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夏の夜のLabyrinth

■■■ Cafe de Jaune ■■■



色とりどりの花が彩る景色から、萌黄色の柔らかな葉が眩しい光景へと、ゆるやかに過ぎようとしている五月中旬。
今日、クリスタル・ウィングに立っているのは二人だ。
旅立つのは須于で、見送るのはジョー。
『第3遊撃隊』が解散してから、取りこぼしていた資格を取り尽くして、須于は技術供与ボランティアに参加する為に、とある国へと向かうのだ。
ジョーは、この四月から、総司令部たっての依頼で銃指導教官に就任している。
もちろん、こちらも関連資格は取り尽くし済みだ。
たわいもないことを、ぽつり、ぽつりと話していたのだが、搭乗案内が流れた途端、どちらからともなく、顔を見合わせる。
「そろそろ、行かなくちゃ」
なんとなく、沈黙してしまったのを振りきるように、須于が立ち上がる。
つられるように立ち上がったジョーは、軽く息を吸う。
「『第3遊撃隊』に所属していた間に」
いきなりの言葉に、須于は軽く眼を見開く。
「え?」
「『第3遊撃隊』に所属している間に稼いだ分は、じいさんに送った分以外は貯めてあるし、今の仕事の待遇も悪くない」
今まで一度も、お金のことなど口にしたことがなかったジョーの口から、いきなり稼ぎやら貯金やらの話が飛び出したので、須于はますます、眼を見開く。
そんな反応を目前にしながら、ジョーは言葉を続ける。
「だから、一年もしたら、十分に、カフェをやる資金は貯まっている」
「……カフェって、前に話した?」
「そうだ」
まだ、『第3遊撃隊』であった頃の買い出しの帰り道に、人の笑顔を見られるような仕事をしたい、と言った須于に、からかい半分にカフェをやれば?と忍が提案したことがあった。
そして、それを、雑談がてら、ジョーに告げたことも覚えている。
が、まさか、本当に真剣に検討していてくれたとは。
「俺はこのとおりの愛想無しだが、コーヒーは美味い、と皆が言ってくれていた。亮のお墨付きもあることだし、商売として成り立つ可能性は充分にあると思う」
相変わらず、眼を見開いたままの須于から、一瞬、ジョーは視線を外す。
が、思い直して、まっすぐに見返してから、もう一度、口を開く。
「やってみて、一緒に暮らすのがどんなモノか、試してみるというのは、どうだろう?」
その言葉の意味が、須于にわからないわけがない。
まずは一緒に暮らして行けるか試したらどうか、というあたりが、ジョーらしい。
にこり、と微笑む。
「ええ、とてもいい考えだわ。一年したら、私、リスティアに帰ってくるわ」
それから、少し、首を傾げる。
「それまでも、手紙を出していい?」
「ああ、もちろん」
あっさりと頷いてから、ジョーは軽く眉を寄せる。
「が、あまり返事の内容は期待されると困るが」
「了解」
くすり、と笑う。
あまり、のんびりともしていられない。搭乗案内は、もうかかった後なのだ。
もう一度、どちらからともなく、まっすぐに見詰め合う。
「無理を、しすぎるなよ」
「ジョーもね、躰は大事にして」
それから、軽く手を振り合って、須于は背を向けて歩き出す。

丸一年が過ぎて、さらに、二ヶ月後。
朝日が昇り始めて、だいぶ蒸し暑さが増してきたアルシナドの一角に、一人の青年が立つ。
扉には、「Cafe de Jaune」の文字。その下に張り紙がしてあって、「本日12時に開店します。よろしくお願いします」とある。
にこり、と微笑んで、扉を押す。
薄い鶯色のクロスがかかったテーブルに、木目のイス。オフホワイトの壁には、色とりどりのポストカードが不規則に、だがバランスよく飾られている。
「いらっしゃい、忍」
カウンターの向こうから笑顔で迎えたのは、須于だ。
「よ、開店おめでとう」
それから、軽く首を傾げる。
「準備で忙しいんじゃないのか?良かったのか?」
「当然だ、忍が言い出してなかったら、ココは無かったんだから」
コーヒーを淹れながら、ジョーがぼそり、と言う。須于も、頷く。
「そう、だから、イチバン最初のお客様は、絶対に忍って思ってたの。朝食、食べて行ってくれるでしょう?」
「うん、実は、かなり腹ぺこ」
にやり、と笑って、お腹をさすってみせる。
須于も笑い返して、椅子を指す。
「座って、すぐに出すから」
「じゃ、遠慮無く」
腰を下ろした忍の前へと、ジョーがコーヒーカップを出す。ゆるやかに上がる湯気と香りが、たまらなくいい。
カップを手にして、軽く目を細めて、一口、口にするのを待ってから、ジョーが口を開く。
「相変わらず、道場へは行ってるのか」
「まぁな、躰なまらせたくないし」
「朝から晩まで走りまわってるって聞いたわよ?無理はしすぎないでね」
少々心配そうな顔つきなのは、須于だ。
「ああ、うん、そのあたりは気をつけてるよ」
忍の気をつけてる、は、かなり怪しいものだが。この一年で、取れる限りの資格を取って、仲文の研究室にも出入りし始めている。
スキップ分の余暇も更に上位の講義と、仲文の手伝いと称した実地訓練とに費やされているらしく、携帯に連絡したとしても、なかなかつかまらないのだから凄まじい。
とてつもなく無理するようなことは無いよう、半年遅れで同じキャンパスに通い始めた俊も、研究室への出入りを許している仲文も、健太郎もなにかと気にかけているらしいのが、救いと言えば救いだ。
ただ、忍がなぜ、そんなに貪欲に医学の知識と技術とを身に着けようとしているのかは、わかっているので、無理に止めることは出来ない、とも知っている。
だから、ほんの少しだったとしても、なにか、心安らぐようなことがあればいい、と須于は思う。
例えば、美味しいご飯だとか、たわいもないやり取りとか。
ほどなく出されたワンプレートブレックファーストに、忍は笑みを大きくする。
「いただきます」
味の方は、口にした顔を見ればわかる。
須于の口元の笑みも、大きくなる。
「ね、忍、朝は特別オープンの時間にしようと思っているの」
小気味いいくらいの勢いの良さでプレートを空けていく忍に、須于は言う。
スープを口にしながら、軽く首を傾げてみせたのに、ジョーが補完する。
「一人なら、ゆっくり食えるだろ」
一瞬、眼を見開いてから。
緩やかに、忍らしい笑みが浮かぶ。


〜fin.

2004.02.17 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Cafe de Jaune〜 Presented by Yueliang


■ postscript

迷宮完結記念モノ。
「ジョーのプロポーズ」、「ジョーと須于のカフェに、忍がやって来る」ということで。
どちらもカフェ関連になるので、こんな感じにさせていただきました。



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