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夏の夜のLabyrinth

■■■信じる者は(たまには)救われる。■■■



いつもどおりに素振りの汗を流し終えて、朝食にありつくべくやってきた忍は、目前の光景にかろうじて噴出すのをこらえる。
「まだ背ぇ伸びたりないのか?」
腰に手を当てて、牛乳一気飲みというポーズから復活を果たした俊が、唇を尖らせる。
「んなじゃねぇって、知らないのか?牛乳って健康にいいんだぜ」
「健康にいいかどうかはともかく、ポーズは親父くさいよね」
有無をいわさないツッコミは、もっか朝食に取り掛かり中の麗花。
「ほっとけ」
さっきよりも唇を尖らせてみせたのに、冷静な口調で一言。
「タコちゅー」
口調と内容のギャップに、新聞を俊に譲って立ち上がろうとしていたジョーが吹き出す。
「あ、ウケた」
「あら、どうしたの?」
珍しくジョーが笑っているので、洗濯カゴを置きに来た須于が、微笑んで首を傾げる。
「ん、俊がタコちゅーなの」
「また墓穴掘ったの?」
自業自得と思われるあたり、日頃の行いであろうか。
「ヒドイ……」
がくーと肩が落ちる。
「それはそーとしてさ、前から不思議だったんだけど」
麗花が、朝食を終えて、俊たちへと向き直る。
「牛乳飲んだら、身長伸びるって、ホント?」
「伸びる」
即答で返事を返したのは、俊。
他が口を差し挟むヒマもあらばこそ、深く頷いてみせながら確信に満ちた口調で言う。
「何を隠そう、俺サマこそがその見事なる見本なのだ」
あまりにも珍しい、自信に満ちた俊の姿に麗花や須于やジョーだけでなく、麗花の食べ終えた食器を洗い終えた亮までもが、少々目を見開いている。
幼馴染みだからか、俊へのツッコミは人一倍早い忍が、珍しく肯定の頷きをみせる。
「そうなんだよな」
「ええ〜?!ホントホント?」
麗花の目が、輝いている。
「お茶、煎れましょうか?」
亮が首を傾げる。
なにやら、話が長くなりそうだと察したのだろう。五人が、頷く。

入ったのは香りの良いほうじ茶だ。
湯のみを抱え込みながら、テーブルの周囲に六人が集合する。
「まず、ちょっと統計ね」
麗花が視線をジョーへと向ける。
「ウチらの中でいっちばん背が高いけど、いつ伸びたの?」
「いちばん伸びたの時期はあったかもしれんが、ずっと人より大きかったからよくわからん」
「俺も」
尋ねられる前に、忍が自己申告する。
俊が軽く口を尖らせる。
「そうなんだよな、俺、一度は十センチ差つけられたもん」
「ウソぉ」
「ええ?!」
思わず麗花と須于が、声を上げてしまう。ジョーも、ちょっと信じられないといった顔つきだ。
「俺、コンスタントに伸びてたんだよな……」
ぽり、と忍が頭をかく。
「ま、成長期もあるにはあったけど」
「でもって俺は、イチ時期ちっとも伸びなかったし」
幼馴染みばかりが伸びてしまったら、差は余計に目立つ。
しかも、男なのだ。
身長は欲しいと思うのが人情というもの。
「んで、身体測定ではっきりと十センチ差がついたってわかった日に決意したわけだな」
なにを、かは、もうわかっているが、当人に言わせてあげる。
「毎日、欠かさず牛乳飲むって」
「それまで牛乳嫌いだったのにな」
忍が、付け加える。
「んじゃ、正真証明その日から飲み始めたわけね?」
「そう、忘れもしない十五歳の春だ」
握りこぶしまで握っておりますが。
「で……?」
「毎日、ビン一本ずつ飲み続けて、二年で追い付いたってわけだな」
「すっごーい!」
「いまはほとんど変わらないわよね」
「そうだな」
「ええ」
思わず、周囲から拍手が起こる。
俊は得意げに胸を張る。
「変わらないんじゃないね、入隊の時の測定では、俺の方が一センチ高かったんだから」
勝ったのが、よほど嬉しかったと思われる。
が、忍が、にやり、と笑う。
「そりゃ、涙ぐましい努力だったからな」
「おい」
俊が止めようとするが、それは無駄な努力というモノだ。
「どういう風に、涙ぐましかったの?」
にっこり、と麗花。
亮が、軽く首を傾げる。
「そういえば……」
「うわ、ヤメロ!」
一時期とはいえ、亮とも幼い時を過ごしたことがあるのを思い出して、慌てて声を上げる。
すでに、麗花のにっこりは、にんまりへと変化している。
「そういえば?」
わざとらしいくらいに首をかしげて、亮に尋ねる。
が、亮は俊が必死の形相なのを見て、少々可哀相になったのか、言おうか逡巡しているらしい。
忍があっさりと暴露する。
「小さい頃に、牛乳飲み過ぎて腹下したことあんだよ」
「佳代さんも、料理長も止めていたんですが……」
さらに、トドメの一言を亮からいただいてしまう。
「カッコ悪……」
「そのコメントはまだ早いな」
と、忍。
どうやら、さきほどの俊の勝利宣言で、負けん気を刺激されているようだ。
「うわわ」
俊が声を上げるが、これはまさに墓穴と言ってよい。なにかあったと自己申告しているのと同じだ。
「なにがあった」
ジョーに先を促されてしまう。
「同じこと、やったんだよ、一リットルの牛乳パック一気飲みして」
「めっちゃカッコ悪ぅ」
「ほっとけよ、なんにしろ、二年で十センチ伸びた事実は変わらねぇもん!」
半分ヤケ、半分拗ねモードで俊が言う。
「そりゃ、確かにな」
忍も頷いてくれる。
「それはスゴイわよ、うん」
「一念、岩をも貫くというのですね」
「しかも、俊らしいオチもちゃんとついてるし」
「それ、褒めてないぞ」
お茶のお代わりをもらいながら、麗花は深く感心したように頷き続けている。
「いや、ホントすごいって……牛乳で身長って伸びるんだねぇ」
呟くように言った後、ふと黙り込む。
なんとなく、不吉に思えて、俊が首を傾げる。
「なんだよ?」
「ん、いやさ……」
顔を上げた麗花は、亮へ向き直る。
「ね、ここでも身長測れたよね?」
「ええ、測れますけれど……?」
とたんに、満面の笑みとなる。
「ようし、身長測定しよう!」
ぎく、とした顔つきになったのが約一名いるが、他には反対意見もない。
「そういや、ここしばらく測ってないしな」
「ああ」
「そうね」
「構いませんけど……」
口々に言いながら皆が立ち上がるものだから、その約一名も一緒に行かざるを得ない。

そういう設備があるのは、総司令室だ。
順に、身長を測っていく。
「まず、私いきまーす!」
元気よく、麗花が測定器に立つ。
「162.4ですね」
亮が、読み上げる。
「おー、二年前から変わってないやね」
気にする様子なく、麗花がにっこりと笑う。須于が、ちょこんと首を傾げる。
「私、伸びてたらヤダなぁ」
言いながらも、測定器に乗る。
「164.8です」
「よかった、変わってないわ」
ほっとした顔つきだ。麗花が笑う。
「いいじゃん、ジョー高いんだし」
「そうそう、ジョー、立ってみなよ」
と、忍。
少々、気が進まぬ様子でジョーが測定器に立つ。
「185.7……ですね」
「やっぱり……」
ぼそり、と呟く。須于が首を傾げる。
「やっぱり、伸びてた?」
「ああ」
「げ、ってことは……」
忍も眉を寄せながら、ジョーと入れ替わる。
「182.3です」
「やっぱり」
ため息混じりだ。
「なによ、二人とも伸びて嬉しくないわけ?」
「伸びすぎは嬉しくないぞ、なぁ?」
「ああ」
忍とジョーが、二人して贅沢なことで頷きあっている。
測定器の側にいるというので、次は亮だ。
「168.9、だって」
麗花が読みあげる。
「そんなものでしょうね、入隊の時は高く出たと思ったので」
「そうなんだ〜」
と、出揃ったところで、皆の視線が最後の一人へと向けられる。
「で、なんでそんな離れたところに立ってるのかな?」
「いや、別に離れてないぞ?」
「そう、俊の番よ?」
「あー、そーだなー」
なにやら、視線が漂いつつ、でもここで逆らっても無駄だと知ってるので、大人しく測定器に立つ。
にやり、と笑いながら、麗花が読み上げる。
「178.8ッ!」
「ははーん」
「なるほどな」
口々に納得されてしまう。
「また、忍に抜き直されてたのね」
はっきりと容赦なく事実を口にしたのは麗花。
「わかってたんでしょ?」
四センチ身長が変われば、視線が少々変わる。忍はずっと俊より高めだったので、それが気にならなかったのだろう。
が、一度追い付いた立場の俊は、敏感にわかっていたわけで。
にんまり、と麗花が微笑む。
「やっぱり、身長、伸びたりないんだ〜!」
「うるさいッ」
かぁ、と頬が染まる。
にやり、とジョーと忍が笑う。
「がんばれよ」
「努力次第だしな」
「お前ら……」
俊が、じとーっとした目つきになる。
「いいんだよ、あの時の十センチは牛乳のおかげなんだから!」
「うん、それはそうだと思うわ」
須于が頷いてくれる。
「ただ、二十歳過ぎてから伸びるのは難しいと思うだけで」
にんまり、と麗花が笑う。
「やっぱり、俊って必ずオチがつくよねぇ」
「うるさいやい、本当に牛乳のおかげなんだって」
「わかったと言っている」
「それは信じるってば」
「これからも毎日、欠かさないようにね」
子供の駄駄のように言いつづけている俊を押して、皆して階段を上がって行く。
最後尾で、やけに首を傾げている亮に気付いて、忍が軽く首を傾げてみせる。
「また伸びるかもしれませんよね」
やけに真面目な顔つきだ。
「どうして?」
「直接、牛乳が身長に影響するという科学的根拠はなにもありませんから、ようは意識の問題だと思いますし」
完全に、トドメだ。
思わず吹き出しそうになったのを、忍はかろうじて堪える。
どうやら、俊たちには聞こえなかったようだ。
笑いを飲み込んでから、亮に笑いかける。
「そりゃ、きっと牛乳の神サマが必死に信じてるのを見てご褒美くれたんだろうな」
「そうかもしれませんね」
亮も、微笑む。
また、ご褒美があるのかどうかは、牛乳の神サマしか知らない。


〜fin.

2002.09.29 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Milky Milk〜


■ postscript

この話は、『湖底廃園』の竹原湊嬢と、大江静夜くんに捧げさせて頂きます。テーマは、牛乳飲んで背を伸ばそう!
静夜くんには『湖底廃園』で連載されております『閉鎖領域』で会うことが出来ます。
気になった貴方は、ぜひぜひ、行ってみて下さい。なぜ、この話を捧げさせていただくかの謎が解けます。
静夜くんの奮闘っぷりを、ぜひお楽しみ下さいませ。

静夜くんの剣幕につられていらっしゃった皆様、こんにちは。
ここは月亮が運営しておりますオリジナル小説サイト『月光楽園』の連載小説『真夏の夜のLabyrinth』の一編になっております。


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