[ Index | Picture ]


夏の夜のLabyrinth

■■■彼と彼女の幸せのカタチ■■■


「おはよう、花嫁サマ」
「おはようございます、花婿サマ」
顔を見合わせて、くすり、と笑う。
正和は、小夜子の目前まで近付くと、にっこりと微笑む。
「綺麗だよ」
「ありがと」
少し、照れたように微笑む。
「一緒に、幸せになろう」
「ええ、二人で、ね」
華のような笑み、というのに、ぴったりな笑顔。
正和は、そっと頬にキスをする。
というわけで、本日、野島正和、速瀬小夜子はめでたく結婚する。
入籍は、実は先日、昨年の大騒ぎと同日にしてきてあったりするので正式には夫婦ということになるのだが。
ダンナ様が大企業の社長だとか、オクサマの父上が恐ろしい金額の借金を抱えてたとか、ドラマも真っ青な難関の数々を「一緒にいたいよね」の一言の元で乗り越えてしまった二人の門出の日。
相応しく、空は気持ちの良いくらいの晴れだ。

親族控え室に姿が見えないと思ったら、中庭に突っ立っているのが見える。
かすかな苦笑を押し殺してから、忍は声をかける。
「親父、こんなとこにいたのか」
「ん、ああ」
自分で自分がこんなとこにいるのが可笑しかったのが、一真は苦笑を浮かべて振り返る。
酒びたりではなくなったおかげで、一年前よりもぐっと若く見える。
にやり、と笑って尋ねる。
「大丈夫そうか?」
「なにがだ」
「姉貴、エスコートして歩くんだろ」
言われて、一瞬、ぐ、とした顔つきになるが、すぐになんでもなさそうな顔つきになってみせる。
「ツボさえ押さえとけば大丈夫なんだ、こういうのは」
「ツボ?」
怪訝そうに首を傾げた息子に、一真は少々声を落として告げる。
「こう、きそうになるポイントっていうのがあるんだ、それさえわかってれば」
「我慢できる、と言いたいわけな」
軽く肩をすくめる。
「ホントなのかな、ソレ」
「そう言うお前はどうなんだ?」
いじめられ気味なのが悔しいのか、一真は片方の眉を上げて尋ねる。
「ずっと小夜子に面倒見てもらってただろ」
「俺らは、お互い様なモノで」
余裕の笑みを浮かべてみせる。が、すぐに真顔に戻って首を傾げる。
「なんていうかさ、守りたいとか、幸せにしたいとかって、一方的で簡単なのかもな」
「え?」
一真が、尋ね返す。
「姉貴がさ、『一緒に幸せになれると思ったから、結婚する』って言ってたからさ」
「……なるほど」
忍は、抜けるような、という表現がぴったりの青空を見上げる。
「そういや、こんな天気の日に三人でピクニックに行ったことあったな」
どうしてそういうことになったのかは憶えていないが、三人になってから、たった一回、家族らしい一日があったのを、不意に思い出す。
「ああ……」
なんだか歯切れの悪い返事に、忍が視線を戻すと。
一真は、ふい、と視線を逸らす。
忍は、空へと視線を向け直す。
「今日は休み取ったから、家に帰るつもりなんだけど」
「……付き合ってもらうからな」
と言った声は、完全にくぐもっている。
この調子だと、お約束どおりの花嫁の父になりそうな雰囲気だ。
忍は、また浮かびかかった笑いを、かろうじて飲み込んだ。

花婿の父であり、野島製紙会長たる立場の野島正一郎は、現れた人物に深々と頭を下げてみせる。
「昨年は、ずいぶんとご迷惑をおかけしまして」
「いえ、楽しませていただきましたから」
まったく気にする様子なく、にっこりと微笑んでみせたのは、天宮健太郎だ。
「お元気そうで、なによりです」
「あれから、発作が起こることも減りましてな」
正一郎の顔に、素直な笑みが浮かぶ。
「この調子なら、初孫くらいは拝めるかと思ってるところで」
「初孫といわず、ひ孫までと言っていただきたいですね、野島の親父さんがいなくなってしまったら、経済界の連中が寂しがります」
久しぶりに聞く、豪快な笑いが響き渡る。
「天宮の若にそう言われるのは嬉しいが……」
笑い収めて、経済界にその人ありといわれる、食えない表情が浮かぶ。
「引き時を知る人間こそが、一番賢いものだよ」
言われた健太郎にも、食えない笑みが浮かぶ。
「まったくその通りですね。……ところで、お断りしておかなくてはならないのですが」
「お断り?」
ぽり、と頬を掻いた健太郎の顔に、苦笑が浮かぶ。
「申し訳ないのですが、披露宴の方はご辞退させてください、メンツがメンツなんで、こう……」
「逃げる気じゃな」
にやり、と笑われて、健太郎は慌てて両手を横に振る。
「酷い言い方しないで下さいよ、ホントならこの手のには一切参加しないってあたりを汲んでいただかないと」
「それはそうだな、付き合いの悪い男だよ」
「ああもう、好きに言ってください」
くすくす、という笑い声が加わる。
「天宮でもしてやられることがあるのねぇ」
楽しそうな声は、今日の結婚式会場であるリスティアロイヤルホテルオーナー、小野寺透子のモノだ。
にこりと微笑んで、正一郎へと頭を下げる。
「本日は、当ホテルをご利用いただきまして感謝しておりますわ。精一杯のことをさせていただきますので、至らぬことがございましたらお申し付け下さい」
「おう、透子さんにも、随分とご迷惑をおかけした」
「大丈夫ですのよ、埋め合わせもしていただきましたし」
「なかなか強引にな」
ぼそり、と健太郎。透子は、あら、と口を尖らせる。
「でも、似合っていたでしょう」
「まぁな」
くすり、と健太郎も笑う。

麗花が、窓を開けて空を見上げながら、首を傾げる。
「そろそろ、式が始まる頃かな?」
「時間的には、そうでしょうね」
お茶を煎れたカップを乗せたトレーを、窓越しへと持ってきた亮が答える。
須于が、カップを手にしながら、微笑む。
「式は身内だけなんですってね、お友達をいっぱい呼ぶんですって」
「いいねぇ、そういうの」
振り返った麗花の顔にも、笑みが浮かんでいる。
ちょっと離れたところにいたジョーは、カップを差し出してくれた俊に、お礼を言おうとして尋ねる。
「気にかかることでもあるのか?」
「え?いや、忍から聞いたんだけどさ……」
皆の視線が、俊へと集まる。
「小夜子さん、結婚退職しないんだってさ」
「ほえ?」
思わず、尋ね返したのは麗花。須于が、首を傾げる。
「お仕事を、続けるってこと?」
「社をあげてのプロジェクトに関わっているとかで、それが終わるまではと聞きました」
亮が、にっこりと言う。
まぁたしかに、普通の夫婦ならば、それは充分にアリなのだが。
「……大丈夫なのか?」
ぼそ、とジョーが尋ねる。
小夜子の立場は、社長夫人、になるのである。当人たちの自覚がどうであれ、世間サマから見れば。
当然、良からぬコトを考える輩もいれば、小夜子の会社の上司だって、扱いに困るやもしれない。
「その点は、ずいぶんと考えたようですよ、父も相談されたようですし」
カップを手にしたまま、亮一人が、妙にのほほん、としている。
「で、大丈夫ってことになったわけ?」
と麗花。
他の三人も、興味深々で亮の顔を覗き込む。
亮の笑みが、こころなしか大きくなる。
「結論はですね、『やってみなくては、わからない』だそうです」
聞いた途端、四人の顔にも笑みが浮かぶ。浮かぶどころか、笑い出したのは麗花と俊だ。
「そりゃそうよね」
「真理だよ」
くすり、と須于も笑う。
「でも、なんだか」
「まぁな」
ジョーが答える。
亮も、頷いてみせる。
「あの二人なら、どうにかしてしまいそうな気がしますよね」

花婿と花嫁が、視線を合わせる。
どちらからともなく、にこり、と微笑む。
健やかなる時も、病める時も、なんて質問は、愚問といっていい。
これからは、一緒にいられるのだから。
一人ずつで、立ち向かわなくていいのだから。
他人はいざしらず、絶対に幸せになるに決まってる。
一緒にいたいよね。
この呪文が、ある限り。


〜fin.

2002.11.25 A Midsummer Night's Labyrinth 〜True wedding bells are ringing !〜


[ Index | Picture ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □