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夏の夜のLabyrinth

■■■ 守護の死神 ■■■



一人で総司令部を訪れるのは、『第3遊撃隊』に所属という辞令が降りた時以来だ。
いつもにぎやかなのが側にいるので、エレベータに乗っても静かなのが奇妙な気がしてしまう。
視界に広がるのは、メガロアルシナド。
ジョーにとっては、すっかり見慣れたものだ。
本当の故郷であるはずの、プリラードよりも、ずっと。
「お約束のモノ、用意できましたので、総司令官室に来ていただけますか?」
と、亮が鮮やかな笑顔を見せたのが、つい昨日。
確かに、モトン王国の一件で少々弾道がズレてしまったカリエ777IIの代わりに、本物のカリエ777を差し上げますよとは言ってはいたが。
実のところ、本気にはしていなかったのだ。
カリエ777といえば旧文明産物の銃の中でも高性能で有名だ。ときたま、オークション等に実際にはすでに撃てなくなっているモデルが出ることがあるが、それでさえ目玉が飛び出るような値段で落とされるのが常。
いくら無理がきくとは言っても、武器密輸組織壊滅に協力したくらいではオマケについてくるようなシロモノではない。
確かに、天宮財閥の財力をもってすれば、手に入れることも可能なのだとは思うが。
そうだとすれば、あまりにも優遇されすぎという気もする。
そうは思うが、本物のカリエ777を手に触れることが出来るかもしれない、という期待も一方ではある。
本当に自分のモノになるかどうかはともかく、本物を目にして触れられるだけでも幸運だ。
ひとまず、そう考えることにして、渡された臨時パスを入力する。
「お、来たね、コンニチハ」
にこり、とこの部屋の主である健太郎が笑顔をみせる。
机の端に腰掛けて、健太郎の目前に置いてある箱を覗き込んでいた亮も、にこり、と微笑む。
イタズラを楽しんでいるような、そんな笑顔で手招きする。
どうやら、亮が覗き込んでいたのが、モノであるらしい。
自然、ジョーも少々早足で総司令官の机に近付く。
旧文明らしい、無機質な金属の箱が鎮座している。ご丁寧に、ケースは閉じられているようだ。
健太郎が、ジョーの前へと押し出してくれる。
「開けてみて、いいですか?」
「どうぞ」
にこり、と健太郎が言う。
そっと、ケースに手をかける。が、どうやらそのままでは開かないということに気付く。
軽く首を傾げたジョーに、亮が言う。
「パスを入力しないと、開かないようになっています」
「なんていう?」
亮の笑みが、心なしか大きくなる。
「せっかくなので、僕たちの遊びに付き合ってくれませんか?」
「?」
「パスを、当ててみて下さい」
「俺が?」
面食らって、細い目を少々見開いてしまう。
いちおう、再度ケースに目を落とすと、どうやらパスは六文字のようだ。
入力可能なのはアルファベットのみらしいが、組み合わせは無限大に近いということくらい、計算せずともわかる。
「皆目検討もつかないが……?」
「クイズのつもりで、三回までにしておくからさ」
健太郎も、にこにことして言う。
「それで外れたら、開けますよ」
どうやら、一度は開けたものを、わざわざ閉じたらしい。
確かに、亮にかかったら旧文明のケースも子供だましなのだろうけれど。
だが、この遊びに付き合わないことには、カリエ777とご対面することはかなわなそうだ。
「ヒントは、もらえるのか?」
亮に尋ねる。
「そうですね、この中に入っているモノから連想される単語、です」
眉を軽く寄せる。中に入っているのは、カリエ777。
旧文明時代にも、最高性能と呼ばれた銃だ。その連射速度は他の追随を許さず、腕のいい者が使えば、文字通りの百発百中をやってのけることが出来たという。
全てが機械化されているといっても過言でない時代にあって、一人の職人が手で作り上げたとされる逸品。
まったく装飾性のない、機能だけをつきつめた姿は無機質であるが故に返って美しいといわれる。
それを手にした者は、きっと、こう呼ばれたのだろう……
「Reaper(死神)」
ぽつり、と漏れた声に、亮と健太郎が笑顔を見合わせて、そして拍手する。
「え?」
「アタリですよ」
「一発とは、やるねぇ」
「本当に?」
思わず問い返してしまう。
「本当かどうか、入力してみたらいかがですか?」
お言葉ごもっとも、だ。ジョーは、手早く『Reaper』と入力する。
『Clear』
表示が出る。カチリ、と金属音。
鍵が、開いたのだ。
そっと、蓋を開く。
思わず口笛を吹いてしまう。
その、姿からして他の銃とは違う。そして、先日、あれほど欲しくてたまらなくて、モトン王国で入手した復刻版も足元には及ばない。
存在感、という表現がイチバン合っているのだろうか。
「触っても……いいのか?」
目が離せないまま、尋ねる。
「もちろん」
ゆっくりと、手にする。
持ち上げ、そして、握る。
まるで、自分の為にあつらえたかのように、ジョーの手に馴染む。
「それ、上げるよ」
健太郎の声に、やっと顔を上げる。しかし、浮かんだ表情は戸惑いのほか、なにものでもない。
「でも?」
「銃に詳しいから知ってるとは思うけど」
微笑んだまま、健太郎は言う。
「同じカリエ777であってもヒトツヒトツは違うモノだ、なぜなら、たった一人の為にカスタマイズされたモノだからね」
こくり、と頷く。
手にしているカリエ777に目を落とす。
重さ、弾補充時の動き、トリガー位置、全てがまるで、自分の為にカスタマイズされたかのごとく、ぴたり、ときているのがわかる。
そんな感覚を読んだかのように、亮が言う。
「手に、馴染んだのでしょう?」
「いま出回っている他のカリエ777はね、撃てる人間がいないだけで、撃てないわけじゃないんだよ」
持ち主を失って、眠っているだけ。
「眠りつづけるだけは、寂しいだろう?」
「忍の得物も旧文明産物です、問題はありませんよ」
ここまで言われたら、断る理由はなにもない。
むしろ、手にしたいと望みつづけていたモノなのだから。そして、それが自分の手で撃てる。
「ありがとうございます」
素直に、頭を下げる。
「そう、もうヒトツ知っていますか?」
「もうヒトツ?」
「ええ、カリエ777は、ヒトツヒトツに名前があるんですよ」
それは、初耳だ。銃のことならば、マニアと言われても仕方ないくらいに知っているつもりだったが。
「特殊な暗号で書かれているので、旧文明崩壊後は読め無くなってしまったようですけどね」
細い腕が、貸してくれというように差し出される。
そういうのを、あっさりと解読してしまうのが亮らしい。
素直に、銃を手渡す。
「ほら、ここです」
指し示してくれる。確かに、不思議な模様のような文字のようなモノが刻まれている。
「なんて書いてあるんだ?」
亮が、にこり、と微笑む。
「Guardian Reaper」
「守護……死神?」
「守りたいモノがあるのならば、それを狙う全てを消し去らなければならないでしょう?」
不意に。
『第3遊撃隊』所属の辞令を与えられた日のことを、思い出す。
銃を持っていることに気付いた、彼女の表情は凍っていた。
笑顔が、見たい。
そう、思ったのだ。
笑ったら、たまらなく愛おしくなる。
全てを消し去ることになっても、守りたくなる。
ジョーの顔に、笑みが浮かぶ。
「そうだな」


〜fin.

2002.08.11 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Guardian Reaper〜


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