[ Index ]


夏の夜のLabyrinth

■■■ 星に願いを ■■■



「さーさーの葉 さーらさら」
ご機嫌で歌っているのは麗花。
浴衣なんて着て、夏先取り状態ながらも、なんとなく小さくなっているのは他の遊撃隊のメンツだ。
ご機嫌で笹を飾り付けている麗花を、楽しそうな笑顔で見つめているのは、健太郎と仲文と広人。
ここは、天宮家の屋敷の庭だ。
麗花が、満面の笑顔で振り返る。
「さーっすが健さん!ステキな竹、ありがとうございまーす!」
「いえいえ、お気に召してなにより」
にっこりと健太郎も微笑み返す。
「あの……すみません、ご迷惑おかけして」
保護者状態で頭を下げたのは須于。さすがに、少々赤面している。
「しっかし、天宮財閥総帥ってのはやっぱりすごいなー、朝頼んだのに、もうあるんだもんな」
ヘンなことに感心しているのは俊。ビールを手にした広人が笑う。
「人脈はビジネスの基本ですよねぇ」
「そうそう、どんな職種であってもね」
と仲文。
「ありがとうございます」
ぺこり、と忍も頭を下げる。健太郎はにっこりと笑う。
「気にしない気にしない、お蔭で俺も夕涼み出来るし」
そもそも、この集まりは、朝、起きて来たなりの麗花のワガママから始まったのだ。
七夕なのに、笹がない!と大騒ぎで、いまにも泣きそうな顔つきになったのを見た亮が、健太郎に問い合わせたというわけ。
「あ、七夕の笹ね、どーにかなるでしょ、んじゃ今晩家においで」
とばかりに、あっさりと引き受けてくださり、このような仕儀と相成っている。
子供の駄駄状態だったので、さすがに須于たちは申し訳ないほうが先立っているらしい。
「ひとまず、乾杯しよう、ほら」
と、健太郎がグラスを差し出す。
言われて、素直にグラスを手にしながら、ジョーが首を傾げる。
「亮が、いない」
その言葉に合わせたかのように、唯一浴衣を着ていない亮が、おつまみになりそうなモノを作って持って来てくれる。
「亮〜、亮も浴衣着ようよ〜」
麗花が、むーと頬を膨らませながら言う。
ワガママ全快で、なんと遊撃隊のメンツのみならず、健太郎や仲文と広人にまでも浴衣にしてしまったのだが、亮だけが洋服のままなのだ。
亮が、にこり、と笑う。
「そう言われましても、浴衣、持っていないですし」
「……浴衣なら、あるぞ」
軽く首を傾げていた健太郎が、ぼそり、と言う。
「え?」
言われて亮は、ひとつ、瞬きをする。
「麻子の母さんが、贈ってくれた……ほら、春先に会っただろ?どんなのかは見てないけど、浴衣だと言っていた、縫ってくれたらしいよ」
「なんだ、あるなら着てこいよ」
俊が明るく言う。須于も頷く。
「そうね、せっかくだもの」
みんな、亮になら似合うと思っているらしい。それに、麻子の母が縫ってくれたとなれば特別だ。きっと、亮を孫のように思ってのことだろう。
仲文と広人も、にやり、と笑う。
「そりゃ、着ないとな」
「お前の部屋に置いてあるよ、最近届いたんだけど、言うヒマなくてさ」
「はい」
そこまで用意されてしまっては、逆らいようもない。
亮は大人しく、部屋へと向かう。
「んじゃ、ひとまず先にかんぱーい」
残った八人で、グラスを上げる。

しばらくして、仲文が首を傾げる。
「……にしても、亮、遅いな?」
「着つけは出来るよね、皆の手伝ってくれたし」
麗花も首を傾げる。
俊やジョーのは、亮が着つけてくれたくらいだ。自分のが着られないということは、あるまい。
にしても、やけに時間がかかっている。
「俺、様子見てきます」
忍が、グラスを置く。健太郎が、にこり、と笑う。
「頼むよ、二階の左のイチバン奥だから」
ここ数日、いやに蒸し暑い日が続いているし、今日は七夕騒ぎで朝からマメに動いている。もしかしたら、疲れが出ているのかもしれない。
そんなことを思いながら、階段を上がる。
言われた部屋は、すぐにわかる。
忍は、扉をノックしてみる。
返事がない。
「……?」
もう一度、ノックする。
「亮?」
我知らず、少しキツイ声になる。
そおっと、扉が開いた。
亮が、顔だけのぞかせる。珍しくもひどく困った顔つきになっているほかは、顔色も悪くはない。
少しほっとしながら、尋ねる。
「どうしたんだよ?皆、心配してるぞ」
「すみません……あの……」
「うん?」
「どうしても、浴衣、着ていかなきゃダメですか?」
奇妙な質問をする。
よくよく見れば、本当に顔しか出していない。躰が、隙間のどこにも見えていない。
間違いなく、いま、亮は浴衣を着ている。
「……見せてみ?」
言われたなり、亮は思いきり扉を閉めようとするが、忍はすばやく足先を突っ込む。
そうなってしまえば、こちらのモノだ。
あっさりと、部屋の中へと躰をすべりこませる。
が、亮はまだ、往生際悪く、カーテンの陰に隠れてしまっている。
忍は、ぽり、と頭をかく。
「だいたいのとこは、察しがついたけど……んなに、イヤ?」
「仕事でも事件でもないのに……どちらか主張する格好は苦手で……」
そういえば、普段の亮はあえてどちら、とはわからない格好をしている。なるほど、自分なりのこだわりなのだろう。
和装の姫君に扮した時も、夏祭りの出し物を頼まれたからだし、ウェディングドレスを着たのも、コトを成就させる為だ。
なんでもないときには、どちらと決めつける格好はイヤということらしい。
忍は腕を組んで、少々考える。
「あのさ、余興ってことで、どう?」
「余興、ですか?」
「だって、皆はどっちでもないって知らないわけだし、こういう言い方はイヤかもしらんけど、ウケると思うし……それに……」
言葉途中で止まってしまったので、亮は軽く首を傾げる。
忍は、す、と亮の目前まで近付く。
「俺としては、歓迎なんだけど」
にこり、と微笑むと、手を差し出す。
「天戸の扉から、出てきていただけませんか?」
困った顔のまま、亮はゆっくりとカーテンから出てくる。
白地に桔梗柄で、空のように蒼い帯があっている。
亮は、少し、後ろを気にしている。
忍は、一緒に軽くのぞく。片花文庫の帯もキレイに結べているし、紅い鼻緒の下駄もあっている。それから、長い髪をまとめている簪も。
「すごい、似合ってるよ」
微笑んだ視線と目があって、亮はゆるく微笑む。

時間がかかっていた理由を知った皆は、大喜びだ。
「わー、似合ってる」
「ホント、男モノより、絶対似合ってるよ」
白地に桔梗柄のそれは、たしかに亮の白さと細さを際立たせている。ようは、浴衣は完璧に女物だったわけだ。
ちょっとした余興にわいてから。
「それはそうと、改めて乾杯しようよー」
麗花がグラスを上げて、皆がそれに和す。
「世界中の恋人たちに、かんぱーい!」
イイ音でグラスがぶつかり合ってから。
俊が、首を傾げる。
「なんで恋人同士なわけ?」
「だって、年に一度、織姫と彦星が会える日だもん、恋人たちの日でしょ」
麗花が、指を振ってみせる。
「しかも、天気じゃないと会えないんだよ」
「カササギが橋を渡せないからな」
と、忍。
「でも、最初に遊んでいたのは二人だけど、そのせいで千年も二千年も罰が続くなんて、かわいそう」
須于が首を傾げる。広人がにやり、とする。
「でも、そのおかげで、貴重な逢瀬にご機嫌な二人が、願い事をかなえてくれるってわけだ」
「ということは、何千年先のための願い事も覚えててくれるかもな」
仲文が、グラスを空けながら言う。
「ああ、それは悪くない」
健太郎が、薄く微笑む。
「んじゃ、願い事を念じてから、紙を飾ってくださいな」
麗花が笑顔で、皆に短冊を配る。
「飲み終わったら燃すからね、天に届くように」
「書かなくていいわけ?」
俊が首を傾げる。
麗花は、笑みを大きくする。
「大丈夫、これはアファルイオの祈願用に作られてる特別製の紙で出来てる短冊だから、強い祈りは紙が憶えてくれるの」
「へえ、優しい色の紙ね」
須于が微笑む。
「どうやって、お祈りすればいいの?」
「こうやって両手で挟んでね、瞼を閉じて、出来る限り強く祈るの」
ジョーが、軽く眉を寄せる。
「……俺は、いい」
「いいじゃーん、付き合ってくれてもさ」
「祈って、悪いことになるってことは、ないわよ」
須于に言われて、大人しく頷く。
「そうか……」
忍が、にやり、と笑う。
「俊は、カレー・カレー・カレー?」
「なんでだよ?!だいたい、三回祈るのは流れ星だろッ」
大笑いが収まった後。
忍は、亮が静かに瞼を閉じるのを見る。細い両手で、短冊を丁寧に挟みながら。

九人がそれぞれ、なにを願ったのか。
星々が煌く空へと、細くゆっくりと、煙がのぼっていく。
時の彼方へと、願いをこめて。


〜fin.

2002.07.07 A Midsummer Night's Labyrinth 〜Star Festival〜


■ postscript

なぜか、つい毎年やってしまう七夕話、今回は迷宮真面目版。日記アップ分より、シーンが増えてます。



[ Index ]


□ 月光楽園 月亮 □ Copyright Yueliang All Right Reserved. □