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夏の夜のLabyrinth

■■■雨の日と七夕は■■■


窓にかじりつくようにしている後姿へと、忍が苦笑気味に声をかける。
「どうやっても、まごうことなきどしゃ降りだと思うけど?」
一瞬の間の後、頬をいっぱいに膨らませた麗花が振り返る。
「わかってるけど!不満なのよ!ものすごく大変にスペシャルにとてつもなく不満なのよ!」
「そりゃ、見りゃわかるって」
あっさりと肩をすくめられて、麗花は唇も尖らせる。
「んもう、わかってないなぁ。今日は雨じゃ駄目なのよ」
「仕方ないだろ、まだWCCの修復は完全じゃないんだし」
『紅侵軍』に破壊されたWCCの本格稼動までは、あと二日ある。まだ、完全に天候をコントロールしてはいないのだ。
な、と同意を求められたのは、カウンタの向こう側で食器を洗っていた亮だ。
表情の無い視線を上げると、静かに返す。
「WCCが本格稼動したとしても、天気はランダムに組まれていますから、雨で無いという保証は出来かねますが」
「んもう、二人共、情緒に欠ける発言だなぁ」
相変わらず頬を膨らませたまま、麗花はどっさりと忍の隣に腰を下す。
そして、ぴん、と一本、右手の人差し指を立ててみせる。
「いい?今日は七月七日、七夕なのよ。織姫と彦星が年に一回会えるか会えないかって瀬戸際だってのに、これよこれ。あり得ないわよ、んもう」
忍と亮は、どちらからともなく顔を見合わせる。
その顔つきに、麗花はもう一度、もう!と声を上げる。
「たかが御伽噺だと思ってるでしょ?いかんなぁ、ホント。人生、そういうの楽しむ余裕が無くちゃ人格に幅が出ないよ?それにね、何事だって祈って損は無いんだから」
早口にまくし立てられたが、忍は全く動じない。
「ご忠告はありがたく。でも、楽しむ余裕ってのと祈って損無しってのは別モノだろ」
「今日の件では、残念な結果になった、ということなのではないでしょうか」
また不満そうに頬が膨らみかかったのを見て、亮がフォローを入れる。
「ああ、なるほどな」
忍の視線が、窓の外へと向く。
「どしゃ降りか」
晴れていなければカササギが橋を渡せず、空の恋人達は逢瀬が叶わない。ようするに、麗花は晴れるよう祈っていたのだろう。
視線を戻すと、麗花が不満そうに頬を膨らませている。
「わかったわかった、せめてこれから、止むようにくらいは祈っとくよ」
「もっと!しっかり!」
ぴしりと指が立ったのに、忍はいたって真面目な顔つきとなる。
「晴れるよう、祈らせていただきます」
「む、良し」
それから、そのまま亮の方へも視線をやる。
「亮もよ」
「わかりました」
感情は全く伺えない表情ではあるが、亮も頷く。満足そうに頷き返してから、麗花の視線は再び窓の方へと向く。
いや、正確にはその手前、ソファのところだ。
「そこで俺には絶対関係無いとばかりに新聞読んでるふりしてる男もね!」
ぴしっと飛んだ声に、標的となった俊は、思わず首をすくめる。
戻ってきてから一週間も経ってないが、麗花を無視してロクなことにならないのは骨身に染みて知っている。
が、振り返りたくないので、ひとまず返事だけ返す。
「ああ、うん」
「うっわ、返事しときゃいいだろとか思ってる」
図星なので、また、首をすくめる。
どうやら、矛先はこちらに向かいそうだ、と思いかかったところで、静かな亮の声が入る。
「ひとまず、暖かいお茶でもいれましょうか?」
「あ、もらう!」
すぐに麗花が嬉しそうに返事を返す声。
「俺も」
忍の声も、穏やかだ。
すぐに、麗花の声が飛んでくる。
「俊も飲むよね」
決めつけで来たのへと、へいへい、と返してから、いくらか背をソファからすべり落としながらため息を喉元で殺す。
巻き込まれるのが嫌ならば、ここで適当に用事がとかなんとか言って立ち去ればいい。なのに、なぜ自分はそうしないんだろう?
きっと、今、自分がここにいなければ、けっこうイイ雰囲気に違いない。ここで新聞を手にしているのが、ジョーであったとしても、だ。
記憶の無い四ヶ月の間には、あまりにもいろいろなことが起こっていた。
リスティアどころか『Aqua』全土を緊張へと陥れた『緋碧神』が自分であったことは未だに整理がついていない。が、それとは別の次元でショックだったのは、軍師が入れ替わったことだ。
よりによって、最も会いたくない人間に。
いや、そんなことよりも。
そこまで考えたところで、扉の開く音がする。振り返る前に、麗花の明るい声が飛ぶ。
「おっはよ、ジョー」
「おはよう」
返答までに一瞬の間があったのは、麗花の朝の遅さにどう反応していいのかわからなかったからだろう。
地下で、軽く訓練でもこなして来たのに違いない。
「亮が、お茶いれてくれるってさ」
忍の声に、背の高い気配が腰を降ろすのがわかる。
はしゃいだ調子で立ち上がったのは麗花に違いない。
「んじゃ、須于も呼んでこようっと。一人美味しいお茶飲み逃したらかわいそうだよねっ」
これが自分だったら、余計なお世話なんだが、と相変わらず新聞を握ったまま、俊は思う。
きっと、須于は違うんだろう。
忍もそうかもしれない。
ようするに、この四ヶ月の間に五人は確かな信頼感で結ばれていた。
正確には亮が軍師代理として着任した三ヶ月強の間でなのかもしれない。
当人たち五人は、全く気付いていないと思う。
日常生活では、まだ探っているようなところもあって、それは俊が戻るまでの間が、戦闘続きの非日常だったかを俊に知らせる。
元に戻せなかったら解散。
それが優も失った時に、総司令部から提示された条件だったと言う。
そして、五人はしてのけたのだ。
互いに命を預けられたからこそ、だ。そして、軍師の指示への絶対の信頼があってこそ。
解放された優は、軍師に復帰せず留学することを望んだ。確かに優が言った通り、二度も状況を見誤ったことへの引責もあるだろう。
でも、知っていたから、というのもあったのではないだろうか。自分ではなく、亮が軍師である『第3遊撃隊』が出来上がってしまった、と。
自分も、優と同じように『第3遊撃隊』を離れるべきだったのではなかっただろうか。
「はい、俊の分だよん」
いきなり、にょきりとカップが出てきて、俊は、びくり、と視線を上げる。
にやり、と麗花が笑っている。
「あ、どうも」
素直に、受け取る。
暖かな湯気が、なんだかほっとさせる。香りのせいかもしれない。なんというのだかは知らないが、柔らかい。
カウンタの方には、いつの間にか須于も来ていたようだ。
「ホント、すごいどしゃ降りね」
麗花よりも、ずっと落ち着いたトーンの声がする。
「せっかくの一年に一度なんだもの、私も止みますようにって祈っちゃう」
「だよねぇ。やっぱり女同士だなー」
麗花の嬉しそうな声。
「ジョーも、ちゃんとお祈りするんだからねっ」
「……ああ」
冷め切った声が、ジョーらしい。
いや、素直に返すあたりは、らしくないと言うべきか。
やはり、四ヶ月で何もかもが変わってしまった気がする。俊の居場所なんて、どこにもないくらいに。
そう思うのに、なぜ、ここにいるんだろう?
ここに俊がいようがいまいが、五人は楽しく過ごせるのに違いないのに。
妙に手の中で暖かいお茶が、返って切ない。
口にしてみると、躰の芯も暖かくなるけれど、なんだかそれは泣きたいような気分にさせられる。
なんで、ここに。
そこまで考えたところで、思考は静かな声に遮られる。
「止みそうですよ」
驚いたのは、俊だけではなかったらしい。
「うそぉ」
麗花が、窓へと駆け寄る。
俊も視線を窓へとやったが、それは忍もジョーもだ。かすかな気配に、須于も窓辺へと歩み寄る。
「ホント、雨が弱くなってきたわ」
「うっわ、見て見て、あっちの方、雲切れてきてる!」
声だけでなく、ホントに跳ね上がりながら麗花が指す。
「お、ホントに晴れてきた」
とは、忍。
「ほう」
ぼそり、とジョー。
満面の笑みが、振り返る。
「ほぉら、祈ったら違うでしょ?!」
に、とイタズラっぽい笑みへと変わる。
「私が言ったもんだから、皆、祈るかどうかはともかく、ちょこっとは考えちゃったでしょ?」
満足気な笑い声が続く。
確かに麗花の言う通り、本気で祈ったりなんぞしないが、言われてしまうと七夕は晴れた方が気持ちいいかもしれない、などと思ってしまったことは確かだ。
俊は、ちょっと伸び上がって、カウンタの方を見てみる。
表情から察するに、忍もジョーも須于も、そして亮も一緒であるらしい。
麗花は、満足げにもう一度言う。
「祈ったら、ちゃーんと違うんだから」
陽が射して、麗花を照らし出す。
「なるほど、すっごい説得力だ」
忍が笑う。須于も、くすり、と笑う。
俊は、いかにもしてやったりな顔つきの麗花と視線が合ってしまい、慌ててカップへと視線を戻す。
まだ、手の中で暖かい。
確かに、祈っておくのとおかないのとでは、ほんの少しかもしれないけれど、違うかもしれない。
折りしも、今日は七夕で、祈れば願いを叶えてくれる日でもあるのだ。
無関心な顔つきでカップを傾けてみせながら、俊は考える。
いつの日にか、六人で信頼しあえるようになるように。
六人の『第3遊撃隊』となれるように。


〜fin.

2005.07.07 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Rainyday and Star festival〜


■ postscript

まだ天宮家別荘にも行ってない頃ですので、俊は相当居心地が悪かったろう、ということで。
祈ったことが叶えられたかどうかは、神のみぞ知るというところでしょうか。


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