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守りたい理由



珍しく息を切らして走ってきた小碓は、空を見上げる。
そして、ほどよく白い雲が散らされた青空に、ほっと胸を撫で下ろす。
風も暖かだ。
この様子ならば、今日も大丈夫だろう。
そっと、木陰を覗き込む。
もう、すっかり小碓には慣れたらしい。覗き込む気配に、子供の掌にも余るような小ささの小鳥が甘えた声を上げる。
にこにこと微笑んで、小碓は袖から己のご飯をそっと余らせてきた分を取り出してくる。
「ちょっと待ってね、すぐにあげるから」
差し出された途端に、無我夢中でついばみ出すのが、また可愛らしい。
座り込んで、じっと見入っていると、いつまでもこのままでいられる気がする。
が、突然の背後からの数人のさざめきと足音に、小碓は、はっと振り返る。
また、いつもの連中が自分を見つけたらしい。ここは、帝の兄弟の皇子たちが集められている場所だ。が、いくら皇子とはいえ、子供は子供、やることは変わらない。
弱いとみれば、帝の子供だろうが容赦は無い。
中で、動きも感情もおっとりとした小碓は、かっこうの標的であるらしい。
おぼろげにはわかるのだが、かといってどうしていいかなど、わかるはずもない。
ただ、守りたいものを背に立ち尽くすだけだ。
あっという間に、彼らはやってきて、ひょいと背後を覗き込む。
「見ろよ!小碓のヤツ、こんなとこに小鳥なんて隠してら!」
「やることなすこと、女みたいだよなぁ」
「泣き虫だしな」
三人目は、もうすでに目尻に涙を浮かべ始めた小碓を、さも面白そうに見つめながら言う。
「男らしいってどんなんか、教えてやるよ、小碓」
最初の一人が、ずい、と小碓へと寄ってくる。
「べ、別に教えてくれなくていいよ」
身をすくませたまま、小碓は小さな声で返す。
「なに?聞こえないなぁ?」
が、そこで彼の言葉は止まる。
背後から、ぐい、と肩をつかまれた感触に、ぎくりと振り返る。
小碓を鏡で映したかと思うほどに顔は似ているが、その目つきは全く違う。
小碓の双子の兄であり、この年にして日嗣の皇子となっている大碓だ。
眉を吊り上げ、まっすぐに悪童と化した皇子たちを睨みつけている。
「なに、してるんだ?」
「な、なんだ大碓じゃないか。いやなに、小碓が小鳥を飼ってるみたいだったからさ、ちょっと見せてもらってただけだよ、なぁ」
周囲も、首を大げさなくらいに縦に振る。
なんせ、この日嗣の皇子は小碓とは正反対の性格だ。ケンカ上等、腕っ節も強いと来ている。
敵わないことが目に見えている相手には、逆らわないに限る。
大碓の目が、意味ありげに細まる。
「ふぅん?ならもう、用は済んだな」
言外のあっちに行け、に素直にしたがって、小碓にたかっていた皇子達は走り去る。
完全に後姿が見えなくなってから、大碓は立ち尽くしたままの小碓へと向き直る。
「兄上、ありがとう」
「兄が弟を守るのは当然だ。にしても小碓、もう少し言い返すとかなんとか、あるだろうが」
いつも、自分の目を離れたところで苛められてるのはわかっている。理由は、何を言われても言い返さないし殴り返しもしないからだ。
目の届く時はいいが、少しは自分で自分のことを守ってもらわねば、心配でたまらない。
そんな大碓の気持ちをよそに、小碓はしゅんとしょげ返る。
「ごめんなさい」
「いや、謝れと言ってるんじゃなくて」
大碓は、弟のこんな表情に弱い。弱った顔つきになったところで、小碓の後ろから小鳥が呼ぶ。
はっと顔を上げた小碓は、満面の笑みを浮かべて小鳥へと振り返ってしゃがみ込む。
「もう、大丈夫だよ。大碓の兄上が守って下されたから。兄上は、お前を苛めたりなんかしないからね」
一生懸命話しかけている小碓の後ろから覗き込んだ大碓は、思わず出かかったため息をかろうじて飲み込む。
こんな小さな小鳥の世話に夢中とは、なるほどあの皇子たちの言うこともある意味もっともか。
「あのな、小碓。お前、なんだってこんな小さい小鳥を?」
小碓は、しゃがみこんだまま振り返って、大碓を見上げる。
「この間、叔父上のお屋敷の、修理があったでしょう?あの修理の時に切り倒された木に、鳥の巣があったんだ。急に切り倒されたから、巣は壊れちゃって助かったのこの子だけだったんだ」
視線が、また下へと落ちていく。
「お母さん鳥は驚いてどっか行っちゃったまんまだし、お父さん鳥も来てくれないし……」
大碓と小碓の母も、二人が物心つくかつかぬかのころに逝ってしまった。父は、帝の仕事が忙しいとかでほとんど会うことさえ叶わない。
涙声になった小碓の肩に、大碓はそっと手を置く。
「なぜ、事情を話して屋敷に連れ帰らなかったんだ」
「舎人たちが困ってしまうでしょう?」
なるほど、正直な小碓は、そのままを話せば叔父の屋敷の修繕の為に木を切った者が罰せられると思ったのだ。
「だが、このままではお前がいない間に、あいつらが何をするかわからんぞ」
怯えた目が、大碓を見上げる。
「いいか、物事は言いようだ。屋敷の者には、なんの動物がやったか巣が落ちて親鳥も失った哀れな小鳥だと言えばいい。そうすれば舎人に危害は及ぶまい」
一瞬、ぱっと顔を可輝かせかかった小碓だが、なにに思い当たったのか、また困った顔つきになる。
「あの、でも、兄上」
「ん?」
小さな声で、小碓は告げる。
「女の子みたいだと、言われないかな?」
先ほど言われた言葉を、小碓なりに気にしているらしい。大碓は、に、と口の端を持ち上げてみせる。
「そんなことを気にするな、心優しいのに男も女もあるか。それに、物は言いようだ。なに、心配無い、この兄が上手くいくようはからってやるから」
「本当?兄上、お味方してくれるの?」
今度こそ、小碓の顔に笑みが浮かぶ。
「兄上、ありがとう!」
それから、小鳥の方へと振り返る。
「お前、良かったね。兄上がお味方してくれれば百人力だよ。もう、怖くなんてないよ」
「そうだぞ。なにがあろうと、この大碓は小碓の味方だ。だからお前も安心していればよい」
小碓の後ろから、大碓も覗き込んで声をかける。
小鳥は、その小さな羽をいっぱいに広げて柔らかな声を上げる。
大碓と小碓は、どちらからともなく顔を見合わせて微笑んだ。

2005.03.28 Reason for ensure




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