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貴方へと伝える為の



珍しく天候も良くて、海王類も現れないという、ゴーイングメリー号にとって、なんとも平和なある日。
アラバスタへとひた走る船上で、ビビは、ひとつ、大きな決意をしていた。
決意を表すように、向う先へと歩き出す歩調は、力強い。
最初の目的の人物は、お気に入りの定位置で海原を眺めている。
「ルフィさん」
「んん?」
悩みなんぞなんもなさそうな、底抜けに明るい顔でルフィが振り返る。
「相談に乗って欲しいことがあるの」
「なんだぁ?」
目を大きく見開いて、ルフィは首を傾げてみせる。
アラバスタの今のことならば、その笑顔を見ているだけで、絶対にどうにかなる、してみせるって思えてくるけれど。
今日の相談は、そのことではない。
国にとっては、きっと些細なことだ。
今、そんなことに気を取られているべきじゃないかもしれない。
でも、ビビ個人にとっては、とても大事なことで、アラバスタに近付けば近付くほど、いてもたってもいられなくなってくる。
だから、皆に訊いてみようと決めた。
心でもやもやと考えているよりは、前に行った方が、ずっといいのだ。
ずっと思ってはいたけれど、いま、一緒にいる彼らは、強く強くそれを教えてくれたから。
「あ、あの」
すう、とヒトツ、大きく息を吸う。
「告白してもらうとしたら、なんて言ってもらうのが、嬉しいかしら?」
「告白?」
ルフィは、怪訝そうに眉を寄せる。
真剣に、告白の意味がわかっていない模様だ。
「だからね、その……」
なんと説明していいものか、とビビも首を傾げる。
「あ、そうだわ!ルフィさんなら、大好きな人に、なんて言うの?」
「大好きな人に?」
に、と大きく両側の口角が上がる。いつものルフィの笑顔だ。
「そりゃ、『大好きだ!』に決まってるだろ!」
大声で言ってのけてから、しししっ、と笑う。
こんな笑顔で言われたら、きっと誰もが好きになってしまうだろう。
ずっとずっとずっと。
このまま仲間でいられたらと、自分が願ってしまうように。
ビビも、笑顔になる。
「そうね、そうよね、ありがとう!」
とは言ったものの。
そうはっきりと口に出来れば、苦労はないわけで。
それに、男の人がなんと言われれば嬉しいのか、を訊きたかったのに、あれではルフィが告白する時、だ。
ビビは首を傾げながら、甲板で昼寝をしている影へと近付く。
「ねぇ、ミスター武士道?起きて?」
「んぁ?んだよ?メシか?」
ゾロは、半分寝ぼけた目でビビを見やる。
「ご飯じゃないわ、ごめんなさい」
言われて、ゾロの瞼はまた落ちていく。
「あ、あのっ、相談したいことがあるの!」
再び眠りに落ちる前に、慌てて言う。ほとんど閉じかかっていたゾロの目が、再び半分開く。
「相談?」
口調が、怪訝そうだ。
「そうなの、大事なことなの」
ビビは、また眠られてはたまらないと真剣な瞳で見つめる。まっすぐな視線に、ゾロは怪訝そうながらも、はっきりと目を開けてくれる。
「俺に、か?」
「ええ」
まっすぐに見つめたまま、ビビは真剣に頷く。
ゾロは、ずり落ちかかった躰を持ち上げて座り直し、ビビへと向き直る。
「なんだ?」
どうやら、ビビの真剣な視線に、真面目に承ることにしてくれたらしい。
「あのね、ミスター武士道は、女の子に告白されるなら、なんて言われたら嬉しい?」
「…………」
ゾロの目が、大きく見開かれる。
が、返事は返らない。
「…………」
ビビを、じぃっと見つめたままだ。
「あの……ミスター武士道?」
呼ばれて、やっと、自分を取り戻したらしい。大きく目を見開いたまま、逆に問い返す。
「なんで俺に訊くんだ?」
「だって、ミスター武士道は男の人でしょう?私、男の人の意見が訊きたいの。お願い、私にとってはとても大切なことなのよ」
俺には関係ねぇよ、という単語が喉元まで出かかった顔つきだったゾロだが、相変わらず真剣な顔つきのビビを見て、かわいそうになってきたらしい。
ぷい、とそっぽを向きながら、ぼそり、と答える。
「好きな女に言われるんなら、なんだって嬉しいに決まってる」
頬が、染まっている。
こちらも頬が染まりそうなほど、キザなことを言ってのけたことに、当人気付いているかどうか。
どうやら、誰かを想定したものと思われるが、ツッコむのは得策じゃないだろう。
「ありがとう、ミスター武士道!」
にっこりと笑うと、ビビは立ち上がって背を向ける。
それから、ちょっと紅潮した頬を抱えこむ。
あの人も、そうかしら?私のこと、そんな風に見ていてくれるかしら?そんなことを思いながら。
「ビビちゅわ〜ん、オヤツをどうぞ〜」
聞こえてきたのは、サンジの声だ。
振り返るとすでに、テーブルの上にキレイなオヤツが乗っている。
「あら、ステキね」
にっこりと笑うと、サンジのハートマークの瞳もきらきらと輝く。
「そりゃぁもう、ビビさんのためのオヤツですからっ」
せっかくのオヤツをいただこうと椅子に座ってから、首を傾げる。
「あの、サンジさん」
「なんでしょう?」
満面の笑顔で、サンジは次の台詞を待っている。
「相談に乗ってもらいたいことがあるんだけど」
「相談?もちろん!なんでも訊いて下さい!この俺が、どーんとビビちゅわんの悩みを解決して差し上げますっ!」
どこに向って言ってるんだろうと思われるほどにくるくると舞いながら言ってのけた後。
膝をついて、ビビへと手を差し出す。
「さぁ、その小鳥のような胸を痛ませている悩みを、どうぞ告げて下さい」
「サンジさんは女の子に告白されるなら、なんて言われたら嬉しい?」
たちまち、サンジの瞳がハートマークへと変わる。
「なんですって?ビビちゃんが告白?!いやもう、俺も好きですとも、大好きですとも!!!そりゃもう、俺としてはなんでも嬉しいですがッ、そう、あえて言うならば!」
またも、くるくると舞い始めてしまったのを、かろうじて止める。
「あ、あのサンジさん、なにか勘違いを……」
「え?」
「その、私、告白したい人がアラバスタにいて……」
ハートマークだった瞳から、たちまち涙が溢れ出す。
「ビビちゃん……それは、この俺に、別の男とビビちゃんの恋を成就させるためにはどうしたらいいか教えろってことですかー?!」
「ご、ごめんなさい」
うつむいてしまったのを見て、はっとサンジの眼からは涙が引っ込む。
「なにを謝るんです!ビビちゃんの幸せの為なら、俺は協力を惜しみませんとも!そう、女の子が告白する時に効果的な、ステキなアイテムをお教えしましょう!」
「アイテム?」
いつの間に作ったのやら、手には可愛らしいラッピングのクッキーがある。
ラッピングをといて、さぁ、というように差し出される。
摘んで口にすると、ほんのり甘くて、さくさくしていて。
「美味しい!さすが、サンジさんね」
「でしょう?自分で作ってですね、添えて贈れば、もう、ばっちり!なにもかも上手く行きます!」
「自分で?私にも出来るかしら?」
ビビが小首を傾げると、にっこりと笑ってサンジは紙を取り出す。
「ココにレシピを用意してあります。この通りに作れば、誰にでも、すぐに作れますよ」
笑みが、大きくなる。
「このクッキーの素晴らしいところは、味も良くて、その上、作り方が実に簡単なコトです」
料理初心者のビビでも作ることが出来るように。
さらり、と気を回してくれたのが嬉しくて、ビビの笑顔も大きくなる。
「きっと、私にも出来るわね。ありがとう、サンジさん」
「いえいえ、男は女の子の手作りには弱いもの、ましてやビビちゃんの手作りクッキーとなれば、どんな男であろうと振り返りますよ」
くるり、とビビから顔を背けたサンジの眼から、またも涙が流れ出す。
「その相手が俺じゃないっていうのに、心が痛みますが」
「どうしたぁ、サンジ?どっか具合悪いのか?」
いつの間にやって来たのか、チョッパーがサンジの顔を覗き込む。
「チョッパー、この胸の痛みは、医者には治せないのさ」
チョッパーに向かい、サンジはいたく淋しげな笑みを浮かべる。笑顔でクッキーのレシピを教えたが、実はかなりダメージが大きいらしい。
話がややこしくなりそうなので、ビビはチョッパーを連れて、つつつ、とサンジから後ずさって離れる。
その間も、チョッパーはサンジの様子が妙なのが気になったらしく、延々と
「サンジー、本当に大丈夫なのかー?」
と訊き続けていたのだが。
完全にサンジの姿が見えなくなったところで、チョッパーはビビを見上げる。
「なぁ、本当にサンジは、大丈夫なのか?」
「ええ、大丈夫。すぐに立ち直ってくれる……と思うわ」
微妙に自信がないが、大丈夫、ということにしないと話が先に進まない。
ビビが大丈夫、と口にしたので、チョッパーもいくらか安心したらしい。こくり、と大きく頷く。
「そうか、ならいいんだ。泣いてるみたいに見えたんだけど、気のせいだったんだな」
いや、気のせいではないんだが。
が、その理由を説明するのは、ビビにも難しいので、ひとまず自分の方の用事を済ませることにする。
「ねぇ、トニーくん、私、相談したいことがあるんだけど、聞いてくれる?」
「俺にか?」
チョッパーは、ひどく驚いた顔つきになる。
「うん、俺で役立つなら、いくらでも聞くぞ?」
そのつぶらな瞳をいっぱいに開いているあたり、ビビにとっては男性、というよりは弟、という感じがしなくもないが。
「あのね、女の子に告白されるなら、なんて言ってもらったら嬉しい?」
「こ……こく……?」
つぶらな瞳は、さらにさらにさらに、大きく見開かれる。
「そ、そ、そ、それって、俺のこと誰かが好きで、それで、ええと?」
「うん、そう、トニーくんのことが好きな女の子から、なんて言って欲しいかなぁ?」
「じょ、冗談じゃねぇやい、そんな、『好き』だなんて、言われたって迷惑だぞ?!」
などと言い捨てるチョッパーの顔には笑みが浮かび、目尻は下がっている。
くいくいくいっと動いているのは、どうやら照れるあまり踊っているらしい。
ようは、好き、と言われたなら、かなり嬉しい、というわけだ。
実にわかりやすい行動である。
が、それを口にすると、さらにパニックを起こしそうなので、ひとまず、にっこり、とビビは微笑んでおく。
「そ、そう?ありがとうね」
船室へと向うと、ウソップがなにやらぶちぶちと言いながら、発明にいそしんでいる。
「あ、ウソップさん、新しい発明?」
「そうさ、俺様のドエライ発明が、今また生まれようとしてるってわけだ!」
発明をしている時には、邪魔しないようにと、そっと離れていくビビが、そのまま手元を見ている様子なので、ウソップは顔を上げる。
「どうかしたか?」
「お邪魔しちゃって悪いんだけど……相談に乗ってくれる?」
相談、という単語を聞いたウソップは、手にしていたなにかを、床へと降ろす。工具もだ。
「おう、聞くぜ?」
それから、どん、と胸を叩いてみせる。
「この俺様に相談とは、人を見る眼があるってもんだぜ?どんな悩みも、どーんと解決間違いなしだ!」
シチュエーションはともかく、サンジと同じこと言うものだから、思わず噴出しそうになるのをこらえる。
「ウソップさんは、女の子に告白されるなら、なんて言って欲しいかしら?」
一瞬眼が見開かれた後、ウソップは、にやり、と口の端に笑みを浮かべる。
「なるほど、ビビは誰か、告白したい人がいるんだな?まかせとけ!女の子の告白といえば、アーティスティックな便箋にロマンチックな告白と決まってらぁ!」
ビビが返事をする間もなく、ウソップはどん、とまたも胸を叩く。
そして、数枚の紙を取り出すと、さらさらと筆でなにやら書き始めて、やや、しばし。
「ほーら、アーティスティックだろ?!」
どどーんと、差し出してみせたのは、自作の便箋だ。
丁寧に、罫線まで入っているし、お揃いの封筒もついていて、いたれるつくせりなセットになっている。
その上、ウソップが口にしたとおり、かなりキレイな出来であることも確かで。
「すごい!」
思わず拍手するビビに、ウソップは鼻を高々としてみせる。
「ふふーん、この俺様にかかれば、ざっとこんなもんだ」
それから、にやり、と笑って差し出してくれる。
「ほら、持ってけよ。コレ使えば、告白、ぜーったい成功間違いなしだぜ!」
ささやかな相談に、こうして一生懸命になってくれたことが、なによりも嬉しくて、ビビも満面の笑顔になる。
「ありがとう!宝物になるわね」
大事に抱え込んだのを見て、ウソップは笑みを大きくする。
「そりゃあ嬉しいけど、宝物にしちゃダメだぜ?ちゃんと、使わないと」
「そうね、本当にありがとう!」
うきうきしながら、便箋を荷物の中へとしまったところで、ぽん、と後方から、肩を叩かれる。
「ね?皆に、なにか相談して回ってるみたいね?」
微妙になにやら、殺気を感じる低い声の主が誰なのかは、考えずともわかる。
「ナ、ナミさん?」
「うふふふふ?水臭いじゃない?」
ゆっくりと振り返ると、案の定、満面の笑顔に殺気をみなぎらせたナミがいる。どうやら、皆に相談に回っているのに、ナミのところに来ないので、かなり不機嫌の模様だ。
「誰かにアプローチしたいんですって、ね?」
ここまできて、ヘンに隠したところで無駄だし、余計に機嫌を損ねるのに決まっている。
「う、うん、そうなの、それで、男の人の意見を訊いてみたいなって思って」
ビビは、にっこりと笑ってみる。
「そう、でも、女の子にしかわからないことも、あるかもしれないわよ?」
「そうね?」
ナミの笑みが、大きくなる。
「十万ベリーで、どう?ウチのバカ野郎どもよりは、ずっと実践的な方法、教えてあげるわよ?」
「そう言うと思ったのよね」
思わず口走ってしまって、慌てて口元を押さえる。
「うふ、でも、そうねぇ」
含みのある笑みが、ナミの口から溢れ出す。
「好きな人が誰なのか、教えてくれたら、タダでもいいわ?特別にね?」
ビビは、困った顔でナミを見つめる。
多分、ナミの最大限の譲歩だ。誰だって、自分だけのけ者なのは淋しい。
でも、誰にも言ったことの無い、大事な想い人。
名を口にしようとするだけで、こんなにも胸がドキドキしてくる。
ナミは、そんなビビの鼓動が聞こえたのかどうか、笑みを大きくする。
「仲間だもの、ね」
一瞬、ビビの眼が、大きく見開かれる。
それから、にこり、と微笑む。
頬は上気していたが、そっとナミの耳へと、口元を寄せる。
「他の人には、絶対に内緒よ?」
「もちろん、当然じゃない」
どことなく嬉しそうな笑みが、ナミの口元に浮かぶ。
「あのね、小さい頃から、ずっとずっと側にいてくれた人なの……」
いつだって、子供扱いはしなかった。褒める時も叱る時も、対等の相手として扱ってくれた。
それでいて、何気なく、いつも影から守ってくれていた。
自分のワガママにも、ちょっと困った顔をしながらも付き合ってくれた。
こくこく、と頷きながら聞いていたナミは、にっこり、と微笑んだまま、今度はビビの耳元へと唇を寄せる。
「ええ?!」
思わず大声を上げてしまったビビに、ナミは笑みをイタズラっぽいモノに変えて見つめる。
「驚くことないわよ、男はぜーったいに、これでオチるんだから!私が保証してあげる」
「ほ、ほ、ほ、ホントに?!」
ナミは、大きく頷いてみせる。
「ぜーったいよ、ビビなら、もう、百パーセント!」
「ナミさんに言われると、本当にそんな気がしてくるわ」
「そんな気、じゃなくて、本当なのよ」
二人で顔を見合わせてから。
どちらからともなく、くすくすと笑いだす。
「あ、なんだー?楽しそうだな?」
チョッパーが、首を傾げてうらやましそうに見上げてくる。
ビビとナミは、チョッパーを見下ろして、もう一度顔を見合わせる。
それから、イタズラっぽい笑みと共に微笑みかける。
「これはね、女の子だけの秘密」
「秘密なのか?!」
驚愕の顔つきのチョッパーに、またもや二人で笑い出してしまう。
お腹を抱えて大笑いして、それから、視線を前へと向ける。
帆にいっぱいの風をはらんで、ゴーイングメリー号は一路アラバスタへと進んでいく。
もう、周囲の海の色は見慣れたモノだ。
あと少しで、懐かしい国へと帰る。
そこで為さねばならないことは、あまりに多く、そして重い。
それでも、心のどこかが弾んでいる。
きっと、こんなに大事な仲間が側にいるからで、そして、あの国には、あの人がいるから。

2004.05.16 Miss You




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