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夏の夜のLabyrinth

■■■カレールーおかわり! 忍編■■■



『第3遊撃隊』の軍師が正式に入れ替わって半月ほど。
相変わらず、亮の作ってくれるご飯は美味しい。
なんせ、軍隊所属になってから体を動かす量がハンパなく増えたせいか、スクール時代より食欲が減るどころか、なのだ。
忍は、ひっそりと今晩のご飯も楽しみにしつつ、手際よく買い物カゴへと夕飯の食材を入れていく亮を見やる。
財閥総帥の一粒種なのに、野菜を選ぶ様子も危なげないあたり不思議な気もするが、今はソレを上回る疑問があったりする。
今まで、一度も食卓に上ったことが無いメニューがあるのだ。
庶民的なソレは家庭料理の定番だと思うし、ついでに言えば、軍隊的には大変に定番料理でもある。それは訓練期間によくわかったことだ。
財閥総帥の家にはそういうのは出ないのか、とも思ったけれど、親子丼などのどんぶりものも普通に出てくるし、「妙に」という冠詞を奉りたいくらいに何事にも詳しい亮がソレを知らないとは思えない。
となると考えられるのは、苦手なモノな可能性で、口にするのが、少々申し訳ない気もする。
が、先日、ソレを思い出す出来事があり、なんとなく限界値のような気がしている。なんせ、香りを嗅いでしまうとどうにも食べたくなる、アレなのだ。
もし、亮が嫌いで作りたくないのなら、インスタントでもどこか外ででも、というくらいに食べたくなってしまったのだから、仕方が無い。
こういうのは我慢すると増長するもの、などと、大変に大仰なコトを考えて苦笑しかかる。
いざとなれば自分でも作れるメニューだ。それくらいなのに、亮は今まで作ったことが無い。
ともかく、一言聞いてみることに決めて、亮を見やる。
視線にすぐに気付いて、顔を上げた亮へと、忍は軽く首を傾げてみせる。
「そういや、カレーってやらないんだな」
亮は、ヒトツ、瞬きをする。
一拍の間を置いてから、「カレーですか」と返す。
とうとう来たか、というニュアンスがあるような気がして、忍は急いで言い足す。
「いや、苦手ならいいんだ」
「苦手ではないですよ」
あっさりと返した亮は、考えるような目をする。
「そうですね、今なら大丈夫ですか」
半ば独り言のソレの意味を訊き返す前に、亮の視線が忍へと戻る。
「すみません、買い物を追加したいので、もう少しお付き合いいただいてもいいですか?」
この流れからして、付け加える買い物の内容はカレーの材料で、それを面倒がるつもりなどない。むしろ、忍の方が、だ。
「悪いな、手間増やして」
「大丈夫です。こちらこそすみません、気付かなくて」
もう一度謝られて、忍はいやいや、と手と首を振る。
「亮の都合だってあるだろ」
「僕の都合というか」
そのまま言葉を濁して、亮は野菜へと視線を戻す。
半ば機械的に、じゃがいも、たまねぎ、にんじん、と定番の野菜が大量に次々と加えられていく。どう見ても、手慣れた様子でしかないことに、苦手ではないことを確信して、忍は内心、ほっとする。
更に大量の肉類、そして、だ。
カレールーの前を通り過ぎたのに、忍はいくらか目を見開く。
「亮?」
「はい?」
不思議そうな視線を返した亮の手には、すでにその隣へと並んでいたスパイスへと伸びている。
「もしかして」
「お好みに合うかわかりませんが」
亮は微かに照れたような困ったような笑みを浮かべる。が、すぐにソレは消え、スパイスの方へともどった少し遠い目は必要な量を計算しているかららしく、次々とイロイロなスパイスが加わっていく。
「本格的だな」
「そんなでもないですよ、あの、皆さんの好みがわからないので、今回はウチ流でいいですか」
「もちろん」
スパイスから作る家カレーなど、正直初めてだ。文句などあるわけない。

予定の二倍どころか三倍になった買い物を終えて、台所は野菜の山になる。
早速、というように髪をまとめて、エプロンをかけた亮に、忍はいくらか目を丸くする。
「夕飯まではまだあるぞ」
「ええ、わかっていますよ」
あっさり返した亮は、山の野菜を指してみせる。
「ですので、今のうちにコチラを」
「え、でも?」
「はい、明日の準備です」
なにやら、オオゴトっぽくなってきたのは、容易に察せられる、という訳で。
「俺も手伝うよ」
カレーをリクエストをしたのは自分だ。亮はヒトツ、瞬きをするが、苦笑気味に頷く。
「では野菜を洗っていただけますか?」
「了解」
忍も軽く腕をまくる。
忍が皮むきまで終えた野菜を、細かめに刻みながら亮は次々と鍋に入れていく。用意された大鍋は、なかなかに壮観だ。六人分を常に賄っているから、比較的大きなモノが多いこの家でも、最も大きい部類だろう。
野菜が入り終えて、そこそこ煮立ったところにバラ肉を入れた亮は、さて、というように忍を見やる。
「ありがとうございます、しばらくはこのままですから」
「ああ、うん」
頷いたものの、亮がそのままいつもの夕飯の準備にかかるのはわかっていたので、忍は付け加える。
「邪魔じゃなけりゃ、もう少し手伝うけど」
意味はすぐにわかったのだろう、亮は、またヒトツ、瞬きをしてから。微かに笑う。
「それでは、お願いします」
「いや、いつもやらせてばっかだから」
「このくらいはどうってことないですよ」
亮の料理する手つきを、ここまでまじまじと見るのは初めてだが、本当に手際がいい。『第3遊撃隊』にきたから始めたのではないことは、はっきりとわかる。
財閥総帥は、実に堅実なしつけをしているらしいな、などと考えながら、夕飯の支度を手伝う。
なんとなくの流れで、そのまま夕飯の後片付けまで手伝った忍に、亮はすまなそうな顔を向ける。
「すみません、気を使わせてしまいましたね」
「いや、頼んだの俺なんだし、これっくらいは姉貴の手伝いでやってたし、どうってことないよ」
「そうですか?」
まだ亮の表情はすまなそうなままだ。なので、忍は亮の手元に出揃ってるスパイスを差す。
「そろそろ味付け?」
「ええ、今から」
スプーンで量りながら、さらさらとフライパンで炒られていくだけで、いい香りが広がる。
「美味そう」
思わず呟くと、くすり、と亮は笑う。
「スパイスの香りは食欲そそりますよね。明日の朝に味見くらいは」
「あ、じゃあ」
「ええ、わかりました」
いつも、朝の鍛錬の前に軽く食べている。本当の朝食の前なのだが、それにしてもらえたら、と思ったのを、亮はすぐに察してくれた。
「楽しみにしてるよ」
「期待しすぎないでいただけると助かりますが」
そうして、その夜は過ぎていく。

翌朝、居間へと降りていくと、開けたなりいい香りが鼻をつく。
「おはよう」
声をかけると、
「おはようございます」
と亮がいつもと変わらず返す。
「準備出来てますよ」
と続けて出されたのは。まごうことなき、カレーライスだ。忍は、思わず、笑みを大きくする。
「お、待ってました。いただきます」
しっかりと手をあわせて、スプーンを手にして。
姉に恥をかかせたくないのもあったし、早くからバイトで品のいい所作などは知っているから、意思汚い食べ方など、基本的にしない自信があったのだが。更に言えば、生まれてこの方、そんな食べ方をしたことなど一度も無い、と誓えもするのだが。
ソレに気付いた時には驚いたし、しまったとも思ったけれど、同時に刻すでに遅し、で。
恐る恐る、亮を見やる。
「はい?」
「あー、えっと」
微妙に迷って、視線が漂う。
それでも、食欲と魅力には勝てなかった結果がコレなのであって、我慢は無理だ。
「その、カレールー、お代わりしていいか?」
亮は、ヒトツ、瞬きをしてから。
ゆるやかに笑顔になる。
「ええ、もちろん」
うっかりとご飯ばかり残った皿を手に、ルーを追加してくれる。
思い切りな勢いで完食して。
「なあ、コレ」
「後は夕食ですよ、もう少し練りたいですから」
きっぱり、と亮は言い切る。この点は譲れないらしいが、付け加えるのも忘れない。
「気に入っていただけて、良かったです」
「リクエストしたかいあったよ、ごちそうさま」
両手をしっかりと合わせて、いつもの調練にかかる。
もっと練ってから食卓へ、の筋を亮はきっちりと通し、居間に漂う魔力に皆が少なからず苦しい思いをした一日が過ぎ、夜にはカレーライスが初めて『第3遊撃隊』の食卓へと並ぶ。
魔女の魔法の鍋のような大鍋にいっぱいだったソレは、あっという間に消えてなくなった。


〜fin.

2011.07.17 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Please more Curry roux! I〜


■ postscript

友人からふとした時にもらった、素敵お題「カレーおかわり」でなく「カレールーおかわり」、その一。ツイッター140字連載の修正再録です。


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