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夏の夜のLabyrinth
〜3rd. 夏の終わりに〜

■puzzle・6■



『そのうち帰ってくるだろ』
とは言ったが、厳密には、それは無理だ。
貴也には、忍らがどこに住んでいるのか、がわからないようにしているから。
出かける時にも、道順を覚えられないようなルートを通っているし、ここらへんは貴也の性格がありがたいのだが、『誰かにつれてってもらえる』と思っているので、覚える気もない。
結局、連絡があったのは、だいぶ遅くなってからだった。
しかも、亮に一人で迎えに来い、という。
本当のところが、ききたいから、と。
昼間の出来事で、貴也の性格はほぼつかめているのだろう、亮は肩を小さくすくめたのみで、
「じゃ、行ってきます」
と、立ち上がる。
「待てよ」
止めたのは、忍だ。
「おかしいよ」
「…ああ、確かに」
俊も、頷く。
「どうして?」
麗花は、首を傾げる。
「あいつが怒ったのは、勘違いとはいえ、忍が自分より彼女を優先させたことなんだよ。ってことは、呼び出すのは、絶対、忍のはずだ」
貴也の性格をいちばんよく知ってるのは、忍と俊なのだ。須于が、確認する。
「回りくどいことをするのが、考えられないってことね?」
「少なくとも、今までは一度もないね」
忍と視線のあった亮は、かすかに微笑んだ。
「トラブルを引っ張ってきやすい方なのかもしれませんけど、張 一樹の軍隊を呼んでくることはないと思いますよ」
それまで、ワガママ坊ちゃんのお守も大変ね、くらいの気分でいた四人の表情が、真顔になった。
「……アファルイオの軍が、どうかしたの?」
最初に口を開いたのは、麗花だ。かなり、驚いた表情をしている。
「行方を、くらましたそうです。昨晩、連絡は入っていたんですが、いかんせん、動き辛い状況でしたので」
「張 一樹軍っていったら、先代アファルイオ皇王の親衛隊だろ?」
俊の台詞に頷いて見せると、ジョーがぽつり、と言う。
「かなりの、精鋭だな」
「それが、リスティアに浸入してる可能性があるのね?」
「理由はわかりませんが、そのようです」
亮は、すっかり軍師な表情となって続けた。
「元親衛隊ですから、部隊規模は大きくありませんが、本体がリスティアに浸入してる可能性は、まず、ありませんね」
「一部は、浸入してる?」
「でしょうね、アファルイオから、連絡があるくらいですから」
「いったい、なにが目的で……?」
「それがわかれば、総司令部での対処のしようもありますけど」
それを聞いて、思わず微笑んでしまったのは忍だ。俊が怪訝そうな表情になる。
俊の疑問に、忍が答える。
「いや、目的も含めて、俺らに対処しろ、ってことだろ?」
ジョーの口元も、軽くゆるんでいる。
アファルイオの精鋭なら、相手に不足はないといったとこだ。
「少なくとも、調査のためというのは、外せるでしょう、精鋭にやらせる必要はないし、それが目的なら、リスティアに知らせたりはしないですから」
「調査なら、黙ってやるってワケね」
麗花が軽く肩をすくめて言うと、笑顔になる。
「そういうことです」
頷いてみせた亮は、軍師な表情を緩める。
「ひとまず、工藤さんの迎えですけど」
「援護はするよ、考え過ぎだったら、それでいいんだから」
「そうだな、あいつの扱いなら、忍がイチバンだろうし」
勘違いさせたまま走り去らせた責任を、ちょっと感じているのだろう、俊もすぐに頷く。
「私も行く!」
手を上げたのは、麗花だ。
「ついでに、おかしいのがいたら、わかるかもしれないじゃん」
「そういうことなら、私も行くわ」
須于にそう言われたら、ジョーも一人でお留守番、というわけもいかない。
結局、お迎えにしてはやけに物々しいことになった。



軍師としての頭を使う前に思ったことは。
悪いコトへのカンというのは、往々にして当たるということだ。
亮が迎えに行った先には、たしかに貴也もいたが、おまけもいた。
あちらにとっては、貴也がおまけ、のようだが。
「へぇ、ずいぶんと華奢なのが来たね」
貴也と一緒にいた人物は、口元に楽しそうな笑みを浮かべる。
口元以外からは、表情がうかがえない。
と、いうのは、長い前髪がその目を隠してしまっているからだ。
声を作っている、と思う。目も見えない。
だが、変装を装っている、とも思えない。
「だから、言ったじゃないか!」
後ろ手にされて動きを封じられている貴也が、イラついた声を上げる。
「ホンモノの総司令官の息子のわけが、ないだろ!」
なるほど、どうやら相手の用事のあるのは、『総司令官子息』であるようだ。
どこでなにをしでかしたのか、面倒なモノを引っかけてきたのは確かだ。しかし、相手は顔を知らないらしい。
そういうことならば。
亮は、怪訝そうな表情で首を傾げる。この場の状況が掴めない、といった感じで。
実際、相手の狙いが読めないうちは、動きようもない。
時間が欲しかった。
「ホンモノ……?」
「ほら!違うんだったら!!離せよ!」
貴也は、地団太踏みながら、身をよじる。なのに、まったく緩まない腕の押さえ方で、相手が訓練された人間だとわかる。
面倒くさい中でも、最上級のを引っかけてきたらしい。
相手は、貴也の声などまったく聞いてないかのように、先程と変わらない笑みを浮かべている。
「さぁ、どうだろうね……?華奢だから、本人じゃない、とは言えないと思うが?」
「どなたと、お会いになりたいんでしょう?」
亮の方も、相変わらず、怪訝そうな表情を崩さない。
相手も、表情をまったく変えない。
相手にされてないとわかった貴也は、自分のおかれてる状況を忘れたのか、爆発気味の声を上げる。
「もう!しつこいよ!!ホンモノの総司令官の息子なら、俊にそっくりのはずなんだってば!」
この場の状況からしたら、あまりにもトンチンカンな発言は、だが、効果抜群だった。
しかも、『第3遊撃隊』にとっては、悪い意味で。
本当にかすかに、だが。
誰かの気配がした。
よほど、訓練されていなければ気付かないほど、微かな気配だったが。
貴也を押え込んだままの相手の笑みが、大きくなる。
「本人じゃないのなら、どうして、プロの者が周囲にいるんだろうね?」
次の瞬間、その表情は一変する。
押え込まれた貴也の首筋には、小ぶりで独特の形をした刃物が押し付けられた。
「茶番は、終わりにしてもらおうか」
「……ひ……」
ひやりとしたモノの正体を知ったとたん、貴也の顔から、血の気が引いていく。
パニックを起こしかかっている貴也の口が、開かれる前に。
亮は、無言で両手を挙げた。
最悪の状況にならない為には、それしかなかったのだ。パニックに陥ったら、貴也がなにを口走るか知れたものではない。
相手は、刃物を下げる。
貴也は、カタカタと震えているようだが、ありがたいことに恐怖で口が聞けなくなってるらしい。
亮の顔からは、怪訝そうな表情が消え、この状況にもまったく怖じ気づいていない笑みがとってかわる。
「目的は、なんです?」
「『紅侵軍』を、実質的に叩いた小部隊がいるはずだ」
亮は、無言のまま、先を促すように見つめる。
「君をエサにして恐縮とは思うが、勝負していただきたい」
「場所は?」
「そうだね、リューブ砂漠なんて、どうだい?」
黙ったまま、亮は手を振った。
まわりの者への、立ち去れ、の合図だ。
相手は、先ほどの気配の方へ、微笑みかけた。
「十分もしたら、この坊やは開放するから、迎えに来てくれたまえよ」
それから、貴也が見たのは。
数人の背の高い男たちが現れて、抵抗する気もなさそうな亮に、目隠しをしているところ。
それから、なにをされたのか、亮の細い躰が、崩れ折れるように倒れるところ。
そして。
あとには、誰もいない。

微かにしろ、動揺して気配をさせてしまうほどだから。
それは、本当のコト。
貴也は、亮が誰なのかを、知らない。
だが、『第3遊撃隊』のメンツは。
「どういう、ことだ?」
ジョーが、煙草を取り出しつつ、言う。
最悪な展開になってしまったものは、仕方がない。あとは、最善をつくすしかないが、ひとまず、貴也が開放されるのを待たなくてはいけない。
嫌な十分間だ。
最悪の展開の一要因をつくった者に対して、確認の質問くらいは、したくなる。
俊は、視線を宙においたまま、ぽつり、と答えた。
「……まだ、かなりガキの頃に、離婚した」
しばらく、黙り込んでいるのは、言葉を捜しているからだろう。
ゆっくりと、口を開く。
「ああいうとこに嫁ぐくらいだから、いちおう、いいとこ出身なんだよ」
俊の母親が、だ。
あとは、他の四人にも理解できる。
くさってもお坊ちゃんの貴也は、たまたま、俊の母親の出身を知ったに違いない。誰に口止めされたのか、彼にしては珍しく、いままで口にすることはなかったが。
だから、貴也のなかでは、『総司令官子息』は俊にそっくり、というイメージが出来上がっていた。
たしかに、俊と亮を、一目見て兄弟だと思う人間は、まずいないだろう。
忍ですら、気付かなかった。
俊は、必要外は口にするつもりは、ないらしいが。
ただ、両親が離婚した、というだけなら。
あそこまで、動揺することはあるまい。
へたをしたら、貴也の命が危なくなるかもしれない、という状況だったのだから。
だが、今はそのことを、とやかく言っても始まらない。
気まずい沈黙が、訪れる。
「また」
須于が、言いにくそうに、口を開いた。
「軍師不在ね」
誰からともなく、顔を見合わせる。
『緋闇石』の悪夢を連想する状況であることは、皆わかっている。
須于だけではない。麗花も、なにも言わないが、不安そうな瞳をしている。
ジョーも、表情には出ていないが、せわしない煙草の吸い方をしていた。
この状況の原因は、自分だ。
俊は、すこしうつむいた。
「いや」
視線を落とすこともなく、表情を曇らせることもなく、忍が言う。
「そうじゃ、ないと思う」
「え?」
「亮は、こうなる可能性も、考えてるよ」
考えないはずが、ないと思う。
立場上、こういう類のトラブルに巻き込まれる危険性と、いつも隣り合わせのはずだ。
表立って姿を現さないのは、個人の嗜好の問題もあるだろうが、危険性の低減もあるに違いない。
それに、と、忍は思う。
研ぎ澄ましすぎなほど、神経を張り詰めているから、いつも。
時計に、目を落とす。
「そろそろ、十分だ」


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