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夏の夜のLabyrinth

■■■ 蒼の欠片 ■■■



見上げれば快晴の空。
確かに、俊がバイクで出ようというのもわかる。
というわけで、本日の買出し部隊である忍と俊は、バイクをひきつつ買い物短縮ルートである中央公園をのんびりと歩いている。
「なんか、やってら」
俊の声に視線を空から戻すと、敷物を広げて座り込んでいる人物がいる。
広げているのはアクセサリーかなにかなのか、女の子が数人覗き込いる。露天商のおしゃべりに楽しそうに笑いながら、あれやこれやと選んでいる。露天商は大袈裟に身振り手振りを加えて、売り込んでいるらしい。そのうち、女の子たちはそれぞれに何か手にして代金を払うと、軽く手を振って去っていく。
「かっなりアヤシいなー、あいつ」
俊が口の端に笑みを浮かべている。忍も頷いた。
「まぁな」
ド派手な色のバンダナなんてまいて、その下には長髪でよれたTシャツにGパン。
お約束通りのアヤシさといっていい。
アクセサリーに用事があろうはずもなく、二人はそのまま行き過ぎようとしたのだが。
「あ!そこのお兄ちゃん、ちょっと寄っていかへん?」
実に景気のいい声がかかる。
思わず声の方へと視線を向けてしまうと、アヤシい兄さんが色付丸眼鏡の奥から、にんまりと笑いながら、手で、こっちこっちをしている。
「そうそう、そこのカッコいいお兄ちゃん二人!絶対損させへんでぇ」
「アクセサリーにゃ興味ないよ」
忍が返すと、大袈裟に首を振ってみせる。
「兄ちゃんらにそないなもん売ってどないしようっちゅうねん、聞くだけ聞いて損はせんのやから聞いてって」
思い切りなアチュリン系の訛りのおかげで、胡散臭さ倍増だ。
「アクセサリーしかないじゃん」
俊も苦笑を浮かべる。
「取っておきがあるんやて」
かなりな熱心さだ。ここらでアチュリンの露天商てのも珍しい。買う買わないはともかくとして、ひやかしで聞くだけ聞くのは面白いかもしれない。
ずるずるとバイクを引いて、露天商の側へとやってくる。
「んで?」
「取っときってなに?」
「兄ちゃんら、えらい気ぃ早いんちゃう」
などと言いながら、唐草模様の風呂敷きの中身を漁っている。
「取っておきはあんじょう仕舞い込んであるさかいに、な」
「ずいぶん、もったいついてんなー」
「そうや、これはほんまの取っておきなんや」
言いながら、がらくたにしか見えない物体の中を探りつづけて、やっと、なにかを掴み出してくる。
「あったあった、コレやコレ」
自信満々の顔つきで取り出してきたのは、しわしわの紙切れだ。
「ほーら」
もったいをつけて広げられたソレは、どうやら。
「地図?」
「そうや、地図や、珍しいやろ?紙製やで」
確かに、紙製の地図は今時珍しい。通常はすべて、端末表示なのだから。
「珍しいのは認めるけどさ、これってドコの地図?」
忍が首を傾げる。
なんだか、見たことの無い場所だ。
問われて、商人な兄さんは笑みを大きくする。
「よう訊いてくれはった、兄ちゃん!」
そこまで言うと、急に声を低くして、忍たちに顔を寄せる。
「なんと!旧文明時代の地図なんやで」
「うさんくせー」
即答で俊。
「兄ちゃん、早いって、こいつの凄いとこは、これだけとちゃうで」
すごいとは、一言も言っていないのだが。
「なんとなんと、この中央公園の地図なんや」
「ああ、木か」
忍が首を傾げたまま言う。
「そうそう、兄ちゃんさすがやな、公園でいっちばん大きい木がコレ」
と地図を指す。そこから、すすす、と指を動かしていって。
「で、注目は、ココや」
丁寧に描かれた○印がヒトツ。
すっかり黄ばんで、ところどころ虫食い穴さえある紙の中で、その○だけが色鮮やかだ。
「ふぅぅん」
「お宝でも埋まってるって?」
「そらそやろ、こないに丁寧に○つけてあるんやし」
自慢気にアヤシい兄さんは胸を張ってみせる。
「もしかして、旧文明の最終兵器が出てきよるかもしれんで」
「……その地図が旧文明時代のだって、どこに証拠があるわけ?」
いくらか低まった声で、忍が尋ねる。
俊も、にやり、と口の端に笑みを浮かべる。
「そうだよなぁ、簡単に旧文明最終兵器なんて口にしちゃって、騒乱罪になっちゃうかもよ、お兄さん」
「いややなぁ、ふかしこいて言ってるだけやん」
二人の目付きがマジなので、つつ、と少し後ずさる。
「だいたい、旧文明のお宝が出てきそうな地図なんだろ?どうして自分で掘らないんだよ?」
「そら兄ちゃん、商売人やさかい」
「はぁ?」
「お客さんにぴったりなモノ見つけて、売るのが商売人の真髄ってもんや」
俊が軽く口を尖らせる。
「へぇ?儲けは二の次って?」
「そんなことあるわけないやん、でもな、金のことだけにこだわりはじめたら商売人失格と思っとる」
正面に広げているアクセサリーをヒトツ手に取る。
「モノってのはな、ひとつひとつ、絶対に誰かイチバン似合う人がおる、そんなのを手に入れられたら、その人もシアワセになれる、そういうもんや」
「儲けはするけど、笑顔も大事って言いたいわけかな」
忍がくすり、と笑う。
「上手いね、ココロ動かされちゃうよ」
「兄ちゃん、わかっとるやん、で、この地図、宝捜しは男のロマンやで、やって損はせんって、な、兄ちゃんたちなら万が一、ホンマに旧文明最終兵器が出てきてもどうにかしてまうやろ」
「さーてね」
「どうだろうな」
言いながら、忍が地図を手にする。にやり、と先ほどまでとは異種の笑みを浮かべる。
「ふぅん、確かにホンモノの旧文明時代の地図らしいね、いくらで売る気?」
「そやなぁ、300でどや?」
「さーて、どうする?」
と、忍。俊もにやり、と笑う。
「だなー、300で男のロマンとやらを賭けるかどうか」
「兄ちゃんら、えらいケチくさい発言やな」
「そらそーよ、自分で稼いだ金は大事にしないと」
「そうそう、金払った上にとんだ仕事ふっかけられたら、たまんないもんなー」
二人して、大きく頷きあう。
「ああもう、しょうないなぁ、100にまけるわ」
「んじゃ、買った」
俊が笑って財布を取り出す。
「ハイ、毎度!」
コインをヒトツ出して、紙製地図をお買い上げ。
「うまいこと行くよう祈っとります〜」
やけに大袈裟に手を振る商人兄さんを背に、歩きはじめながら俊が尋ねる。
「で、どーするよ、コレ?」
「本当かどうか、確かめないと……最終兵器が出てくることはないだろうけど、ひとまずは亮に連絡だな」
と、携帯を取り出す。

買い出しを済ませてから、地図に示された場所へと行くと、龍牙を手にした亮だけでなく、ジョーも須于も麗花もいた。
「とと、勢揃いですかい」
俊が目を丸くする。
「須于の協力が必要でしたので」
龍牙を忍に渡した亮が、端末を立ち上げながら答える。麗花が、にんまりと笑う。
「旧文明産物のお宝でしょ?そりゃ、拝みたいに決まってるじゃん」
「…………」
ジョーは無言で軽く眉を寄せる。どうやら、麗花に無理矢理引っ張り出されてきたらしい。余計なこというと、あとでどんなとばっちりが来るか知れたものではないので、俊は口をつぐむ。
亮は、宝石の鑑定でも出来そうな雰囲気のレンズを手にすると、忍から地図を受け取る。
なんとなく、五人も一緒に覗き込む。
これで、いきなりニセモノ認定されたらがっかりだ。亮が調べているのを、固唾を飲んで見守ってしまう。
「……確かに、旧文明時代の紙ですね」
「おお」
思わず俊が声を上げてしまうが、まだ、これだけではない。
亮の手にしているレンズが、○印へと移る。
「……インクも、同時期のモノと判断してよさそうです」
「んじゃ、ホントに旧文明時代に埋められたの……?」
大きな期待の笑顔で麗花が尋ねる。亮は、にこり、と笑う。
「旧文明崩壊後の混乱中に、と言うべきでしょうね、この公園の木はその時に植えられたものですから」
「旧文明時代には公園なんてなかったのね」
と、須于。麗花が少々、がっかり顔になる。
「ってことは、公園が作り上げられてからってことかー、んじゃ期待出来ないかなー」
忍が首を傾げる。
「でも、旧文明時代に作られた紙が出回ってるってことは、旧文明産物もそこらにあったかもだよな」
「確認してみないことには、なんとも言えませんね」
「で、どうやって確認するんだ?」
俊が、待ちきれないように尋ねる。麗花も頷いた。
「そうそう、須于の協力ってなーに?」
亮の笑みが、微かに大きくなる。
「極細のセンサー線を、俊の得物につけてもらうんです」
「え?俺?」
「棒状で突っ込んでもらえれば、あとはセンサー反応を端末で追うことが出来ますから」
簡易探査装置、というわけだ。
「賢い!」
思わず拍手である。
というわけで、探索開始だ。須于が器用にセンサー線を取り付けた得物を、俊が構える。
「どこらへんだ?」
「さてな、○はここら一体指してるからな、ひとまず浅めにさして回してみるのがいいんじゃないのか?」
「わかった」
忍の指示通りに、俊は軽くつっこんで、得物の先で土をかき回す。で、センサー線の反対側を繋ぎ込んだ端末を亮が覗き込んでいる、という状態。
端からみたら、けっこうアヤシげな団体である。
案の定、公園の保安員が近付いてくるのに、ジョーが気付く。
「……保安員が来る」
一緒になって端末を覗き込んでた麗花が、にーっこりと笑う。
「そーいうのなら、まかせて」
と言ってる間に、保安員がやってくる。
「君たち、そこで何してるのかな?」
穏やかな口調だが、目つきは鋭い。あからさまに、怪しいと疑われている。
麗花は、にこり、と笑う。
「コンニチハ、スクールの課題で、これだけの大木が育つ地質には特別なモノがあるのかどうかの調査をしてるんです」
立て板に水だ。スクールに通ったことなどないはずなのに。
しかも、タイミングよく、亮も口を挟む。
「次は、もう20cmほど、深く入れて下さい」
まるで、データを蓄積してるかのようだ。指示通りに得物を突っ込みながら、俊は『よく言うよ』とココロで呟きながら、隣へと目をやる。
ジョーは足元をかさかさ動かして、なんとなく土の感じを確かめているようなフリをしている。
無口なせいで不器用にみえるが、案外、役者かもしれないなどと思う。両親のことを考えたら、考えられないことではない。
須于は、亮の隣で真面目な顔つきで端末を覗き込んでいる。実際、自分の仕掛けたセンサー線の様子が気になっているのだろうが、こちらも真面目にデータを気にしてるようにしか見えない。
忍も、にこり、と、保安員に笑顔を向ける。
「細い棒で、すこし深く刺すだけですし、あとは元に戻しておきますから」
「ふむ、学校の課題だったのか」
他に理解のしようもなかったのだろう、頷いた保安員の顔からは、警戒は消えている。
「がんばってね」
「ありがとうございまーす」
手を振ったりなんかして、無事、保安員は去っていく。
それから、すぐ、だ。
「俊、あと5°左に傾けて下さい」
亮の指示が飛ぶ。が、俊は困惑顔になる。
「5°って……」
「いいから、5°よ」
須于に駄目押される。
「ずらすんじゃ、駄目なわけ?」
そんな微妙な角度を調整する自信がないらしく、とほほな顔つきで言う。忍が、俊の得物の刺さった付近を見つめながら言う。
「それじゃ駄目だな、根があるから」
言われてみれば、確かに目前には、そこそこの木がそびえている。当然、周囲には根を下ろしているわけで。
「鋭意努力で見逃してくれ」
と、得物を傾ける。麗花が嬉しそうな声を上げる。
「おおー、反応してるよ!」
その声に、俊以外がいっせいに端末を覗き込む。確かに、なにやら明るい点滅が見えている。
「お、なんかあるよ、ホントに」
「ホントね、かなり小さそうだけど」
「旧文明産物か?」
ジョーも興味深そうに尋ねる。
センサー係状態の俊は、端末を覗けない。
「おーい、俺も気になるんですけどー」
「すみません、少し、そのままでいて下さい」
亮が早口に答えると、なにか端末にすばやく打ち込む。どうやら、センサーからの信号を処理しているらしい。
軽く目を細めた後、亮の口元に笑みが浮かぶ。
「忍、座標中心を俊の得物として、5−4−32、角度5.05です」
「了解」
にやり、と口の端に笑みを浮かべると、忍は龍牙を抜きはらう。
俊は、自分の得物を土から抜く。
入れ替わり、龍牙が土へと刺さり、次の瞬間には抜き出されて宙に、なにかが放り出される。
キラリ、と光を放った後、忍の手のひらへと収まる。
開かれた手の平には、蒼いガラスの破片のような欠片がヒトツ。
「これって……なに?」
覗き込んだ麗花が、首を傾げる。亮がこんな乱暴な方法で掘り出しても大丈夫と判断したのだから、危険はないのだろう。
「ガラスに似てるわね」
須于も首を傾げる。俊とジョーは、もうすでにつまらなさそうだ。
「なーんだ、ガラスかよ」
「…………」
モノを手にしている忍は、少々意見を異にするようだ。
「ただのガラス、ではなさそうだけど」
欠片を差し出された亮は、地図をあらためた時に使ったレンズを取り出す。
「……須于、こことここに、電源供給できますか?」
言われた須于は、首を傾げる。
「端末からもらっちゃってもいい?」
「もちろんです」
「なら、簡単だわ」
ポケットから、かなり細い線を取り出すと、亮のレンズを覗き込みながら配線する。
「ここ……と、ここでいい?」
「はい」
なにが始まるのかと忍の手の平の、配線された欠片を五人して覗き込む。
「恐らく、まだデータが残っていると思うのですけど……」
亮が端末になにやら打ち込みながら、軽く首を傾げる。
「これって緋闇石系?」
少し不安そうに麗花が尋ねる。
「いえ、ちょっと違います、素子が稼動するのにエネルギーが必要なのは一緒ですけれどね」
端末から顔を上げる。
「須于、配線がはずれないように、出来るだけ高い位置に上げてくれますか?」
「こんな感じ?」
繊細そうな配線を上手い具合に支えながら、右手を出来る限り高く上げる。
「ええ、充分です」
頷いて見せてから、ちら、と端末に視線を向ける。
「多分、一回だけなので、よく見ていて下さいね」
軽い、キーボードを叩く音がして。
ふ、と欠片が光を帯びる。
そして、蒼い映像。
白と緑に彩られた、蒼い球体の。
「あ……」
「え……?!」
思わず、声が漏れる。
おぼろな映像は、すぐにかききえて、ただの欠片だけが、須于の手に残る。
呆然とした視線が、亮へと向かう。
「いまのって……もしかして?」
忍の問いに、亮は笑みで答える。
「そう、地球です」
全ての生命をはぐくんだそれを、かつて人は食い尽くし、そして見捨てた。
いまは、どこにあるのかすら、誰も知らない。
遠い惑星の、幻影。
「旧文明時代に、少しだけこういった投影素子があったという非公式の記録があります……理由はわかりませんが、規制の厳しかったモノだったようですけどね」
「すっげ、ホントにお宝じゃねーか」
俊が目を丸くする。麗花も、顔を輝かせる。
「ホント、すごいね!」
「もう、見えないのかしら?」
須于が、真面目な顔つきで欠片を見つめながら首を傾げる。
「素子の欠片ですから……どうでしょうね、持って帰ってみますか?」
「いいのか?」
ジョーが、驚いた顔つきになる。
「許可申請をしておきますよ、これなら、そう難しくはないはずです……もう一度映像を見るのは、難しいでしょうけど」
大事そうに両手で包み込みながら、須于が微笑む。
「情報解放回路を、うまくループできれば、もう一度見られると思うの……私、やってみるわ」
「わぁ、直ったら、見せてね」
麗花が嬉しそうに微笑む。
亮が、端末を閉じる。いつまでたむろっていたら、また保安員が来てしまう。
誰からともなく歩き始めながら、俊が言う。
「ホントにお宝の地図だったなぁ」
言いながら、あたりを見回している。
「もう、いなくなっちまったみたいだけどな」
俊が誰を探してるのか、理解した忍が言う。
「だな、ま、イイ買い物したってことで」
「ホント、褒めてつかわしちゃうわ」
「ありがたき幸せで」
麗花に向かっておどけて頭を下げてから、忍は亮へと視線を向ける。亮は、微かに微笑んでみせる。
どうやら、欠片にはなってしまったが、持ち主へと返ったらしい。
やるじゃん、商人、と忍は呟いた。


〜fin.

2002.07.11 A Midsummer Night's Labyrinth 〜A blue fragment〜
Special Thanks to Pen.


■ postscript

45000打で、鳴神雫サマより、『第3遊撃隊』で宝捜しというリクエストをいただきました。
関西出身者に翻訳までしてもらった商人に、妙に力が入っています。



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