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夏の夜のLabyrinth

■■■剣道着の花守■■■



道場の手伝いを終えた忍は、急いで携帯を手にする。
今日の買い物当番の、待ち合わせを確認していないのを思い出したのだ。
ちゃんと連絡しろ、とは言っているが、まず亮の方から連絡が無いのは、いつものコト。
呼び出し音が鳴ったと思ったなり、亮が出る。
「何か、ありましたか?《
声の聞こえ方で、すでに外だとわかる。
「買い物当番、また一人でやる気だっただろ《
言い当てられて、亮は少しだけ言葉に詰まったらしい。
「総司令部に用事がありましたし、買い物もたいした量ではないですから《
大丈夫、と言わせる前に忍は言葉をかぶせる。
「もうちょっとしたら行けるから、待ち合わせはどこにする?《
「いえ、ですから《
「行くから《
きっぱりと告げると、はい、と大人しく声が返る。待ち合わせの話をしよう、としたところで。
バキ、という、妙な音がする。
「亮?《
天宮家の跡取りであることは、知る人は知っている。上穏な動きが周囲にあったのか、と押し殺しつつも真剣になる忍に、すぐに声は返る。
「いえ、桜が《
「桜?《
「ええ、桜を手折る人間がいただけです《
「ドコにいる?《
亮の声が、忍に遠慮するソレから軍師のソレに変わったことに気付かないほど鈊くは無い。
こちらも完全に仕事仕様の声になったことに気付いたのだろう、いくらか諦め気味の声が返る。
「中央公園です、場所は《
ムダの無い説明に頷くと、師範に簡単に事情を告げて道場を後にする。

忍が来ると言い切ったからには、いくらかは待たなくてはならないだろう、と、亮はため息混じりに考える。
幸いなことに、まだ花泥棒たちは亮の存在に気付いていない。次の枝を物色しているうちに、証拠を抑えるべく端末を操作する。
次の枝へと手を伸ばしたところを、複数人いること含めきっちりと撮影する。
再度、上穏な音がするが、ひとまずは抑えて木陰に隠れ、端末操作を続ける。
打てる手は打ったところで、もう一度様子を伺うと、彼らは三本目の枝を物色し終えてしまったようだ。
これ以上見逃すのは、さすがに無理だ。
「いい加減になさったらどうですか《
大きくは無いが通る声に、一斉に視線が集まる。
「公共のモノを私物化するのみならず、傷をつけるというのは実に反社会的な行為ですね《
自覚はあるのだろう、一様に後ろめたそうな表情が浮かぶ。
が、相手が触れたら折れそうなほど華奢だとわかった途端、別の表情が浮かぶ。
「正義感が強いのは褒められるべきなんだろうけど?《
リーダー格のような男が、に、と口の端を持ち上げて返してくる。
その先の言いたいコトも行動も、あまりに簡単に想像がつくので、それに備える。
が、物騒な手が伸びてくる前に、すっと邪魔に入ったモノがある。
「コレ以上、ゲスな真似するのはやめてもらおうか《
いくらか低く響いた声の主は、全く微動だにさせずに木刀を男の喉元に突きつけている。
「たかが木刀、と侮らない方がいいよ《
髪型も顔つきも今っぽいのだが、剣道着を身につけ、足元は草履、背筋もまっすぐに伸びた青年の姿は、なんだか時代劇かなにかから抜け出してきてしまったかのようだ。
真顔のまま、青年は続ける。
「証拠も抑えられてるんだし、大人しくした方が得策だ《
「な、証拠?《
動けなくなっているリーダー格の代わりに、他の男が反応する。
「当然、だろ?《
言葉が誰に向いたのか、正確に理解した亮が忍の隣に並ぶ。
「ええ、はっきりと明確に《
と、手にした端末を軽く揺らしてみせる。
「な、ちょ、お前らなんの権限があって《
「公共物搊壊の証拠をとるのに、資格は必要無いでしょう。あえて必要なら、陸軍所属ではあります。警察機構の補助をすることもままあることは、ご存知ですね?《
疑問形だが断定なのは、リスティア国民ならほぼ確実に兵役義務を経験しているからだ。
大義吊分を示されて、花泥棒たちは渋い顔つきになる。しかも、先ほどと異なり、竹刀を手にしたそこそこ腕が立ちそうな人間がいるのだ。
忍に竹刀を突き付けられたままのリーダー格が、ため息をつく。
「降参だよ、お嬢さん。これ以上はやらないと約束するから、見逃してもらえないかな《
後ろの男たちは、しっかりと折った二本の枝を握り締めたままだ。
小さく息を吐いた亮は、話にならない、というように軽く首を横に振る。
「全く反省の色がないのでは、軽犯罪程度では甘いと判断せざるを得ません《
丁寧だし物柔らかな口調なのに、どこか硬質な響きに気付いたのだろう、花泥棒たちは何事か、という顔つきで亮を見やる。
「最近は便利ですね、営業の方はたいていどこの会社のどの営業所に所属していらっしゃるのか、簡単にわかりますから《
さらり、と言われた内容に、更に分が悪くなってきたことを理解したのだろう。
「二度としない、と誓えば許してもらえるのかな?《
「ウソを誓われましても。本当に反省して下さるには、きっちりとカタをつけていただかなければならないようですね《
亮の顔つきは、すっかりと軍師なモノだ。
徹底的にやる気だな、と忍は判断して、いまだに微動だにしない竹刀の切っ先の向こうで、言葉を探す男を見やりつつ言う。
「営業所の上司に告げたくらいじゃ、うやむやにされるんじゃないのか?《
「その程度ではそうでしょうね。ですが、社長に通れば話は別です《
リーダー格の後ろにいる二人が、いくらか血の気の引いた顔を見合わせる。が、リーダー格は苦笑する。
「一般人から適当にオタクの社員と言われて、信じる社長がいるとでも?《
「大口の取引先の役員等から連絡があった場合には、どうでしょう?《
「まさか《
全く表情も口調も変わらない亮に、背後の二人は恐怖を感じだしたようだが、リーダー格は相変わらずらしい。
「コケ脅しもほどほどにした方がいい《
「脅しかどうか、社に戻ってみればはっきりします。それとも、まだ枝を折る気ですか?《
少なくとも自分たちが立ち去るまではどうにもならない、と思ったのだろう。
手にしていた枝を放るように離し、ご丁寧に舌打ちまでして立ち去っていく。
完全に姿が見えなくなってから、どちらからともなく、顔を見合わせる。
「で、どこまでが本当?《
「全て本当ですよ、営業所に飾る桜でも物色に来たのでしょう《
なんでもないことのように亮は言うが。
「あの短時間で、どこの会社の誰かまでわかったわけか《
「はい《
はっきりと返した亮は、手元の端末に視線を下す。
「すみません《
と忍に断ってから、電話に出る。
「ああ、仕事中に申し訳ありませんでした。ええ、あまりに堂々とやってのけていたので《
この場合、相手は間違いなく。
「健さん?《
思わず、口にすると。電話口から機嫌の良さそうな声が聞こえてくる。
「忍くんもいるの?なるほど、ケリがつくのが早かった訳だ《
確かに亮だけでは、相手は数と力にモノを言わせてきたかもしれないが、亮も忍が来るとわかっていなければ、ああいう止め方はしなかっただろう。
「いえ《
と言いかかった言葉は、あっさりと健太郎にさえぎられる。
「ちょうど、ソコの会社の会長と会ってたんだよ。おかげで昼が空いたんだ、一緒にご飯食べよう、忍くんも一緒に《
忍と亮は、もう一度、どちらからともなく顔を見合わせる。
リスティアどころか、Aquaの経済を動かすと言われる天宮財閥の総帥が、一言、「オタクの社員のやってること、良くないんじゃ?《とでも言えば動くとは思っていたが、まさか、こんなに早さで話が終わってしまうとは。
「まさか、タダで俺を働かせたりしないよね?《
返事の前にソレを言われたら、弱いに決まっている。
「ですが、お付き合いするのは僕だけでもいいでしょう《
「忍くんも一緒なんだろ?俺も忍くんに会いたいなー《
子供のような口調に、苦笑を飲み込みつつ忍は頷く。
「俺なんかでよければ《
「やった!《
はしゃぐ声に、亮は小さく息を吐く。
「わかりました、ただコチラもすぐという訳にはいかないですよ《
なんせ、忍は剣道着のままだし、折られた桜の始末もつけていない。
「打ち合わせから昼食挟んでさらにって予定だったから、時間は充分にあるし大丈夫《
「本社の方でいいですか《
「ああ、待ってるよ《
通話を終えた亮は、忍へすまなそうな顔を向ける。
「色々とお付き合いさせてしまうことになって、すみません《
「健さんと一緒なら、美味しいご飯が保障されたようなもんだから、悪い話じゃないよ《
にこり、と笑う忍に、亮は困ったように笑い返す。
「あまり、父を甘やかさない方がいいですよ、調子に乗りますから。では、僕は管理者に桜が折られたことを報告して、しかるべき処置をしてもらうようにします《
「ああ、俺は着替えて、こっち来るよ《
頷きあって、一度、解散だ。

身支度を整えて、忍が戻ると。
亮の手には、なにやら丁寧に包まれたモノがある。
言葉より先に、表情に疑問が出たのだろう、亮は忍へと、包みの開いたところを見せる。
「あ、もしかして《
「ええ、先ほどの桜です。木の方は病気にならないよう処置をお願いしましたが、コチラは元に戻せる訳ではないので、いただきました《
「へえ、そりゃ良かったな。なかなかキレイだ《
よくよく見れば、花泥棒たちは目が高かったらしく、花と蕾の付き具合が実に見事な枝だ。それが二振りもあるのだから、かなり豪華な印象になっている。
家に持って帰ったら、麗花あたりが諸手を上げて喜ぶのが目に浮かぶ。もちろん、須于もジョーも悪い顔はしないだろう。俊あたりが、意外と訳知り顔で世話の仕方などレクチャーするかもしれない。
そんなことを思いながら、忍は少しだけ首を傾げる。
水など、大丈夫なのか、と思ったのだ。確か、あまり強いモノではなかったような気がする。早めにどうにか、と思ったところで、はた、とする。
「コレ持ってって、健さんとこに春のおすそ分けしたら喜ぶだろうな《
亮は、ヒトツ瞬きをする。
「ですが《
「ウチに持って帰っても皆喜ぶだろうけど、穴場があるって皆で見に来ればいい話だろ?健さんはそうしたくたって、そうそうは出来ないだろうから《
忍ににこやかに言ってのけられて、亮も笑みを返す。
「では、お言葉に甘えさせていただきます《
と、視線を手元の桜へと落とした亮は、なぜか、空の色を変えんばかりに咲いている花を、今度は見上げる。
それから、もう一度、手元の桜へ。
「亮?《
「……まだ、病院からほとんど出られない頃に、こういう桜の枝を、父が持ってきたことがありました《
ぽつり、とした言葉に、忍の笑みは大きくなる。
「今度は亮が春を持って行くんだな《
「かも、しれませんね《
二人はどちらからともなく、顔を見合わせる。
「健さんが、花泥棒みつけたら《
「やることは、僕と変わらないでしょう。直に連絡するだけで《
健太郎はそういうのを見逃さない、と二人とも知っている。もしかしたら、その時の桜も同じような出自だったかもしれない。
くすり、と笑いあって、それから、歩き出す。


2011.04.02 A Midsummer Night's Labyrinth ~A flower guard who put on kendo uniform~


■ postscript

「桜祭2011《のお題、忍と亮。
なんのかんので、やはり血は争えない。


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