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■ 遠い真実 ■



銀樹騎士の制服ではない、槍だけを携えた姿が見えなくなっても、ディオンはその場から動けずに立ち尽くしていた。
どのくらい、ただ立ち尽くしていたのだろう。
かさり、という背後からの音に我に返ると同時に。
「みすみす見送ちゃったね」
振り返ったディオンの顔から血の気が引いているのを見て、声をかけた人物は小さく笑う。
「冗談だから気にしないで。僕も、必然の結末だと思っているから、ね」
「必然、ですか?」
いくらかほっとしつつも、教団長でもあるルネの言いたいことがわからずに首を傾げる。
その仕草に、ルネは肩をすくめてみせる。
「そうでしょ?だって、あれだけのことがあったのに、何も見なかった聞かなかったことにしろなんて無理な話じゃないか。少なくとも、ヒュウガが納得するわけがないのにさ。君だって、わかっているから見送ったんでしょ」
視線が、ふ、と遠くなる。
「僕だって、君と一緒さ。祈ることしか出来ない」
言葉どおり、祈りの形に手が結ばれる。
「女王陛下のご加護が、ありますよう」
「教団長殿……」
す、と視線を上げた彼の表情は、いつも通りだ。
「まぁ、立場的に本人に言うわけにはいかないけどねぇ」
自嘲するような笑みがかすめるが、ディオンには何も言えない。相変わらず立ち尽くしたままの彼をルネは見上げる。
「ところでさ、ディオン。極秘の任務をお願いしたいんだけど、頼めるかな」
「私に出来ることでしたら」
騎士としてのディオンへと戻るのを、ルネはどこか冷えた、少年ではないかといって教団長でもない瞳で見上げる。
「そう、誰にも言っちゃ駄目だよ。出来る?本当は貴方にも頼むべきことじゃないんだろうけど、他にやり遂げられる人も思いつかないからさ」
秘密を守るというのなら、騎士として誓って守り通すことが出来る自信がある。
が、頼むべきことではないというのは、どういう意味なのだろう。
「無論、秘密とおっしゃるのならば絶対に。ですが?」
「質問も無しだよ。この仕事が終わったら、僕からこの仕事を請け負ったっていうことも、忘れられる?」
口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
「そう、まさにヒュウガに要求した無茶と同じことを言ってるんだよ。どう?出来る?」
一体、何をさせようというのだろう?
だが、引き受けなくてはならない、ということだけは感じる。
「出来ます」
言い切ったディオンの目前に、小さな包みが差し出される。
「これをね、誰か、教団にも財団にも関係の無い人間の手に渡るようにして」
そもそも、自分がまさに教団関係者だ。ディオンの表情は怪訝そのものになる。
「ディオンは銀樹騎士団の中で一番人脈が広いだろ。何人か渡っていけば、そういう人だっているでしょ」
言葉を重ねられて、どうやら何を期待されているのか理解はしてきたが、これは本当に難しい。
が、引き受けたからにはやり遂げねばなるまい。
ただ、具体的にどう渡していくかの筋道は、大事なことがわからねばならない。
「最終的に、どういった方の手に渡ればよろしいのですか?」
ディオンが正確に理解したことがわかったのだろう、一瞬、ルネの顔には嬉しそうな笑みが浮かぶ。が、それはすぐにかき消え、大人びた難しい顔つきになる。
「そうだな、何でもいいから、情報がおおっぴらになるところに近しい人がいい。財団にも教団にも握りつぶされないくらいの実力があるところだね」
いくつか想定しかかった中で、ヒトツに決める。
「わかりました」
きっぱりとしたディオンの言葉に、ルネは頷いて、小さな包みを手渡す。
「じゃ、頼んだよ」
どのくらいの間、握り締めていたのだろう。この寒さの中、ほんのりと温まった包みをしっかりと受け止める。
「はい」
包みから手を離したルネの視線が、また、もう人影の無い道へと注がれる。
「真実がわかるまで、か」
呟くような言葉に、つられたように道へと視線をやっていたディオンは、弾かれたようにルネを見る。
が、ルネは相変わらず、遠くを見つめたままだ。
「もしかしたら、真実というのは残酷なものかもしれないけれどね。それでも、ヒュウガにはきっと、必要なんだよね」
ディオンが何も言えずにいる間に、背を向けてしまう。
「にしても、先代より劣るといってもねぇ、今の騎士団長にはがっかりだ。こんな始末しか出来ないなんてさ」
半ば独り言であろう言葉に、ディオンの顔は曇る。確かに、先代騎士団長が健在ならば、こんなことにはならなかったかもしれない。
最悪でも、ヒュウガがこうして出奔するようなことには。
そのことで、騎士団長を選出したルネは、自身を責めているのかもしれない。
唇を噛み締めたまま、後姿を見つめる。
ディオンの反応を知ってか知らずか、ルネの顔だけが、振り返る。
「ディオン、君、ますます大変になるよ」
意味ありげに微笑むと、そのまま歩き出してしまう。
ルネの言葉の意味を取りかねたまま、だが、ディオンも後を追う。
少なくとも、騎士団の一、二を担っていたカーライルとヒュウガが一気に抜けたのだ。その分の大変さはわかっているつもりだが。
どうも、それ以上と言われた気がしてならない。
極秘任務といい、なにやらディオンの周辺も慌しくなりそうだ。

2006.11.26 Vitam impendere vero


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