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夏の夜のLabyrinth

■■■雨と少女と少年と■■■



本日の買い出し当番は、忍と俊だ。スーパーでの買い物を終えて、出口まで出てきて、足が止まる。
気持ちよいくらいの勢いで、雨が降っている。
「げ、降るって言ってなかったのに」
空に文句を言っても仕方ないのだが、つい、俊がぼやく。
少々の重さの荷物くらいなら平気なのと、寄るのがスーパーだけではないのとで、ちょっと離れた場所に駐車してあるのだ。
走って行っても、濡れてしまう。
「傘、買ってくるしかないな、こりゃ」
と、しばらく止む気配がない空を見上げながら、忍が言う。
どちらからともなく、顔を見合わせる。
「……一本、だよな」
「無理だろ、ちょっと」
力がある二人が買い出し、ということで、量がハンパではない。すでに、二人の両手にいっぱいなのだ。これを二人が片手でというのは、無理がある。
出来て、手四本分の荷物を三本で持ち替えて、傘一本というところだろう。
「うっわ、また相合傘かよ」
と、俊。忍も嫌そうに眉を寄せる。
「そりゃ、俺の台詞だっての」
ヤロウ同士で相合傘など、望んですることではない。が、状況的にそれしか無理だ。
「うう、傘、買ってくる」
荷を忍の足元へと置きながら、俊が背を向ける。
忍は、自分の手にしていた荷物も、通行する人の邪魔にならぬよう床に置いてから、雨脚がますます強まってきた空を見上げる。
また、と俊が言った。
そう、相合傘のハメになったのは、これが初めてではない。スクール時代に、一度あったのだ。



上履きからスニーカーへと履き替えて、空を見上げた俊が、うんざりという顔つきになる。
外は、どしゃぶり、という形容がぴったりの空模様。
雨が降るたびに、冬から春へと季節が移ろっていくということは知っているが、にしても強烈な雨脚だ。
春の嵐、という表現がぴったりとくるような。
「うっわ、降るとは言ってたけど、ハデに来たなぁ」
返事が返ってこないので、ナナメ後ろへと視線をやる。
忍は、半ば機械的に肩から提げたカバンから、折りたたみ傘を取り出している。
が、視線は明後日の方向だ。
「?」
俊も、忍が見ている方へと視線をやる。
同じクラスの、こじんまりとした少女が困惑した表情で空を見上げている。
身長も性格も控えめなので、そんな印象なのだ。
今朝ほど、新しい傘を買ったばかりなのだと、嬉しそうに小花を散らしたのを友達に見せていた。かわいいねぇ、と皆に覗き込まれて、頬を染めた顔がとても誇らしげだったのに、いま、その手には傘がない。
「あれぇ、妹尾、傘、どうしたよ?」
思わず、俊が口にする。
妹尾、と呼ばれた彼女は、困惑した顔に、泣きそうな瞳を乗せてこちらを見る。
不機嫌そうに口の端をゆがめた忍が、ぼそり、と問う。
「盗られた?」
「誰かが、間違っちゃったんだと思うんだけど……」
消え入りそうな声で、少女は答える。
盗まれたのではない、という言い方をするあたりが、彼女の優しさだろう。だが、忍の予測はほぼアタリのはずだ。
あれだけ、彼女のモノと衆目の眼にさらされていたモノを、そうそう取り違えることは無い。
どこにでも、悪意ある人間は存在する。
お気に入りの新品の傘が盗られた上に、この雨脚。
泣きたくなってくるのも当然だ。
うつむき加減に視線が落ちてしまったのへ、忍が声をかける。
「妹尾」
顔を上げた彼女へと、ぽい、と無造作に自分の傘をほおる。
「え?!」
「見た目は雲泥だけど、濡れるよかいいだろ」
困惑気味の顔つきで、投げられた傘を受け取った彼女から、視線はもう外へと向いている。
彼女は、自分の手にある濃紺の傘と、忍とを見比べている。
その彼女から眼を離せない俊を、忍はひじでつつく。
「はいはい」
返事を返して、自分の手にある傘を広げる。
こちらは折り畳みではないので、大きめだ。
歩き出そうとした二人へと、慌てたように声が追いかけてくる。
普段の彼女からは想像出来ないような音量は、雨に負けまいとしたからだろう。
「速瀬くん!」
二人は、ひょい、と振り返る。
傘をしっかりと握り締めて、彼女はこちらを見つめている。その顔は、もう、泣きそうな表情ではない。
「あの、ありがとう!」
忍は軽く手を振ると、歩き出す。もちろん、俊も一緒に、だ。
手の中で傘がゆれて、コツン、と忍の頭へとあたる。
「イテ」
「悪い」
この春の身体測定で、なんと忍に十センチという差をつけられた。あの日からかかさず牛乳を飲んでいるものの、一日二日で差が埋められるモノでもないわけで。
どうしても、身長の低い俊の持っている傘は、不安定に忍に激突してしまう。
出来るだけ忍に当たりにくいように持ち直そうとして、また頭に当ててしまう。
無言で、傘を取り上げられる。
身長の高い忍が手にした傘は、当然、俊には当たらない。
俊は、忍が前を向いていることをいいことに、つい、と口を尖らせる。
ずっと一緒にいるはずなのに、いつもいつも、忍は自分より前にいる。
さっきだってソツなく傘を貸してしまったし、身長だってずっと自分より高いし、クラスのみならず、誰からの信頼も篤い。
得がたい友人だと思っている。
だからこそ、なんとなくもどかしい。
隣を歩いているのに、そうではない気がして。
自分よりも、ぐっと高い背を、追いかけ続けているような気がして。
と、いきなり、コツン、と傘の柄があたる。
「いってぇ」
「聞けよ、人の話」
抗議したつもりが、じろり、と忍に横目で睨まれる。
どうやら、自分の考えに夢中になって、お留守になっていたらしい。
「悪い、なに?」
「だから、妹尾の傘盗ったヤツ」
言いながら、視線が、別方向へと行く。
ぴくり、と俊の眉が上がる。
力フェで、いやに楽しそうに笑っている一団。その中の一人が手にしているのは、二人に見覚えのある傘だ。
下駄箱で、泣きそうな顔で雨を見上げていた彼女の手にしていたはずのモノ。
会話は聞こえないが、手振りと顔つきで、してやったりと思っているのだと一目瞭然だ。
「あいつらかよ」
ぼそり、と俊が呟く。
学校では出すことの無い、低い声。
「このままほっとけば、証拠隠滅、だろうな」
「わかってる」
言ったなり、俊は喫茶の中へと入っていく。
案内に立とうとした店員を無視し、まっすぐに窓際のテーブルへと向う。そして、何も言わずに小花模様の傘を掴み取る。
「あにしやがんだよ?!」
自分たちの楽しみに水をさす者の闖入に、一人がきっとした視線を向ける。
が、俊はまったく動ぜずに視線を返す。
「なにって?持ち主に返そうと思っただけだけど?」
「てめぇになんの権利があって……」
もう一人が立ち上がろうとしたのを、相向いに腰を下ろしていた男が止める。
「やめろって、手を……」
言いかかった男へと、俊がにやり、とした笑みを向ける。先ほどまで、少々イライラしてたのもあって、迫力120%増(当社比)だ。
「へえ、お前の顔、見覚えあるなぁ?こんなのが彼女か?おもしれぇから、報告しといてやるよ」
言われた男の顔から、さぁっと血の気が引く。
「あ、あの、よく言っとくんで……」
言ってる言葉が耳に入っているのかいないのか、俊は傘を手に、とっととカフェを出て行ってしまう。
傘をさして待っていた忍が、にこり、と笑う。
「お見事」
「たいしたことないって、それより、コレ、どうするよ」
先ほどの迫力はどこへやら、困惑した表情で小花模様の女の子らしい傘を見る。
まさか、彼女の家へと届けにもいけない。
「そうだな、明日の朝、道場行く前にでも学校に置いてくるよ」
傘立てにそっと入れて置けば、盗まれたのではなく間違いかもしれない、と言った彼女の優しさも報われる。
忍らしい心遣いだと思う。
また、唇がとがりそうになったのに気付いて、俊はぷい、と視線を逸らす。
その様子を見て、忍は軽く肩をすくめる。
どうやら、しょうもない連中から見事に傘を取り戻してきて、二度と手出しさせないようにした自分には思考がいっていないらしい。
先ずは、牛乳大作戦が成功することを祈っとくか、と忍は、まだやみそうにない雨空を見上げた。



「ほれ、買ってきたぞ」
視界にビニール傘がうつって、忍は視線を戻す。
相変わらず、嫌そうな顔つきで俊が傘を広げる。それから、片手に持てるだけの荷物を持つ。
忍も、両手に荷物を持とうとしたところで、ぬ、と傘を差し出される。
「?」
「お前の方が、背が高い」
どうやら、俊もスクール時代の出来事をくっきりはっきりと覚えているらしい。
「ああ」
忍は、大人しく傘を受け取って、片手で持てるだけの荷物を持ち上げる。
いまは充分あるんだから気にするな、と俊より背の高いことがはっきりした自分が言っても無駄なので、口にしない。
気になるものは気になるモノなのだ。
俊が、余った荷を、開いた方の手で全部持つ。
「よっしゃ、行くぞ」
「ああ」
二人で、歩き始めた脇を、さっとヒトツの傘が通り過ぎる。
小さな小花模様を散らした、雨の中に咲くような華やかな傘。
「妹尾の傘、取り戻したのはお前だったんだぜ?」
ぽつり、と忍が言う。
俊は、素直に頷く。
「傘貸したのは、お前だったけどな」
口の端に笑みが浮かんでくる。
いまはもう、二人とも、わかっている。
それぞれに、出来ることがあること。出来ないことは、互いに補える、ということを。


〜fin.

2003.04.13 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Boys and a girl in the rain〜


■ postscript

相合傘でイチバン嫌なのはヤロウ同士だろう、という、雨企画モノ。
絵はスクール時代ですが、今は二人とも鍛え上げてるので、ムサさ倍増の予感です。


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