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夏の夜のLabyrinth

■■■ 桜まで300km/h ■■■



どこか、風が甘やかなのは、春だからだろうか。
窓を開けて、真白の雲が漂うのを、じぃっと食い入るように見つめていた麗花が振り返る。
「来るぞ」
と、俊が小さく呟く。
「今年はねぇ、絶対にお花見に行くのよ」
「言うと思った」
思わず、普通の声で返してしまう。
麗花が、にこり、と笑う。
「わかってるなら、話早いね」
「ヤだね、人ごみの中」
きっぱりはっきり言いきったのは忍。
何故と問われても困るが、この時期、なぜかリスティア国民の大半が桜を見たくなるらしい。昼間はもちろん、夜も桜の下で宴会してたりする。
ようは、桜が咲いてる場所、すなわち人ごみの中、というわけで。
麗花も言い出したらきかないが、六人中もっとも頑固なのは忍だ。
言い切りできた時は、絶対に何を言おうと意見を翻さない。それがわかってる麗花は、すぐに次善の策を出す。
「人が少なきゃいいんでしょ?」
「まぁな」
あっさりと忍は頷く。すぐに、にんまりとした笑みが麗花の顔に浮かぶ。
「俊くん、よき場所はあるかね?」
なるほど、俊はよく一人でバイクを流している。皆が喜びそうなツーリングコースを見つけてくるのが得意だ。
皆が喜ぶ、とは、人がそんな多くなくて、景色が綺麗で、ちょっとおもしろい店があったりして、ということ。
「花見できるところは、心当たり無し」
バンザイしてみせる。
「むむ、ではジョーくん、どうかね?」
ジョーも、案外、穴場を知っていることがある。
が、ジョーも首を横に振る。
「さぁな」
「むむむむ〜」
ココロより不満そうな声を、麗花が上げる。
「まぁまぁ、ジョーが特製ブレンド淹れてくれるってよ」
と、忍。
コーヒー好き高じてブレンドまでしてしまったジョーだが、このコーヒーは『第3遊撃隊』のメンツには好評なのだ。
「やだやだ、お花見行きたい!」
駄々こね状態になりつつあるのを見て、ジョーは諦めたように腰を上げる。忍にふられて、なんで俺がと思っていたようだが、ジョー自身も人ごみは好きではない方だ。
コーヒーで諦めてくれるなら、安いモノだと思ったのだろう。
「コーヒーなんかじゃ誤魔化されないもん〜」
麗花は、頬を膨らませている。
須于が、少し首を傾げる。
「そういえば、一昨年も去年もお花見はしてないものね」
「でしょでしょ?!」
ほんの少し自分寄りの意見に、麗花は身を乗り出す。
「桜が綺麗で、人が少ないところですか……」
亮も、軽く首を傾げる。
忍があれほど強く「人ごみはヤだ」と言ったのは、自分の為だと知っている。去年の初詣の時、人だらけの永翠神宮で人酔いしたのを覚えているからだ。
だからといって、麗花がそう簡単に花見を諦めるとも思えない。
「あ、なんか心当たりある?!」
瞳きらきらもんで、麗花は亮に向き直る。
「そう期待されても困るんですが……少し待っててもらえますか」
軽く首を傾げたまま亮は立ち上がって、部屋へと戻って行ってしまう。
ジョーの淹れてくれたコーヒーが、ちょうど皆に行き渡る頃、亮は笑みを浮かべて戻ってくる。
その表情で、どこかメドがついたのだとわかる。
「大丈夫だったんだ?!」
麗花の弾んだ声に、頷いてみせる。
「先に目をつけてる人がいるかと思ったんですが、空いてました」
「桜が咲いてて、人がいないところ?」
俊が、不思議そうに首を傾げる。
「ええ」
「いったい、ドコなんだ?」
忍が尋ねる。
亮は、すこし笑みを大きくする。
「陸軍特殊技能運転訓練コースです」
それを聞いて思わず、注目してしまったのは俊だけではない。珍しく、ジョーも軽く身を乗り出している。
「って、あの?」
「F1特別レースやったことある?」
「コース向こうに桜がたくさんあるんですよ、使用予約取れましたけど、どうします?」
こうなったら、麗花よりも男性陣のが断然乗り気だ。
「行く」
「バイク持ってっていいんだよな?!」
即答のジョーに、興奮気味に尋ねる俊。
「訓練に使うと予約したんですから、もちろん」
「車もイケルよな」
と、忍。通常使いにしているが、車もいざという時には対応できる特殊仕様車だ。が、通常の戦闘ではバイクばかり使っているから、思い切り走らせたことがない。
「で、予約取れたのはいつなんだ?」
「明後日です、桜もいちばん見頃だそうですから」
亮のやることだ、さすがにソツがない。
「よっしゃ、走らせるぜ!」
「あー、バイク調整しねぇとな」
男性陣は、すでに走ることの方に神経がいってしまっている。麗花が、負けじと大声を上げる。
「お弁当、持ってくんだからね!」
「なんか……すごいお花見になりそうね」
須于は、頬に手を当てて呟く。



お花見当日の朝。
麗花のリクエスト通り、亮と須于が二人掛かりでお花見弁当を作ってくれる。重箱に詰められたそれは、なかなかにキレイな仕上がりだ。
「すごーい!」
麗花はもちろんご満悦だし、覗きこんだ忍と俊も感心した声を上げる。
「へぇ」
「美味そう」
最後に顔を出したジョーが、尋ねる。
「どういう配分にするんだ?」
「あ、そか、今日はジョーもバイクだからな」
ここ最近の簡単ツーリングは、ジョーの車に須于と二人、俊はバイク、忍の車に亮と麗花を乗せるというのがパターンだったのだが。
走るとなれば、ジョーもバイクがいいらしい。
「麗花も走る?」
俊が尋ねる。
麗花は、ぶんぶんと首を横に振ってみせる。
「そーいう才能はないもん」
須于も同様らしく、頷いている。
「俺、四人乗せるのはヤだぞ」
忍の意見は納得だ。
戦闘対応だからといっても、四人乗せて走ればさすがに重量の影響を受けずにはいられない。
特別にスピードを出せるようにあつらえたコースなんて、そうそう走る機会はない。忍だって、走りたいのだ。
「僕が車出しますよ」
エプロンを外しながら、亮があっさりと言う。
「隣りに一人くらいなら、問題無いでしょう?」
「まぁな、どっちがいい?」
麗花と須于は、顔を見合わせる。
忍か亮か、どちらかの車に乗ることになるらしい。でもって、選択権は二人にあるようだ。
少し考えていた麗花が、にんまりとする。
「忍、もちろん飛ばすんだよね?」
「当然」
「んじゃ、私、忍の車に乗りたいな」
自分では走れないが、走ってる車には乗ってみたいらしい。須于は、そこらへんに強い自己主張はない。
「じゃあ、亮、乗せてくれる?」
「いいですよ」
にこり、と微笑んでくれる。前に一度、亮の運転する車に乗せてもらったことがあるが、まったく危なげの無い安心できる運転だった。
本気を出して走るといった意気込みでもなさそうだ。きっと、のんびりと出来るに違いない。
「で、今日はドコ走れるんだ?」
俊が首を傾げる。
訓練用のコースは、様々なものが用意されている。
「そうですね、F1で使用された周回コースもおもしろそうですけど、それよりも走り抜けられるコースがあって、そちらの方がオススメですね」
亮は、ここ三日でちゃんと調べてくれていたらしい。コース図を取り出してみせる。
「ここならゴール場所から桜までも近いですし」
「へえ、いいね、シャワーとかの施設も近いや」
「距離も悪くないな」
「ああ」
男性陣に、異議はないらしい。
「じゃあ、最初に施設にお弁当とかは置いて、逆走でコース確認、レース、さっぱりしてからお花見、ということでいいですね?」
麗花たちも頷く。
というわけで、いざ出発だ。

訓練コースは、若葉に包まれた本当にキレイな場所だ。春という空気をいっぱいにしている。
「わー、すごく気持ちいいところだねー」
思わず麗花が嬉しそうに声を上げる。忍達も、思わず口笛を吹く。
荷物のほとんどを施設に置いて、コースを逆に辿って行く。コース途中の景色もなかなかに綺麗だが、男性陣にはそれは目に入っていないらしい。
カーブやら直線やらを、真剣な目つきでチェックしている。
麗花の脇で運転してる忍も、隣りで思わず感嘆の声を上げている麗花のことが、まったく意識内に入っていないのがわかる。
思わず、笑ってしまう。
窓の外へと顔を出す。
俊とジョーの目付きも、かなり本気だ。
「やっぱ、男だねぇ」
その呟きも、忍達には聞こえてはいない。
須于の予測通り、亮の運転は相変わらず安心出来るものだし、表情も余裕だ。
「すごく綺麗なところね」
思わず呟いた言葉にも、返事が返ってくる。
「訓練の様子が伺えないようにという配慮らしいですけど、緑があると気持ちがいいですね」
俊やジョーのように、たまに試すようにスピードを上げるようなこともない。普通に会話しながら、コースを堪能する。
選択としては、イチバン無難だったと思う。
きっと、亮の解説を聞きながらジョー達の走りを楽しむことになるのだろう。
コースの確認を終えて、それから。
忍が、ひょい、と麗花にメットを投げてよこす。
「ほえ?」
「スピード上げるから、被っといて」
いったい何キロまで上げるつもりやら、などと呑気に考えている須于にも、忍は投げてよこす。
「え?」
反射的に受け取りつつも、須于は戸惑ってしまう。
「亮、走るよ、今日は」
あっさりと言われて、隣りに目をやる。亮は、すでにメットを被り終えている。よくよく見れば、左手の手袋もいつもと違って皮製になっているし、右手にも短い手袋をしている。
メットの奥の瞳が、にこり、と笑う。穏やかなモノではなく、いつもの軍師な方の笑みで。
「訓練ですから、戦場に出たつもりでお願いしますね」
須于は、自分がすっかり失念していたことに気付く。
亮は、のんびりと会話をしながらでも、コースをチェック出来るだけの余裕があったのだということに。
忍の脇へと座った麗花の顔つきも、すっかり戦場仕様になっている。そのくらいの緊張感がないと、エライ目に遭いそうだ。
須于も、一応ね、という気分で持って来ておいた細い特殊電線を扱う為の手袋をはめる。
それから、ヒトツ深呼吸をして亮の隣りに乗り込む。
戦場へ飛び出してく時と同じ爆音が響く。
仕掛けていた合図と共に四台が一斉に飛び出す。
ちら、とメーターに目をやった須于は、数秒で250km/hまで上がっているのに気付いて、思わず首をすくめる。
すぐのカーブもソツなくこなし、どうやら並びとしては俊、すぐ後をジョーと忍が並走、最後に亮ということになったらしい。
外の景色は、緑の風になってしまい、まったくわからない。
ジョーと忍が互いの走行を妨害しつつ前に出ようとしてるので、亮はどうやってもその前に行くことは出来そうにない。
が、亮もすごいと思うのは、その邪魔をモノともせずにぴたりと真後ろにつけ続けていることだ。
ヘアピンカーブだろうがなんだろうが、車間距離がまったく変わらない。
それでいて、衝突する、とか、そういう危険も感じさせない。
いつの間にか、前に出るスキが出来ないものかと、須于もじっと前を見つめ始める。
麗花の方も、握りこぶしを強く握ったままでいる。
まさか、ジョーとこれほどのデッドヒートを繰り広げてくれるとは思っていなかったのだ。
忍もバイクなら、それくらいはやると思っていたけれど、ドライブテクがここまでとは。
しかも、衝突しそうでしない、微妙な感覚がたまらない。
せっかくなら、やっぱり俊の前に出てみたい。
麗花も、前を見据える。
「?」
急に、忍たちとの車間が空いたことに驚いて、須于は隣りを見る。
とうとう、ついて行くのが辛くなったのだろうか?
が。
超高速であるはずの車体に、さらなる加速がかかったことに気付く。
そして、一度は離れたはずの忍たちの車に、ものすごい勢いで突っ込んで行っていることに。
さきほどまでの微妙な車間も、あっという間に越す。
ぶつかる!
思わず、目を閉じる。
次の瞬間。
感じたのは、衝撃ではなく、浮遊感。
「?!」
恐る恐る眼を開ける。
車体が、浮いている。
それから、眼下にはジョーのバイクと忍の車が。
瞬間のことのはずなのに、まるでスローモーションのように状況がわかる。
進路妨害されている限り前に出られないとふんだ亮は、軽い坂を利用してジャンプしてみせたのだ。
その為のすさまじい加速で、しかも飛んだ先の隣りには、俊のバイク。
さすがに、俊もぎょっとしたようだ。
ここから先は、先ほどまでとは逆だ。
俊と亮のデッドヒートに、忍たちが邪魔されて前に出られない。
ラストのストレートで360km/hの加速をしたが、さすがに俊、逃げ切ってみせる。
結局、順位は、俊、亮、そしてジョーと忍は最後まで決着つかず。
車を降りて、メットを脱いだ須于は、ぐっしょりと汗をかいていることに気付く。
すぐに、後から降りてきた麗花が、伸びをしながら言う。
「やられたよー、亮のジャンプ!」
「俺も、すっげぇ驚いた」
と、俊。
「後ろで忍たちがやってるからさ、こりゃ余裕だと思ってたのに」
どうやら、亮に隣りにつけられたところからは、かなり本気だったらしい。
亮が、にこり、と笑う。
「捨てたもんじゃないでしょう?」
恐らく、自分がイチバン遅いと思われることがわかっていたのだ。だからこそ、やってのけたのだろう。
そういえば、どんな時も負ける気でいることはない。
「やられたよ、あれは」
忍が舌を出してみせる。
ジョーも、軽く肩をすくめる。
どちらも、かなり悔しそうだ。
麗花は、伸びを終えて、にやり、と笑う。
「今度は私も走る!」
須于も、にこり、と笑う。
「そうね、私も」
それを聞いて、悔しそうな顔つきだった忍とジョーが顔を見合わせる。
「こりゃ、相当修練しとかないと」
「ああ、そうだな」
真面目に頷き合っているので、須于たちは笑ってしまう。
ひとしきり笑ったところで、麗花が言う。
「さー、お花見しよ!」

汗を流してから、桜の下へと向かう。
なるほど、見渡す限り満開の桜だ。
「わー、キレイ!」
思わず声を上げてしまうほど。
ゆるい風にも、やわらかに花びらが舞う。
「ホント、穴場だなぁ」
忍たちも、ご満悦だ。ゴザを広げて、お弁当を開いて。
薄紅色の景色の中、お腹がいっぱいになった男性陣は、眠気をもようしてきたらしい。三人とも、ゴザに寝転がって寝息をたてている。
どうやら、レースでかなり本気を出したせいで、疲れたらしい。
麗花は、どこまでも満開の桜が嬉しいらしく、あたりをのんびりと散歩している。
須于と亮は、空いた重箱を片付けている。
「ね、亮」
「なんですか?」
レースの時からは、想像もできないような穏やかな顔が、こちらを向く。
「私も、あんなこと出来るかしら?」
もちろん、ジョーと忍の頭上を越えたジャンプのことだ。
「もちろん、出来ますよ」
「教えてくれる?」
「もちろん、構いませんよ」
亮は、少し笑みを大きくする。
「ジョー達が驚きますね」
「ん……」
まるで、呼ばれたかのように、ジョーが寝返りをうつ。
須于と亮は、肩を竦めてそちらをうかがい、ぐっすり寝てるようだとわかると、顔を見合わせて、くす、と笑う。
また、風が吹く。
はらはらと舞い散る花びらを、どちらからともなく見上げる。
「キレイね」
「ええ」
桜の花びらは、とめどなく散り続ける。
やわらかに、いつまでも、いつまでも。


〜fin.

2002.05.06 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Run at 300k.p.h. for cherry trees!〜


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