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夏の夜のLabyrinth

■■■クリスマスのご馳走、遅延版■■■



こういう時の麗花の目聡さは、誰も争えない。
亮が解禁と判断したから、視界の端にせよ映る場所に現れたとも言うけれど。
「亮、ソレ、何?」
キラキラという表現がぴったりの視線で問われた亮は、さらりと返す。
「クリスマスケーキを飾り付ける、お菓子の人形ですよ」
「クリスマスケーキ!」
キラキラを通り越してギラギラになった麗花への返事は、にこり、とした笑顔だ。
「食べてないっ、食べたいッ!」
時はすでに正月三箇日も過ぎようという日付で、クリスマスもなにもあったものではないのだが。
あの頃の予測は、やはり大当たりだったようだ。
「では、焼きましょう」
あっさりと亮が頷いたところまでは、良かったのだが。
にーんまりと麗花が口の端を持ち上げる。
「料理もクリスマスらしくするつもりだとは思うんだけど」
「ええ」
そこらに手を抜いて、麗花が許すとは思っていない亮である。
「あのねぇ、せっかくならリスティアのおうちで食べるクリスマスのごちそうが食べたい」
聡い軍師は、すぐに何が言いたいか悟る。
もう自分の正体を隠さなくていい麗花は、彼女の身分ならば手に入るであろうごちそうはいらない、とのたまっているのだ。
うっかりと、背後で新聞を読んだりテレビを見たり、訓練後の補給をしていたりなんてしていた男性陣が目線を逸らしてしまう。
ソレは、一般家庭とおぼしき家に育っているからといって、知っているとは限らない。
なぜか、そういったコトに詳しい軍師とはいえ、無理がありすぎると思ったのだ。
が、亮は笑みを崩さない。
「わかりました、夕飯でいいですよね?ケーキの仕込みと買い物もありますし」
「うん、楽しみにしてるー」
にんまりと頷いた麗花は、あっさりと居間を後にする。
恐る恐る振り返ったのは、残った男共だ。
「亮?」
「大丈夫か?」
忍と俊は声を出したが、無言のままのジョーも心配そうだ。
なんせ、正直、自分達も自信が無い領域だ。財閥総帥家育ちの亮には、あまりに厳しくはないかと思ったのだが。
亮の顔からは、笑みは消えない。
「問題ないですよ。ご心配ありがとうございます」
彼らの事情を全て知っているようにすら思えて、誰からとも無く再度、視線を逸らし始める。
「あ、俺、買い物には付き合うよ。行くんだろ?」
唯一、気の利いた発言が出来たのは忍くらいのモノだ。



亮がケーキなどの下準備を終えてから、忍と亮は麗花のクリスマスのご馳走というリクエストに応えるべく、買出しに出る。
車ではなく、歩きになったのは亮がそれで充分、と口にしたからだ。
疑う気は無いので、忍はまったりと足を進めつつも、疑問は口にする。
「六人分っていうと、そこそこにならないか?」
今度は、亮の視線が漂う番だ。が、ためらいがちに返事は返ってくる。
「後は、どうしても直近で買わないと足りないモノくらいなんです」
珍しく、忍は亮をまじまじと見つめてしまう。
観察力と推理力は抜群なコトは良く知っている。軍師として、他の追随を許さないのはその天賦の才によるところが大きい。
しかし、こういうコトですら見事に先読みしてみせるとは。
その視線に気付いた亮が、微苦笑を浮かべる。
「悪い、ケーキは欲しがると思ってたんだけどさ」
言ってから、自分の顔にも苦笑が浮かんでくる。
「ま、ケーキだけじゃ終わらんとも思ってはいた、確かに」
そうか、と気付く。
「残念ながら、俺にはそのフツーのごちそうとやらが、よくわからない」
言ってから、首をひねる。
「何作る気だ?」
「たいしたコトは無いですよ。骨付きの鳥モモを焼いて、骨のところにちょこっと飾りをつけます。付け合せは色味を明るめにして、後は大皿にオードブルっぽいモノを並べるとかくらいですね」
「や、ソレ、充分にスゴイ」
財閥の一粒種が、一体どのようにこういった知識を得てくるモノか、失礼にならないならじっくりとっくり訊いてみたくなる。
が、亮には亮の事情があるコトは知っているから、忍はそれ以上は言わず、また歩き出す。
「あ」
「?」
ぽつり、とこぼした声に、亮が視線を向ける。
けして、ぶしつけなモノでなく、控えめになのだが。
「霜柱、まだ残ってる」
忍が少しだけ笑みを含んだ声で返すと、亮は小さく首を傾げる。
そのことには、目聡い亮も気付いていたのだろう。が、わざわざ忍が口にする意味は、取りかねたらしい。
イロイロと世帯染みたコトを教えてくれる存在はいたようだが、コレは入っていなかったらしい。
忍は、少しだけ笑みを大きくする。
「霜柱っていえば、コレってね」
言いざま、しゃくっとばかりに、踏み潰す。
亮は、ヒトツ、瞬く。
ナニゴトか、と驚いたらしい。
ちょいちょい、と忍は手招きして、残していた霜柱を指す。
そして、先ほどしてみせた足の動きを再現してみせる。
踏み潰せ、と言われてることは理解したのだろう、亮は困惑顔のまま、ちょこん、と足を伸ばす。
遠慮がちに、しゃくり、と踏み潰す。
それでも、音はしたし、きっとつま先に伝わる感触はあっただろう。
「な?」
忍に首を傾げるように確認されて、亮は小さく笑みを浮かべる。
もう一度、その細めの足先が動く。
今度は、はっきりと、しゃくっと音を立てる。
「リスティアの冬の、正しい楽しみ方だ」
「なるほど」
どちらからともなく、顔を見合わせる。
「ヒトツ賢くなりました」
「そりゃ良かった。ごちそう期待してるから」
「はい」
二人は、どこか足取り軽く歩き出す。



その晩、食卓に並んだフツーのごちそうは『第3遊撃隊』の皆に大好評だったらしい。


〜fin.

2011.12.30 A Midsummer Night's Labyrinth 〜...and frost columns〜


■ postscript

『2011聖夜+年末企画』でいただいたお題、『洋食と霜柱』


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