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夏の夜のLabyrinth

■■■秘密の買い物■■■



ワガママを言ってもいい、と俊は言った。
だが、コトはそう簡単な問題ではない。
忍が言わなかったのには理由がある。
ヒトツ言い出したら止まらないと知っていたから。
もっともっとと、最も大事な人を困らせてしまうと知っていたから。
今もそうだ。
現在の証と、永遠が欲しくて強引に贈り物をしようとしている。
亮が性別を主張するモノを身につけるのは好きではないと知っているのに、小さな輪で繋ぎとめたい。
あの細い指を、煌めく石で飾りたい。
俺の大事な人だ、と知らしめたい。
約束という、カタチが欲しい。
ああ、本当に。
想いというのは厄介だ。
厄介だと思いながら、止めるつもりがないのだから、本当に自分という人間は度し難い。
ネカフェでコーヒーを片手にカーソルを操作しながら、忍は苦笑する。
目前の画面にうつっているのは、他ならぬ指輪だ。
予測はしていたが、本当に多い。
なんらか基準を設けて、ある程度までには絞るべきだろう。
どう絞ろうか、と微かに首を傾げる。
誰かに相談すれば、そういうあたりの問題は一掃出来るとわかっているが、ひとまず思いつく顔に相談したくない。
麗花と須于は大騒ぎするだろうし、姉も同じだ。
かといって、男共もイマイチこういう点は頼りにならない。
頼りになる人もいるのだが、残念ながら気安くという訳にはいかない。ましてや、昨今の状況下にあっては。
そこまで考えて、ああ、そうか、と思いつく。
身近なブランドに絞ればいいのだ、そうすれば候補は減る。
と、入力してみて苦笑を大きくする。
そこまで絞るなら、ホンモノを見た方が早いに違いない。なんせ、買うことに決めているのだから。
店の場所を確認してから、ネカフェを後にする。
最大の問題は、そういった店に忍自身が慣れていないことだ。
それに、正直、女性の多い場所は苦手だったりもする。
束になった女性というのは妙なパワーを発揮するのでロクな目に遭わない。そうでなくとも、なんともいたたまれないような視線の集中を受けるのが、いただけない。
第3遊撃隊に所属してからは、なんのかんのと理由を付けて亮を付き合わせていたから、ひどい目には遭ったことが無いのだが、今回ばかりはそうもいかない。
ようは、久しぶりの覚悟を決めるしかない。
店とは微妙な距離を取りながら、そんなことを考えていると。
ふ、と自分へと視線に気付いて、振り返る。
相手は、にこ、と親しげな笑みを浮かべて近付いてくる。
「久しぶりだね、忍くん」
「御無沙汰しています、梶原さん」
忍も、笑みを返す。
天宮家を狙った誘拐事件に巻き込まれて以来、梶原はなにくれとなく気を使ってくれている。両親不在に近かった忍にとっては、ひそかに頼りにしていたし、なにかと相談しやすい相手もある。
偶然か必然か、もしかするとツイているかもしれない。
そんな忍の思考を知ってか知らずか、梶原は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、首を傾げてみせる。
「ウチのアクセサリーに興味を持ってくれてるのかな?」
目前に天宮系列下にあるアクセサリーショップがあるから、と冗談を言っているらしい。が、今日に限っては、だ。
「実は、そうなんです」
「おや。誰かに贈り物?」
軍隊所属後のことは、さすがに梶原もそうは知らないはずだ。忍は照れ臭くなりつつも、頷く。
「はい、でもいかんせん、どう選んだものやらさっぱりで」
素直に言うと、梶原は頷き返す。
「なるほどね。俺もちょうど、ここに用事があって来たんだよ、良かったら一緒に行く?少しは落ち着いて選びやすくなると思うよ」
総帥秘書についていくなんてズルいとわかっているが、背に腹は代えられない。忍は素直に提案を受け入れる。
「ありがとうございます、助かります」
店に入ると、意外と男性客も多い。
が、やはり店内の女性の視線が、一挙に集まることには変わりない。居心地が悪いな、などとうっかりと思っていると、スーツの男性が何気ない様子でありつつも急いで近付いてくる。
年齢と物腰からして、少なくともこの店のトップにあたる人間に違いない。
物柔らかな笑顔で、過不足ない角度に頭を下げる。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました」
「お疲れ様です、今日は友人を連れてきてしまいました。探し物があるようなので、協力していただけませんか?」
梶原が返すと、男性はいくらか目を見開く。総帥秘書たる梶原が、私事を持ち込むことなど、まず無いことなのに違いない。申し訳なく思いながら、頭を下げる。
「指輪を探してます、よろしくお願いします」
「もちろん、喜んでご協力させていただきます。こちらへ」
梶原と共に、別室へと通される。
特別な客の為の商談をする部屋なのだろう、内装も小物も豪勢だ。
忍には分不相応だと思うが、梶原に連れてきてもらったのだから仕方ない。それに、ここなら女性たちの視線にさらされ続けなくても済むので、正直ありがたい。
梶原の言っていた、少しは落ち着くことが出来るというのは、このことに違いない。
座り心地がいいソファをすすめられ、香りのいい紅茶まで供されたところで、この本店の店長だと紹介されたスーツの男が口を開く。
「さて、指輪をお探しとのことですが」
「その前に、仕事を済ませましょうか」
梶原が、仕事仕様の食えない笑みを浮かべる。
「状況次第では、協力してもらうことになるかもしれないから、このまま話を進めてもらって構わないですよ」
「わかりました、では」
立ち上がると、小箱と小さなレンズを持って戻ってくる。
「先日、持ち込まれたものなのですが」
「このルビーは件の?」
いくらか首を傾げつつ、梶原は手袋をはめる。レンズを持ち出された意味を知っているからだ。
「ええ、ツェルン公の元から盗まれたとされるものに酷似しています。もっとも、話は有名ですから似せた物はかなり出回っていますが」
そういうものがあるのか、程度で忍が大人しく聞いていると、梶原が笑みと共に視線を向けてくる。
「百年ほど前、ツェルン公がそれは素晴らしいピジョンブラッドを入手し、所有の証と偽物にすり替えられないよう、背面にちょっとした傷を入れたんです。ところが、ある日とうとう盗まれ、以来、ツェルン公のピジョンブラッドと言われるモノが、ずいぶんと出回っているんですよ」
「偽物というより、似せた質のいいものもあります」
店長は言い添えてから眉を寄せる。
「ですが、これは」
「なるほど、なかなか良くやってると褒めるべきか迷いますね」
「偽物だとしたら、明らかに悪意があります」
いくらかの緊張を載せた声に、忍の表情も硬いものにならざるをえない。ようするに今ここにあるルビーは、ツェルン公の元から盗まれたモノと思わせるような細工をされている可能性があるようだ。
宝石を鑑定する為のレンズを目に、じっくりと観察していた梶原は口の端を持ち上げる。
「さて、厄介モノかそうでないのか。忍くんは、どう思いますか?」
と、手袋とレンズを差し出されてしまう。
「いや、俺は宝石を見る眼なんて無いですよ」
「石はホンモノのピジョンブラッドです。ツェルン公のモノか、そうでないかの意見を聞かせて下さい」
もっと無理だと言いたかったが、雰囲気が許してくれないので、仕方なく手袋をはめ、レンズと宝石を受け取る。
梶原のやり方を真似て、覗き込んでみる。
「これ、キズというより」
「そう、記号、いや文字というのが正確です」
先を促すような言い方に、忍はおおよそを察する。
梶原は、忍が買い物しやすいよう仕事に巻き込んでくれているのだろう。となれば、可能な努力はすべきだ。
「宝石を購入したツェルン公は、どういった方だったんでしょう?」
百年前は、だいぶ世間も落ち着いた頃だったとは思うが、近代史といえど小国の詳細まではわからない、とまで考えて、はた、とする。
「ああ、それじゃ正確じゃないな。どういう理由で購入されたんでしょう?」
問いに、店長は瞬きをする。にんまりと口の端を持ち上げたのは梶原だ。
「公称は、奥さんへの贈り物です。ですが、国家財産の意味はあったでしょう」
「宝石にキズを入れることが、己の所有物と示す効力はどの程度なんでしょう?カットし直されたら、元と同じと証明することすら難しい、と聞いたことがありますが」
宝石から顔をあげ、質問を重ねる。
店長は、ますます驚いた顔つきになるが、梶原はにこやかに笑ったまま返してくれる。
「ええ、だから文字なんだろうと私も思います」
「国家元首が、国の財産に保険を掛けていないわけが無いですよね?」
ようやく、忍がただただ梶原について来ただけのお客様とは異なる人種とわかってきたらしい店長が、大きく頷く。
「ええ、それはもう莫大な金額です。正確には覚えておりませんが」
「となれば、キズは価値を持たせるためでは?」
「価値を?キズで?」
また、驚いた顔つきになる店長の顔を見ながら、忍は頷いてみせる。麗花が軽い雑談で言っていた話を、思い出したのだ。
「ツェルンには、ルビー鉱山があるはずです。ツェルン公が入手したというピジョンブラッドもそこの産ですよね?少々意地悪な言い方をするなら、盗難自体が仕組まれていた可能性もある」
驚いたように、店長は瞬きをする。
梶原は、にんまりとしたまま背を引いて腕を組む。
「そうですね、私もその説は十分にありうると思います。キズがあるゆえ、ツェルン公所持の最高級ピジョンブラッドだと吹聴することが可能になる。例え似せただけと言えども」
「しかも、本物もカットされること無く残り続ける可能性が高くなります。きっと、キズを入れたとは発表されているけれど、なんと書かれたかは知られていないのですよね?」
「ええ、記号であるという話までは、噂になっていますが」
店長の肯定を聞いてから、もう一度、手元の宝石を覗き込む。
ルシュテットと隣接しているツェルンの公用語は、ほぼルシュテット語だ。忍自身は、ほとんどルシュテット語を知らない。
ただ、この単語はたまたま映画で見かけたのだ。
Tiefe Liebe、深く愛す。
それはきっと、妻だけでなく国も宝石も。
「俺は、本物だと思います」
「百年おイタすれば、もういいでしょう。ツェルン大使には、私から話を入れますよ」
梶原があっさりと結論をつけると、店長は反対も無く受け入れる。宝石を見る目はある店長も、ほぼ本物、と目星をつけていたのだろう。
ただ、国際問題を含むので、一人での判断が出来なかっただけで。
「では、忍くんの本題に移りましょうか」
目から鋭さを消して、梶原がにこやかに告げる。
「え?」
「指輪、買いに来たんでしょう?」
そうだった、と忍は我に返る。ついつい目前の宝石に集中して忘れていた。
店長も、先ほどまでのどこか不安そうな表情を消して、頼もしい顔つきになる。
「観察力がおありのようですね、贈られるのはどのような方でいらっしゃいますか?おうかがい出来れば、イメージに合う物をお持ちしましょう」
まさかの展開に、今度は忍は目を軽く見開いてしまう。
こういうモノが似合いそうか、という指輪のイメージは、おぼろげに描いていたのだが。
「いや、あの?」
「先ほどは実に見事な推理を聞かせていただきました。お礼にはなりませんが、出来る限りのことはさせて下さい」
間違いなく善意なのだが、とてつもなく方向が違う。
隣へと救いを求めるように視線をやるが、にこやかなままの梶原が笑みを深めただけだ。
「そうですね、忍くんの口から聞かせて欲しいですね」
間違いなく、梶原は自分が指輪を買うと想定している人間を知っている。
相手は天宮健太郎の秘書だということを、いまさらながらに思い出す。
頼れる相手であり、本当の親切で連れてきてくれたのも事実だろうが、面白いことはもっと好きなのだ。
逃げをうてば、余計にイジられるだけなのは目に見えている。
忍は覚悟を決めて、軽く息を吸う。
「芯が強くて、俺の知る限り誰よりもしっかりしているけれど、いつも人のことを優先してばかりな人です」
間違っていない、と思うが、やはり人前で言うとのろけているような気がして恥ずかしい。
忍の表情に、あまりからかってもかわいそうかと思い直したのか、梶原が言葉を添える。
「私から見てもそうですね。総帥に並ぶほどの能力の持ち主は、ほかに知らないですから」
「それはなかなかな方ですね」
店長は、女傑を想像したのだろう、驚いた顔つきだ。あまりゴツい想像をされてしまうのは亮に悪い気がして、忍は言い添える。
「でも、外見は折れそうなくらいに華奢です。指は、このくらいで」
「なるほど」
と心得たように頷く店長へと、梶原が告げる。
「忍くんの見立て、ぴったりだと思いますよ」
大抵の男は、彼女の指を細めに見積もる。が、それでも細そうな指なのに、見立てが合っているとは。
店長は別の驚きで、軽く目を見開く。が、すぐに頷くと立ち上がる。
「では、少々お待ちください」
部屋に二人だけになってから。
梶原が、にこやかに忍を見やる。
「知ってたんですね」
微妙に恨みがましい口調になるのは、許して欲しいものだ。梶原は、小さく肩をすくめる。
「財閥総帥だって、人の親だからね。それじゃなくても忍くんお気に入りだから、嬉しくて仕方なかったらしい、ということで見逃してよ。今日のことは黙っておくから」
「お願いします」
言ってる間に、何点か見繕った店長が戻ってくる。
そこから先は、さすがというべきか、店長の協力もあって、すんなりと決まる。
「本店は、サイズ面での品揃えも自慢ですから」
と、あっさりと、ほっそりしたサイズも用意してもらい、ラッピングと会計をすませる。
店長のさわやかな笑顔に見送られて、店を出てから。
「ありがとうございました」
頭を下げる忍に、梶原は笑顔で軽く首を横に振る。
「こちらこそ、貴重な意見をありがとう。私だけだと、店長も納得しなかったろうから」
「そんなことはないでしょう」
苦笑を返すと、梶原の笑みは大きくなる。
「忍くんだからだよ、助かった。そうそう、小萩通りの国立図書館側から入ってすぐあたりに新しい和菓子屋さん出来たの知ってる?甘味が上品で、なかなかおススメだよ」
えらく遠回りな場所を言われて、目を見開きかけた忍は、すぐに気付く。どこに行っていたのか、と訊かれた時の対策を用意してくれたのだ。
笑顔で、返す。
「なるほど、寄ってみます。ありがとうございます」
「個人的には、柚子餡を使ったのが特におススメだよ、じゃあ」
梶原は、笑顔のまま手を振って去っていく。
後姿を見送ってから、忍は手にした小さな袋を見下ろす。
本当にカタチになってしまうと、なんとなく照れくさいし緊張もする。
どうか、せめて受け取ってくれるといいけれど。
そっと祈りつつ、寄り道すべく、歩き出す。


〜fin.

2010.06.03 A Midsummer Night's Labyrinth 〜A Secret Ring〜


■ postscript

ちょこっとりクエスト兼リハビリ。


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