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夏の夜のLabyrinth

■■■小さな奇跡■■■



ソレに気付いたのは、ある意味、奇跡だ。
微かな、熱がこもった熱い息。
どうして気付いたかなんて、言われてもわからない。
でも、忍は気付いた。
なぜかある室内で繋がった扉の向こうの、吐息にも似た音に。

ほんの微かなノックをして返事の前に扉を細く開く。
「亮?」
「大丈夫ですから」
亮の返事は、忍が気付いている、とわかっている言葉。
互いに敏感すぎると、もう、亮も知っている。
そうわかって、忍はどこかでほっとする自分に苦笑する。
「ソレ言う時点で、大丈夫じゃ無いだろ」
気付いたことを隠さなくてイイという事実に安心して、いくらか大胆な一言を呟く。
亮の耳には、多分、この音量で充分だと確信しながら。
「明日には、直っていますから」
かすれ気味の、だが、意外としっかりした声が返る。
なるほど、亮が言う通り、ここまでの声が出るのなら、一晩寝ればうっすらと熱っぽい体調は戻るのだろう。
「でも、今はツラいだろ」
普段なら引くべき場面で、うっかりと強い言葉を発してしまったのは、亮の否定が、自分が気付いたコトへではなかったからだ。
普通なら、あんな些細な気配で気付いたコトに警戒されるのに。
一歩、部屋へと踏み込む。
拒絶の代わりに返ってきたのは、困ったような吐息だ。
「慣れてますから」
こんなことに慣れるなんて、しなくていいと思うけれど。
言いにくい環境で育ったのなら、仕方ないとも思う。
「ま、な」
あまり、強くは言えないけれども。
自分の部屋からの光だけで、亮の額の位置を察して、手を置く。
「でもほら、冷たいだろ」
長い長い沈黙の後。
気付いた時と同じ、どこか熱い息が漏れる。
「そう、ですね」
そう言わなくては、忍が納得しないと知っている声だ。
人がいると眠れないというコトも、もう知っているから。
「冷やせるモノ持ってくるから、それだけは我慢してくれないか?」
妥協点を提案する。
うっすらとした灯りの中でも困った表情が見えるくらいな声が返ってくる。
「ご迷惑をおかけして」
すみません、は言わせない。
「いや、俺を安心させる為と割り切ってくれるとありがたいけど」
その方が気楽だろうと思ったのだが、亮の困惑は微かに大きくなる。
「お手数を」
そんな風に考えなくていい、というコトを今言ってもムダなことを知っているから、ただ返す。
「や、俺こそ悪いな」
体調がキツいのに、忍のワガママを通すのだから。
これ以上辛い思いをさせては本末転倒だとばかりに、忍は立ち上がる。
「じゃ、用意してくるよ」
返事を待たずに、部屋を背にする。

冷やす道具を持って戻った忍を、亮が見上げる気配がする。
やっぱり、と思うが、それは口にしない。
「悪いな、起こして」
「いえ」
返る声が、先ほどより掠れている。
「無理して返事しなくてイイからな、俺の自己満足だから」
この点、嘘は無い。
本当なら、気付いた時点で嫌な顔をされて終わりだ。
亮がそういうコトに関して、拒絶はしないと踏んでかかった結果がコレだ。
軽くかもしれないにしろ、体調が悪い相手に自分のワガママを振りかざして付き合せているというコトは、重々わかっている。
それに、亮は自分達以上に神経を使ったろう。
一目見たなり、知沙友の体調や病状について察していたし、終わりがいつ訪れるかすら気付いていた。
あの夏の日の出来事から察しても、亮はけして丈夫なタチではない。
その亮が敏感な子供に自分の死期を察されない為に、どれだけの神経を注ぐのか。
正確ではないにしろ、忍にはわかる。
そっと、冷えたモノを額に置く。
微かに漏れた息が、苦しげでないことにほっとする。
「けっこう、熱あるな」
感じたことをそのまま言うと、亮の困惑は深まったようだ。
「でも、だいぶ楽になりましたから」
それは、嘘ではないのだろう。熱っぽい身体に冷えたモノが額にあたるのは否定すべきことではない。
だから、行けと言われる前に口にする。
「な、亮が落ち着くまでいてもいいか?」
いくばくかの、沈黙が落ちる。
やや、してから。
「では、ヒトツ、話をしていただけますか?」
「話?」
「ええ、なんでもいいですから」
間を持たせる為に、体調の悪いなりに考えた結果なのだろう。
それに、財閥総帥という立場の家の子にうまれたら、そうそう甘えるなんて出来まい。
しかも、なんでも、と亮は言ったけれど、体調が悪い相手にツライ話をする気になんてなれない。
「わかった」
す、と息を吸う。
ほんのささやかでいいから。
この神経質な軍師が、一晩でいいから、ゆっくりと眠れる物語をつむぎだせることを祈りながら。


〜fin.

2011.12.24 A Midsummer Night's Labyrinth 〜little story〜


■ postscript

『2011聖夜+年末企画』でいただいたお題、『忍と亮、寝物語』


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