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夏の夜のLabyrinth

■■■ RPG? RETRY! ■■■



「今度こそ、『緋闇石』をぶった斬るッ!」
いきなりの熱血宣言は麗花のモノ。俊が、怪訝そうに眉を寄せる。
「なに、寝ぼけてんだ?」
その『緋闇石』が消えてから、もう五ヶ月近くが経とうとしているというのに。
じろり、と麗花は横目で睨む。
「わかってるわよ、こっちよ、こっち」
と、手の平の上を指し示してみせる。
「幻想誘発素子、ですね」
亮が、首を傾げる。
自分がその世界の中に入ったような感覚になれる、バーチャルリアルゲーム機搭載のドリームキューブの、旧文明産物版だ。現在のものと異なる点は、より人の精神状態に左右される、ということ。
現在のモノは、プログラミングにそってしか作動しないが、幻想誘発素子は、中に取り込んだ人の精神状態でいろいろに変化する。
それを見て、忍には、ぴんときたようだ。
「なるほど、そっちな、去年やったやつ」
そう言われれば、四人も思い出す。
ちょうど去年の今頃、『緋闇石』がRPGのラスボスに向いてると麗花が言い出した。
『緋闇石』に関するプログラミングはどこにも存在しないから、というわけで、幻想誘発素子でRPG世界へと、六人して旅立ってみたのだ。
あの時は、六人ともが『緋闇石』が消滅したわけではないと知っていたので、結局は、またいつか対戦することになるだろう、という後味悪い終わり方だったのだ。
ようは、ゲーム世界でもリベンジ、ということなわけだ。
「なるほどな」
「今度は、間違いなく抹消出来るってわけだ」
「それはそうね」
麗花が、皆がヒマと見極めてきただけはあって、大きな反対はない模様だ。となれば、善は急げ(?)である。
握りこぶしを突き上げながら、ご機嫌で宣言する。
「というわけで、れっつらごー!」
「げ、まだココロの準備がー!」
情けない俊の声を残響に、周囲は白い光に包まれていく。

気付くと、今回もあたりは森だった。そびえ立っている背の高い木々といい、その枝を渡り歩くリスとも鳥ともつかない動物といい、前回のスタートと同じ地点らしい。
「ってことは、やっぱりか」
周囲に誰もおらず、仲間集めからやり始める、という設定も、という意味だ。
忍は、なぜか、不機嫌そうに舌打ちする。
さっと視線を走らせて、自分の装備を確認する。こちらも、簡単な胸当てと肩当て、脛と肘にも皮製の当てもので、腰には龍牙剣というわけで、前回と変わらない。
これには、文句はない。
突っ走り始めてからコケるのはごめんなので、剣と反対についている小袋の中身も確認する。
最低必需品と、飾り文字でのアルシナド城への招待状。
バカ丁寧、と言いたくなるくらいに変わらない。
いちおう、同じゲームということになっているのだろうから、当然と言えば当然なのかもしれないが。
目前に広がっている道が一本、というところも。
「まずは、合流しないとな」
呟くと、気配に神経を向けながら、走り出す。
ウルフというより、野犬としか見えないのを一刀両断に切り捨てる。
そして、聞き覚えのある声。
「ちょっと待て、だから、なんでいきなりこんなん出てくんだよ!」
走ってきたおかげで、前回よりは早く辿り着いたようだ。
「つーか、もしかして俺、運が低いー?!」
デカイ独り言だが、これのおかげでモンスターは俊にかかりっきりだ。
その隙に、背後から切りかかる。
背後から、というのと、うまい具合にクリティカルが重なったらしい。俊がすかさず一撃いれて、牙が妙に発達した虎モンスターは倒れる。
「助かったぜ、にしても張り切ってんなー?」
俊は、額に浮かんが汗を腕でぬぐいながら、目を丸くしている。片手には、いつもの棒状の得物。どうやら、皆、装備も変わっていないらしい。
忍は、逆に問い返す。
「なぁ、亮、見なかったか?」
「いや?いまのところ、前とまったく同じルートだな。でも、どうして?」
「前の時って、影から眺めてたんじゃなかったんだよ」
俊は、目を見開いたまま、忍を見つめる。話が掴めなかったのだ。
「一人でこんな物理攻撃ばっかの敵に、黒魔法オンリーでMPも初期値、俺らよりもHPも少ないのが会ったら?」
「わかった、回復するまで動けなくて、遅れたわけか」
「そういうこと」
「それは……気付かなかった」
追いついたジョーも、驚いた顔つきだ。今回も、弓を手にしている。
ようするに、自分が傷だらけと言えば、皆が心配するのはわかりきっていたので、ああして最初の頃のように強気の態度で現れたわけだ。
あの態度で『情けないですね』とやられたら、遅れたのかどうかなんていう方には思考がいかない。
相変わらず、亮は亮らしかった、というわけだ。
「じゃ、ジョーと忍で探しに行けよ、ロングレンジとショートレンジ組んでりゃ、なにかとやりいいだろ」
「運の低いお兄さんは大丈夫なわけ?」
忍が眉を上げると、俊は、ぐ、とつまる。
「大丈夫だよ、どうせすぐ、上から麗花が降ってくるんだから」
そんなこと言うと、絶対に降ってくることになるぞ、と忍もジョーも思うが、あえては口にしない。
「でも、麗花が落ちてくるとこまでって、けっこうあったよなぁ?」
「……ああ」
記憶を手繰り寄せていたらしいジョーも、頷く。
「俺、運はいいみたいだから、お前ら二人で行けよ、どうせ、綿ボスのとこで会えるはずだ」
「わかった、じゃ」
「気をつけろよ」
と、三人して頷きあう。
前に、俊たちと一緒に向かったのとは別の道へと、忍は走る。
忍の目前には、あの虎のような扱いかねるモンスターは出てこない。が、やたらと数だけは多くあたる。
なにやら、少しずつではあるが、妙に経験値が溜まっていってる気もしてきたところで、視界の先に小さな炎が見える。
やはり、と確信して、足を速める。
モンスターの声と、ガキンッという打ち合う音と、かすかな舌打ちの声。
忍は、走りながら、龍牙を抜きはらう。
そして、一気に黒い影を切り裂く。
突然、煙のようにモンスターが消えたのには、さすがに亮も驚いた顔つきだ。
その上、現れた人物に、さらに驚いたらしい。
ヒトツ、瞬きをしてから、軽く首を傾げる。
「忍?どうしたんです?」
忍は、にやり、と笑う。
「ん、もしかしたら、こんなことだったんじゃないかと思って」
と、すたすたと歩み寄ると、木に寄りかかったまま、ローブの上から左腕を押さえているのを、そっととる。
途端に、袖口から、つ、と血が流れ始める。
ここまで探しにきた、ということは、忍が正確に察していると、亮にもわかったのだろう。誤魔化しようの無い状況でもあるので、諦めたらしい。
おとなしく、忍が回復薬を取り出すのを見ながら、ぽつり、と呟くように言う。
「すみません」
「黒魔法一人で放り出してるっていうゲームの状況の方が、アレだと思うけどな」
それから、思い出す。
そういえば、先ほど俊を助太刀して虎モンスターを倒した時に、MP回復アイテムも入手したのだ。
「コレ」
「ありがとうございます」
攻撃力が小さいという自覚があるのだろう、そちらもおとなしく手に取る。
そして、粒状のそれを、ぽいぽい、と二つ口へとほおりこむ。
今度は、忍が目を丸くする番だ。
「亮?それって、一粒で相当……」
「ええ、この道は『モンスターの通い道』という名がついているようで、どんなに運がよくても相当数あたるみたいなんですよ」
「もしかして……」
「経験値は稼いでおいて、損はないですよね。さすがに、MPが底をつくと逃げるしかなくなってくるんですが」
なるほど、自分の攻撃力があるうちは、避けずに倒して歩いていたわけだ。でもって、MPは空だが、埋めれば相当量になっている、と。
当然、ファーストステージにあるまじき高等魔法も使えるようになっているだろう。
どおりで前回、一発でふわふわ綿ボスをのしたわけだ。
いちおう、あれだって中ボスだったろうに。
「忍だって、ここに来るまでにだいぶ、経験値が溜まったでしょう?」
「ああ、そういやそうだな」
顔を見合わせて、思わず笑う。
「じゃ、急いで追いつくとするか、あの四人であたったら、持たないぜ」
「そうですね」
二人は、走り出す。

前回の手痛い経験を憶えていたのと、俊からの話を聞いていたからだろう。綿ボス出現手前で、四人が待っていた。
「来た来た、待ってたよー」
麗花が手を振っている。
「悪い、遅くなった」
忍が、手を振り返す。黒を基調にした衣装の亮も、にこり、と微笑む。
俊が、肩をすくめる。
「ヒマだったからさー、そこらのモンスター狩ってたらさ、経験値溜まる溜まる」
「そうよねー、運の低い誰かさんのおかげで、キッツイのがいっぱい出てきたもんね」
「確かに」
麗花とジョーに、すかさず言われてしまう。
「いいじゃねぇかよう、MP回復丹もリッチなんだから!」
「そうねぇ、でも、こんなに次々とHPが減っちゃうと、わたし、いくらもらっても足りないわ」
今回も白魔法担当の須于が、首を傾げて困ったように言う。
思わず、五人ともが笑い出してしまい、俊は一人むくれる。
「ひねないひねない、経験値稼げて感謝してるって」
と、慰めてるんだか微妙なコトを言いながら、肩を叩いた後、麗花は皆に笑顔を向ける。
「ま、今回は亮も最初からいるし、ふわふわ綿ボス(麗花命名、仮称)、行きますか」
「おっけー」
「じゃ、行くぜ」
六人で、一気に踏み込む。
前回同様、地響きと共に巨大な綿ぼうしのような真っ白でありながら、邪悪な細目のヤツが現れる。
五人が、それぞれの得物を構える。
どれから攻撃してやろうか、というようにふわふわ綿ボスが、五人を見回し終えたとき、だ。
五人が、くるり、と振り返る。
「では、どうぞー!」
複雑な印をきりおえた亮が、杖をまっすぐに構えて、にこり、と微笑む。
ほんの一瞬、ふわふわ綿ボスの顔に焦った顔が浮かんだように、見えた気がした。
大きくは無いがとおる声が魔法の結実を宣言する。
「紅蓮の炎」
轟音と共に、あっという間にふわふわ綿ボスは灰になって、消えていく。
六人には、かすり傷ヒトツない。
誰からともなく、顔を見合わせて、そして笑う。
「よーっしゃ、出足好調!」
「この調子で行こうぜ」

先ずは、相変わらず似合わない健太郎王から、「世界を狂わせている原因を探して欲しい」と依頼され、仲文の薬屋さんと広人の防具屋さんで、モンスターが落としてくれなかった装備を整えてから、出発。
そこから先は、亮の記憶力がモノをいい、無駄なくそれでいて、アイテム取りこぼしもないという、やり込みしたのか状態で進む。
いつも、新しいステージに入る前に、亮が軽く首を傾げる。
「確か……先にココに寄った方が」
とか、
「宝箱が、この道とあの道にあったはずです」
などなど。
で、様々なステージも、無理なくいける。
が、新しいステージも増えていたりもする。
「ちょっと待て、花嫁強奪って、それ悪役がすることだろ?!」
「いや、なんかすっごい悪いヤツとの無理な結婚の邪魔だってさ」
「どっかで聞いた感じだな」
とかいうのとか、
「うわー、島国舞台の武器密輸取締りって、それってRPGか?!」
「ここではご禁制っていう設定?」
とか、
「だから、なんでギャンブルに勝つのがステージクリア条件なんだ!!!」
とか……
もちろん、この舞台では運の低い俊は役立たなかったのだが(現実と違って、ビリヤードはなかったのだ)。
なんというのか、前回よりもギャグの要素が妙に増えた気もするが、とにもかくにも、ラスボス手前である。
ご丁寧に、お祭りイベントまでこなしてきたので、今回も装備最強、レベルも上げられるだけ上がっての一戦になりそうだ。
「今回も、この扉の向こうに『緋闇石』がいるんだな?」
「ええ、そういうあたりは変わっていないようですね」
俊の問いに、亮が頷く。
忍がにこり、と笑う。
「じゃ、いよいよだな」
「私さ、ヒトツだけ気になってるんだよね……」
「言うな、それ、皆だから」
言いながら、扉を蹴破る。
『愚かな人間どもめが』
台詞も、息が詰まりそうなほど不気味な空気が充満しているのも、かわらない。
そして、部屋の真ん中に陣取る姿も。
「うっわー、やっぱり!」
と、麗花が叫ぶ。
そして、六人同時に吹き出す。
今回も、見事に人の身長並に巨大化した赤い生八面体、『緋闇石』のお出迎え、というわけだ。
「な、何度見てもマヌケ」
「なんかこう、成長しすぎだよ」
「安っぽいガラス細工顕在」
「初等スクールの教材にどうだろう」
「向いてるかも」
口々に好き勝手を言われて、『緋闇石』もむっとしたらしい。
『ごたくを並べていられるのも、今のうちだ』
言ったかと思うと、『緋闇石』はその全身に赤黒い光を宿し始める。
亮が、前と同様、全く慌てる様子なく、前に進み出て、静かに唱える。
「完全なる無限鏡」
『緋闇石』が発した光は、猛烈な勢いで放たれて、そして亮の目前でなにかに反射される。
そこまでは、前に見た光景と同じだ。
が、『緋闇石』がくらったダメージは、前回の比にならないと、見てわかる。
「なんか、スゴイんですけど?」
「フリーイベントで、最強の杖が手に入ったので、前の時よりも上位呪文が使えるんですよ」
亮が、にっこり、と微笑む。
「おおう、ホントだ、前よりも力溜めるのに時間かかりそうな感じ」
「そうね、確かに」
もともと、通常のん千倍くらいの体積で、そこに光を溜めこむには相当の時間がかかっていたのだ。その上、亮が大ダメージを与えている。
「よっしゃ、袋叩きにしちゃえ!」
「おう」
「やっちゃえー!」
六人が四方八方から、前回以上の技を繰り出すので、ぎしぎしと軋み始めるのも早い。
それを見て、す、と六人が身を引く。
それから、顔を見合わせる。
「切捨てがい、ありそうだねぇ」
「ココロから同意」
「というわけで、どうぞー」
と、差し出されたのは、今回は忍だ。龍牙を構えて、にやり、と笑う。
「では、トドメ」
すぱっと、綺麗な軌跡を、龍牙が描いたあとには。
どさり、と半身がずれ落ちる、『緋闇石』。
そして、端の方から、さらさらと崩れ始める。まるで、光の粒子のようになりながら、窓の外へと流れていく。
全ての粒子が消え終えてから。
須于が、すっかり美しい景色へと変わった窓の外へと、指を向ける。
「あ、見て」
「虹だ!」
麗花が、嬉しそうに窓に駆け寄る。忍たちも、窓へと歩み寄る。
「綺麗だねぇ」
「これで、ホントに緋闇石、消えたんだな」
「ああ」
「もう、二度と現れないわよね」
「そうですね」
「これにて一件落着、ってか」
「うっわ、それ時代劇」
俊の台詞に、忍がツッコんで、六人で大笑いして。
あたりの景色が、ゆっくりと白んでいく。

「というわけで、ただいまー!」
周囲に見える映像が居間になって、麗花が笑顔で言う。
「見事、グッドエンディング!」
六人で、拍手。
「メデタイねぇ」
「やっぱ、こうじゃないとな」
「あー、すっきりした」
「お茶、淹れましょうか?」
亮が、立ち上がる。
「お願いしマース」
「お菓子だそう、煎餅あっただろ」
「あ、そうだったな」
忍が、棚から唐辛子醤油煎餅を取り出す。須于も立ち上がって、煎餅にあう皿を用意する。
そんな様子を見ながら、麗花が、んふふふーん、などという笑いをもらすものだから、俊とジョーは、なにごとか、というように視線をやる。
「なんだよ、その不気味な笑いは」
「ヒミツ」
あっさりと言ってのけてから、また笑う。
俊とジョーは、どちらからともなく顔を見合わせる。それから、くすり、と笑う。
なんとなく、麗花が笑ってる気持ちが、わかった気がしたから。
亮が火にかけたケトルから、やわらかい湯気が上がり始めた。


〜fin.

2003.02.25 Midsummer Night's Labyrinth 〜RPG? RETRY!〜


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