[ Back | Index | Next ]

夏の夜のLabyrinth
〜4th Alive on the planet〜

■drizzle・10■




誰が、ハトを平和の象徴と決めたのか知らないけれど。
真っ白い翼が羽ばたく様を見ていると、なんとなく、そんな気がしてくるから不思議だ。
ハトが飛んでいく先の青い空が気持ちいい。
あそこが、一ヶ月前には戦場と化していたことなど、想像もできない。
きっと、あそこにいる人たちから見える自分たちは、ツーリングかなんかに来てたまたま通りかかった、そんな感じでしかないだろう。
ドクターの研究所があった、アルシナド郊外のそこには、慰霊碑が建てられた。
もう二度と、あんな悲劇を起こさないように。
石でできたそれに、どれほどの意味があるのかは疑問だが、カタチを残さないと記憶にすら残さないのが、人間だから。
アーマノイド創造に関わる全てのデータは、総司令部が回収、破棄したと発表されている。
少なくとも、一般人の手に届かないところにいったのは、確かなことだ。
事件が終わり、余裕のでた世間ではマスコミを中心にアーマノイドを造った者たちを、それを望んだ者を責める風潮になりかかったが、総司令官が一言、
「自分の大事な者をなくしたくないと思うことを、責めることなどできない」
と言ったら、ぴたりと止んでしまった。
もう、それを望んでも造ることはできないのだから。
それで、いいと思う。
もう、優のように、その家族のように、苦しむ人を生み出すことはない。
記念碑の序幕に参加しているのは、アーマノイドになっても、大事な者が生きていることを望んだ人たち。
おそらく、いまだに自分たちを責めているであろう彼らを、これ以上苦しめる必要は、ない。
彼らにとっての救いは、大事な人たちが、他人を傷つけることがなかったこと。
彼らには知る由もないが、内部通報者の存在のおかげで、そういった悲劇は避けられたのだ。
いま、式典を遠目に眺めている彼らが、まさか、自分の大事な者たちにとどめを刺したのだとは、想像もつかないだろう。
自分たちの望みが、悲劇を生んだと知っていても。
生み出したアーマノイドたちが、苦しんでいたと知ったとしても。
とどめを刺した者を、笑っては見られまい。
少なくとも、自分たちは、笑えない。
誰かがしなくてはならなかったことだから、やったまでだ。
「こんな、苦い思いする仕事は」
ハトが飛び去った後の空から、また、記念碑の方へと視線を移しながら、俊がぽつり、と言う。
「もうゴメンだな」
「ま、ね」
麗花も、小さく肩をすくめる。
その顔に、かすかな笑みを浮かべたのは須于だ。
「それでも、きっと」
穏やかに微笑んで、慰霊碑の前の人々を見つめる。
「もし、またなにかが起こって、誰かが、やらなくてはならないのなら……」
「やるだろうな」
後を引き取ったのは、ジョーだ。
「ああ、そうだな」
慰霊碑を見つめたまま、忍が頷く。
麗花が、大きく伸びをした。
「さーてと、シケてるのは、ここまで!」
笑顔で、五人を見回す。
「せっかく天気もいいんだしさ、どっか行こうよ」
「いいね」
すぐに、忍が賛成する。
「どこに行くの?」
「ここからだと、そうだなぁ……」
須于が尋ねると、俊は首を傾げる。バイクで行ける所には、詳しいのだ。
数箇所、指折り数えてみせてから、ジョーを見る。
「どこがいいと思う?」
「なんで俺にふるんだ?」
「どうせ、詳しいだろ、ここらへん」
言われたジョーは、横目で俊を見ていたが、やがて肩をすくめる。
「ま、無難なトコでいいんじゃないのか」
「じゃ、あそこだな」
「あそこじゃわかんないよぅ」
頬をふくらませてみせる麗花に、不思議そうに首をかしげている須于。
忍は、会話に入ってこない亮の方を見る。
あいまいな笑みを浮かべている亮の頭を、軽くはたいた。
「もう、体調いいのか?」
「え……?」
どうやら、予期せぬ質問だったらしい。戸惑った顔つきになる。
が、すぐに苦笑に近い笑みが浮かぶ。
優に投与された麻酔に無理矢理逆らっていたせいで、ここ数週間、たしかに体調は本調子ではなかったが。
してきたこともいつも通りだし、表情や顔色に出ていたとは思えない。
現に、俊たちは気付いてはいない。もし、その影響で体調が悪いのだと知ったら、黙っているタイプではないから、確かなことだ。
が、それに忍は気付いてしまう。
麻酔の眠りに落ちないために、なにをしたかも、察してみせた。
亮は、小さく降参のポーズをしてみせる。
「もう、大丈夫ですよ」
「それなら、いいけどな」
「ねぇ、忍はどこがいいと思う?」
麗花の声に、笑顔で振り返る。
「そうだな〜、どこでもいいけど」
「それじゃ、多数決になんないじゃん!」
頬を膨らませて、ダメだよ、と叱ってみせる。それから、もう一人に尋ねる。
「亮は?どこがイイ?」
「僕ですか?」
首を傾げた亮に、麗花は先手をうつ。
「どこでもイイは、無しだからね」
「ここのあたりで知っている場所と言ったら、ドクターのアジトくらいですが」
聞いた麗花は、怪訝そうな表情になる。
「アジトって、研究所じゃなくて?」
「あれは、堂々と人目につくところにあるものですから……アーマノイドの作成という裏家業は、あそこで堂々とやるわけには、いかないでしょう?」
亮は、にこり、とする。
「まぁ、もう手が入って建物くらいしか残ってないでしょうけどね……というわけで、遊べそうなところは知らないんです」
笑顔だが、忍たちが知らない後始末も、亮は知っているに違いない。アーマノイドたちの反乱を示す石碑をみて、あいまいな笑顔を浮かべていたのは、痛みを無意識に思い出したからなのかもしれない。
麗花は、腰に手をあてて胸をはった。
「むー、こうなったら、麗花サマの独断と偏見じゃ!」
「それがわからんから、皆に聞いて回ってたんじゃないのか?」
俊がつっこむ。
「みゃー、そーだった!」
頭を抱え込んでみせる様子に、思わず笑ってしまう。
「てきとーに流してさ、お腹すいたトコでコンビニでも探すってのは?」
忍の提案に、須于が頷く。
「そうね」
「たしかに、気楽でいいや、ここらならコンビニ絶対あるしな」
「目的のない旅ね、すてき!」
「なにがじゃ!」
俊も麗花も賛成ということは、反対する人間がいないということで、決まり。
四人が、メットを手にしにてバイクにまたがる。
忍は、車のロックを開けた。
仕事でバイク乗ってばっかだから、たまには車、と言う忍の台詞に嘘はないのだろうが。
半分は、亮の体調を気遣ってのことなのだろう。
軍師は通常、戦場にはでないが、バイクに乗れないわけではない。けれど、それなりに体力を使うから。
亮は、助手席におとなしく座る。
エンジンがかかると、亮は窓を開けた。
忍の方を見て、にこり、と笑う。
いままで見たなかで、いちばん、穏やかな笑顔で。
「風が、気持ちいいかと思って」
「おっと、安全運転にしないとな」
勢いよくエンジンをふかした俊が、ニヤリと笑う。
「んじゃま、いくか」
「いいよ〜ん」
麗花が、言ったかとおもったら、走り出す。
「あ、ぬけがけ!」
俊も、スピードを上げて、走り出していく。
忍も、アクセルを踏みこむ。
ちょっと、冷たくなった風が窓から流れ込んでくる。
亮は、外の景色に気を取られているようだ。
風に揺れる髪の向こうに、ちらちらとみえる表情は、倒れた時のように辛そうなモノではない。
痛みを思い出すことはあっても、もう、それに飲み込まれることはないだろう。
それは、亮だけではなくて、笑顔で競争している俊や麗花も、仲良く並んで走ってるジョーも須于も、それから、忍自身も。
色づいた木々の間を通りすぎながら、優の手紙の、最後を思い出す。

『ここに帰ってくるまで、僕は迷っていた。
 僕の時を止める、ということを君にやらせることで、傷つけるとはわかってるからだ。
 君だけじゃなく、『第3遊撃隊』すべてを。
 あまりにも、勝手なことをしようとしていることも、知っている。
 だけど、いまは迷ってはいない。
 たとえ傷ついても、君たち一緒ならきっと、立ち直ってくれるだろう。
 僕のいない間に、成長してくれたことに、感謝している。
 君たちなら、いつか、本当の意味での『遊撃隊』になれると、信じている。
 この手紙をもし、君が読んでいるとしたら、僕はこの世にいないことになるはずだ。
 僕の勝手な願いを叶えてくれたことに、礼を言う。
 本当に、ありがとう。
 そして、さようなら。』

アーマノイドたちの生み出され、そして眠っている場所が、遠のいていく。
バックミラーにかすかに映っていた記念碑も、やがて見えなくなる。
ほとんど葉の落ちた街路樹の、最後の一枚の葉が、ゆっくりと落ちていった。



〜fin〜


[ Back | Index | Next ]

□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □