍を持っていらっしゃる」
「はい」
知っているどころか、だ。思い当たるのはヒュウガ一人しかいない。もちろん、という言葉を喉元で飲み込んで尋ねる。
「彼が、どうかしましたか?」
「先日、タナトスから助けていただいたのですが、その時に申し訳ないことをしてしまったんです」
「申し訳ないこと、とは?」
話が見えずにいるディオンに、女性は事情を話し始める。
タナトスが宿っていたのが娘が大事にしていたぬいぐるみだったのだそうだ。
引っ込み思案な娘の唯一の友達であったぬいぐるみから、あまりに急にタナトスが現れた為、説明の間も無く彼は突いたのだそうだ。
娘はひきつけを起こすのではないかという勢いで泣き始めてしまい、彼女たちも礼どころか責め立ててしまった、というのだ。
「助けていただいたのは私共ですのに、後日、お手紙と新しい服まで贈っていただいてしまって」
手紙には、詫びとぬいぐるみの傷は癒えたか、という気遣いの言葉があったという。
言葉通り、確かに彼女の手で娘のぬいぐるみは補修されていたし、送ってくれた新しい服はぴったりだった。
「あの子の躰が弱かったのも、タナトスのせいだったんですね。あれからすっかり元気になって、新しい友達も出来て。 本当に、なんとお礼を言ったらいいのか。あのお気遣い、娘はたいそう喜んでおりました」
「そうですか、では娘さんと大事なお友達は元気だったと、必ず伝えます」
笑みと共に返すと、女性は嬉しそうに何度も頭を下げる。
「ありがとうございます。心から感謝しておりますと、そう、優しい騎士様にお伝えください」
「いえ、騎士としての役目を果たしたまでです。お気になさらずに」
ヒュウガなら、絶対に返すだろう言葉を代わりに伝える。

「ヒュウガ、やはりここだったか」
ディオンの声に、槍を下ろしてヒュウガが振り返る。
皆での訓練が終わった後も、こうして一人槍をふるって鍛錬を続けている。その為に人がいない場所というのを何箇所か抑えているのだ。
「ディオン、何かあったか?」
それでなくても釣り上がった目が、厳しさを帯びるのに、ディオンは笑みを浮かべる。
「いや、違う。今回の任務先で、貴様に伝言を預かってきただけだ」
「俺に?」
怪訝そうになるのへと、顔を寄せて声を落として伝えてやる。
「お嬢さんと大事な友人は、とても元気だそうだ。お気遣いに、心から感謝してる、と」
その言葉だけで、すぐに何のことか思い当たったらしい。
思っていた通りだ、ずっと気にかけていたのだろう。
表情が、少し緩む。
「そうか」
「随分と、気遣ったようじゃないか」
にやり、と笑って言ってやると、ヒュウガは目を見開く。
「な、当然のことだろう。とっさとはいえ、あれほど傷つけてしまったのは俺の不覚だ」
慌てて早口に言うのに、ディオンは吹き出す。
「わかってるって、でもお嬢さんは嬉しかったってさ。良かったじゃないか」
「もうわかった、いい。俺は鍛錬の続きがある」
背を向けた瞬間、ちら、と見えた頬が少し赤かったのは、気のせいではあるまい。

2006.11.27 Messenger


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