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夏の夜のLabyrinth

■■■それは最強の■■■



任務に関して、亮は常に用意周到だ。
情報を得るのが早いのもあるが、関係あると思われる気配を察するに敏感だというのもある。
なので、基本的に不意打ちは無い。
あるとすれば、事前に情報を漏らしたくないといった理由の場合で、少なくとも亮にとっては不意では無い。
絶対に必要と判断しない限りは、五人に隠しはしないということを知っているから、忍たちも怒りはしない。
それよりも、いつだって亮が全てを把握している、という安心感と信頼感の方が大きい。
文字通り、最高かつ最強の軍師がいる限りは『第3遊撃隊』に敵はいないも同然だ。
少々大げさかもしれないけれど、それくらいに思っていると、誰もがはっきりと言い切れる。
それが、三年目の春を迎えた『第3遊撃隊』な訳だが。
突然の亮からの同時連絡に、誰もが緊張の声を返す。
返ってきたのは、少しだけためらったような亮の声だ。
「イチバン早く到着出来るのは、誰でしょう?」
どうやら、『第3遊撃隊』の現在地を確認するヒマさえ無いという状況らしいことに、誰もが背中が冷えたコトは否めない。
「どこだ?」
忍の早口気味の問いは、誰もが聞きたいことだ。
亮らしい、ムダの無い場所指定の直後。
「あっ」
小さな声と共に、通信はいきなり切れる。
「亮?」
「おい?!」
「大丈夫?」
「どうした?!」
「何があったの!」
思わず五人の声が交錯するが、当然、亮からの返事は無い。
五人の誰がどこにいて、イチバン近いのか確認するヒマがあるのなら。
誰もがそう思った証拠は、同時に切れた通信だ。

結果的には、到着は五人、ほぼ同時だ。
軽く息を切らしている皆の手には、それぞれに得物が握られている。
忍の龍牙は鯉口がきれているし、ジョーのカリエのトリガーも落ちている。麗花の手には、すでにナイフが握られているし、俊も須于もいつだって一撃出せる状態だ。
五人の視線の先には、大きな木の幹の向こうに、寄りかかっている人影。
その細い髪の主が誰なのか、考えなくてもわかる。
「ッ!」
息を呑んだのは、忍か俊か。
「すみません」
足音が聞こえたのだろう、声が聞こえる。
「亮?」
意識はあることに、いくらかほっとした声を出したのは、俊だ。
が、早足に近付きつつも、忍の声は硬い。
「動けないのか?」
「身動きが出来ない、という点は否定しませんが、僕に関しては心配するようなことは無いですよ」
と言うわりには、少々困惑気味の声。
そして、一緒に。
にゃー。
細くて、小さくて高めだが。
ぴたり、と忍たちの足が止まる。
「ネコ?」
「はい、まだ、木の上に取り残されてしまっている仔がいるので、助けてあげていただけると」
言われるがままに見上げると、先ずは満開の桜がまっさきに目に入る。
ひらはらと舞う花びらの隙間から覗くのは。
小さな足を目一杯突っ張って、必死に枝にしがみついている子猫たち。
「うあ、一匹じゃない」
思わず俊が言うと、びく、と体をふるわせる。
「あらあら」
「あー、登るだけ登って降りられなくなっちゃったのね」
須于と麗花が、顔を見合わせる。
ようするに、亮はコレを見つけてしまって困っていたのだ。
それなりに高い枝で、亮も木登りが出来ない訳ではないだろうが、一人では降ろせそうに無かったから。
で、説明し終える前に。
「耐えられなくなったのが、落ちてきたのか」
ジョーの言葉に、しりもちをついたままの格好で亮が苦笑しつつ頷く。
「ええ、怖いのかどうにも離れてくれなくてですね」
必死の顔つきで亮にしがみついている子猫は、覗き込んだ忍の顔を見て、細く鳴く。
「わかったわかった、お前の兄弟もすぐに助けてやるから」
ちょいちょい、と額を撫でてやると、龍牙を置いて身軽に登り始める。
危なげなく登っていくのを見上げながら、俊が首を傾げる。
「も一人くらい、いけそう?」
「ああ、太いの選べば」
「りょーかい」
俊もするすると登って行き、足りない分はジョーの背の高さでカバーするラインの出来上がりだ。
「ほら、もう大丈夫だから。だから、少しだけ動くなよ」
忍の声に、子猫たちは素直に安心したらしい。伸びてきた手に逆らうことなく、抱きあげられる。
「よーし、イイコだ」
褒められて、嬉しいのか、みゃ、と小さく鳴く。
俊の手に渡り、ジョーの手に渡って、麗花のところまできたところで。
不意に、我に返ったように、じたばたとしはじめる。
「ちょ、待って待って、今度は迷子になっちゃうってば」
「あららら」
須于もフォローとしようとしたのだが。
ぴょい、と飛び上がった子猫は、そのままぴたっ、と亮の膝にしがみつく。
その間に、次の子猫がジョーの手まで降りてきていて、麗花は慌ててそちらへと向き直る。
受け取った子猫は、またも麗花の手で我に返ってじたじたしだす。
「ちょ、わかった、慌てない!こっちでしょ。須于、次のコお願いねー」
「ええ」
ととと、と麗花は放らないよう気をつけながら、亮の方へと膝を折る。
「ほら」
にゃっ、と満足気な声とともに、このコもしがみつく。当然のように、須于が受け止めた子猫も亮のところだ。
最初に落ちた子猫も安心したらしく、満足気に亮の胸元にむぎゅっと寄っている。
木から下りてきた俊が、不思議そうに首を傾げる。
「なんだどうした、母親と間違われてんのか?」
「最初に助けてくれた人、なんだろ」
忍が言うと、無言でジョーが一点を指す。
「子供が生まれたのを、放棄したのだろう。母猫はいないようだ」
残されている箱に、忍も軽く眉を寄せる。
「養育放棄か、警察と動物病院だな」
「連絡する」
ジョーが、端末を取り出す。
さて、と振り返った忍に、麗花が笑いかける。
「忍も端末もってるでしょ、写真写真」
返事より先に、思わず笑いがこみ上げてきてしまう。
助けてくれた人、と認識した子猫たちは、ぎゅっと寄り添って亮にくっついたまま、満足そうな顔つきだ。
「確かに、コレで貰い手探したら早そうだ」
端末を構える。
「亮、動くなよ」
「動きたくても、無理ですよ」
苦笑が返る。
シャッターを押す瞬間。
さ、と風が吹いて、ひらはらと花びらが散る。
満足げな子猫たちの顔の周囲に、それは優しく舞い降りてくる。
「あ、カワイイ!似合うねぇ」
「あのコ、ちょうど額の模様が桜みたいよね」
麗花がはしゃぐ隣で、須于がにこり、と笑いつつ指差す。
「ホントだね、こっちのコは花びらだけがくっついたみたい」
「なるほど、このコは八重桜かな、色の重なり方が」
忍が言うと、俊が軽く唇を尖らせる。
「じゃ、もう一匹は。仲間はずれはないだろうよ」
「桜餅、葉っぱがのってるみたいだから」
あっさりと言ったのは、麗花だ。
「食い物かい!」
「いいじゃない、カワイイんだし」
警察に連絡を終えたジョーが、戻ってきて軽く首を傾げる。
「どうかしたか」
「んー、子猫がさ、ちょうど桜みたいだって話してた」
忍が返して、麗花が笑う。
「あのコが桜ちゃん、花びらちゃん、八重桜ちゃん、で、桜餅ちゃん」
ジョーは真顔のまま返す。
「なるほど、ソレを書いて里親募集するといい。印象に残る」
「へーえ、ジョーは慣れてそうだな、こういうの」
忍に言われて、ジョーは小さく息を吐く。
「貰い手を捜してくれるのが得意な動物病院くらいなら、知っているが」
「じゃ、ソコだね」
「ケージ用意しないとな。サンプルでペットシーツつけてくれないか聞いてみるよ」
俊が言うと、須于が首を傾げる。
「病院に連れて行くなら、ミルクとかはその後がいいわよね」
「だな、俺行って来る」
「あ、私も行く!」
身を翻した俊に、麗花も続く。
すぐに、警察も到着して、そちらへはジョーと須于が対応する。
残った忍は、まだ身動き出来ていない亮の側に、膝をつく。
「珍しいな、軍師殿」
「全く持って不覚ですね、すみません、ご心配をおかけして」
「いいよ、無事だったんだからさ」
言ってから、つん、と子猫の額をつつく。
「俺たちの大事な軍師にケガさせてたら、こんなじゃ済まなかったぞ」
子猫たちは、みゃー、と甘えた声を上げて忍の指先にじゃれつく。満足げな顔つきは、本当にたまらないかわいさだ。
「ったく、コレだもんな。亮でも敵わないわけだ」
忍と亮は、顔を見合わせて、どちらからともなく笑ってしまう。
自分たちから注意が逸れた、と敏感に気付いた子猫たちが、抗議するようにみゃーにゃーと声を上げる。
そんな彼らを撫でてやりながら、忍が言う。
「いい飼い主がみつかるといいな」
「そうですね」
くるくると、喉をならす子猫たちを見つめて、亮もそっと目を細める。
また、花びらが舞って、そんな彼らを包み込んだ。


〜fin.
2011.04.23 A Midsummer Night's Labyrinth 〜It is the strongest.〜


■ postscript

「桜祭2011」のお題、『第3遊撃隊』と得物。
動物の子供時代は、大いに反則です。


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