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夏の夜のLabyrinth

■■■唯一知っている■■■



花屋の兄さんも、すっかり板についたし、やっと母親の料理のレパートリーも友人達と話していても違和感無い数になったし、免許取得可能年齢になってすぐに免許も取ったので、堂々とバイクに乗れるのだし、なにもかもが順調と言って差し支えない状況なのだが。
なんかこう、俊はすっきりしない。
むしろ、イライラしている。
理由も、わかっている。
毎日が精一杯の間は、思い出すことさえしなかったし余裕も無かったことを、ついつい考えてしまうからだ。
六歳の夏のあの日以来、健太郎も亮も一切、自分たちの前には姿を現さない。
リスティア軍総司令官として天宮財閥総帥として、なにかと表に出てくる健太郎は実に元気そうだし、亮の姿は一切表に出てこない。
まるで、あの日までの出来事など無かったかのような状況が、ひどく気に入らない。
無論、元々、健太郎と佳代の仲が良くないらしいことは、幼心に感じていた。
でも、自分がいる時にはあからさまなことがなかったし、亮が戻ってきてからは笑顔も増えた。
亮を中心にして、仲の良い家族になれたのだと思っていたのに。
健太郎と亮にとっては、それは完全に演技だったのだ。
とてつもなく忙しい仕事の合間をぬって、俊をかわいがってくれていたのも、なにもかも嘘だったのだ。
いや、違う。全て、亮が壊して行ってしまった。
そう、おかしくなったのは、亮が来てからだったのだから。
だいたい、バカにしているではないか。
自分が、ことの真相を知りたいのならば、中央公園の樫の木の下に来いと言ったのに、姿すら現さなかった。
最初から、俊に真相を教える気などなかったのだ。
それならそうと言えばいい。
全てが演技だったとわかった後で、更にかつがれた自分が、とてつもないバカに思えてならない。
きっと、最初から、騙されきっている自分を見て、影で笑っていたのに違いない。
悔しくて、どうしようもない。
イライラが、つのる。
他人にあたることではないというのは、自分でもわかっている。
だから、バイクに乗る。
一人で思いきり飛ばしていると、なにもかもが振り切っていける気がしてくるから。
本当に、そうだったらいいのに。
が、今日は、その気分転換すら上手く行かない日であるらしい。
裏通りを縄張りにしてバイクで暴れまわっている連中に、モノの見事に囲まれている。
「へぇ、随分といきがったバイク乗ってやがるじゃねぇか?」
「見せびらかしに来たって?」
にやにやと笑ってくる連中を、きっと睨み返す。
一瞬でもひるんだらダメだと、知っている。そして、ケンカの買い方も。
「ごちゃごちゃうるせぇな、人のバイクにケチつけるって意味、わかってんだろうな?」
俊の言葉に、取り囲んだ連中は、さもおかしそうに笑う。
「へぇ、やる気かよ?」
「まーだバイクの免許取りたてちゃんだろうになぁ?」
「そう言うなよ、ここまで言うんだから相手してやりゃいいじゃん」
もちろん、このバイク勝負に負けたら、自分もバイクもめちゃくちゃにされる。
どうあっても負けられないし、負ける気も無い。
「で?どいつが相手だよ?」
「じゃあ、俺が」
進み出た男をみて、周囲がどよめく。
どうやら、彼らの中でもかなりの乗り手らしい。
俊はただ、口の端に笑みを浮かべる。
ちょうどいい、と思ったのだ。
そういうヤツを負かせてしまえば、後は手出しはしてくるまい。
イライラ解消の為にも、思いきりやらせてもらうことに決める。
バイクにまがたりなおし、エンジンを吹かす。
いつも、こんな勝負をしているのだろう。白黒市松になった大きなハンカチを、誰かが振る。
一気に、加速する。
だいたい、自分たちだってやっていたろうに、すっかり忘れてるとは愚かなのだ。
年齢的に免許取りたてだとしても、実質的腕がそうだとは限らない。
バイクの運転技量だけでなく、メンテナンスに関しても、同じことが言えるのだ、ということも。
初期の加速時点で、あまりの差がひらいたのに、周囲が大きくどよめく。
ようは、一瞬で勝負はついたのだ。
勝負が終わった後、またも俊は、裏通りのバイク好き連中に取り囲まれているが、今度は因縁をつけられているわけではない。
誰もが、尊敬の眼差しで俊とバイクを見つめている。
「すっげーよ、腕も確かだし、これ、自分でやってるのか?」
バイクの改造個所を、いまにも撫でだしそうな目つきでみつめている。
それなりにバイクを知っている連中に、こうして認められるのは悪くない気分だ。俊は、思いきりかっとばせたのとで、少し機嫌が直ってきている。
「なぁなぁ、俺らのヘッドになってくれよ」
「え?」
いきなりの言葉に、面食らって眼を見開く。が、周囲は、大きく頷く。
「それいい、すごくいい」
「そうそう、最近なぁ、腕っ節な連中にもヘッド出来てさ、なんかこう、ヤバい感じだったんだよな」
「おう、俊さんなら、文句ねぇ」
ようは、このバイク連中をまとめろ、ということらしいが。
基本的に一人でいるのが好きな俊にとっては、迷惑この上ない。
が、一人で流していれば、また絡まれるに決まっているし、そういえば忍がなにかと相談される中に、裏通りの連中に絡まれる、というのがあったはずだ。
ヘッドとやらになれば、そういうのが減るかもしれない。
なにより、バイクコースとしてはこの上なく面白い裏通りを、堂々とかっとばすことが出来るようになる。
「しょうがねなぁ」
いかにもかったるそうに、ぼそり、と応えると、周囲は一気にどよめく。
「やーった、俺たちにもヘッド出来た!」
「よーし、名前決めに行こう!」
腕を取られるようにして、ずんずんと歩き始めるのに、俊は首を傾げてついていく。
連れて行かれた先は、バーらしい。
モスコーミュールと、洒落た字体で書かれている扉を開けて、中へと入ると、冷えた視線がこちらを値踏みするように見つめる。
「いらっしゃいませ」
「新しいカクテルを」
隣にいたのが、はっきりと言い、にやりと笑って俊の耳元に囁く。
「ヘッドはカクテルの名前をつけるしきたりなんだ、メニューから選んで」
酒を飲んだことが無いとはいわないが、この年でカクテルは知らない。俊は、困惑しつつもマスターからメニューを受け取る。
ざっと見てみるが、どんな味なのかすら想像できない名前がずらりと並ぶ。
こうなったら、語感で選ぶしかないだろう。
にしても、だ。語感どころか、意味すらわからない単語が多すぎて、わけがわからない。
あまり時間をかけてもカッコ悪い。
少々焦り気味ながらも視線を走らせて、ふ、と知っている単語を見つける。
「スコーピオン」
わっと背後がどよめく。
「記念にどうぞ」
とマスターから差し出されたスコーピオンは、さっぱりとしていて飲みやすく、少々安心したけれど自分に似合うのかどうかは微妙だ、と思った俊であった。


〜fin.

2004.02.27 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Only knowledge thing〜


■ postscript

迷宮完結リクもの。
「俊、スコーピオンになる」と「格好いい俊」の巻です。
ちなみに、亮がホワイトレディーになったのは、旧文明産物関連の調査で裏通りに来た時に、俊と似たようなカタチで絡まれたのをのしたのがきっかけです。しかも、俊やジョーが裏通りに来る前のことだったりします。
亮にとっては、俊たちの動向を掴むことなどは朝飯前なので、その為に裏通りに潜り込むなどとかいう七面倒なことはしません。


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