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甘やかなお茶



小さな足音が、自分の部屋の前で止まる気配。
ペルは立ち上がると、扉を開ける。
「ビビ様」
「あー、ペル、やっぱりお部屋にいたのね!」
嬉しそうに、小さな姫君は満面の笑みを浮かべる。
「はい、おりましたよ。なにか、用事でございますか?」
膝を折り、ビビと視線を揃えて微笑む。
ビビは、腰に手をあてて、頬を膨らませてみせる。
「なにか、じゃないわ。今日は何の日かわかってる?」
「今日、ですか?」
ペルは、いくらか眼を丸くする。
ビビの誕生日ではないし、チャカのでもない。無論自分のでも。それは、先日すっかり本気で忘れていて、ビビに驚かされたばかりだ。
とすると、だ。コブラ王でもないし、イガラムでもないし……
ペルが忘れていてビビが不機嫌になるとすれば、なんらかの記念日だと思うのだが。必死で考えるが、思い出せない。
いくらか困った顔になってきたペルに、ビビは勝ち誇った姿勢で宣言する。
「大事な人の煎れてくれたお茶を飲む日、よ!」
「……あ」
そういえば、と思い当たる。
正確には、自分のことを大事に想ってくれている女性の煎れてくれたお茶を飲むと、その一年が元気に過ごせる、というものだ。茶葉が貴重であった頃に出来た風習で、今では女性の方から好きな人にお茶をふるまう、という告白の日となっている。
いまや親友である友人も、朝から数人の女性に囲まれているのを見かけた。
なるほど、そういうわけか、と理解する。年齢からは想像の出来ない強さと、誰とでも仲良く出来るその社交性のおかげだろう。
などと納得しているペルに、ビビは力強く言ってのける。
「いい?今日飲むお茶はとても大事なの。特に、朝一番はいっちばん大事なのよ!」
「朝一番ですか?」
「そう、女の子が最初に煎れるお茶には、一番効き目があるんだから!」
力説するビビを、ペルは軽く目を見開いて見つめる。
「はぁ、そういうモノなのですか」
などと、いくらか間の抜けた返事を返す。
自分に全くと言っていいほどに縁がないイベントである為、全てが初耳なのだ。
「誰もペルにお茶を煎れた人はいないわね?!」
ぴしり、とビビの指がペルの鼻先に突きつけられる。
あまりの勢いの良さに、人を指差すものではない、といういつもなら当然のように出てくるシツケの言葉も出てこない。
視線は、射抜くようにペルを見つめている。
ひどく真剣な顔つきに、なんだか気圧されつつも頷く。
「はい、誰もおりません」
いきなり、にまり、とビビの口元が緩んで満面の笑みになる。
「そう、じゃ、私が煎れてあげる!私の朝一番のお茶よ!」
「ビビ様の、ですか?」
驚いて、ますます眼が丸くなる。
「ちゃんとテラコッタさんに煎れ方教えてもらったし、小さなポット貸してもらったもん!」
ビビは、ペルの驚きをどうとったのか、真剣な表情に戻って力説する。
ペルは、慌てて首を横に振る。
「いえ、そうではなくてですね、あの」
困惑した顔のまま、首を傾げてビビを覗き込む。
「その、朝一番のお茶が、一番効き目があるのですよね?」
「そうよ!」
大きく頷く。
「その、コブラ王や、イガラムさんには……」
「もちろん、ちゃんと煎れたげるわよ?ペルの後にね」
あっさりと言ってのけた後、はっとした顔つきになってペルの服を引っ張る。
「ほら、早くして!パパとイガラムさんに見つかっちゃう前にお部屋に行かないと!」
「でも、あの」
まだ戸惑っているペルへと、ビビは少し頬を染めた顔を向ける。
「一番最初に、ペルに煎れたいの!ペルの無事は私がお祈りしたいの!」
勢い良く言ってから、上目遣いの視線でペルを見上げる。
「ダメ?それとも、他に煎れて欲しい人がいるの?」
こんな目で見られたら、断りようが無いではないか。
ペルは、笑みを浮かべて首を横に振る。
「いえ、おりませんよ」
「じゃ、私のお部屋に来て!」
満面の笑みを浮かべて、ペルの手を握る。
「はい、ではごちそうになります」
小さな手を握り返して、一緒に歩き始める。
今日のところは、この小さな姫君のおままごとに付き合うことにしよう。
とてつもなく薄いか、濃いかのお茶が出ることは容易に予測が出来るが、でもきっと。
自分への特別な一番であるそのお茶は、ペルにとっては、甘やかだろう。

2004.05.16 A cup of sweet tea




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