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夏の夜のLabyrinth

■■■ 手のひらの蜃気楼 ■■■



須于は、手にしたソレを眺めながら、首を傾げる。
「ホントに、大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ、もう、ただのガラスの欠片と変わらない、と判定されましたから」
亮は前を見たまま、にこり、と笑う。
今日の買い出し当番は、この二人なのだ。で、先に総司令部に用があるから、そこで待ち合わせましょう、と言われて、須于は総司令部へとやってきた。
で、顔を合わせたなり、亮はその、キラリと光る欠片を、須于に手渡してくれたのだ。
これは、四月に、ひょんなことから『第3遊撃隊』のメンツが中央公園から掘り出すことになった、立派な旧文明産物なのだ。
須于が興味を示したら、取得許可をもらっておきますよ、とあっさりと亮は引き受けてくれた。
が、実際のところは、本当に壊れているのかの検査やら、妙な物質を拡散させていないか、などの検査に手間取って、七月も終わりに近くなって、こうして須于の手元へとやってきた、というわけだ。
たった一度だけ、皆の前に、いまはどこにあるのかわからない『地球』を映し出して見せた欠片。
青を、緑と白が綺麗に彩っていた。
映像を映し出すための特殊な回路が、張り巡らされているらしい。
が、砕けたあとの欠片なので、回路はまともに作動しなくなっている。
でも、旧文明産物には変わりないので、車が外に出たところで須于は尋ねてみたわけだ。
「検査中、一度も映像はでなかったようです」
と、亮は肩をすくめてみせる。それから、イタズラっぽく笑う。
「役得でしたね」
もちろん、前に六人で見た映像のことを言っているのだろう。
こくり、と頷いてから、須于は欠片を陽へと透かす。
陽に透かすと、その欠片はキラリ、と光る。
空の蒼とも、海の青ともいえる色を、きらめかせながら。
「『幻影片』、というんですよ」
静かな声の方へと、視線を戻す。
「旧文明時代でも、規制が厳しかったのよね?」
「『緋闇石』のように他人の精神を操るようなことは出来ないですが、地球を映しますから」
「地球を映すのが、いけないの?」
いまなら、高級な部類に入るが写真集だってあるし、数年に一度くらいで展覧会などもある。
どこにあるのかわからないけれど、どんな星であったのかは、知るコトが出来る。
それが、禁じられていたとは。
「さて、理由までは」
「禁じられていた地球を映し出すなんて……なにに使われていたのかしら?」
須于にしては珍しく、思った疑問が次々と口をついてくる。
どうやら、よほど『幻影片』が気になっているらしい。
「不思議なくらいに、記録が残っていないんですよ」
亮は、軽く肩をすくめてみせる。
「そう……」
一度、口をつぐむが、また、次の疑問が湧いてくる。
「あの時に見た『地球』って、ホンモノよね」
「そうですね、珍しいことに、アレはホンモノでしょう」
不思議そうに須于が首を傾げたので、亮は言葉を続ける。
「記録がほとんどない『幻影片』のことがわかっているのは、それがいくつか残っているからです。他のものが映し出す映像を見たことはありますが、あの時みたモノとは、とても比べ物にはなりませんでした……口で伝えられたモノを元に作ったせいで、どうやっても作り物にしかならないのもあったのでしょうが」
そう聞いて、須于はまた、不思議な気持ちになる。
「写真から、あんな立体的な映像が出来るのかしら?」
「旧文明時代は、写真も禁制ですよ」
「でも、写真でもなければ無理だわ……だって、そうじゃなかったら……」
ふ、と須于は口をつぐむ。
写真や映像がなくても、ホンモノの『地球』は映し出せる。
記憶している人間がいれば。
もちろん、『Aqua』移住してすぐだったら、それも可能だ。
でも、なぜか。
それが理屈だけのような気がして。
「……覚えている人、いたのかしら?」
「いたかもしれませんよ」
「でも……」
須于が、どこか不安そうな顔つきになったのが亮にはわかったのだろう。
「でも、禁制と、明言されるモノは大概、抜け穴を通じて取り引きされるものですけれどね」
「そう、よね」
自分が、なにやら、いたく深刻な顔つきになっていたのに気付いたのだろう、須于も微笑む。
が、どこかぎこちない。
なにか、がつっかかった。
旧文明のことは、一通り、スクールで教えられる。どんな高度技術が存在したのか、そして、崩壊戦争での、完膚なきまでの破壊。
でも、完全ではない。
まるで、遠い世界での出来事かのように、語られるだけだ。
普通に考えるなら、移住した当時の人々が『地球』を憶えているのは当然で、懐かしむ人間もいただろう。
ニーズがあれば、生み出されるモノがあるのは当然で、地球を映し出す『幻影片』が生み出されてもおかしくない。
だが、それでは話が合わない。
それならば、現存している『幻影片』が作り物の『地球』ばかりを映し出す、ということと、それから、禁制であった、ということ。
もちろん、説明がつかない、とは言わない。
懐かしむあまり、『地球』に帰ることを望む人間が、暴動を起こしたりしたのだとすれば。
普通に考えたら、それが、もっとも筋としては通るのだけれど。
なぜだろう、なぜか、つっかかる。
なにが、つっかかってる?
「……だって、約束したんだもの」
ふ、と口を突いて出た言葉に、自分で驚く。
ほんの、囁くような声だったから、亮は独り言と判断したのだろう、なにも言わない。
須于は、なんとなく口元へと手をやる。
自分の中に、ずっと、つっかかっている、ヒトツのこと。
当然のように、周囲は二人を一緒に扱う。
だけど。
たった、一言。
付き合っている、という単語が当てはまるのならば、誰だって言っているはずであろう、それ。
それを、言ったことはない。
そして、聞いたこともない。
通じているから、わかっているから。
そう言うコトも、出来るかもしれない。
でも、そうじゃないと思う。
わかっているのだとしても、時には言葉にするコトだって、必要なのだから。
奇妙な状態だ、と思う。
一緒にいるようになった最初の頃は。
それどころでは、なかった。
まず、二人きりになる、ということがなかった。
でも、二人でどこかに出かけるようになっても、その一言は、どちらの口からも出ていない。
なぜか、旧文明産物の欠片に、答えがあるような気がして。
須于は、もう一度、蒼い欠片を、陽に透かした。


〜fin.

2003.02.28 A Midsummer Night's Labyrinth 〜A fata morgana in the hand〜


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