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夏の夜のLabyrinth

■■■ 花挨拶 ■■■



俊を眼にしたなり、寂信尼は眼を細めていたが、挨拶が済むと、待ちかねたように口にする。
「まあ、本当に似てらっしゃること」
「え?」
ぽかん、とした俊の顔を見て、寂信尼は、口元を袖で覆って笑う。上品な仕草はごく自然で、かつて茶道家元篠崎家の家元婦人であったことを確信させる。
「目元が健太郎さんにそっくり」
「そうですか?」
健太郎と俊は、どちらからともなく顔を見合わせる。いつだったか、亮が同じことを言ったことを思い出したのだ。
二人の表情を見て、寂信尼も楽しそうな表情を収める。
「どうぞ、会ってきて下さいませ。麻子も待っているでしょう」
「では、失礼して」
軽く頭を下げる二人に、寂信尼は再び笑みをみせる。
「どうか、帰りがけにもお寄り下さいませね。お茶でもゆっくりと」
「はい、ぜひ」
麻子にとって息子なら、寂信尼にとっては孫だ。俊が笑顔で頷くと、ふんわりと笑顔が浮かぶ。
もう一度頭を下げてから、健太郎が先に立って歩き始める。
すっかり慣れているらしく、少々入り組んだ細い道をすたすたと行く。
手には、見事な白牡丹。
完全に季節外れなのだが、どこからか調達してきたらしい。
奥まった場所にひっそりと佇むそこは、すでに清廉な色の花々に飾られている。
俊は軽く眼を見開くが、健太郎にとっては驚くに値しないようだ。白牡丹も違和感無く並べていく。
「これって、えと」
寂信尼が、と尋ねようとしたのだが、言い終える前に健太郎が答える。
「昨日は月命日だったから」
「……ああ」
誰の、とは問わずともわかる。だとすれば、訪れたのは誰なのかも。
柔らかで優しくて、でも、どこか凛としている花たち。
今まで、忍が花を選ぶところを見たことが無かったが、らしいな、と思う。
半年前、俊がバイクでの世界旅行に出発した後で、健太郎と忍の立会いで麻子の側にもと分骨したのだが、天宮家の方と両方にマメに会いに来ているようだ。
スキップしまくって出来た合間に、上位の講義と仲文のところへ修行がてらの手伝いに行っているらしく、帰国してからほとんど姿を見ていないけれど。
少なくとも、元気にやっているのだろう。
ふ、と口元に笑みが浮かぶ。
健太郎が花を並べ終えて、立ち上がる。
「やーっと四人揃ったなぁ」
ごく自然に、そんな言葉が俊の口をつく。
ふ、と健太郎の顔に、笑みが浮かぶ。
今まで一度も見たことの無い、穏やかで優しい笑顔。
「ああ……そうだな」
花々に囲まれた方へと視線を戻しても、まだ、その笑顔は浮かんだままだ。
静かに佇む相手に、なにを語りかけているのか。
そんなことを思いつつ、俊も視線をやる。
正直、なにをどう話していいのか、わからない。
所在無げに視線を漂わせた瞬間。
ふわり、と頭を撫でられたような感触。
思わず、あたりを見回す。
が、健太郎以外、誰もいるはずもない。
「……?!」
「どうした?」
こちらを見返った健太郎が、怪訝そうに尋ねる。が、どう説明していいかわからずに、ただ、首を振る。
せっかく健太郎が誰よりも大事に想っている人に会いに来たのに、なんだかマヌケな気がして話題を逸らそうと試みる。
「えっと、なんかこう、忍一人が持って来たにしては、えらい多い花だな」
「そうだなぁ、麻子の月命日には俺が必ず来るし、黒木も山本も、マメに来てくれてるってのもあるかな」
「え?」
いくらか驚いて、眼を見開く。
忍にとって、ココが特別な場所になるのはわかる。だが、親友とはいえ黒木や山本までとは。
「スクール時代は、けっこう四人でつるんでたから」
珍しく、くしゃ、と髪をかく。
「ふぅん、じゃ、ここで会ったりとか?」
たまには、四人揃ったりも、するのだろうか。
「いや、一度も」
けろり、と健太郎。
「え?じゃ、自己申告?」
「別に。でもわかるよ、花を見れば、誰が来たのか」
もう一度、花を見やる。
確かに麻子に似合うと思う花は、俊が選べば別のものになるだろう。
それぞれに忙しくしている健太郎たちは、ここへ来て花を見て、元気にやっているらしい、と察するに違いない。
さっき、忍が持ってきた花をみて、俊が思ったように。
そして、麻子がいる場所は、けして交通の便がいいわけではない場所にあるにも関わらず、訪れたくなる場所なのだろう。
健太郎は、けして麻子がどんな人間であったのか、多弁に語ったりはしない。
でも、なんとなく、感覚で理解する。
「そっか、俺、すっごいステキな人の子に生まれたんだな」
次の瞬間。
花々が佇む方へと視線をやったのは、二人同時だ。
そして、どちらからともなく、顔を見合わせる。
「今……」
微笑まれたような気がしたんだけど、という言葉は、喉の奥へとしまわれる。
健太郎が、ただ、微笑んでみせたから。
「戻るか」
「うん」
俊も頷き、そして二人で軽く麻子へと挨拶してから、ゆっくりと歩き出す。
さらり、と風が吹いて、花が揺れる。


〜fin.

2004.02.24 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Hello by flowers〜 Presented by Yueliang


■ postscript

迷宮完結記念モノ。
リクエスト内容は「19thで俊が言っていた麻子さんに三人で会いに行こうの件」だったんですが……
ifにするには難しかったので、こうなりました。ご了承下さいませ。



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