[ Index ]

月夜語りに御伽噺を



ユバの復興状況を報告する為にアルバーナへとやってきたコーザは、自分が責任の一端を負わねばならない戦いの傷痕がどうなっているかと街を歩き始める。
首都であることもあり、すさまじい崩壊の後はほとんど消えている。ただ、壊された建物はまだ再建中のモノがほとんどだ。
仮住まいらしいテントが、あちらこちらに見える。
でも、行き交う人々の声も表情も明るい。
間違いなく、アラバスタ全土が復興への道を確かに歩き始めていると、実感が沸いてくる。
自然と笑みが浮かびかかったところで、先の方が一際にぎわっていることに気付く。
首を傾げつつ近付いてみて、納得する。
ビビが、街の様子を見に回っているのだ。
周囲には、子供たちがまとわり着いているし、その周囲にはその親たちが。それがビビが動く方へ一斉に動くものだから、団体様ご一行状態だ。
「えっらい人気だなぁ」
「ビビ様は、本当にわしらのことを気にかけてくださるからねぇ」
コーザが思わず呟いてしまった声に、隣に立っていた老婆が反応する。にこにこと微笑みながらの言葉に、コーザも笑顔を返す。
「ああしていろいろ話しかけても、嫌な顔ヒトツなさらないしねぇ。本当良く皆のことを見てなさるし、出来た方だよ」
幼馴染が褒められて、なんだか面映いが嬉しくてたまらない。
にやにやとしていると、反対隣にいた者が、深く頷いて言う。
「それに、だ。ビビ様がいらっしゃると、ペル様にもお会いできるからな」
なるほど、はしゃいでいる子供たちと楽しそうに話すビビの傍らに、静かに佇む長身の影はペルだ。
身を持って国を守った英雄として、今まで以上の尊敬を集めている。
「ビビ様がご視察される時には、必ずペル様が護衛なさっているからねぇ」
と、老婆。
そんな二人が揃って現れるとなれば、この人だかりも納得がいく。
「ホント、なんかこう二人で一緒にいらっしゃるといいよなぁ」
子供の一人が、もみじの手を伸ばしてビビになにか渡している。膝を折り、笑顔で受け取ったビビは手にしたそれをペルへと差し出しながら嬉しそうになにか言う。
ペルの口元が、緩やかにほころぶ。
ビビが子供の方へと視線を戻し、その白い手で頭を撫でる。嬉しそうにくしゃくしゃっと笑うと、子供は一緒にいた子達と走り出す。
見送ってから、ビビはもう一度ペルを振り返る。
見交わす二人の視線は、深い愛情を込めた暖かいものだ。
「きっと、そのうちにコブラ様から嬉しい発表があるに違いないねぇ」
老婆の言葉に、コーザははた、とする。
「いっけね、早く城にいかねぇと」
慌てて、目的の場所へと足を速める。

「なぁ、チャカ、俺さぁ、訊きたいことがあるんだけど」
王への報告を終え、テラコッタさんが淹れてくれた香りのいいコーヒーを手にコーザは部下たちの訓練に向かおうとしていたチャカの前に立つ。
「なんだ、コーザ」
手渡されたもうヒトツのカップを素直に受け取り、チャカも回廊の壁へと寄りかかる。話を聞こう、という体制だ。
「ケガはどうなんだ?」
「俺の方はたいしたことはない。コーザこそどうなんだ、長距離の移動はまだ堪えるんじゃないのか?」
苦笑を浮かべて、チャカが返す。
クロコダイルに挑んでぼろぼろになったチャカと、戦いのさなかに腹部に深手を負ったコーザとでは、お互い様というところだ。
それに気付いて、コーザも苦笑を浮かべる。
「俺も大丈夫だよ、直りは早い方だから。ペルは?」
ペルの場合は、少々特殊だろう。空で爆風に吹き飛ばされたのだから。
「かなり何箇所も骨折してたからな。だが、あいつも鍛えているから大丈夫だ」
「そっか」
こくり、と頷いて、コーザはコーヒーを口にする。
ケガのことが本命の問いではないのは、顔を見ればすぐにわかる。チャカは、軽く首を傾げる。
「で?」
「んー、いやそのさぁ」
いくらか歯切れ悪く、コーザは切り出す。
「ビビとペルってさ、付き合い始めたわけか?」
「いや、そんな事実はないが」
あっさりと首を横に振るチャカに、コーザはいくらか脱力する。
「やっぱそうなのか?いや、ここに来る途中で二人見たんだけどさ、周囲はいつ婚約発表あってもおかしくないってな雰囲気だったから、もしかしてもしかするかと思ったんだけど」
「そんなことあったら、真っ先にコーザに伝えるぞ」
言って、にやり、とチャカが笑う。
この手のことには敏感なチャカが言うのだから、本当だろう。
「だよな」
頷いて、またコーヒーを口にする。チャカも、ブラックのそれを美味しそうに飲む。
コーザの表情は、まだ納得しきってない。
「なんか今までのペルとは違う感じしたんだけどなぁ」
「そりゃ、人間成長するものだからな」
チャカの遠回りの言い方で、コーザもぴんと来たらしい。
「ってことは、じゃあ?」
「まぁ、なぁ」
言いふらすような類のことではないし、チャカだからと信頼して明かしたことも知っている。だから、なんとなく曖昧な返事だ。
ビビの気持ちが幼い頃から一貫して変わっていないことは、チャカもコーザも嫌というほど知っている。
「じゃ、なーんの問題もないわけだよな?」
「当人が気付いてないってことの他には」
チャカの言葉に、怪訝そうにコーザは首を傾げる。
「誰が気付いてないんだ?」
「だから、ペルは自分の感情には気付いてるが、ビビ様の感情にはちーっとも気付いてない」
ぽかん、とコーザの口が開く。
「まさか」
「まさかもなにも、本当だ」
あっさりと返されて、待て、のポーズになる。
「俺の記憶する限りじゃ、ビビのヤツ、恋愛に関わるイベントは全部ペルにしたりあげたり一緒にいたりしてたと思ってたんだけど、違ったか?」
「ペルに訊いても、同じ答えが返ってくるだろうよ。こちらが尋ねてもいない細かいディティールまで一緒にな」
「そこまで覚えてて、なんで気付かないんだよ」
頭痛がしてきた気がして、コーザは額を押さえる。
「そりゃ、あいつ自身がずっと妹のような存在と思ってたからだろうな。当然、ビビ様にも一番身近な兄のように思われていると思い込んでいるんだろ」
「なんか、ちょっとビビがかわいそうになってきた」
コーザの言葉に、チャカは苦笑を浮かべる。
「まぁ、仕方ないだろう、立場もあるしな」
言われて、コーザは言葉につまったようだ。
想い合っているなら身分など関係ない、と言葉にするのは簡単だ。
それに、あの二人ならば国王も許すだろうし、国民も歓迎するだろう。
だけど、ペル自身の性格を考えたら、そう簡単ではないと知っている。
「んんん……」
首を傾げていると、明るい声に名を呼ばれる。
「コーザ!」
すぐに青い髪が目の前で揺れる。と、同時に一気に質問の嵐だ。
「来てたのね!体はもう大丈夫なの?ユバはどう?皆、元気にしてる?トトおじさんは?!」
「おう、俺はもう元気だから心配するな。皆、いい感じでやってるよ、雨が普通に降るようになったからな」
久しぶりに顔を合わせた時はいつもこうなるので、コーザは驚いた様子も無く、ビビの怒涛の質問に答えを返し、にやり、と口の端を持ち上げる。
「親父も、元通りにゃ程遠いけど、丸々としてきたし」
「そう、良かった!」
浮かんだ満面の笑みに、コーザも笑み返す。
「で?ビビの方はどうなんだ?アルバーナはいい感じみたいだけどよ」
「そうね、ずい分と良くなってはいるわ」
そこまで言って、首を軽く横に振る。
確かにアルバーナは誰もが思わなかったような勢いで復興への道を歩み始めている。が、それは、あの戦いの傷痕が消えたことと同意ではない。
家族を失った者もいれば、ケガ人だっている。
治安の不安も残っている。
日々それらのことに心を砕いているビビは、自然にそれらのことを口にしかかってコーザの気を病ませることもないと思い直したのだろう。
にっこり、と笑みを大きくする。
「今日はここに泊まっていくのでしょう?」
「ああ、皆言ってくれるし、いろいろ買い物したいもんもあるし、そのつもりだ」
ビビの笑みは、最大に大きくなる。
「良かった!たくさんおしゃべり出来るわね!」
手を握って、飛び上がらんばかりの姿は、見慣れたものだけれど。
「あっと、いけない。少し調べ物をしておかなくてはならかなったんだわ」
我に返った時の顔は、すっかり一国を担う王女のものだ。
「おう、早いとこ済ませて来いよ」
に、と笑いかけると、ビビの顔にも笑みが浮かぶ。
「約束よ、夕食は一緒に食べてね!」
くるり、と背を向ける。怒涛のようにしゃべるビビに気圧されて、一言の口を開く間も与えられなかったペルが、いくらか照れ臭そうな笑みを向ける。
「元気そうだな、良かった」
「ペルこそ」
にやり、とコーザは笑みを大きくする。
「ケガは、もう大丈夫なのか?」
問われて、笑みは苦笑へと変わる。
「俺は大丈夫だよ、チャカに鍛えてもらってたから、ちょっとやそっとじゃ壊れねぇ」
「そうか」
嬉しそうな笑み。自分のことそっちのけで、気にかけていてくれたに違いない。
ペルは、そういう人間だ。
「ペルの方こそ……」
言いかかったところで、ビビの声が飛んでくる。
「ペル!手伝ってくれる約束でしょう?」
「ああ、はい。すぐに行きます」
慌てて答えてから、コーザに軽く頭を下げる。
「すまん、また後で」
「ああ」
軽く手を振って、後姿を見送ってから、コーザはチャカへと視線をやる。
「調べ物をペルが手伝うのか?なんかこう、もう」
アツアツではないか、と言いたげに額に手をやったのに、チャカは苦笑する。
「一人にすると、すぐに訓練か巡回をはじめてしまうんで、目が離せないんだよ。日常に支障はないがな。なんせ、生きてるのが奇跡なくらいの怪我だったくせに、思い切り飛んで帰ってきたし」
誰の為なのか、二人は口にせずともわかる。
顔を見合わせて、苦笑する。
「まぁ、ビビ様にはちょうどいいかもしれんが。見張るという口実でいつでもああしていられるわけだし」
「そりゃそうかもしれねぇけど、このまんまじゃラチがあかねぇんじゃねぇの?」
二人が現れるまでの会話へと、話題は戻る。
「絶対なんか仕掛けねぇと、このままずるずる行くぜ。賭けてもいい」
「それは、賭けにならんな」
チャカも同じ方に賭けてしまうから。
「まぁ、そのうちビビの方がしびれ切らすかもしれないけどな」
王女の方から言い出せば、身分だのなんだのはあっという間に吹っ飛んで一石二鳥でもある。
が、コーザとチャカの顔つきは不満そうだ。
「やっぱこう、俺としちゃ、ビビに肩入れしたくなるんだよな」
「俺も、ヤロウに肩入れする趣味は無い」
と、なると、だ。
ペルの方から言わざるを得ないような状況に、追い込むしかない。
「第一関門突破したとして、その後も面白そうだしな」
ビビと想いを通じたとしても、コブラが認めなければどうにもならない。まぁ、この点は実際のところ、言いさえすれば済んでしまうだろうが、ペルは思い悩むに違いない。
「後一押しだと思うんだけどなー。ちょこっとキッカケさえあればさ」
「……ふぅむ?」
チャカが、腕組をして指を顎にあてる。真剣に考え始めた証拠だ。
やや、しばらくして。
に、と笑みが浮かぶ。

賑やかな夕飯が終わり、月も天高く昇る頃。
楼へと登って、空を見上げているペルの背後に影がさす。
振り返ると、チャカが、にやり、と笑う。
「ビビ様に言われてな。お前がまた、夜の巡回に出たりしないか心配だ、と」
いくらか、困ったようにペルの眉が寄る。
「図星だったな」
「……足で回るだけでは、目の届かないところがある」
いくらか視線を落としつつも、ぽつり、と返る。
「今はまだ、治安も不安定だ。空からの目があれば、多少なりと違うと思うのだが」
同じく護衛隊副官であるチャカは、ペルの気持ちは痛いほどにわかる。それと知ってて、ペルも情に訴えようというつもりなのだろう。
「悪いが、今日のところは見逃せないな。ビビ様に知れたら俺が怒られる。せっかく、幼馴染と再会して心行くまでおしゃべりしようっていうんだから、安心させてやれよ」
ビビの名を出されると、ペルは弱い。
深くため息をつきつつも、大人しく頷く。
「……わかった」
「そんな目に見えて肩落とすこともないだろ。お前が生きて帰ったってだけで、アラバスタの誰もが元気付けられてるんだぜ?お前がビビ様と一緒に姿を見せるだけでも、随分と活気が違うって、コーザも言ってたよ」
ペルには気休めにすらならないとわかりつつも、事実は事実だ。
「まぁ、一杯付き合えよ」
出されたボトルに、ペルは軽く眼を見開く。
「ここでか?」
「どうせ、俺はペルの見張りしろって言われてるし、月を見ながらってのもオツだろ」
にやり、と笑いかけると、つられるようにペルの顔にもうっすらと笑みが浮かぶ。
「まぁな」
どちらからともなく、腰を下す。
グラスを手渡して、それぞれを満たしてから、無言で軽く上げる。
「ビビ様が残ってくださって良かったよ」
グラス半分ほど空いたところで、ぼそりとチャカが言ったのに、ペルは軽く片眉を上げる。
「そうじゃなかったら、こんなに勢いづいてアラバスタが復興することはなかっただろう」
半ば独り言のような言葉に、どう返していいのかわからないのか、ペルは無言のまま、自分のグラスを傾ける。
チャカは、二杯目を注ぎながら、付け加える。
「そうじゃなきゃ、ペルも生きては戻らなかったろうしな」
なぜか、ペルはむせてから問い返す。
「なんで、そうなる」
「いや、なんとなくだ。……大丈夫か?」
軽く咳をしつつも、ペルは頷く。
「……大丈夫だ、気にするな」
いつもなら、かなりなツッコミどころなのだが、今日のところは我慢することにして、チャカはまた、グラスを傾け始める。
「なんかこう、冴え冴えとした月だなぁ」
「えらい情緒的だな」
今度は、いくらか不信そうな顔つきになっている。
「話の腰を折るなよ、まだ始まってもいないじゃないか」
チャカは、軽く口を尖らせる。
「話?」
「最近、ちょっと気になってることがあるんだ」
気になる、と聞いて、ペルの表情が改まる。こういうあたり、本当に生真面目でいい友人だと思う。
「なんというか、お前以外には言いにくい話でな……」
視線を月へと戻しながら、チャカは話はじめる。
「俺のオフクロは、城に勤めてたろ?王室が絡むような伝説には詳しくてな、寝物語によく聞かされてたんだよ」
物心つく前に母親を失っていたペルは、ただ頷いてみせる。
「ビビ様みたいな青い髪が、ネフェルタリ家に生まれるのは珍しいっていうのは、わざわざ言わんでも知ってるよな」
「水に祝福された、と言われることもな」
いくらか低い声でペルが答える。
そのせいで、雨が降らない長い間、随分と酷いことも言われていた。二人とも、黙って耐えているビビが痛々しくて辛かった。
思い出して、チャカの顔にもいくらか苦い表情が浮かぶ。が、話は続ける。
「その、水に祝福された姫君の話だ……俺はオフクロのように情緒深く話すことは出来んし、お前もそんなのは聞きたくないだろうし」
聞け、と言っておきながら、妙に前置きでもたもたとしているのに、ペルはいくらか首を傾げる。
「かいつまんででいい。どんな話なんだ」
「いやな、長い歴史の中では、この国も何度も干ばつが起こってる。で、その時に水に祝福された姫君が祈りを捧げるとな、その身を水に変えるのと引き換えに、願いが叶うっていう話があってな」
話が見えず、ペルの首の傾きは大きくなる。
チャカは、月を見上げたまま続ける。
「ほら、あの戦いの後に降っただろ?」
「ああ」
ペルは実際には目にしてないが、最後に降った奇跡のような雨のことは聞いている。
「なんかこう、タイミングが良すぎる気がしてしまってな」
困惑した表情で、しきりと顎を撫でる。
「だが、月が満ちるたびになぁ……」
独り言のように呟くと、口を閉ざしてしまう。
ペルの首が元の位置に戻る代わり、またも眉が寄る。
「月が満ちるとなんなんだ?」
うわの空の顔つきだったチャカは、視線を戻す。
「あ?ああ、その話によるとな、凍てついた水の元で月に祈るんだと。で、願いが叶ったら、やはり同じことをするんだとさ。月が礼が足りたとみたら、祈った姫は水へと還されてしまうんだとさ」
ペルの顔は、腑に落ちないのか眉を寄せる。
「礼が足りたのに水にされてしまうのか?」
「ん?ああ、説明不足だな。水に祝福された姫ってのは、実は水の精霊の化身なんだと」
まだ、いくらか首を傾げつつも、なるほど、とペルは頷く。
「御伽噺だろう?」
「御伽噺と思ってたさ、この間の雨が降るまでは」
チャカは、大真面目な顔で返す。
「あの戦いが終わってから、月が天高く昇るとな、ビビ様の姿が見えなくなることがあるんだよ。で、ふと思い出して、ある晩、なんとなくつけてみたら……氷室の方へ行くじゃないか」
ペルの目が、いくらか見開かれる。
雨が少なく暑いアラバスタでは、水以上に氷は貴重品だ。城内でも、高台の涼しい場所に石造りの特別な部屋を用意して、氷を溜め込んである。
「ここ最近、氷室に忍び込まなきゃならんほどに暑くもなかろう?理由が思い当たらん」
難しい顔のまま、チャカは首を横に振る。
どちらからともなく、月を見上げる。
「御伽噺だ」
もう一度、ペルが繰り返す。

ユバの様子や、砂砂団のメンバーのその後の話などが一通り済んでから。
お茶の入ったカップを手に、コーザはしみじみとした口調で言う。
「にしてもさ、ペルが無事でほっとしたぜ」
「ええ」
頷いて、ビビもカップを手にする。視線を軽く落としたのは、あの時のことをまざまざと思い出したからだろう。
「私、あの時、爆破を止めなきゃってことばかりで……」
落ちたまつげの先に、光るモノがあることに気付いたコーザは、早口にかぶせる。
「ペルじゃなきゃどうにもならないって、わかってたんだよ。ともかく、生きて帰ったことは確かだろ」
「そうよね」
まだ、いくらか潤んでいる瞳で微笑む。
「ごめんなさい」
「いいって、言い出したの俺だしさ。まぁ、ペルって、必要となったら、あっさりああいうことしそうだとは思ってたけどな」
フォローしてるのかしてないのか微妙なコーザの言葉に、ビビは深く頷いて身を乗り出す。
「やっぱり、コーザもそう思うのね?」
「ああ、残される方の身にもなってみろっての。って、ペルの始末悪いとこはよ、自分の役割だからとかなんとか、ぜってぇ聞かねぇとこだよな」
ビビの口からため息が漏れる。が、コーザは、にやり、と口の端を持ち上げる。
「でも、そういうとこも好きなんだろ」
「え?!」
かあっと染まった頬が何よりの返事だ。
「で、で、でもっ、だからって、もうあんなのは二度と嫌よ。コーザもよ?」
言葉の途中から真剣な顔つきになってしまったビビに、コーザは慌てて頷く。
「俺はあんなコトは二度とやらねぇよ。ペルの方は神頼みくらいしか無さそうだけど」
二度目のため息が漏れる。
「やっぱり、そうなのかしら」
その沈黙を破るようにコーザが手を打つ。
「そういやさ、なんかよく効くまじないがあるんだってよ」
「おまじない?」
首を傾げるビビに、コーザは頷き返す。
「俺も聞いたことあるだけなんだけど……」
いくらか声をひそめたコーザにビビは耳を寄せる。

背後からの気配に、チャカとペルが同時に振り返る。
「どうしたコーザ?ビビ様は?」
チャカの問いに、コーザは肩をすくめる。
「なんか用事を思い出したとかでさ、どっか行ったよ」
言いながら、二人の間にどっかりと腰を下ろす。
「美味そうなモン飲んでるなー、俺にも分けてくれよ。あ、城下には出ないからって言ってたぜ。そうだったら、最低でも俺が付いてくって」
ペルの眉が寄ってるのへ告げて、グラスを手にする。
「ケガ直りきってないからって親父、ちっとも飲ませてくれねぇんだよ、いい加減ひからびちまう」
のんきな顔つきのコーザを挟んで、チャカとペルは怪訝そうだ。
「城内で?」
「こんな時間に?」
さっと立ち上がったのは、ペルだ。
何も言わず、背を向ける。
早足の足音が遠のいてから、チャカとコーザは顔を見合わせる。
どちらからともなく、にやり、と笑いあう。
「上手くいくかな?」
コーザが首を傾げる。
チャカの口元の笑みが大きくなる。
「くれてやったチャンスを生かせないようじゃ、ダメだな」
手酌でグラスに注ぎながら、コーザも笑う。
「男が廃るよなぁ。でも、ペルならあり得るぜ?ダメだったらどうするんだ?」
「そりゃ、次の手を考えるんだな。ビビ様のお気持ちが変わるわけじゃない」
それはそれで、楽しそうだ。
二人は、顔を見合わせてどちらからともなく、グラスを上げる。

2004.11.12 A fairy tale on a moonlight night




[ Index ]