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孤独な存在



帝である父親には、毎日のように会っている。
日嗣の皇子として、朝参は欠かせない役目だからだ。
が、こうして父と二人きりでいるのは、何年ぶりかに違いない。小碓も会いたかったろうに、と思いながら、大碓は父の言葉を待っている。
「大碓よ、お前は、よう日嗣の皇子として務めてくれておる」
「ありがとうございます」
頭を下げた大碓に、その言葉は降るようにかけられる。
「のう、大碓。帝とは孤独なものよ」
意図を取りかねて、大碓は顔を上げる。
父は、こちらを見ているようで視点はあっていないままに繰り返す。
「よいか、大碓。心より信じられる者など誰もおらぬ存在じゃ。肝に銘じておくことよ」
「……は」
頭を下げて、唇を噛み締める。
「それだけじゃ」
ぼそり、と声が降り、気配が遠ざかっていく。
が、大碓は動けもせず、声も出せなかった。
久しぶりに、親である父と会えたのかと思っていたのだが。
いや、親だからこそそんな言葉が出たのかもしれない。
次に帝となるはずの大碓に、帝たるものの心構えを伝えたかったのかもしれない。
だが、同時に目前の己の存在も、否定された。
日嗣の皇子として。
いや、それ以上に息子として、父の政務を助けてきたつもりだった。
が、父にとっては違ったのだろうか。
己の帝位を脅かす、邪魔な存在となってしまっていたのだろうか。
皇后から疎まれていることは、重々承知だ。
なにかと、その皇后からの意見に左右される帝と相成り果ててしまったこともわかっていた。
だが、まさか。
本気で父は、日嗣の皇子を挿げ替えようと考え始めたのだろうか。
廃太子は、そう簡単なことではない。
よほどに、帝に相応しくないとならなければ。
だが、権謀術数を知る者ならば謀ることはたやすい。帝は、むしろ利口な男だ。
その男が、その気になったのだとしたら。
もはや、時間の問題なのだろうか。
皇后の子を日嗣の皇子とする為に、ことは動き出しているのだろうか。
本気ならば、当人へとほのめかすようなことを言うわけが無い。
ましてや、血の繋がった親子ではないか。
己の子の命を奪うようなことを。
でも、今、この場で息子すら信じられぬ存在だと言ったも同然ではないか。
唇を噛み締める。
なぜ、否定出来ないのだろう。
親が子を殺すことなどあるわけないと、笑いとばしてしまえないのだろう。
いつから、こんなことになってしまったのだろう。
何度も何度も繰り返して、答えの出ない問い。
もう、ただ祈るだけでは無意味になってしまったのやもしれない。
来るべきものに備え、己を守る手段を講じなくては。
己を守ることは、大事な者を守ることに繋がる。
父が息子すらも信じてはおらぬと、そんな惨い事実の欠片すら知ることの無い、無垢の存在。
ただ一人、自分を信じ続けてくれる存在を守りぬく為に。
その為なら、なんだってしてみせる。
例え、この手を父の血で濡らすとしても。

2005.04.12 A lone existent




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