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夏の夜のLabyrinth

■■■賢者にはなれない■■■



プリラード首都、フィサユの広場を慣れた調子で曲がりながら、梶原が後部座席へと尋ねる。
「どこか、寄りたいところはありますか?」
「そうだな」
首を傾げながら、健太郎は隣を見やる。
隣に、人形と見まがうばかりの無表情で座っていた亮は、小さく首を傾げつつ見上げてくる。
に、と健太郎は口元に笑みを浮かべる。
「梶原はもう少しプリラード限定仕様車を運転したいようだが」
「見透かされましたね」
梶原も笑みを浮かべたのがバックミラー越しに見える。
亮は、その首の角度を戻してから、ほんの小さく頷く。
「ファンティエラに行ってみたいです」
「承りました」
梶原は楽しそうに答えたが、健太郎は片眉を上げる。
ファンティエラといえば、映画大国プリラードでもダントツの規模を誇る配給会社、クリステ・エンタイナ直販店だ。ソフト、グッズが一手に集められているだけでなく、実際に使用された衣装や小道具が手に入ることもあるという。
映画ファンならずとも、フィサユに来たのなら一度は訪ねてみたい場所に上げられているが、亮が口にするのは不可思議だ。
健太郎の無言での問いに気付いた亮は、視線を上げる。
「プレゼント交換とかで、仲文になにか贈り物を用意するよう言われてるんです」
「ああ」
それならば納得だ。きっと広人あたりが言い出したに違いない。
「で?何かあたりはつけているのか?」
「はい、『箱庭の森の小さな話』の先行限定版です」
下調べが済んでいるあたり、ホテルに戻ってから自分で行くつもりだったのだろう。梶原の申し出はタイミングが良かったわけだ。その梶原が、笑みを大きくする。
「くじに当たると、限定フィギュアがつくものですね」
「パッケージもファンティエラのみの仕様だそうですから、当たらなくても問題は無いですが」
返してから、ほんの小さく首を傾げる。
「当たるに越したことは無いですね」
「もし当たるとしたら、どれがいいんですか?ヒロインですか?」
梶原の問いを、ごくあっさりと亮は否定する。
「主人公と親友のドラゴンです」
「クライマックスで共に戦おうとしているところのは、カッコいいですね」
梶原の相槌を、亮はちょっと躊躇いがちに否定する。
「ええ、そこもいいのですが、それよりも旅の途中の方が気に入っていたようです。フィギュアにもありました」
「ああ、あのクッキーを分け合おうとしてるところですか、いいセンスですね、安藤さんは」
くすり、と健太郎が笑う。
「ある意味、仲文らしいんじゃないのかな。ふうん、くじか」
に、と笑みが大きくなる。
「俺が引いてもいいか?」
「はい」
健太郎が面白いこと好きなのも疲れ気味なのも知っているし、自身にはそういった行為への執着は無い。
亮は、あっさりと頷く。

ややの後、ホテルに向かって走る車内では健太郎が満足そうな笑みを浮かべている。亮は、『箱庭の森の小さな話』のファンティエラ限定版と主人公とドラゴンがクッキーを分け合おうとしているフィギュアがラッピングされて詰め合わされた手下げ袋を見つめていた視線を、健太郎へと向ける。
「ありがとうございました」
亮の方を向いた健太郎は、笑みを大きくする。
「この手のくじには、妙に強いんだよ」
「九割以上の勝率ですし、特技と称して良さそうですね」
梶原も、楽しそうに口を挟む。
「特技というのかわからんが、たまには役立つな」
普通の家だったなら、そんな特技を持つ父親は大活躍に違いない。健太郎自身は、全く気付いてはいないらしく、無邪気に狙っていたものが取れたのを喜んでいるようだ。
亮は、小さく首を傾げる。それから、もう一度言う。
「ありがとうございます」



患部レントゲンを映し出しているモニタから視線を戻してきた新谷は、怪訝そうに尋ねる。
「何か説明不足か?」
「充分だ」
新谷が納得行っていない顔つきなままなので、仲文も怪訝そうになる。
「妙なこと言ったか?」
「言ったわけじゃない。でも、そこはかとなく不満っぽいものが漂ってる」
『仏様』とあだ名される医師とは思えない、歯に衣着せぬ返答だ。が、かつての行き違いを思えば、これくらいの方がいいのだろう。
ついでに、学生時代から互いを知っているという気安さもあるのだろうが。
「なぁ」
と新谷は無言のまま、モニタを睨みつけている波多野へと視線をやる。
「ん」
短く肯定してから、波多野も視線をこちらへと向ける。
「俺達は、安藤の腕に任せたいと思っているんだが、不満か?」
「なんだ、波多野まで?俺がやらないなら、今やってる打ち合わせは何なんだよ」
新谷と波多野の二人共が自分の腕を認めてくれてるのは、ありがたいし誇らしい。指名してくれた時には全力であたっている、というのが上手く伝わってなかったこともあったが、今はそんなことは無いと思っていた。
仲文は、軽く眉を寄せたまま、無言になる。
妙な間があいている間に、考えを巡らせたらしい。新谷は、首の後ろに手をやりながら口を開く。
「じゃ、何か悩み事でもあるのか?別に、病院内とは限らずに」
波多野も、こくり、と頷く。
二人の妙に真剣な視線に、どうやら不機嫌なオーラが出てしまっているらしいということは認めざるを得ないようだ、と考えて、思い当たる。
「ああー」
一人の命がかかった手術をいつにすべきか、どう進めるべきかを話し合っている場には不釣合いな、力の抜けた声に波多野が軽く眉を寄せる。
心底情け無さそうな顔つきになった仲文は、拝んでみせつつ頭を下げる。
「悪い、しょうもないことでちょっと考え事はしてた。まさか顔に出てるとは思いもよらなかった。この通り」
「いや」
いたって真面目に返そうとした波多野の声に、新谷の声が被さる。
「で?考え事ってのは?安藤の顔に出るほどってのは、かなりなことだろ」
その目元には笑みが混じっているのだが、そんなことには波多野は気付かない。大真面目に頷く。
「しょうもないことだろうが、気にかかることがあるまま手術というのは、よくない」
いくらか恨みがましい目を新谷へと向けて開きかかった口を、仲文は閉じる。この際、意見を聞いてみるのも悪く無いと思い直したのだ。軽く肩をすくめる。
「その理論には一理あるな。それに正直お手上げだったし、相談させてもらうか。ただし、ものすごくくだらないぞ」
「前置きはわかったから」
新谷にうながされ、仲文は、もう一度肩をすくめてから話し始める。
最初、珍妙な顔つきになった二人は、やがて妙に納得した表情になる。
「ああ、あの子か」
波多野の言葉に、新谷が苦笑する。
「子っていうのは、ちょっと合わない気がするけど。もうすぐ医師一級免許取得だろ」
「そう、全くスキが無いっていうか、ソツが無いっていうか」
仲文は、小さなため息を吐く。
「いつの間にやらこっちの好み察して動いてそうで」
「てそう、じゃなくて確実だろう。観察力と卒のなさはさすが天宮ってところだね」
新谷があっさりとトドメを刺す。
怪訝そうな顔つきになったのは、波多野だ。
「でも、なんでまたプレゼント交換なんだ?そんなことを喜ぶようには見えないが」
若干十歳にして、年齢によって生じる問題さえもひれ伏させて医師一級免許取得寸前、という存在は国立病院の一部ではよく知られている。
一級免許取得は、病院内での実習なくしては不可能だからだ。そんなわけで、新谷と波多野も亮のことは知っているのだが、やはり印象は仲文が抱いているものと変わらないらしい。
外見は十歳だが、中身はずっと長じている。それは環境だけが成すものでは無いということも知っている、数少ない人間でもある。
それはともかく、波多野の質問への回答はいたってシンプルだ。
「そりゃ、外見大人でもガキみたいなことが好きなのは存在するってことだ」
「高崎か」
本人はにやりと笑ったつもりだろうが、どうみても穏やかに微笑んでるようにしか見えない得な表情で新谷が言い当てる。
「あたり」
「ああ」
波多野にも納得がいったらしい。大学時代に一緒だったから、広人がどんな人間かは良く知っている。
「言っちゃ悪いが罰ゲームだな」
「言ってても仕方ないだろう。上限っていうか、目安は?」
新谷は明らかに面白がっているが、波多野は大真面目だ。仲文の回答に、二人して顔を見合わせる。
「中途半端だな」
「余興にしては豪勢だろ」
ややしばし、沈黙が落ちた後。
「全く思い付きません」
「同じく」
新谷と波多野が、がっくりと肩を落とす。仲文も、こくり、と頷く。
「だろ?」
大の男三人が、どんよりとしたところへ、しっかりとした足音が響く。
「遅くなりました」
姿を現したのは、婦長だ。が、その顔がいくらか不安な色になる。
「思わしくないのかしら?」
「今すぐ命に別状はありませんよ」
すぐに手を振って否定したのは、新谷だ。口元に苦笑が浮かぶ。
「その話の前にですね、安藤のちょっとした悩みを解決してしまおうと思ったんですが、これが難問で」
「あら、まぁ」
なんと言っていいのかわからなかったのか、婦長はいくらか目を見開いて三人を見回す。が、すぐに、たいていの患者を安心させてしまう、ゆったりとした笑みを浮かべる。
「医師に悩みがあるのでは大変ね。もし、差し支えないようなら、私にも相談に乗らせてもらえるかしら?」
「ええ、ぜひ」
ごくあっさりと、仲文が頷く。このままでは、間違いなく買い損ねてしまう。
新谷と波多野で補足しつつ、仲文は簡単に経緯を説明する。
話を聞き終えて、婦長はひとつ、大きく頷く。
「あの子だったら、年相応の子供に勧める本はどうかしら?ああいう立場だから、返ってそういうものに縁が無いでしょう」
仲文たちは誰からとも無く顔を見合わせる。
いくらなんでも、安直過ぎやしないかと思ったのだ。
が、考えてみれば、その手合いは全く考えもしなかった。本当に幼なかった頃はともかく、今は全く触れていないに違いない。
誰からとも無く、頷き合う。
「それなら、波多野だな」
「心当たりが無いことも無いが」
「じゃあ、それを後で教えてくれ」
あっさりと話は終わり、三人は婦長へと頭を下げる。
「ありがとうございます」
「いえ、お役に立ったのならいいんだけど。さて、本題のお話を聞かせてもらおうかしら?」
す、と三人の顔が医師のものへ戻る。


〜fin.

2006.06.30 A Midsummer Night's Labyrinth 〜I can't get to magi, but...〜


■ postscript

拾五万打記念阿弥陀企画より、亮&仲文で「お互いにプレゼントを選んで贈る」。
交換の時よりも、選ぶまでの方が面白いかな、ということで。
新谷と波多野はいただきものの返しにも登場しております。


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