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蒼過ぎる空



双璧、と呼ばれる立場になると、どうしても比較される。
例えば、身長。
例えば、体格。
少なくとも、この二点に置いては、周囲も本人たちもはっきりと認識している。
チャカの方がペルよりも、どちらもあからさまに大きい。
まだ、成長しきっていなかった頃でさえ、ビビが、一生懸命に背伸びしながら言ったものだ。
「チャカって、大きな壁みたいね。私がこーんなに背伸びしてるのに、ぜーんぜん届かないんだもの」
言われて、チャカは笑顔で答えたものだ。
「ええ、この壁で、ビビ様に迫ろうという不届き者は全て遮ってご覧にいれますよ」
「本当?!嬉しい!」
満面の笑顔になってビビは言ってから、ちょこん、と首を傾げる。
ちょっと真面目な顔つきになって、付け加える。
「でもね、チャカ、ケガをしたり、ましてや死んでしまったりなんて、絶対にしないでね」
「大丈夫ですよ」
膝を折り、視線の高さを合わせる。
「私は、アラバスタの守護神ですから」
「うん、そうね、そうよね。それに、チャカが壁になってくれている間に、ペルが運んでくれるわね」
ちょうど、訓練を終えてきたチャカの相方とも親友ともいえる少年へと、ビビは笑顔を向ける。
「なんの話です?」
ほとんどの人には見せない穏やかな笑みを浮かべて、ペルはビビへと首を傾げてみせる。
「あのね、もしも悪い人が来たら、チャカが壁になってくれるって言ってくれたの。でも、チャカがケガをしちゃったりしたら大変でしょう?だから、チャカがずーっとかばってなくてもいいように、私のこと、ペルが運んでくれるわねって言ったの」
「ええ、もちろんですよ」
にこり、とペルは笑みを大きくする。
「ビビ様を安全なところまでお連れしたら、すぐに取って返してチャカの援護に回りましょう。そうすれば、チャカもケガをせずに帰ってこられます」
わ、とビビは嬉しそうな声を上げて、ペルへと飛びつく。
「さすがペルだわ!完璧よ!」
「あ、あの、ビビ様!私は汗をかいておりますので、くっつかれますと、汚れてしまいます!ああ!そのように!!」
ぎゅうう、と抱きつくビビに、ひどく慌て出す親友を見て、思わずチャカは笑い出す。
笑いながら、考える。
敵わないな、と。

双璧と呼ばれるようになって、時に守護神コンビなどと影で呼ばれて。
相変わらず、なにかと比べられている。
例えば、武術。
例えば、性格。
アラバスタ最強の戦士の名を奉られたのは、ペルの方だ。
武術自体はチャカと互角だが、彼は隼に姿を変えることが出来る。そこから繰り出される飛爪は、誰にも避けられるものではない。
鍛錬を重ねたおかげで、隼の姿でも多種多様の武器を扱える彼は、文句無しにアラバスタ最強だと、チャカも思う。
そして、それを、誇らしく思う。
逆に、リーダーの素質充分、と言われるのはチャカの方だ。
イガラムが引退したあかつきには、間違い無くチャカが護衛隊長官になると言われている。
ペルも、当然だろう、と頷く。
もちろん、そう言われてまんざらでもない。
それに、アラバスタの守護神を名乗る者として、誇らしくも思う。
でもそれは、ペルあってのことだ、とチャカは理解してもいる。
実に、絶妙なバランスの上に成り立っているのだ。
ペルが、実に厳しく部下たちを統率する。チャカが、いくらか緩めてやる。
感情的になりがちな者たちを代表するようにペルが怒りをあらわにし、それをチャカが最もな理論でたしなめる。
自然、周囲もそれに納得して、部隊はまとまる。
だから、護衛隊長官、と言われるたびに、チャカは言う。
「ヒトツの条件さえ認められるならば喜んで」
「条件?」
怪訝そうに首を傾げるペルへと言う。
「決まってる、副官は絶対にお前だ」
言われたペルは、いくらか困った表情になる。が、頷いてみせる。
「皆がそれで納得するのならば」

今日もまた、ペルはどこか困った顔をしている。
イガラムとビビが姿を消してすでに二年。チャカが護衛隊隊長代理を務めるようになって二年ということになる。
国内の緊張はますます高まっていて、護衛隊の内外から代理でなく、正式就任の話が出ることもしばしばだ。
で、軽くいなしはしたが、いつも通りのパターンとなった、という状況である。
が、今までになく、ペルの顔に浮かんだ困惑は深いように見える。
皆が引いてから、チャカは首を傾げる。
「どうしたペル?そんなに護衛隊副官が嫌か?」
尋ねられて、ペルは慌てたように首を横に振る。
「違う、そういうわけではない」
だが、その視線は下へと落ちてしまう。顔には困惑の表情を浮かべたまま。
「何か懸念でもあるのか?」
「懸念……とは、少し違うが」
ペルらしからぬ、歯切れの悪さだ。
「では、何なんだ?前から副官の話になると、必ずそんな顔をするじゃないか」
「それは、性格的にあまり向いてないと思うからだ」
返ってきた答えに、チャカの顔に笑みが戻る。
「なんだ、そんなことだったのか?周りはちっとも、そんなこと思っていないぞ」
「そのようだな。いくら俺でも、これだけ繰り返されればわかる」
こと感情が絡むことになると鈍いと言われ続けているので、それなりに気にしているらしい。
「だったら、何の問題もないじゃないか」
「…………」
先ほどまでよりも、深刻な顔つきでペルは黙り込んでしまう。
「ペル?」
チャカの声が聞こえているのか、いないのか、ほとんど独り言の口調で、ぽつり、と言う。
「俺にはアラバスタの守護神を名乗る資格が無い」
「どういう意味だ?」
さすがに聞き捨てなら無い言葉に、チャカの表情が険しくなる。
視線をチャカへと戻したペルの顔には、ひどく苦しそうな表情が浮かんでいる。
「俺は……一人を守るだろうから」
「!」
チャカは、全てを理解する。
イガラムとビビが姿を消した日から、ペルは延々と二人の行方を捜し続けている。
アラバスタ国内には絶対にいないとわかってからは、その翼の及ぶ範囲全てへと捜索の範囲を広げているらしい。
それでいて、ペルはビビたちが見つからないと理解しているようにも見えるのだ。
自分たちにとってはかけがえのない、可愛らしい妹のような存在でもある姫君は、淡い憧れだとか初恋だとか、持ち合わせている恋愛感情の全てをこの親友に向けていたことをチャカは知っている。
超ド級に恋愛関連に鈍いペルには、それらの努力全てが『なついている』という単語に変換されていたが。そのくせ、全く無自覚にビビの望むとおりの対応をしては喜ばせてたのだから始末が悪い。
でも、それはペルにとってもビビはただ仕えるべき姫以上の大事な存在であることの現れだったことも知っている。
ビビの姿が消えるまで、「大事な存在」という単語は間違い無く「妹」と訳されただろう。
だが、何故姿を消したのか、何故なにも言わなかったのか、そして、いつか戻る時は、どのようなカタチになるのか。
チャカと同じく、二年間、ペルの中で数えきれぬほどに繰り返されてきた問いの中で、少なくともヒトツ、答えが出たようだ。
「妹」という単語では、片付けられない存在。
たとえビビがどんな立場に身を置いて帰ってきたのだとしても、ペルは彼女を守るだろう。
あり得ないという単語は、今のアラバスタでは通用しない。
それが、国王の愛娘であったとしても。
あり得ない、でも、そんなことになったのなら?
口にはしないが、何度も繰り返して、そしてペルは自分の中にある感情に、気が付いたらしい。
我知らず、チャカの口元には笑みが浮かぶ。
「なにを笑う?」
自分がとんでもないことを口にしたのに、チャカが笑っているのが理解出来ないらしく、かなり怪訝そうな顔つきでペルが首を傾げる。
チャカは、思ったことのヒトツを素直に告げる。
「いや、もしも、ビビ様とお前がアラバスタに仇なしたとしたら、この国は大変なことになるなと思って」
「だから、なぜそこで笑う」
ペルの顔は、ますます怪訝そうになる。
「ビビ様とお前が信じる何かだろう?俺も危ない」
文字通り、ペルの目が丸くなる。
その顔に笑ってしまう。
が、そこまで言われてしまっては、ペルにも返す言葉がないのだろう。苦笑を浮かべる。
いつか、きっとビビは帰って来る。
でも、もしその時に。
ビビが、アラバスタを救うというスタンスにいなかったとして、ペルがそれに従うのだとして。
誰がなんと思おうと言おうと、少なくとも一人だけは、笑って見送ってやろうと思う。
ただ一人の親友が、選んだ道なのならば。
どちらからともなく、空を見上げる。
蒼い、澄み切った空を。
少なくとも二人の味方がここにいるから、だから。
だから、早く、ここに帰って来てください。
もう、何度目になるのかわからない願いを、空へと投げる。

2004.05.17 Very Bule Sky




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