[ Index ]


夏の夜のLabyrinth

■■■ 融けそうな夏 ■■■



「あーつーいー」
「とーけーるー」
「…………」
「あーつーいー」
「とーけーるー」
「…………」
見事な三重奏(?)に、足を止めた麗花が振り返る。
忍と俊は、なにか聞こえましたっけ?という顔つきで明後日の方向をみている。わざとらしいことこの上ない。
「三人とも、暑い暑いってウルサイ!!」
「俺は何も言ってない」
ひとり、麗花の視線をまともにうけたジョーが、ぼそり、と言う。
「視線が言ってるのよ、視線が」
反撃のスキを与える前に、くるり、と前を向いて、また歩き出す。
「だーまーさーれーたー」
「たーばーかーらーれーたー」
「…………」
「だーまーさーれーたー」
「たーばーかーらーれーたー」
「…………」
麗花が、再度足を止める。
恨みがましい目で、ぐるりと振り返る。
が、忍と俊は、またも明後日の方向を見ている。麗花は悔しそうに一度唇をかみ締めたが、言った。
「わかったわよ!私が悪かったわよ!!」
言った瞬間、忍も俊も、にやりと笑う。
「よっしゃ、アイスとジュース、おごりな」
「ええええ、どっちかだけー」
「ダメ、この暑さは片方程度ではしのげない」
「……プラス、かき氷」
ぼそり、とジョーが付け加える。とうとう、陽射しに絶えられなくなってきたらしい。サングラスを取り出しながらの一言だ。
怖くなるからとさんざ麗花が反対したのだが、この状況では文句の言いようもない。
忍と俊は、大袈裟に拍手をしてみせる。
「すばらしい!アイスとジュースとかき氷!!」
「それっくらいなきゃ、耐えらんねーよなー」
歩き出しながら、麗花が低ーい声で呟く。
「くーやーしーいー」
「自業自得」
ばっさりと忍が斬って捨てる。
どうしてこのような仕儀に相成ったかというと。

話は、三十分ほどさかのぼる。
買い出しに指名された麗花が言い出したのだ。
「ねぇ、一緒に買い物行こうよう」
もちろん、荷物運びが欲しいだけなので、ターゲットは忍、俊、ジョーに絞られている。
「やだね、このくそ暑いのに」
「車なら、貸してやるよ」
即座に言ってのけたのは、忍と俊。
今年も、猛暑の部類にはいる暑さだ。わざわざ炎天下のもとへと出て行きたいわけがない。
しかも、目前には亮のいれてくれた冷たいお茶と、お茶うけまであるのだ。どう考えても、家でぼんやりのほうに軍配が上がる。
「いいじゃない、木陰の気持ちいい道を散歩気分で歩くっていうのもさ」
「このくそ暑いのに、散歩気分になるもんか」
「わかってないなー、あるんだよ、いい道が」
俊が、実に胡散臭そうな視線をむける。ジョーにいたっては、まったく聞いてもいないそぶりだ。
忍も、お茶のお代わりをしようかどうかの思考に夢中らしい。
「んもう、なんなのよ、大の男が三人揃いも揃ってだらけちゃってさ、こうなんか覇気に欠けるとは思わないわけ?」
「欠けててけっこう」
あっさりと忍が言う。グラスを、亮に差し出したところをみると、おかわりすると決めたらしい。
「外にいるのに、クーラーきいてるくらいに涼しい道なんだよ?!」
「あるわけないね」
「賭けてもいいもん!」
そのとたんだ。
忍と俊が、にやり、と笑ったのは。
「じゃ、賭けようぜ」
「いいわよ、私が買ったら、山ほど奢ってもらうからね」
「おっけーおっけー、んじゃ、行くぜ、ジョー」
立ち上がりながら忍が言う。
どうせ、誰かは荷物もちにならなくてはならないのだ。どうせなら一蓮托生というハラらしい。
ジョーが言いかかった異議申し立ては、あっさりと麗花にふさがれる。
「忍と俊だけだと、丸め込まれる可能性があるからね、ついてきてもらうわよ」

というようなわけで、四人で出てきたわけだが。
確かに、麗花の言う涼しい小道は存在した。
時間にして、たったの五分だったが。
ようは、ここらへんに森など存在するわけもなく、あとは炎天下のアスファルトの道が続くばかりだった、と。
実際、麗花も通ってみたことがあるわけではなかったらしく、木が途切れた時は絶句していた。
だけど、涼しい小道がなかったわけではないと、ねばっていたのだ。
が、暑いの三重奏に負けた、というところである。
車で行けば五分のところを、わざわざ歩いて出た上に五分以外は炎天下の下なのだから、公平に見て忍たちの勝ちと言っていい状況だ。
「うー、暑い……」
悔しいので絶対に言うまいと思っていた台詞が、思わず麗花の口からこぼれおちる。
耳ざとくききつけた忍と俊が、くすくすと後ろで笑う。
「私もいっぱい冷たいの食べてやるー!!」
と叫んだところで、目的のスーパーが見えてくる。
クーラーが見えてきたというだけで、無意識に早足になりかかったところで、ジョーの携帯が鳴る。
少し歩調を緩めて、ジョーがとる。
しばらく無言で相手の言うことをきいていたが、やがて、ぼそり、と返事を返す。
「……暑い」
忍たちが、顔を見合わせる。会話がまったくみえないからだ。
またしばらく相手の言うことを聞いていたジョーが、携帯を麗花の目前に差し出す。
「え?私」
頷かれて、大人しく麗花は携帯を手にする。
「もしもし……?」
思わず、忍と俊も携帯に寄ってしまう。冷静に見ると実に暑苦しい光景だ。
電話の相手は、勢いよくしゃべりはじめる。
『ちょっと、麗花ー、小道なかったの?!』
相手は、須于だ。いや、ジョーにかけてくるのは須于くらいだとは思っていたが。
珍しく興奮している模様だ。
麗花は慌てて言う。
「違うわよ、あった……」
「ないないない!!ないに等しいね、あんなのは!」
「たった五分だぜ、五分!!そっからアスファルトの炎天下だぜ!!」
麗花の言葉を遮って忍と俊が口々に言う。
『……それは、たしかにダメね』
声が、いつもより心なしか低い。
『んもう、麗花、買い物追加だわ!フルシェフルシェの季節のドルチェ』
「ええ?!スーパーにないじゃん!」
『仕方ないでしょ、賭けに負けたんだもの』
「…………?」
賭けていたのは忍と俊とジョー(は、無理矢理だが)対、麗花だったはずだ。
沈黙の意味を正確に悟った須于が腹立たしそうに言う。
『亮と私よ、麗花の言ってた小道があるかどうかで、賭けたのよ』
で、須于が負けた、ということらしい。
『もう、麗花、どうしてくれるのよ!!』
案外、負けず嫌いらしい。半分くらい本気で怒ってるような気がする。
「……わかりました、私が奢らせていただきます」
ため息混じりで麗花が言い、話がついて電話は終わり。
が、それだけで、済むわけがない。
忍と俊が、にーったりと笑っている。
携帯をジョーに返しながら、忍が言う。
「ジョーも、フルシェフルシェのドルチェ、好きだよな?」
フルーツの風味を失わないようにというコンセプトのお菓子は、男性にも好評なのだ。
「……嫌いじゃない」
ジョーがお菓子を嫌いじゃない、というときは、けっこう気に入っているということだ。
「いまならきっと、桃だよなー」
「わかったわよ、奢るわよ、みんなに!!」
結局は、車を借りた方がずっと楽に済んだ買い物だ。
「んもう、夏なんて嫌いよー!!!」
麗花のヤツアタリはなはだしい叫び声が、空しく真っ青な空に響いた。


〜fin.

2001.06.26 Midsummer Night's Labyrinth 〜hot hot summer〜


[ Index ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □