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夏の夜のLabyrinth
〜summer story 2012〜

■スパイシーな夏■




「ごちそうさまでしたー!」
満足そのもので麗花が最後に食べ終えた昼ご飯は、薬味と具材がたっぷりと乗った冷やしうどんだ。
「かけてあったタレも亮がつくったの?美味しかった!」
「口にあって良かったです」
皿を受け取った亮の手元には、すっからかんの皿が五つ。皆、残さず食べたということだ。
「スゴイよね、具もたっぷりだったし。また、作ってねー」
にこにこと麗花は居間を後にする。
そう、のど越しだけではなくて、栄養価もきちんと考えてあるコトは、多彩な具材が何よりの証拠。もっとも、ただのど越しがイイだけのモノは『第3遊撃隊』の食卓に乗せる訳にもいかないだろうけれど。
しかも、調理する時には熱湯などを前にしなくてはならないのだから、亮ばかりが大変な昼ご飯、ということになる。
後片付けくらいは、と隣に並んだ忍は、手際よく食器を拭きながら、礼を言う。
「ありがとな、色々と考えてくれて」
「いえ、外の暑さには皆が閉口してるでしょうから」
「湿度が高いのがな」
「そうですね」
さすがに、亮も髪をまとめて首筋にはあたらないようにしている。冷房が効いていても、それっくらいはしておきたい季節だ。
そんな後ろ髪が揺れるのを見るとは無しに見つめつつ、忍はまた首のあたりが細くなったんじゃないのか、と考える。
亮は丈夫な方ではないし、すぐに無理するクセがあるから。
「たまには、適当に皆にふったりしとけよ」
すぐに何のことか理解して、亮は、にこり、と笑う。
「そうですか?じゃあ、夜の献立はおまかせしてもいいですか?リクエストしていただければ、作ります」
「確かに、考えるのもけっこう大変だよな」
と返して首を傾げた忍は、ややして苦笑を浮かべる。
「どうしました?」
「や、完全に俺の趣味で思い付いた」
「なんですか?」
「……辛くて熱いヤツ」
少しだけためらってからの言葉に、亮は笑みを返す。
「そうですね、たまにはそういうのも食欲がそそられそうです」
「熱くて辛いのって、ホントか?!」
「どっからはえた」
思わず忍が返す。
「はえたんじゃない、いたんだ」
間違いなく動きとしてははえてきたのだが、俊はもどかしそうに身を乗り出す。
「ともかく、熱くて辛いの!」
忍だけでなく、亮までもがうさんくさそうな顔つきになったのは、仕方あるまい。
なんせ、俊はそこまで辛いのは得意ではない。
それが、なんだって、「熱くて辛い」に食いつくのか。ムダに瞳が輝いているのが、うさんくささに拍車をかけている。
「コレだろう」
同じく、にょっきりと現れたのはジョーだ。
うさんくさそうな表情は、忍たちに負けず劣らず、だが、その手には新聞がある。
「コレを読んだんだろう」
「新聞?」
受け取ったのは忍だ。
「へー、夏バテ特集」
新聞の家庭向け情報らしい。夏バテに勝つ!という特集記事が組まれている。
「ああ、これですね。かんたんごはん」
「あー、焼きカレーな」
こくこくこく、と首ふり人形のように俊が頷く。
「そう、ソレ。食べたい!」
首の縦振り運動に忙しいからか、言語が微妙に不自由になっている。
俊が動いたのを見て、あっさりと何か察したジョーも、焼きカレーに反対なのではないだろう。亮は、視線を隣へと向ける。
「うまそうだな、焼きカレー」
忍が返すと、反対者はいない、と判断したのだろう、亮は小さく頷く。
「そうですね、確かに簡単ですし」
「へ?」
あっさりと言われて、ぽかん、としたのは言い出しっぺの俊だ。
熱くて辛いモノ、と聞いて、脊髄反射的にリクエストはしたが、そう簡単に返事が返るとは思っていなかった。
なんせ、亮はいつもとても丁寧にカレーを作ってくれる。スパイスをあれこれと組み合わせて、じっくりと煮込んで。
フツーのカレーにありつくのだって、朝から一日、イイ香りに悩まされた後なのに。
「あ、今からカレー仕込んでくれるってこと?」
「いえ、カレーならあります」
え、という声が俊だけでなく、忍とジョーの口からも漏れたのは御愛嬌。
亮は方向転換すると、冷凍庫の扉を開ける。そして、何やら奥から、ビニール袋と思しきモノをいくつか取り出してくる。
「解凍しておきましょう、夕飯は焼きカレーですね」
あっさりと言われたコトよりも、だ。
「え、カレーあったの?!いつの間に?!」
「丸一日煮込めるうちに、多めに作っておいたんです、今日あったのはたまたまですよ」
いつの間に、というのを亮に訊いても無駄なので、その準備の良さにありがたく甘えることにする。
「わー、焼きカレー!」
キラキラとした目で踊りだしそうな俊を横目に、ジョーと忍は気になったコトを確認してみる。
「なあ、亮」
「まだ」
微妙に遠慮がちなのは、夕飯が焼きカレーなのに、ついついソレが気になっている自覚があるから。
亮が、にこり、と笑う。
「あと二回くらいは大丈夫ですよ」
ようするに、亮が忙しくてもカレーが食卓に上るチャンスが二回あるということだ。忍とジョーは、思わず顔を見合わせて、にやり、としてしまう。
「焼きカレー!」
焼きカレーの舞とでも名付けるべき謎の動きをしている俊を見やって、今度は三人で笑ってしまう。

さすがは亮、と言うしかない。
初メニューだったのに、焼きカレーは皆に大好評だった。
そう、ここまで実に平穏無事だったのだ、が。
問題は、数日後に発生した。
コトの発端、というか発覚は、忍が亮の微妙な表情の変化に気付いたコト。
「また、旧文明関係でなんかあったか?」
忍に訊かれて、亮はヒトツ瞬きをする。少し驚いたらしい。
「いえ、もしそうなら、忍にはきちんとお伝えします」
まっすぐに答えられて、忍はますます怪訝な顔つきになる。
「じゃ、何があった?なんか、不機嫌だろ」
忍に言われてしまっては、亮も誤魔化しようが無い。少しだけ困ったような表情になりつつも、大人しく白状する。
「あのですね、カレーが」
「カレー?」
それなら、つい先日、食べたばかりだが。
「冷凍保存してあるのが、減っているんです」
返事の代わりに、忍は真顔になる。
それは、実に深刻な問題だ。
なんせ、二回分保証されていたカレーが、一回に減ったではないか。
「ふーん、犯人は」
「まさかと思いたいですが、皿の位置が……」
「んなツメが甘いの、一人しかいないよな」
「ですが、口だけでは認めないでしょうね」
なんせ、こっそりとしていると、思い込んでいるのだから。
「広人さんよろしく、張り込みといくか」
忍の言うとおり、現場をおさえるしかあるまい。が、にしても、だ。
「忍、なんだか張り切ってませんか?」
「当然だろう、自分の食いぶち減らされてるんだから」
きっぱりはっきり言い切る忍に、亮は、瞬きを返す。
それから、くすり、と笑う。
「じゃ、犯人逮捕したらご褒美を用意しましょう」
「お、いいね。どうせなら」
ぼそ、と何か耳元へと囁くのへ、亮は苦笑気味に頷く。

さて、夜。
夜といっても、皆がそれぞれの部屋にひけた後、程度だが。
しん、と静まった台所に、つ、と細く光がさす。
扉が開いたせいだ。
一瞬、広がった光は、すぐに消え失せる。素早く入って、扉を閉めた、ということ。
あるのは、非常時用についている灯りだけだ。
それだけを頼りにまっすぐにカウンターへと向かってくるあたり、無駄に訓練されている。
スイッチに手が伸びる気配と同時に、カウンターの付近だけは明るくなる。
迷う様子なく、冷凍庫へと手が伸び、蓋が開き、ガサガサ、という音がして。
くるり、と身をひるがえした、その瞬間。
居間全体が、明るくなる。
と、同時に、ぐ、と腕に衝撃が走る。
「へ?え?」
不意打ちに、状況を把握しきっていないマヌケな声だけが響く。
「さあ、これでもう終わりだ」
いたって真面目な声で、自分の腕をがっちりと掴んで離してくれないのが忍だと気付いたらしい。
「え、なんで忍?!」
「亮だけなら、謝り倒して誤魔化そうとでも思ってただろ」
さすが、というべきか、幼馴染の行動パターンを読み切った発言に、俊は、ぐ、と声をつまらせる。
「ところがどっこい、なんだよねぇー」
更にあらぬ方向から聞こえてきた声に、ぎょっとした視線を俊は向ける。
「ちょ、な?!」
にまり、と麗花が口の端を持ち上げて、居間の明かりをつけるスイッチのところから歩いてくる。一見、ご機嫌そうな表情だが、実は大変不機嫌だと俊は知っている。
後ずさりたいのだが、忍の腕が許してくれない。
あっという間に目の前に立たれて、実にキレイにつくられた笑顔のまま、間近まで迫られる。
「忍と一緒にいるのは、当然、亮だと思ってた?甘いなぁ、カレーだよ、カレー。しかも、亮のカレー」
「二回繰り返す以上に大事だから、三回繰り返したか。正しい処置だな」
いつもよりも更に低音の声は窓際の方から。見なくても、そこにいるのがジョーなのは俊にもわかる。
ここまできたら、いるのは全員と思った方がイイ。
「須于も亮もいるんだろ?」
「あら、俊にしては上出来」
言葉に微妙なトゲはあるものの、あっさりと須于は出てきてくれる。
が、肝心の亮がいない。
「ええと……」
言いかかった言葉は、深い深いため息にかき消される。
「嘘であってほしいと、思っていたんですけど」
実に渋い顔で、亮が現れる。
「本当に隠れて食べていたんですね」
「あ、そのいや、ええと、言おうとは思ってたんだけど」
想像以上に亮の顔が不機嫌だったので、俊の顔から少し血の気が引く。
「思ってた、ね」
麗花の声が充分に低い。
というか、周囲の空気が重い。
「なあ、俊」
少々、場の空気にそぐわないにこやかな声を出したのは、忍だ。
うっかりと隣をすがるように見やった先には、実に爽やかな笑顔。
「ヤキソバパン、忘れたのか?」
「うわー、ごめんなさい、ごめんなさい!忘れてません!いや、忘れてたけど、もう二度と忘れません!」
そう、食べ物の恨みは恐ろしい。
しかも、だ。
みんな大好き亮のカレーときては。
「三日間は、カレー抜きでいいですよね」
「う、はい……」
ここで逆らっても逆効果なので、俊はしおらしく頷く。
が、微妙な表情の変化を見逃す麗花では無い。
「いま、思ったより禁止期間短いと思ったでしょ?」
「?!」
見抜かれたコトより、含みのある言い方の方に驚いて俊は目を見開く。
「明日から三日間、色々カレー祭りだから」
あっさりと言ってのけたのは、忍。
「シーフードカレーでしょー、野菜カレーも美味しいらしいよね」
「キーマカレー、グリーンカレーもいい」
「ナン焼いてみたいわね」
口々に言われて、どういう意味かやっとわかる。
今までのカレー禁止期間は、あえて食卓にわざとカレーがくるというより、そろそろ普通でもカレーだよね、という間合いでしか無かった。のに、今回はどうやら。
「え、三日間カレー?!冗談だろ?!」
「ホント。あれこれカレーを楽しみまくる三日間」
「亮のなら、三日余裕だよねー」
「俺、三日どころか一ヶ月でも!」
「うん、知ってる。罰ゲーム込みだから」
頑張って訴えてみた俊だが、あっさりと却下される。
「だって俊、一人でカレー楽しんだじゃん」
「そうだよ、いつでもカレー!って皆、わくわくしてたのに」
苦労して作った亮だけでなく、皆を怒らせたのだ、と気付いたけれども、もう遅い。遅すぎる。
「あー、その、あのー、ごめんなさい……」
芯の底から反省しての言葉は、うむ、と聞き流されるのみだ。
「あー、なんか考えただけで腹減ってきた」
「カレー祭ー!」
「カレーパンやってみたいの」
「カレーうどん……」
皆、あれこれと食べたいカレーに思いをはせているらしい。器用な亮のコトだ、あっさりと皆のリクエストに応えてしまうのだろう。
食卓に、あげられたカレーの数々が日々並ぶのが目に浮かぶ。
しかも、皆して、美味しくいただいてるところが。
俊は、思わず頭をかきむしる。
「うああああああ、俺、三日間家出するー!」



本当に家出したかどうかはさだかでないが、ともかく俊にとっては地獄の三日間だったらしい。



〜fin.

2012.07.30 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Spicy Summer〜


■ postscript

暑い夏ですので、カレー王子においでいただきました(異論は認めない)。
だいぶ前にツイッターでお題セリフ、「さあ、これでもうおわりにしよう」「嘘であってほしいと、思っていたよ」というのをいただいていたので、ソチラもこそりと仕込んでみました。
食べ物の恨みは恐ろしい。


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