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夏の夜のLabyrinth

■■■祈るのではなく■■■


ローカルニュースの中でもごく小さな、ほのぼの系のものだった。この季節なら必ずあるものだし、誰もそう注意はしていなかった。
が、麗花にとっては、衝撃であったらしい。
次の瞬間には飲み込んで見せたので、その微妙な変化に気付いたのは、一人だけだった。
お茶を入れに立っていなければ、もう一人気付いただろう。もっとも、気付いたのが二人になったところで、時すでに遅しだったけれど。

明日の為の仕込みを少しだけしておこう、と台所に戻った亮は、ヒトツ瞬きをする。
不機嫌オーラ満載の麗花がぎっとこちらを見つめたからというよりは、この時間にまだ麗花が居間にいたという事実の方に。
「どうして教えてくれなかったの?」
微妙に詰問調なのに、亮はいくらか首を傾げる。
「何をですか?」
「七夕の笹飾り!」
亮は、もう一度瞬きをする。
「去年のニュースでも、やっていたと思いましたが」
記憶力抜群の、らしい返しだ。ぐ、と一瞬詰まるが、麗花も口では負けていない。
「子供だけのお祭りじゃないの、知らなかったんだもん!」
顔つきからいって、完全に八つ当たりだと当人もわかってるらしい。自分で自分を持て余している表情だ。
気付かずにすみません、などとうわべだけのことを言うのは簡単だが、それでは麗花の気は収まるまい。さて、と亮は小さく首を傾げる。
「んもう、おかげでせっかくの!」
持て余したまま、更に言いかかった麗花の言葉が凍りついたように止まる。
いくらか驚いた顔つきで戸口に立っていたのは、忍だ。
「悪い、取り込み中だったか?」
「ううん、違う、八つ当たりしてた」
毒気が抜かれたのか、麗花はあっさりと首を横に振る。忍は、大げさに肩をすくめてみせる。
「勇気あるな、亮に八つ当たりとは」
亮は、ただ軽く肩をすくめただけだ。気にしていない、というように。麗花は、困ったような顔つきで頭を下げる。
「ごめん」
「いえ」
小さくではあるが笑みを返されて、麗花はますます困惑の顔つきになる。
亮は、さらり、と付け加える。
「貸しにしておきますから」
「う、なんとなく大きい借りを作ってしまった予感が」
「予感じゃなくて、事実だな」
忍に断定されてしまい、麗花は苦笑する。
「仕方ないねー、自業自得だー」
言いながら、ひょい、といつものらしい所作で立ち上がる。
「ホントにごめんね。おやすみなさい」
頭を下げると、忍にもひらひらと手を振って居間を後にする。
完全に扉が閉じてるのを見届けてから、忍は視線を亮へと戻す。
「珍しいな」
麗花が人に八つ当たりするのが、だ。
「そうですね」
あっさりと、亮も頷く。
「なんかこう、笹飾り見ていやに驚いてたみたいだったけど」
さすが、というべきか、やはり忍はだいたいの要因を察していたらしい。が、その正確な理由を口にするわけにはいかない。
亮は、いくらか首を傾げる。
「最近は、あまり本物の笹は出回りませんから」
「なるほど、きっとデカイの探したな」
冷蔵庫から予約済みのお茶のボトルを取り出しながら、忍は苦笑する。
「雨も続いてたしな」
麗花がいたく雨嫌いなのは、忍も察しているらしい。言って、ボトルから直にお茶を飲む。
「ま、麗花が八つ当たりするってのは、信頼されてるってことなんだろうけど」
八つ当たりされたのをフォローしてくれているのだろうが、正確には少し違う、と亮は思う。麗花は、他の五人に八つ当たりしたくても出来ないのだ。
本当に溜まった鬱憤を口にするということは、出自が漏れるということだから。
だから、麗花は亮にしか言えない。
もしかしたら、妙にイベントにこだわるのも、ホンモノではない自分を持て余しているからもあるのかもしれない。
黙ったままの亮へと、忍は振り返る。
亮は、笑みを浮かべる。
「去年も、七夕はしていませんしね」
忍は、軽く肩をすくめる。
麗花の抱えているモノまでは、さすがに正確には察していないだろうが、少なくとも亮が何かを飲み込んだのには気付いてしまっているのだろう。
でも、誤魔化されてくれることにしたようだ。お茶をしまいながら、軽い口調で言う。
「運が良けりゃ、来年出来るだろ」
それは、もしも晴れたら、の意味ではないことを、誰よりも亮が知っている。
まだ、『緋闇石』はどこかで息を潜めて、出現する機会を待っている。
遠くないうちに、対峙しなくてはならなくなるのは確実だ。
来年という年が、自分たちに存在するのか。
いや、存在させなくてはならない。絶対に。
亮は、静かに、だが、きっぱりと言い切る。
「来年も晴れますよ」
視線を上げた忍は、まっすぐな視線を受けて、微笑む。
「ああ、そうだな」


〜fin.

2006.07.11 A Midsummer Night's Labyrinth 〜No wish only oath〜


■ postscript

イベントスキーがおり、ちょうど間はあったはずであり、なのになぜに二年目に七夕が無かったのか。
そして、祈るのではなく、誓う。


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