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夏の夜のLabyrinth

■■■初詣に行こう。■■■



コトの始まりは、やっぱり麗花だった。
満面に笑みを浮かべて、のたまったのだ。
「お正月っていったら、お節と初詣だよね!」
六人の誰も、休みだというのに実家に帰らない時点で、過ごし方は考えなくてはいけなかったけど。
王道がくるというのは、予測していなかった。
お節の方は、問題ない。
亮が、あっさりと引き受けてくれたから。
天宮の屋敷から、年代モノのお重を持って来てくれるというサービス付きで。
「伊達巻はずすなよ」
とは俊の台詞で、
「昆布巻……」
ぼそりと呟いたのは、ジョー。
須于が首を傾げる。
「らしくするなら、たつくりに、酢ばすレンコン、黒豆もいるかしら」
「エビも、煮付けましょうか」
「数の子と紅白カマボコもな」
亮の台詞に、忍も付け足す。
なんとなく、譲れないメニューが出されたところで、あとの中身は亮にオマカセである。
「あとは、初詣の行き先」
麗花の嬉しそうな顔つきに、なにをしたいのか正確に理解したのは忍だ。
「大晦日の夜から並ぶつもりだろ?」
「もっちろん、年明けと共にお祈りするのが、初詣なんでしょ?」
いったいドコから、そんな知識を仕入れてくるのか謎だが、『初詣』が麗花にとって経験ないことだけは確か。
というコトは、やらなきゃ気が済まないということで。
言わなきゃいいのに、俊が余計なコトを口走る。
「俺、永翠神宮だけはヤだからなっ」
忍とジョーが、同時に俊を睨みつけたが、もう遅い。
「永翠神宮って、イチバン参拝客が多いトコだよねっ」
「できれば、暖かい部屋で新年を迎えたい……」
ぼそりとジョーが呟いたが、もちろん無視される。
「やっぱり、アルシナドにいるからには最大の神社にお参りしなきゃ」
嬉しそうから、満面の笑顔となった麗花が決定を下す。

さて、大晦日。
夜の十時ごろ着けば、まだ多少はマシかと思ったのだが。
予想は大ハズレ。
すでに、どこからこんなに湧いて出たのかと思えるくらいの人が、並んでいる。
「うわ、すっげー」
思わず声を上げたのは俊。
忍も困惑気味に見廻す。
「テレビでは毎年、見てるけどなぁ」
先頭がどこにあるのやら、さっぱりである。
「いったい、本殿までどれっくらいあるんだ?」
忍の問いに、亮があたりの景色を見て答える。
「そうですね、参道の後半みたいですけど」
「ホントにすごい人出なのね」
感心してる間にも、後ろからどんどん人が来て、あっという間に人ごみに飲み込まれてしまう。
ひとまず、このまま二時間は待たなければいけないわけで。
「でも、寒くないね」
麗花の台詞に、須于も頷く。
「人がこれだけいると、やっぱり暖かいわね」
「まぁな、人ってけっこう発熱するんだよ」
「100ワットですね」
「うわ、考えたくねぇ、ココの発熱量なんて!」
「満員電車みたーい」
エライところに来てしまったとは思うが、ここまできたら参拝せねば気がすまない。
「正しい年越し道は、厳しいねぇ」
などと言いながら、ひとまず時が経つのを待つ。
「初詣終わったら、どうするよ」
「初日の出見るのっ」
間髪いれずに麗花が答える。
「あのな、この人ごみの後、また人ごみんなかに行くんか?!」
さすがに、俊が呆れた声をあげ、忍もジョーも大きく頷く。
「それは、勘弁してくれ」
「ちょっと、な……」
「だってぇ、初日の出も見たいんだもん」
絶対にうんとは言わなそうな男性陣に、麗花は泣き落とし作戦に出たようだが、効果はないらしい。
三人とも、うんとは言わない。
それでも、麗花が諦めきれなさそうな表情なので、須于が助け舟を出す。
「だったら、二人で行く?」
本人が積極的に行きたそうなかんじではなかったから、麗花に付き合おうと思ったのだろう。
そこらへん、須于は優しい。
「混んでなかったら、初日の出を見てもいいんですか?」
それまで発言しなかった亮が、首を傾げる。
「まぁな」
「人ごみじゃなけりゃな」
忍とジョーがすぐに頷く。
「あと、寒くなけりゃな」
少し躊躇っていた俊が、ぼそりと付け加える。
たしかに、ココまで来るのは相当寒かった。
「イイ場所がありますよ」
「どこ?!」
身を乗り出したのは麗花。
「総司令官室です」
亮が、にっこりと笑う。
『Aqua』最高層のビルからの眺めは、さぞかしイイだろう。
本来なら、そんな目的では入室できないだろうが、亮にはなにか考えがあるのだろう。
「ソレ、いいかも」
「うん、総司令官室から初日の出なんて、滅多に拝めるもんじゃないし」
麗花はぶんぶんと首を縦に振っている。
どうやら反対者もないらしいので、お正月フルコースってとこらしい。
忍は、ちら、と亮に目をやる。
お節のことといい、初日の出のことといい、ずいぶんとサービスがいいように見える。
気のせいだろうか?
が、思考は俊の声に遮られる。
「あと五分で来年だな」
「いろんなコトがあった年だったね」
「そうね」
軍隊に配属されて、初めて戦場に出て、それから。
イタイ出来事が多かったけれど、でも、いつも一緒にいたから。
だから、きっと、やって来れた。
いまは、そう思える。
六人で良かったと思える。
本堂の方から、新年になったことを告げる響きがあって。
わぁっ、という歓声があがる。
そこかしこで始まったそれを、六人もやる。
「明けまして、おめでとうございます」
「旧年中はお世話になりました」
「本年もよろしくお願いしまーす」
それから、顔を見合わせて。
麗花が、にこりと笑う。
「イイ一年になるといいねっ」
「そうだな」
なんて、しんみりしているヒマはなく、人々が参拝のために歩き出す。
「ひゃ?」
これはこれで、すごいコトになっている。
一気にすごい人数の人々が動き出したのだ。
うかうかしてると、はぐれてしまいそうだ。
「ジョー、須于を捕まえとけよ」
麗花の首根っこをつかまえながら俊が言う。
ジョーなら背が高いし、なんてったって金髪は目立つ。
薄暗い街頭の下でも、なんとなく淡い光があるように見える。
目印にはちょうどいい。
「んなとこ捕まえたら、首がしまるよぅ〜」
ぐげぇ、とカエルのつぶれたような声を麗花が出すので、思わず笑ってしまう。
が、周囲を見まわした須于が首を傾げた。
「あら、忍と亮は?」
「げ、いないじゃん」
さっそくにはぐれたらしい。
と、思ったら、俊の携帯が鳴る。
「忍、ドコに行ったんだよ」
『いや、ジョーの頭は見えるんだけどさー』
どうやら、近辺にはいるらしいが。
『近寄るのムリくさいから、総司令官室で落ち合おうぜ』
現実的な意見だ。参拝終わってすぐ待ち合わせても、おそらく見つかるまい。
「わかった、んじゃな」
携帯を切って。
「総司令官室で待ち合わそうって」
「あちゃ、しょうがないね」
「ま、これ以上はぐれないようにしとこうぜ」
相変わらず、片手は麗花のマフラーを引っつかんだまま、俊が言う。
ジョーと須于は、手を繋いだようだ。
はしゃいだ顔や、少し神妙な顔が、参道を進んでく。

携帯をきった忍は、亮の方を振りかえる。
「大丈夫か?」
参道脇のベンチに大人しく腰掛けていた亮は、顔を上げて頷いた。
顔色も戻っている。たしかに大丈夫なようだ。立ち上がる様子も危なげない。
が、ジョー達の方へ戻ろうとした亮の腕を、忍は止める。
「総司令官室で待ち合わすコトにしたから」
忍たちが麗花たちとはぐれたのは、やむなく、ではない。
口数がいつにも増して少ない亮の顔色が、青白くなっているのに気付いたのだ。
どうやら、人酔いしたらしい。
基本的に、ほとんど人と関わってこなかった亮が、人酔いするのは、ある意味当然かもしれない。
皆に言ったら、せっかく並んだのがおじゃんになるから、ワザとははぐれた。
で、ベンチで休ませている間に、俊の携帯に連絡をしたのだ。
亮は、首を傾げて微笑む。
「ホントに、もう大丈夫ですよ」
「亮、かなりムリしてるだろう、お節も相当時間かけてたし」
そんなに体力があるほうではない。
夜更かししつづければ、確実に体調にくるはずなのだ。それを表に出さないだけで。
「人ごみも、かなり苦手だろ?」
困ったような表情を、亮は顔に浮かべる。
忍に隠し事はムリとは、知っている。
だけど、どちらかといえば初詣に行きたかったのも、知っている。
相手の感情を読むことは、亮も得意とするコトだ。
「別に、俺は初詣してもしなくてもかまわないから」
それが忍の本心でなかろうと、決めたら譲らないコトは、よくわかっている。
亮は、少し考えていたが。
「では、別の場所に初詣に行きましょう」

鳥居を見上げると、蓮天神社、と名が書いてある。
オフィス街の中心部にこんな場所があるとは、忍は知らなかった。
初詣場所としては、たしかにメジャーではないらしい。
ひっそりとしていて、むしろ不気味な感じさえする。
が、どこか凛とした空気があるのも、確かだ。
「こんなとこにも、神社があったんだな」
参道を歩きながら、亮は静かな声で答える。
「歴史的には、永翠神宮とそう変わらないですけど……あまり世間には露出してません」
世間話程度の口調で尋ねた問いへの答えにしては、改まった口調だ。忍は、無言で先を促す。
「『崩壊戦争』前には、特殊なモノを秘匿する為のカモフラージュの役割を担ってましたし、後は、首謀者の墓をつくったので」
「首謀者?」
『崩壊戦争』は、行き詰まった高度機械文明の破綻が呼んだ、避けようのなかった戦争といわれている。
もちろん、きっかけくらいはあったろうが。
「あの戦争は、ほんの数人が仕組んだモノです……十指にも満たない人間が」
細い参道を歩きながら、物静かに続ける。
「誰かのためではなく、自分たちのために」
なぜ、亮が急にそんな話を始めたのかはわからない。
とてつもないはずの話を、否定する気にならなかったのは、確かだ。
目前で静かに語っているような人間が、『崩壊戦争』の時にいたならば。
やってのけてみせると、信じられるから。
この星全てを巻き込んだ戦争すら、起こすことが出来ると確信出来るから。
「数人でも、戦争は起こせます……解放、という結果を導き出すことも」
ふ、と足を止める。
忍も、数歩先で振り返る。
亮の視線の先にあるのは、この静寂に包まれた風景だろうか。
そんなことを思いながら。
ひとつだけ確かなことは、亮の口数が、いつにはなく多いこと。
「でも、後始末までは……」
語尾が立ち消えたのは、忍が微笑んでいたからだ。
「言わなくていいことも、あるし」
忍がゆっくりと口を開く。
「一人で背負わなくても、いいこともあるよ」
まっすぐに、覗きこむ。
亮は、ひとつ、瞬きをしてから。
ゆっくりと、微笑んだ。
忍は、さらになにか言おうとしたが、それは突然鳴り響いた鈴の音にかき消される。
誰か、境内にいるらしい。
「先客のようですね」
亮が、かすかな笑みを浮かべる。
「多分、忍も知っている人ですよ」
言っている間に、石段を下りてくる音がして、
「よぉ、明けましておめでとう」
軽く手を振ってみせたのは、天宮健太郎、亮の父にして総司令官だ。
「おめでとうございます」
挨拶をかえした二人に尋ねる。
「初詣?」
「ええ」
亮が頷いて見せると、健太郎もにこり、とする。
「ココは、全ての始まりが込められた場所だから、初詣には相応しいんじゃないかな」
「そうですね」
「じゃ」
と、立ち去りかかったのだが。
思い出したように、振り返る。
「そうだ、初日の出の特等席、いるか?」
「お願いしようと、思ってたところです」
「おう、待ってるよ」
もしかしたら、年中行事なのかもしれない。健太郎は気軽に軽く手を振ってみせると、神社を背にする。
忍と亮は、健太郎が降りてきた石段を上がって、鈴をならす。
それから、お賽銭を投げて手を合わせた。
忍は祈る。
どんなコトが起ころうとも、最後は笑顔でいられるように。
顔を上げて、隣りに目をやると、亮は静かに手を合わせている。
何を、祈っているのだろうと、少し、思う。
やがて顔を上げ、こちらを見て、にこ、と笑う。
「行きましょうか」
「ああ」
石段を降りてくと、また、人影を見つける。
「あ、先客だ」
「亮じゃないか」
「忍くんもだ」
口々に言ってるのは、どうやら国立病院の医者で亮の主治医の仲文と、警視庁の警視、広人らしい。
私服なので一瞬誰なのかと思ったが。
「明けましておめでとうっ」
明るい口調は、どうやら酒のせいもあるらしい。
「いいトコで会った、俺らのお参り終わったら、一緒に飲もうぜ」
「ダメですよ、初日の出見にいくんで」
「初日の出!」
ほろ酔いらしい二人は、顔を見合わせる。
「いいね」
「俺らも行くかー」
「待ってろよ」
「置いてくなよっ」
二人で代わる代わる言いながら、石段を登っていく。
忍と亮は、顔を見合わせて苦笑する。

はからずも、総司令官室は九人もの大所帯となる。
麗花たちが途中で仕入れてきたオヤツをつまんだりしながら、日の出を待って。
そして、やがて地平が染まる。
世界を朱に染めながら、太陽が姿を現す。
どんな一年になるのかなんて、予測もつかないし、考えようとも思わない。
ただ、来年も、こうして朝を迎える時に。
皆で笑っていられたら、それだけでイイ。


〜fin.

2001.01.01 A Midsummer Night's Labyrinth 〜A Happy New Year for 539 !〜


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