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■ そして笑顔を手に入れる ■



ディオンは、目前の友人を眺めながら、小さく首を傾げる。
笑みが柔らかくなったのは、隣にいる元女王の卵のお陰だろう。
ヒュウガとディオンの会話を楽しそうな笑顔で聞いている彼女は、本当に優しくて暖かい。
が、それだけで、背負ってしまった大きなものまで消えてしまうものだろうか?
確かに、タナトスを生み出していたエレボスは消した。
しかも、ヒュウガ自身の手で、だ。
かつて、友を喰らったソレを己の手で屠ったことも、大きなことではあったと思う。
でも、やはり、それだけでは説明がつかない気がする。
ここは、カマをかけてみるに限る。
「ええと、ウォードンからリースへと移動して、そこでエレボスを抑える為に、ニクスさんが時空の亀裂へと落ちたんだよな」
「ああ」
本当はニクス自身にエレボスが憑いていたのだが、そのことは陽だまり邸の仲間内の秘密だ、ということはさすがにディオンも知らない。
ごくあっさりとヒュウガが頷くのに、ディオンは不信そうに眉を寄せてみせる。
「本当に、それだけか?」
「…………」
一瞬、ヒュウガの瞼が閉ざされる。やはり、他になにかある。
つっこんでみるか、と思ったところで、真っ直ぐな視線が返ってくる。
「ディオンにも知る権利があるだろう。望むなら、だが」
酒が入っているはずなのに、あまりに真剣な瞳。
何のことを言わんとしているか、考えなくともわかる。
「……カーライルのこと、わかったのか」
姿勢を正して、まっすぐに見つめ返す。
「教えてくれ」
あの時、カーライルからいくつもの言葉をもらっていたのに、何も気付けなかった。
言われていなかったヒュウガより、責められるべきは自分だったのだ。だから、どんな重責だろうが背負ってやろうと思ったのだし、そうしてきた。
権利ではなく、義務だ。
知っておかねばならない。
「ウォードン・タイムスは見ているか?」
「ああ、財団の動向が詳細だからな、一応は。ジンクスだけでなく、人に浄化能力を付加する装置まで開発していたらしいな。しかも、タナトスを引き寄せるとかとあった。実用化されていなくて幸い……」
素直に答えかかった言葉は、霧散する。
カーライルのことを話す、とヒュウガは言った。ウォードン・タイムスはそれに関連があるはずで、だとすれば。
「……まさか」
逸らされない視線が、予測が真実であると告げている。
「人体実験が行われた。そして、タナトスが引き寄せられ、寄生した」
言葉少なだからこそ、それは痛いほどに突き刺さる。
そして、思い当たる。
騎士団を去っていくヒュウガを見送った後、ルネに小さな包みを渡されたことを。
極秘で、財団にも教団にも関わらず、かつ研究可能な場へと引き渡せと言われたことを。
あれが、そうだったのだ。
カーライルに植え付けられた、装置。
「人体実験とは、なんてことを!」
上ずった声になるのを、ヒュウガは酷く辛そうな顔で見つめる。ちら、と視線を走らせると、隣のアンジェリークも、俯き加減だ。
「……?」
「財団が、わざわざ銀樹騎士を選ぶまい」
押し殺すような声。
「カーライルは、どうあっても強くなろうとしていた。どんな手段を使おうと」
騎士団内で一、二を争う腕の持ち主ながら、浄化能力の小ささ故に実戦での戦績に欠け、聖騎士の位を得られなかった。
ならば、無いものを補えばいい。
「……自分から、行ったのか」
どうやって、その装置の存在を知ったのかはわからない。今となっては、それは些事だ。
無言が、肯定だ。
「カーライル、なんてことを」
声が、掠れる。
今の財団は、ジンクスの運用の件で相当な抗議を受けている。装置に関しても真実が明かされれば潰されかねない。
アルカディア復興の面からすれば、それは避けた方がいいことだ。
だから、開発のみでデータは破棄されたこととして、発表された。
淡々と、言葉少ななヒュウガにアンジェリークが補足を加えつつ、事情が説明される。
返す言葉も無く、ディオンはただ、聞き続ける。
「リースで、カーライルに憑いていたタナトスにあった」
俯きかかっていた視線が、弾かれるように上がる。
「アンジェリークが、浄化してくれた」
柔らかく視線を向けられて、少し恥ずかしそうにアンジェリークは頬を染める。
が、彼女は笑顔で口を開く。
「あれはタナトスであって、カーライルさんではありません。だって、カーライルさんは、ずっとヒュウガさんを守ってくれていましたから」
強く確信が篭った言葉に、いくらか目を見開く。
「カーライルさんがいてくれたから、私はヒュウガさんと出逢うことが出来たんです。ヒュウガさんが危ないという時も、何度も教えてもらいましたし」
「光る蝶に姿を変えて、ずっと俺の側にいてくれていたと、アンジェリークが教えてくれた」
ディオンは、ヒュウガとアンジェリークの顔を交互に見比べる。何を言い出したのかと信じられなかったのではない。
確かにカーライルは、心の弱さゆえタナトスに憑かれた。でも、その弱さはとうに浄化されていただけでなく、ヒュウガを救ったのだ。
そう、ディオンも知っている。
「クウリールでアンジェリーク殿と一緒にいる貴様と会った時、光るものを追って俺は」
その先に、ヒュウガたちがいた。
「あれは、気のせいではなかったんだな」
おかげで、ヒュウガと再会しただけではなく、アンジェリークとも知り合うことが出来た。
あそこで顔を見知っていなければ、後日、陽だまり邸でアンジェリークに請われるがままに話をしたりはしなかったろう。
短剣のことを教えてくれませんか、と真剣な顔で言ってきた時には、正直答えていいものか迷った。が、教えて良かった、と心から思う。
そうでなければ、今、ここでこうして語り合うことなど出来なかったろう。
カーライルが、巡り合わせてくれた。そして、そのことにアンジェリークが気付かせてくれた。
辛いものは、全て浄化して。
「カーライルもヒュウガも俺も、貴女に救われたのですね。ありがとうございます」
「私は何も」
慌てたように手をふるアンジェリークへと、ヒュウガも柔らかい視線を向ける。
「貴女がいなければ、カーライルが守ってくれていることに気付けなかったろう。感謝する」
二人の笑顔に、恥ずかしげに頬を染めたアンジェリークは、にこり、と笑みを浮かべる。
「私は、お二人がそうして笑ってくださるのがなにより嬉しいです。だから、私の方こそ、ありがとうございます」
優しい笑顔だ。
ああ、そうか、とディオンは思う。
「貴女といる限り、ヒュウガは幸せですね」
みるみるうちに真っ赤になるアンジェリークとは対照的に、ヒュウガは笑みを返す。
そして、二人が幸せなのが、ディオンにとっても幸せなのだと、心でそっと呟く。

2006.11.27 At last, we got smiles!


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