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夏の夜のLabyrinth

■■■霧の中の■■■



その車へと視線をやったのは、ある意味必然だ。車好きとしては、数少ないホンモノを目にする機会をむざむざと逃す気は無い。
バンパーから視線を走らせていた忍は、運転席までいったところで目を丸くする。
視線が合った相手は、にこり、と人好きのする笑みを浮かべる。
忍が近付くと同時に窓を開けた梶原は、笑みを大きくする。
「久しぶりだね」
「相変わらずイイのに乗っていますね」
会釈してから返すと、梶原は白い歯を見せる。
「目が高くて嬉しいな。ホンモノは初めて?」
「ですね」
「じゃあ、乗ってみたいでしょう?」
「眠くならないようでしたら」
さらりと、だがチクリと言われて、降参のポーズになる。
「厳しいな」
「そりゃねえ?」
肩をすくめる忍に、悪びれない笑みが向けられる。
「その件も含めて、時間をもらえるとありがたいのだけど」
なるほど、今日の行動範囲を予測して待ち伏せていたらしい。会うはずだった友人のスケジュールに狂いが生じたのと関連があるのは間違いあるまい。
私用外出を切り上げようかと考えてるところに現れるなんてタイミングが良過ぎるけれど、そういうのはお手のものということを、忍はよく知っている。
「時間ならありますよ」
助手席側に回り、滑り込む。
「あまり、ヒドい仕事が回ってないといいんですけどね」
「そこまでは管轄外だね」
エンジンをかけながらうそぶいてみせる梶原に、忍は苦笑する。
「開き直りましたね」
「思い出した上に、察しもいいと来られたら、さすがに作りようがないよ」
いつもの笑顔では、どこまで本気かわからない、と思ったのが通じたのか、梶原の顔から笑みが消える。
「騙すような真似をしたことは、申し訳ない」
「いえ」
今度は忍が笑みを浮かべる。
「確かに実行犯は梶原さんかもしれませんが」
吹き出すように梶原が笑い出す。
「そう、その主犯がね、お詫びがてら話がしたいそうなんだ」
「健さ、ああと、総帥がですか?」
口走りかかったのを慌てて言い換える。すっかり健さんという呼び名が口に馴染んでしまっていたらしい。
それはともかく、今回の件も主犯が健太郎というのは意外だ。遊撃隊リーダーである忍に用事があるなら、総司令官として軍師を通さず、直接連絡を取ることが出来るはずだが。
「総司令部で会うと、動けないからね」
確かに、向かっている先は総司令部でも天宮財閥でもなさそうだ。
「場所を覚えておくといいよ。紹介が無いと入り難い店だけど、いいところだから」
車を止め、小さな看板を指す。
忍は、視線で梶原は、と問う。
「君のこと、かなり気に入ってるんだよ。嗅覚のいい人だからね」
にこり、と笑う。
梶原の仕事はここまで、ということらしいので、忍は頭を下げる。
「送っていただいてありがとうございました。いいのに乗せてもらいまして」
「また車の話が出来たら嬉しいよ」
降りて扉を閉じると、軽く手を振ってから梶原の車が去っていく。信号で曲がるのを見届けてから、忍は教えられた看板の隣の階段を降りて行く。
ガラス扉を開くと、控えめに立った店員が頭を下げる。
「いらっしゃいませ」
健さんと言うわけにもいかないし、天宮さん、というのも変だと少々思考を巡らせていると、奥で軽く手を上げるのが見える。
その気配に、店員はもう一度頭を下げる。
「どうぞ」
カウンター式の椅子で健太郎の隣に腰掛けると、に、と笑顔を向けられる。
「悪いね、呼び出して」
「なかなか大掛かりに仕掛けましたね」
笑い返した手に店員からお絞りが渡される。
「時間大丈夫なら、夕飯付き合ってくれないかな」
「わかってるんでしょうに」
苦笑してみせると、からりと声をたてて笑い返される。
「全部ばれてるか。じゃ遠慮なく付き合わせよう。なんでもイケるよね?」
軽く動いた手が、酒のことを言ってるんだと示している。
「はい、たいていは」
「じゃ、おススメがあるよ」
名前は知っているが、値段的に到底手が出なさそうなのをあっさりと頼んでいる。
「俺の個人的なトラブルに巻き込んだから、今日は遠慮しないでね」
視線の意味を正確に捉えるあたりは、やはり亮の父親だ。
出されたグラスに、飲みかけの自分のグラスを軽く上げて見せつつ、健太郎は笑顔を向ける。
「まぁ、それを理由に忍くんと飲んでみたかったっていうのが本当のところなんだけど」
「俺とですか?」
「うん」
ごくあっさりと頷いて、グラスを傾けている。
忍も、健太郎のおススメというグラスを手に、軽く揺らして香りを楽しんでから、口にしてみる。
「あ、美味い」
「そう?なら良かった」
浮かんだ笑みは、実に無邪気なモノだ。総司令官でも財閥総帥でも父親でも無い。
「香りもいいですね、鼻に抜けるような」
「お、そういうのもわかるクチか、いいねぇ」
健太郎の笑みが大きくなる。
「やっぱり味がわかる人間が相手がいいよ」
まるで友人でも相手にしてるような口ぶりだ。健太郎のような立場の人間に対等に扱ってもらえるのは、なんとなく面映い感じがする。
おススメという料理も美味しいし、話題も豊富だし、なんとも贅沢な時間だと思う。
何より、知っている限り、健太郎の機嫌は最もいい。気を許してもらってるんだということに甘えて、ヒトツ、質問をしてみることにする。
「麻子さんって、どんな方なんですか?」
一瞬、軽く眉を上げるが、すぐにその視線が落ちる。不機嫌になったというよりは、言葉を捜しているらしい。
「そうだな。亮が生き写しっていうのがわかりやすいかな」
「顔とかですか?」
生き写しと言われると真っ先にそれが浮かぶ。亮の線の細さは、話から浮かぶ麻子のイメージに近い感じがするのもある。
「確かに色素が薄めのところとか、髪型がちょうど麻子っぽいとか、そういうのはあるけど、物事の捉え方というか、考え方というか」
首を傾げながらグラスに口をつけてから、軽く領く。
「亮のたてる作戦があるだろう?」
「遊撃隊でこなしてるってことですか?」
作戦といえばそれしかないとは思うが、麻子とは縁遠そうだ。が、健太郎はあっさりと頷く。
「どんな状況だろうが、負けるという前提は絶対にしないだろ」
「確かにそうですけど、軍師としては当然なのでは?」
「ある程度はね」
さりげなく二人分のおかわりを頼んでから、付け加える。
「少なくとも俺は、あの二人以上に強気の人間を見たことが無い」
「となると、けっこうイメージが違うかな」
忍は、新しいグラスを受け取って首を傾げる。
「イメージが違う?」
「はい、俊から聞いた話とは」
不可思議な笑みが、健太郎の口元に浮かぶ。
「真実語ったところで通じるわけでもないしな。俺個人としては、当事者が知ってればいいと思うけれど」
思わず、忍も笑ってしまう。
「それはそうですけれど。でも本物の方がずっと魅力的に思えますよ」
不可思議な笑みは、融けるように柔らかなものになる。
「だろ?だからさ、本物は俺だけのモノ」
きっとそれも本音でしょうけど、という言葉を忍は香りのいい液体と共に喉へ流し込む。


〜fin.

2006.09.27 A Midsummer Night's Labyrinth 〜misty view〜


■ postscript

拾五万打記念阿弥陀企画より、健太郎&麻子で「霧の向こう」。
微妙どころかかなりお題とズレてますが、真実は霧の向こう、ということで。
久しぶりにIMEが遊撃隊を夕餉期待と変換してました(話題を関係ないところにふってみる)。


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