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夏の夜のLabyrinth

〜before Labyrinth〜

■The First Mission■



初めて踏む雪は、さく、という音がした。
クリスマスにアルシナドに雪が降るのは、珍しい。
亮は、不思議そうに、自分の息が白く染まるのを見つめる。
別に、気温よりも温度の高い空気が白く染まることは不思議でもなんでもない。ただ、それが自分の呼吸したあとの息であるのが、なんとなく不思議な気がした。
今年の夏まで、あれほど悩まされていた頭痛は、自分が異端であることを受け入れた途端に、溶けるように消えてしまった。
拒絶が、最も大きな不調の要因だったのかもしれない。
体調も安定して、こうして冬だというのに外にいる。
去年まで、冬に外に出るなど考えられなかったので、今年の父からのクリスマスプレゼントは寒いところにお出かけグッズで、今朝、滑り込みで届いた。
そんなわけで、今日は自分の足で総司令部へと向かっている。
気温が下がって来てからは車での移動ばかりだったので、久しぶりの外だ。
帽子、インバネスタイプのコート、マフラーに手袋、細身のブーツ。全部、ほぼ白いのは、亮がその色がいいと言ったからだ。
なんとなく、雪に溶け込めるような気がしたから。
デザインの方は、初めての冬の外が寒くないようにと健太郎が選んでくれたのだが。
さく、さく、という音をさせながら、静かに歩く。
ふわり、と風が吹いて。
浮いたマフラーを抑えようとして、バランスを崩す。
「大丈夫?」
次の瞬間、ふわり、と温かい腕に支えられていることに気付く。
「はい、大丈夫……」
言いながら顔を上げて、びく、とする。
目前にあったのは、知っている笑顔だった。
速瀬忍。夏のあの出来事の後、自分のせいで事件に巻き込んだ少年だ。最も、彼の方はもう、自分のことを覚えているはずがないことを思い出して、にこり、と微笑み直す。
「ありがとうございます」
「おー、天使ちゃん捕まえたってところー?」
楽しそうな声に、今度こそ、本当にびくり、とする。
この声は、もっとよく知っている。
会ってはならない人の声。
出来る限り急いで離れようとするが、そのせいで、また、滑る。
「あ、そんなに急ぐと危ないよ」
また、忍の腕へと逆戻りしてしまう。
俊の気配は、もうすぐ目前だ。本能的に、忍の腕に顔をうずめる。
最も、傷つけた人。けして、自分を許すことはあるまい。
「ごめん、捕まえたなんて言っちゃったから、慌てちゃったかなぁ?大丈夫?」
そこにいるのが亮だとは、まだ気付いていないらしい。
可能なことならば、もうあれ以上の嫌な思いはさせたくなかったが、どうやら無理らしい。
覚悟を決めて、顔を上げる。
「おおー、忍、メンクイ!」
俊が口にしたのは、思いもよらない台詞だった。
驚いて、思わずヒトツ、瞬きする。
「シツレイだろ、いきなり」
子供とは思えぬことを言ってのけてから、忍は亮の顔を覗きこむ。
「ゴメンね、びっくりさせて。さっきから、天使みたいな子が歩いてるねって俊と言ってたんだ」
「そうそう、すっごいカワイイって、忍が」
ぽかり、と忍が俊の頭をはたく。
「それ、お前が言ったんだろ」
「…………」
どうやら、格好が女の子としても充分通用するのだったのと、絶対に亮は外に出られるわけがないという思い込みのおかげで、俊は亮だとは気付いていないままのようだ。
天使みたいな、とか、カワイイ、が男の子向けではないことくらいは、亮だって知っている。
ここはヒトツ、天使のようにカワイイ女の子になるしかあるまい。
雰囲気が違えば違うほど、気付く可能性は低くなるのだから。
「私が?」
出来るだけ、かわいらしくみえるよう首を傾げてみる。
「うん、真っ白でふわふわだし」
忍が照れ臭そうに、にこり、と笑ってみせる。亮も、にこり、と笑い返す。
「ありがとう。お父さんの、クリスマスプレゼントなの」
ちょこん、とコートの端を持ち上げる。
「へぇ、そうなんだ!いいなぁ」
俊の感想は、どちらかというとプレゼントにこれだけもらえる、ということに向けてるように聞こえなくもない。
どうやら、亮が警戒を解いたらしいと判断したようだ。忍と俊は、どちらからともなく顔を見合わせる。
軽く頷きあうと、亮へと向き直る。
「どこか、お出かけ?」
忍が、尋ねる。
「ううん、雪がキレイだから、お散歩」
普通、この年代の子供が一人でお出かけはあり得ない。そのくらいの知識はあったので、亮はあたりさわりのない答えを返す。
「じゃ、俺たちと遊ばない?」
どうやら、女の子と勘違いされるどころか、この格好がお気に召されてしまったようだ。
外に出てきた本当の理由は総司令部の地下へと行く為だ。あの夏の事件の後、地下で戻った記憶と、残された資料から、自分に記憶があるのは、過去の遺伝子のせいだとわかった。
父や仲文や広人も、記憶はないものの過去の遺伝子を持ち合わせていることが。
そして、あと五人、過去の遺伝子を持ち合わせている人間がいるはずで、彼らこそが自分と一緒に、後始末を担うことになるのだ、という事実も。
いま、亮がしているのは、その五人を探し出す作業だ。
あと、少しで遺伝子パターンが、誰に受け継がれたのかの結果が出る。
本当ならば、断るべきなのだろう。
それに、俊に正体がバレたら最悪だ。よく、わかっているはずなのに。
忍の笑顔が、目前にある。
つられるようにして、にこり、と微笑んで、頷いてみせる。
「うん、いいよ」
忍と俊も笑顔も大きくなる。
「おお、いいね」
「天使ちゃん、名前教えてくれる?」
亮は、小首を傾げてみせる。
「かわいいから、今日は、ソレがいいな」
「天使ちゃんってこと?」
「うん」
「いいね、それ、面白い!」
あだ名での呼び合いっこというのは、なんとなく秘密めいてて魅惑の響きだ。
「俺はなにがいいかなー」
二人して、首を傾げている。
「俊は、カレー大王だろ」
「それ、カッコ悪い!」
くすり、と亮は笑う。
「カレー、好きなの?」
「う……まぁな」
カッコ悪いのを聞かれたと思ったのか、俊はちょっとむくれている。
「じゃあ、王子は?カレーの王子サマからとって」
確か、そんな名前の商品をスーパーでみかけたことがある。キャップに厚手のフリースという格好なので、王子という感じではないが、そのあたりは目をつむることにして、だ。
「お、大王からレベルアップって感じじゃん」
「そういう忍は?」
先ほどから名前連呼なので、あだ名にはあまり意味はなさそうだが、まぁいいだろう。
「俺?剣士かなー、剣道やってるから」
「すごいねぇ、カッコいい」
少々照れ臭そうに、でも誇らしげに忍に微笑む。
「ありがとう」
「ソンケイしちゃう」
難しい言葉を言った、というようにニュアンスを変えるくらいのことは、亮にとっては容易いことだ。
だが、剣道をずっと続けているというのは事件の時に聞いたから知っているし、言っていることにウソがあるわけではない。
「じゃ、剣士さんと王子サマだね」
ちょこん、と亮は、また首を傾げる。
「それに、天使ちゃんだね」
忍も、笑い返す。俊が大きく頷いた。
「よっしゃ、で、なにして遊ぶよ?」
「決まってるだろ?」
「やっぱ、雪だよな?!」
「雪遊び、私も、入れてぇー!」
いきなり、春が来たような明るい声が加わる。
三人が声の方へと向き直ると、格好のほうも雪の上に花が咲いたかのように明るい赤のコートを着た女の子が立っている。
少々変わっているのは、人懐っこい笑顔を浮かべている瞳が、紫のことだ。
「ね、雪遊びって言ってたよね?」
「うん、いいよ、一緒に遊ぼうぜ」
にこり、と忍が笑う。俊が、どう呼ぶか困惑気味に声を出す。
「ええと……」
「あ、私はねぇ」
声をかけてきただけあって、積極的な性格らしい。すぐに名前を名乗ろうとするのを、亮が笑顔で止める。
「今日はね、秘密の名前で呼ぶことにしてるの」
彼女の名を、亮は知っている。
アファルイオ国王の末姫、孫麗花だ。いま、一家揃ってリスティア訪問中であることは知っているが、なぜにこんなところにいるのかは多大な謎である。
が、ひとまずは身分が割れるような真似はしない方がいい。
「秘密の名前?」
ポニーテールをくるりん、と揺らして、麗花は首を傾げる。
「うん」
忍と俊が、笑顔で頷く。
「俺が剣士で、こっちが王子、この子が天使ちゃん」
麗花の顔も、ぱっと輝く。
「それ、イイね!剣士さんに、王子さまに、天使ちゃん……じゃ、私は姫!」
単純な命名だが、それもまた良しということにしとくべきだろう。
「姫サマな、おっけ」
「あっちの方にさ、すっげいっぱい雪があるとこあったんだよ」
俊が指してみせて、四人して走り出す。
ぱたぱたとそちらへと行くと、少々難しそうな顔つきをした少年と、不安そうな顔つきの少女が二人で立っている。
「お前ら、ここらへんで遊ぶ気か?」
近付いてきた四人に気付いた金髪碧眼の少年の方が、先に口を開く。
忍が、不思議そうに首を傾げる。
「うん、そうだけど……なんかヤバい?」
「いや、悪いんだが、この子一緒に見ててやってくれないか?両親とはぐれたらしいんだ」
と、隣りに立っている女の子を指す。
同じ年の頃らしいのに、言葉使いは少々古風なくらいだ。亮が、出来るだけ子供らしさを装いながら首を傾げてみせる。
「迷子だったら、交番じゃないの?」
「いや、はぐれた時にはここらへんで待ってることになっているらしい」
「そういうことなら、一緒にいるのは、俺たち構わないけど」
忍は、相変わらず、不思議そうな顔つきのままだ。
ちょこん、と麗花が首を傾げながら、不安そうな少女の顔を覗きこむ。
「大丈夫?なにかあったの?」
「なんか、怖いお兄ちゃんたちがいて……」
キレイな黒髪に、かわいらしい耳当てをした少女は、ぽつり、と口を開く。
どうやら、金髪の少年の方は、そんな雰囲気を察して一緒にいてくれていたらしい。
「あいつらだな」
きゅ、と俊が眉を寄せる。ここらへんを我が物顔で支配してるつもりでいる、数歳上の少年グループがあるのだ。
「またか」
忍も、気に入らない、という顔つきになる。
「知ってるの?」
麗花が首を傾げたまま、忍たちの方へと振り返る。忍と俊は、大きく頷く。
「うん、ここら全部自分たちの思い通りに出来るって思ってる、腹立つヤツら」
「そうそう、女の子いじめてばっかだし」
「弱い者イジメってこと?あったまくるー!」
麗花は、腰に手を当てて、ぷん、と頬を膨らませる。
「お仕置きしちゃおうよ、そんなの!」
「どうやって、だ」
冷静な問いを返したのは、金髪の少年だ。
忍と俊も、悔しそうに唇を噛み締める。どうにかしたいが、その方法がわからないのだろう。
亮が見たところ、金髪の少年はかなり腕っ節がある。一緒にいる少女も、不安で小さくなっているが、芯はしっかりとしているのだろう。
そうじゃなければ、少年一人が側にいてくれるからといって、ここで両親を待ち続けられないだろうから。
アファルイオの末姫がここにいる理由はともかく、方法はわかっている。脱走だ。
彼女も、身軽さを持ち合わせている。
忍と俊の能力は、よく知っている。
ヒトツだけ、わかっていることは。
このままでは、せっかくの楽しい雰囲気が台無しだということ。
口にするのは、ものすごく危険だとわかっている。俊が、気付く危険性はぐっと高まる。
でも、皆に笑顔になって欲しい。
「……退治しちゃうっていうのは?」
「え?!」
「いま、なんて言った?」
皆が、口々に言いながら亮へと向き直る。真剣な視線に、少し戸惑う。
「え……?」
「いま、退治しちゃうって、言ったよね?」
言われて、自分が半ば無意識に口にしたことに、気付く。
「方法、あるのか?!」
俊までもが、真剣な目つきで亮を見つめている。大丈夫、まだ、気付かれていない。
亮は、ヒトツ、大きめに深呼吸する。
それから、にこり、と笑う。
先ほどまでの、穏やかなモノではない。自分でもわかっている。
異端である頭脳を使うのに、笑顔になるなんて初めてのことだ。なにか、不思議な感覚がした。
「うん、方法はあるよ……やってみる?」
「もちろんだよ」
忍が、すぐに頷く。俊も麗花も、大きく頷く。
「俺もやるぜ、それ」
「私も!」
思ってもみなかった展開に、少々戸惑い気味に見つめていた金髪の少年も、黒髪の少女も、自分たちの一言で巻き込んだことはわかっているし、興味も覚えたらしい。
金髪の少年が、確認する。
「その方法に、俺も混じってるのか?」
こくり、と頷くと、少女の方も先ほどまでとは打って変わった表情となって、亮へと向き直る。
「私にも、出来ること、あるんだったらやるわ」
「よっしゃ、方法、教えろよ」
せかす俊を、麗花が止める。
「ちょっと待った、秘密の名前決めないと」
「あ、そうだよな」
忍は納得するが、金髪の少年と、黒髪の少女には話が見えない。
麗花が解説する。
「あのね、私たちね、今日は秘密の名前で呼ぶ約束になってるの。こっちから、剣士さん、王子サマ、天使ちゃん、で私が姫サマね」
黒髪の少女が、にこり、と笑う。
「じゃ、私はアリス。迷っちゃったから」
なるほど、不思議の国のアリス、というわけだ。俊が、金髪の少年を見る。
「お前は?」
「え?俺?」
自分でクサイあだ名をつけるというセンスはないらしい。困惑が浮かんでいる。
「騎士、はどう?アリスさんを守っていたんだから」
「おう、それいいや、騎士サマだ」
「ああ……わかった」
相変わらず困惑気味の顔つきだが、金髪の少年も頷いてみせる。
「じゃ、作戦会議だ!」
忍の一言で、六人は額を寄せ合う。

およそ、二時間ほど後。
さんざ、雪の幽霊に翻弄された困ったお兄さんたちのグループは、二度とこの空き地には近付くまいと心に固く誓って立ち去るハメとなっていた。
完全に去ったことを確認してから、どこからともなく六人の小さな影が現れる。
忍が、口笛を吹く。
「大成功じゃん」
「やったな!」
俊も、満面の笑みだ。金髪の少年の方へ向かい、付け加える。
「フォロー、サンキュー」
「いや」
口調はぞんざいながらも、金髪の少年の顔にも笑みが浮かんでいる。麗花など、にっこにこだ。
「すっごい!さーいこう!」
「天使さんは、スゴイのね」
黒髪の少女も、嬉しそうに微笑む。
それを聞いて、他の四人も大きく頷く。
「そうそう、天使ちゃんの作戦がなかったら、こんなの出来なかったもんな」
「おう、そうだよな、ホントの天使みてぇ」
亮の顔には、困惑が浮かぶ。
「え、でも……みんながやってくれなかったら、考えても意味がないし」
「んじゃ、こういうことだな」
忍が、にこり、と笑う。
「俺ら六人、最高ってこと!」
満面の笑みで、六人が頷きあった後。
誰からともなく、山盛りになった雪を見上げる。
「すごいねぇ、コレ」
「作戦用とはいえ、これだけ集めたの、もったいないよね」
「雪だるま、作ろうよ!」
「いいねぇ!」
「やっちゃえー」
もう、皆、なんの目的で集まったのかを忘れている状態である。ぐちゃぐちゃになりながら、巨大雪だるまをつくりあげる。
ゴミからみつけてきた青いバケツを一番背の高いジョーが乗せている脇で、亮は誰かが落としたマフラーに気付く。
赤いそれを手にしたところで、知っている気配に振り返る。
向こうから近付いて来ているのは、広人だ。
亮が、家を出たきり総司令部に着いた様子もないので、もしかしたら探し始めたのかもしれない。
目があった広人は、にこり、と笑った。
「こんなトコにいたのか」
「あ……うん」
亮は、ぽつり、と返事を返す。
くしゃ、と頭をなでながら、忍たちの方へと目をやる。
「友達?」
どう返事をしていいかわからずにいると、先に忍が口を開く。
「うん、そうだよ」
にこり、と笑っている。俊たちも、一緒に頷いてみせる。麗花が、ぱっとした笑顔をみせる。
「最高の、だよ」
「そりゃイイね」
と、雪だるまを見上げる。
「んじゃ、その成果を収めてあげよう、並んで並んで」
言いながら、ポケットからカメラを取り出す。
六人は、素直に並ぶ。
ぱちり、と一枚撮り終わったところで、女の子二人が、少々落ち付かなくなる。
一方から近付いて来ているのは黒髪の少女の両親らしいし、もう一方から近付いて来ている大人達は、麗花を探しに来たのだろう。
そろそろ、お別れの時間だと六人ともが感じている。
誰からともなく、額を寄せる。
「今日の名前はね、誰にも、秘密だよ?」
忍が、小指を立てながら言う。
「うん、六人だけの秘密」
言いながら、皆で強引に指切りをする。
「じゃあ」
亮が、最初に指を離す。
「うん、またね」
麗花も、離れる。須于も、微笑んで離れた。
「また、いつかね」
「ああ」
ジョーも、離れる。
「ああ、また」
「いつか」
ありえないはずの『約束』を胸に、六人はそれぞれの方向へと歩き出す。

〜fin.

2002.12.15 A Midsummer Night's Labyrinth 〜White snow milacle〜


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