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夏の夜のLabyrinth

■■■カレールーおかわり! 俊編■■■



もう、ホントに俺が悪かったからって頭下げればいいんじゃないか、と思って、はた、とする。これじゃいくらなんでも動揺しすぎを通り過ぎて錯乱してる段階だ。もっと平たく言えば、イッちゃってる。
俺って、そんなにそんなにカレー好きだったっけ?と自問して、慌てて首を横に振りそうになるのをかろうじて耐える。
イヤイヤ、俺が悪いんじゃない、悪いのは、そう、悪いのはいつだってアイツの方だ。
こんなに良い香りのカレーがあるなんて、知らなかった。
だいたい、忍だって悪い。
自分がリクエストしたのかどうか知らないけど、朝から一人でカレーを食べてるなんて、ズルいじゃないか。俺の好物だって知ってるはずなのに。
いや、これだけのカレーを作られたら、まだ準備中と言われても食べたくなる気持ちはわからないでもないけれど。アイツは何やら、忍には甘くないか?リクエストした人間の権利だって言われてしまえば、それまでだけども。
あー、ようするにだ、と俊はイライラする思考をどうにか、目前に引き戻そうと努力する。
事実は二つだ。目前にあるカレーが、今まで食べたこと無いくらいに美味しいということ。そのせいで、大変にうっかりとした食べ方になったコト。
夕飯をよそう時に、忍が「ルーを多めにしてくれよ」と苦笑気味に言っていたし、皿が出た時には、ご飯に対して妙にルーが多いな、と思った。でも、なぜか周囲が全く文句を言わないものだから、俊も言い損ねたのだ。
そして今、遠慮なくおかわりする麗花や須于を横目に、葛藤中、という訳。
きっちりと食事量を守るジョーも、先ほど、照れくさそうな笑みと共におかわりを頼んだばかりだ。
そう、目前にあるカレーは、ジョーの鉄壁の自制心を崩すくらいに美味しいカレーだ。その事実は、否定する気は無いのだけど。悔しいけれど、心から認めるのだけれど。
俊にとって、大きな問題がヒトツ。
このカレーを作ったのがアイツということだ。思考の中でさえ、名前を呼ぶのを否定するくらいに会いたくない相手が。
アイツと毎日のように顔を合わせるだけでなく、軍師として指示を仰がなくてはならないというだけで、俊にとっては心がさざめくばかりなのに。そうなった原因は、間違いなく自分が作ってしまったという負い目までついてきている。
正直、表面的にだけでもそこそこの平静を保っているのが、やっとなのだ。なのに、なんだって、こんな試練が降りかかってくるんだろう?
美味しいカレーだっていうのに、おかわりを頼むに頼めないという。それどころか、うっかりとカレールーを食べ過ぎてご飯が残っている、という危機的状況を回避する方法がヒトツしかないなんて。
マンガだかドラマだかで、天使と悪魔が脳内で争うなんてシーンを見たことがあるけど、それ以上に難しい選択を迫られていると思う。
間違いない、人生最大の岐路だ。
うっかりとそこまで考えて、慌てて脳内で否定する。カレーに、人生の岐路掴まれてたまるか。
ともかく、アイツと関わるのは最小限にしたい。コレだけは、譲れない。
ぐ、と奥歯を噛みしめる。
そして、つやつやの白米が残った皿を持ち上げて、一気にかきこむ。
誰かの苦笑が視線の端に映ったのは、絶対に絶対に絶対に気のせいだ。



そんな葛藤から、はや一年。
今日も今日とて、居間にはたまらない芳香が漂っている。
カウンターにつっぷして、上目遣いに亮を見上げているのは麗花だ。
「ねぇねぇ亮ー。なんでカレーダメなの?この香りで食べちゃダメって、ドSだよ?」
「なんと言われようと、お断りします」
小気味いいくらいにきっぱりと、亮が言い切る。
「どうしてよう?もう美味しいでしょ?」
「今、お出ししたら、練り終わる前に無くなります」
「そりゃ真理だ」
朝の鍛錬の汗を流してきた忍が笑う。むーと、横目で麗花が睨む。
「忍は、朝もらってるでしょ?」
「最初にリクエストした特権だな」
悪びれず言ってのけるのに、麗花はお手上げのポーズだ。
「確かにおっしゃる通りでーす。忍がリクエストしてなかったらカレー無かったもんなー。でもでも、この香りは悪魔の誘いだわー」
大きく伸びをした麗花は、器用にさかさまの視線を俊で止める。
「そういえば、カレー大魔王が大人しいね」
「いつから大魔王」
うっかりとツッコんでしまうが、言うだけ無駄だ。
「大魔王もまさか、ワイロもらってるんじゃないでしょうね?」
すう、と目が細くなってくる。
「もらってねぇよ。忍だけだ、オイシイ思いしてんのは」
文字通り美味しいに決まってるんだから、うらやましい。
「ホントに?」
「ウソじゃねぇよ、ひたすらガマンしてるんだっての」
「えええええー?」
「うるせ、亮がイチバン美味しいの食わせてくれるってんだから、それまで待ってるのが礼儀ってもんだろ」
「ま、それもそうね。俊にしちゃ正論だわ」
「どういう意味だよ」
「さてねー、ココいるとお腹空くから、訓練でもしてくるわー」
ひらひらと手を振りながら、麗花は部屋を後にする。
「へーえ、さすがはカレー王子だな、中途半端のままじゃカレーに失礼ってわけか、やっと大人しく待ってる理由がわかったよ」
言わないだけで、忍も不思議だったらしい。妙に納得した表情なあたり、自分はどれだけカレー好きだと思われてるんだ、と思わないでもないが、ツッコんでも返り討ちがオチだと骨身にしみて知っている。
「そうだよ、わかったら忍もカレーに礼儀立てろ」
「俺は光栄なる味見役を仰せつかってるんだよ」
に、と返されて、む、と口をつぐむ。やはり、敵いそうにない。
カレーにじゃなくて、丁寧に作って美味しくなるようにしてくれてる亮に失礼だろうが、と言うセリフは、味見、という単語に見事に封じられてしまった。黙りこくったままの俊に、ちょうど洗濯物を取りにきたらしい須于が首を傾げる。
「あら、自分も味見って言えばいいのに?」
「それっくらい、ガマン出来るっての」
「ガマンなんだ」
「ガマンなのね」
「ガマンだったんですか、お出ししますか」
亮にまで真面目な顔で言われてしまったら、退散するしか無い。
「だから、大丈夫だって、夜食べるから!そんかわり、思いっきり食べるからな、覚悟しとけよ!」
なんだか、ヒーローモノの悪役みたいになってしまっているが、気にしていられない。
扉を背中で閉めて、ヒトツ、息を吐く。
まったく、よってたかって失礼だ。
そう、夜までのガマンなんて、たかが知れてる。
夕飯では、好きなだけでおかわりしていいのだから。ルーが足りなくなったら、遠慮なく頼めばイイ。
あんなに、苦い思いをして好物を食べる必要が無い。それだけで充分に幸せなコトだ。
皆で笑ってご飯を食べられる、だから。
今日も、魔女の鍋ほどに作られたカレーはキレイに無くなるに違いない。


〜fin.

2011.10.10 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Please more Curry roux! II〜


■ postscript

友人からふとした時にもらった、素敵お題「カレーおかわり」でなく「カレールーおかわり」、その2。真打(笑)登場。


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