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夏の夜のLabyrinth

■■■白ノ花弁ニ誓ウ■■■



軽いノックの音に、忍は手にしていた本から視線を上げる。
「いるよ」
返すと、亮がすぐに顔を出す。
「どうした?」
表情が軍師だというコトは何かが起こったという意味だ。亮は少しだけ難しい顔になる。
「内容は大したコトありません。ですが、夜、出られますか?」
仕事の内容によっては、一人、二人だけと動くことは珍しく無い。六人それぞれ得手が違うのだから、当然で、それは『第3遊撃隊』の誰もが承知しているコトだ。
なのに、出ます、ではなく、出られますか、と亮は言う。
ようするに、他に仕事で出ると知られたくないのだろう。
「亮は、どうするんだ?」
「須于に夕食をお願いして、父からの仕事を頼まれたと言って今から出ます」
亮だけが健太郎に呼び出されるのは、日常茶飯事だ。誰も何も疑わないだろう。
が、忍が突然、となると。
「そうだなあ、姉貴に呼び出されたコトにしとくかな。あっちの仕事後ってコトなら夜でもおかしくないだろ」
「すみません、お願いします」
嘘を吐かせるコトになるので、亮の表情は明るくは無い。が、極秘裏というのは譲れないらしい。
「出たら、連絡下さい」
「了解」
話はそれで終わりで、亮は言葉通りにすぐに出る。

適当な間を置いて、だが急遽夕飯係りになった須于に迷惑がかからない程度の時間を見計らって、忍は台所に顔を出す。
「須于、悪いけど、俺の夕飯要らない」
「あら、どうしたの?」
「姉貴に呼び出されてさ、時間的に多分、夕飯一緒に食うだろうから」
にこり、と須于は笑う。
「ゆっくりと話聴いてあげてね」
疑っていない顔に、少々後ろめたさを感じつつも、忍も笑顔を返す。
「ありがとう、じゃ、行って来るから」
「ええ、皆には言っておくわ」
「頼むよ」
扉を閉め、地下駐車場への階段を降り始めた忍の顔に、笑顔は無い。
たいした内容では無い、と亮は言った。
が、他の四人には知られたくない、とは。
また、何か無理をしようとしているのでは無いといいのだが。
そんなことを考えながら、先に入れておいた龍牙剣を確認して、車を出す。



結果的には、亮の言う通りに仕事内容はたいした事は無かった。
夜でないと、目標をはっきりと見定められないという点と、場所が蓮天神社だというコトを除けば。
亮が指し示した一点は、昼間なら、ただの土でしかないだろう。
だが、今は、ほの明るく光を放っている。
「旧文明産物か」
「もう少し正確に言うなら、旧文明兵器です」
珍しく断定する言葉に、忍は龍牙剣を抜きかかった手を止めて、亮を見つめる。
亮は、軍師な表情のままの視線で、まっすぐに忍を見つめ返す。
「まっすぐに貫けば、作動不能になる程度のモノです。忍なら、瞬殺でしょう」
その確信が無ければ、亮は忍を呼ばないだろう。
「そうじゃなくても、呼んで欲しいけどね」
苦笑を唇ににじませつつ、剣を抜き払う。
「中枢部がヤラレれば、発動する可能性は無くなる、という判断でいいか?」
「はい」
平坦に聞こえるくらいに静かな返事は、確定だ。
「了解」
言葉と同時に、龍牙は双剣に変じる。
「はっ」
次の瞬間には、地中深く刺されたソレの先で、何か鈍い音がする。
と、同時に、光も消えてなくなる。
「埋めっぱなしにしても、厄介だよな?」
「はい」
はっきりとした返答に、忍は剣ごと旧文明産物を引き上げる。
「思ったより、小さいな」
「それを一撃で止めるんですから、さすがですね」
言いながら亮は、手袋をはめた手で受け取り、用意してあったらしいケースに収める。
「お付き合いさせて、申し訳ありませんでした」
亮の困ったような笑顔と言葉に、忍は、ただ笑顔を返す。
「龍牙じゃなくては解決出来なくて良かったよ」
返される前に、忍は軽く、亮の頭に手を置く。
「そうじゃなきゃ、一人で背負っちまっただろ」
更に困ったような表情になった亮は、微かに視線を落とす。
「そういう顔すんなって。一人でやったりしたら、そっちの方が怒るぞ」
「わかりました、ありがとうございます」
相変わらず困ったような顔つきのままだが、ひとまずは視線も上がる。
「では、僕はコレを総司令部に届けますので」
「最後まで付き合うよ、帰りに会ったって言えばイイだけなんだし」
亮がなんと返事をしていいのかわからない顔つきになったので、忍は苦笑してしまう。
「届けるの終わったら、飯付き合えよ。俺、腹減った」
言われて、亮はヒトツ瞬きをする。
「そういえば、そうですね」
「仕事ですっぱ抜けてたな。ったく、人には朝食抜くなって言ったクセに」
忍が、わざとらしく眉を寄せると、亮は小さく肩をすくめる。
「父から教えてもらった店に案内しますから、勘弁してください」
「健さんオススメ?じゃ、仕方ないな」
しかつめらしい顔つきで言ってから、忍は、に、と笑う。
どちらからともなく、歩き出そうとしたところで。
ひら、と舞う白いモノが、亮の頬をかすめる。まるで、雪のように。
「え?」
一瞬、ソレが何かわからない。さすがに、雪が降る寒さでは無いはずなのに。
「あ」
白いモノが舞ってきた方へと視線を上げて、正体が桜だ、と悟る。
満開の花々は、月や街灯のうけて、ほの白く浮かび上がっている。
「桜か」
「ええ」
二人とも、土の下の旧文明産物に気を取られていて、桜が満開に近かったことなど気付いてもいなかった。
顔を見合わせて、苦笑する。
「へーえ、あんまり、夜桜って見たこと無かったけど、白く見えるもんなんだな」
花見の名所、などと言われるところの桜は、もっとライトアップされてしまっていて昼間とそう変わらないイメージがある。
こうして、ほの暗い中にあると色が闇に吸われてしまったかのように、白く見える。
「これはこれで、キレイなモノですね」
見上げていた亮が、視線を忍へと戻して、にこり、と笑う。
と、同時に、風が吹く。
ざ、と周囲の木々に風をからませてから、桜へと辿りついて、その花びらを揺らす。
まるで。
中に、亮を絡めてしまうかのように。
「っ?!」
半ば無意識に伸ばした忍の指先は、そう離れたところに立っていた訳ではない亮の頬へと、簡単に届く。
そこにあるには、確かな人のぬくもりだ。
ほっとすると同時に、なぜ、花に絡めとられるなどと思ったのだろう、と苦笑する。
「悪い」
いくらか目を見開いたままだった亮は、忍の笑顔にほっとしたように笑みを返す。
「いえ」
忍は、その笑顔で、なぜ花に絡めとられるなどと思ったのかに、気付く。
時折、確実に距離を置こうとするからだ。特に過去の記憶が絡みそうになる時には。
急に真顔になった忍に、亮はヒトツ瞬きをする。
「忍?」
「亮、頼むから、俺にだけは一緒に背負わせてくれないか?」
先ほど、答えを返せなかった願いをもう一度言われ、亮の顔に戸惑いが浮かぶ。
でも、気付いたから引けない。
「過去の記憶を可能な限り戻したくないってのはわかる。その気持ちは嬉しいと思うよ。でも、一人で背負うのを見るのが、キツいんだ」
いくらか、亮の目が見開かれる。
「迷惑だろうけど、わかるんだ。わかって見過ごすのは」
「忍は、出来ませんよね」
静かな、声。
そっと、亮は瞼をふさぐ。
「そして、忍は絶対に気付くんですよね」
それは、迷惑と思っている声では無い。
静かに、ただ事実を確認しているのだ、と忍にはわかる。だから、はっきりと返す。
「ああ、そうだな」
時に人を引かせるコトになる観察力を、忍も亮にだけは隠さない。
ソレは、亮も持ち合わせている能力だから。
まっすぐな視線が返る。
「わかりました、忍には言います。約束します。……結局今回も、そういうコトなんですが」
微苦笑に変わる頭に、軽く手を置く。
「龍牙が必要だったから、だろ」
「これからは、龍牙が必要なくても言いますよ」
子供のように頭に手を置かれているのが面映いのか、亮の表情は苦笑気味だ。
「そうしてくれ」
返して、軽く髪をかきまぜて、手を離して。
もう一度、風が吹く。
ざ、と音を立てて、花びらが舞って。
桜と、二人だけに、なる。
人が気付いて欲しくないだろうコトまで気付いてしまうと、お互いに知っている。
それは、お互いがその痛みを知っているというコトだ。
「亮がいてくれて、良かった」
心からの一言に、亮も柔らかい笑みを返す。
「忍がいてくれて、良かったです」
風が止んで、蓮天神社に静寂が訪れる。
「行くか」
「ええ、あまり忍のお腹を空かせるのは得策では無い気がしますしね」
笑顔のまま返す亮に、忍は唇を尖らせる。
「言ったな?」
肩が触れそうな、指が触れそうな。
そんな距離で、二人は歩き出す。


2011.04.09 A Midsummer Night's Labyrinth 〜They swear it to the cherry blossoms in the evening.〜


■ postscript

「桜祭2011」のお題、忍と亮で夜桜。
ありがたくも、ほぼ同時に二人のリクエストをいただいたので、二本でした。


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