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夏の夜のLabyrinth

■■■ 初めての ■■■



朝食を食べながら、麗花が難しい顔つきをしている。
食後のお茶を煎れながら、亮が軽く首を傾げる。
「お口に、合いませんでしたか?」
静かな声に、麗花はきょとんとした顔つきになる。
「へ?」
「難しい顔を、してるようですが」
相変わらずの無表情ではあるが、麗花の苦手なモノでも献立に含まれていたかと気を使ってくれているようだ。
素早く手を振ってみせる。
「ああ、違う違う、ご飯はすっごく美味しかったよ」
これはお世辞ではない。
財閥総帥子息が、いつこんなに料理を覚えたんだかと思うが、亮の料理の腕はかなり確かなものだ。毎日、ご飯が楽しみになるくらいに。
それは、『紅侵軍』侵略時、慇懃無礼な物言いで翻弄されて反発していた時から変わらない。
亮が正式な『第3遊撃隊』軍師となったいまでは、顔を合わせるのが苦痛でなくなったこともあり、本当に楽しみのヒトツなわけで。
「そうですか」
麗花が気を使っっていると思ったのか、亮は相変わらず、軽く首を傾げたままだ。
ワケを話すしかないか、と思ったところで、不機嫌そうな声が飛び込んでくる。
「なんだ、まだ食ってたのか」
「悪い?」
邪険な言い方に、まま、返してやる。
不機嫌な理由は知っている。亮がまだ、台所にいたからだ。なにやら、俊が亮と顔を合わせたくないらしいことは、気付いている。
自分たちと違って、俊は亮が軍師代理として、どんなことをやってのけたのかを知らない。
信頼していたはずの優がいなくなった上に、実力のわからない上に、表情に欠ける亮になってので、戸惑っているのだろうと麗花は思っている。
「いや、まぁ……」
などと、むにゃむにゃと口篭もりながら、俊は新聞を手にする。ここで引き返せばあからさまだと、わかっているからだ。
亮も無表情のまま、グラスに氷を入れはじめる。多分、麗花の分のお茶を入れて、部屋へと戻るつもりなのだろう。
俊の不機嫌の理由を、亮は気付いているのだ。
「あのさ、ちょっと訊きたいことあるんだけど」
誰へともなく、麗花が言う。
どちらへ声をかけたのかわからずに、亮も俊も、麗花へと視線を向ける。
そこへ、素振りをして、汗を流し終えた忍が入って来る。
「おや、珍しく早いな」
にやり、と笑顔をみせる。
見事なタイミングだが、おそらくだいたいの雰囲気は察しているはずだ。忍はそういうところ、卒がない。
「しっつれいね」
おおげさに頬を膨らませてみせる。
「ホントのコト言われると、人間怒るんだよな」
忍に笑顔を向けられて、俊もぎこちなく笑う。
「まぁな」
「まぁいいわ、それよりも忍も来たんなら、さらに都合がいいわね、三人に訊きたいことがあるのよ」
先ほどの台詞を、繰り返す。
「はぁん?ま、いいけど、その前にお茶、俺にもくれよ」
椅子に腰掛けながら、亮に声をかける。
亮は、軽く頷いてみせてから、視線を俊へと向ける。
「……あ、俺も」
ぼそり、と俊が答える。
「亮にも聞いてもらうんだからね、自分の分も煎れるんだよ」
麗花の台詞に、亮はヒトツ瞬きをする。
「……ええ、わかりました」
大人しく、麗花のおかわりを含めた四杯分を煎れる。
四人分のお茶が揃ったところで、麗花が口を開く。
「こないだの、ゆいちゃんの件の時」
言われて、忍と俊の顔に複雑な表情が浮かぶ。
つい数日前の、天宮家別荘での件の記憶は新しい。最初から決まっていたとはいえ、あの結末は忘れようとて忘れられるものではない。
亮も、完全な無表情になってしまっている。
もちろん、麗花とて、痛みを忘れたわけではない。
が、いまは、そのことそのものを問題にしたいわけではない。
「堤防でね、ジョーと須于が」
ここにいない二人の名を上げる。
「ああ、手を繋いでたことか」
忍が、察しよく先回りをする。麗花は、大きく頷いてみせる。
「そう、それよ」
黙ったままの二人にも、視線を向ける。
「亮も俊も、見たでしょ?」
「はぁ、まぁ」
「まぁな」
二人とも、歯切れの悪い返事だ。だいたい、麗花の言いたいことは察しがついたわけだが。
ようは、ジョーと須于が、想いあっているのか、ということだ。
「でも、アレだけで決め付けるのはどうかと思うけどな」
と、忍。俊も頷く。
「俺もそう思うぞ、あの時って、須于、泣いてたみたいだし」
なんだかんだで、見ぬふりをして、皆して見ていたらしい。
「でも、本当だとしたら?」
「んー、確かにまぁ、なんつーか……」
この環境は可哀相なモノになる。常にデバガメがいるようなモノなのだ。
だからといって、あの二人の性格からして、『付き合ってる』とは絶対に自分たちからは口にすまい。
二人きりになる、ということすら、すまい。
付き合いは短いが、そのあたりのことは察しがつくくらいにはなっている。
亮以外が、顔を見合わせる。
「先ずは、確認しないとならんのじゃ?」
「本人たちに確かめる……」
「のは、まだ早いだろ」
「だよなぁ、証拠ない限り、絶対口わらねぇよ、あのタイプは」
ぽりぽり、と俊が頭をかく。お手上げ、というわけだ。
麗花が、にやり、と笑う。
「ようは、二人っきりにすればいいわけでしょ」
「二人っきりに?」
「そ、どうにかして、ね?」
不思議そうな表情になる忍と俊に笑いかけてから、そのままの笑顔を亮へと向ける。
「軍師殿なら、なにか考えがあるでしょ?」
かなり面食らったらしい。まさか、自分の頭脳をこんなところで使えと言われるとは、想像だにしなかったようだ。
亮は、ヒトツ瞬きをしたきり、しばし、返事に詰まっていたようだが。
「僕が……ですか?」
「そうよ、亮がイチバン、頭イイもん」
単純明快な理論である。
忍と俊は、顔を見合わせて思わず笑う。
「確かにな」
「うまく二人っきりにして、様子見ればはっきりするかもな」
「……では、買い物お願いするのはいかがでしょうか?」
戸惑いつつも、亮は提案する。
「買い物?」
「ええ、先日、いつも買い物させるのも悪いから、たまには変わる、と須于から言われたので……お願いして、ジョーが荷物持ちに付き合うように仕向ければ、二人っきりになりますよね?」
言われてみて思い当たる。『紅侵軍』侵攻以来、ずっと料理担当をしている亮が、全ての買い物もこなしているのだ。
それに気付いた須于が、気を使ったのだろう。
非常時ではないのだから、食事はともかく、家事分担するのは当然といえば当然のことだ。
「いいね、それ」
忍がすぐに賛成する。
麗花も頷く。
「そうね、この際だから、皆で分担することにして、初回は須于に持っていけばいいわけよね」
「どうやって?」
とは、俊。
「そうですね……」
亮は、再び、軽く首を傾げる。

昼ご飯を終えて、亮がすまなそうに須于に声をかける。
「申し訳ないんですが、買い物をお願いしてもいいですか?総司令部に、行かなくてはならくなってしまいまして」
「ええ、いいわよ」
自分から言い出したことだ。須于は、すぐに笑顔で頷く。
が、相変わらず亮は、すまなそうな顔つきのままだ。
「どうかしたの?」
「必要なモノを書き出してみたら、けっこうな量になってしまったのですが……」
「ああ、そうよね、休暇前に、冷蔵庫空けたんでしょう?」
「私も付き合おうか?」
と、麗花が笑顔でメモを覗きこむ。が、すぐに目を丸くする。
「ありゃ、これは女の子にはキツいね」
「そうなのか?じゃあ、後で俺たちが行ってくることにするか?」
忍が、首を傾げる。どうやら、忍も亮と一緒に、総司令部へ行くことになっているらしい。
亮も頷く。
「そうですね、少し遅くなるかもしれませんが……」
「いいわよ、私、行ってくるわ」
須于は、相変わらず笑顔だ。こういうあたりの責任感は強い。
昼を食べてすぐに、俊は部屋に戻ってしまっているので、残っている男手は、ジョーだけだ。
「俺が、付き合う」
ぼそり、と口を挟む。
「え?」
皆が、声の方へと視線を向ける。ジョーは、いきなり視線が集まって戸惑ったようだが、繰り返す。
「誰か、荷物を運べるのがいればいいんだろう?」
麗花が、にこり、と笑う。
「じゃ、決まりね、これで忍たちも心おきなく総司令部に行けるし」
というわけで、本日の買出し部隊は、ジョーと須于に決定したわけである。

「さっすが、軍師だけはあるわね」
「まぁな……」
満足気な麗花に、俊は半ば呆れたような返事を返す。
確かに、目論見通りなのだが。なにゆえ、こんな怪しげな真似をしなくてはならないのかというのが、ありありと滲み出た声だ。
「あら、なに?その不満そうな声は?確認しなくちゃって言ったのは、俊もなんだからね?」
共同責任だ、と言いたいらしい。
確かに、その通りではある。
大人しく、麗花について、二人の尾行を続けることにする。
車を駐車場に入れたジョーと須于は、二人でスーパーへと入って行く。
よそよそしい感じもないが、特別な仲という雰囲気もない。
きっと、俊が須于と出かけても、あんな距離で歩くに違いない。
「やっぱ、そんなじゃないんじゃねぇの?」
いきなり、弱気の発言である。
ぎろり、と麗花が睨む。
「あのね、まだ、スーパーに入ったばっかでしょ」
「はい……」
逆らっても無駄らしい。口では勝てそうにないと、俊は諦める。
スーパーの入り口で、須于がなにかを覗き込んでいる。
どうやら、買い物メモの確認をしているらしい。
その脇で、ジョーは、カゴをカートの上下にさっさと入れる。それに気付いた須于が、少し目を見開いたのが見える。
ジョーは、軽く肩をすくめてみせる。
口元が、なにか動く。
それを聞いた須于が、微笑む。
そのまま、二人で店内へと入って行く。
俊は、首を傾げる。
「なんだぁ?」
「『これだけ用意しとけば、量が多くてもどうにかなるだろう』ってジョーが言ったのよ、須于が『それはそうね』って言ったの」
麗花が早口に言う。どうやら、読唇術が出来るらしい。
「ああ、なるほど……」
頷きながら、須于たちについて行こうとした俊は、隣りの麗花が動こうとしないことに気付いて振り返る。
「?」
「わかったから、もういいや」
「へ?!」
くるり、と背を向けると、麗花はスーパーを後にする。
慌てて追いかけて、追い付いて尋ねる。
「なにがわかったんだよ?」
「俊には、わからなかったわけ?」
「なにが」
麗花の目が、少々細まる。
「……ニブイ」
ぼそり、と一言、キツイ言葉を残して、麗花はまた歩いてってしまう。
「ったく、なんなんだぁ?」
俊は、怪訝そうに首を傾げつつ、麗花の後を追う。

須于たちを二人っきりにする為に言ったことは、半分はウソではない。
亮と忍は、総司令部にいる。
先ほどまで、総司令官相手に、海に現れた『緋闇石』に関する報告をしてきたところだ。
ただ、遅くなるかもしれない、という部分だけがウソだったわけだが。
それはいまは、関係ない。
下へと降りるエレベーターに乗ってから、忍が苦笑する。
「今頃、尾行してるかな?」
麗花のコトだ、やると言ったらやるだろう。俊も、付き合わされているに違いない。
「どうでしょうね」
亮の返事は、曖昧なモノだ。
笑顔を、亮へと向けて問う。
「亮は、どう思ってるんだ?」
もちろん、ジョーと須于のコトだ。亮の観察力が、相当なことはわかっている。わざわざ尾行などしなくても、察しはついているだろう。
が、亮は微かな笑みを口元に浮かべると、問い返す。
「忍は、どうなんですか?」
自分の、通常は誰にも気付かれぬ微かな表情を読まれているということは知っている。
ようするに、観察力なら忍も相当だと、亮はわかっているのだ。
まま返されて、忍の笑みが大きくなる。
「まぁあれは、なんていうか……自覚してないのは、当人のみってヤツだな」
「麗花も、その手には敏感なようですから、すぐに気付くでしょう」
外へと視線をやりながら、亮は淡淡と言う。
「だな」
忍も、ビル街の景色へと視線を向ける。

必要なモノはメモに全て書き出してあるが、本日の夕飯の材料は具体的には書いてない。
遅くなるかもしれない亮の代わりに、須于がつくることになったからだ。
「ええと……」
須于は首を傾げる。献立が決まらなければ、買い物も終わらない。
「なにか、食べたいモノある?」
問われて、ジョーは戸惑った表情が浮かぶ。
天宮家の別荘でも同じ質問を須于から受けたが、気のきいた返事が出来なかった。
せわしなく思考回路は働いているが、空回りしてると自分でわかる。
そろそろ暦では立秋だというのに、まだまだ暑い日が続いている。ひとまず、さっぱりしたモノがイイとは思っている。
「サラダ……」
思わず口にして、さらに慌てる。これでは、そうめんをリクエストした時と大差ない。
「あ、いや」
ジョーの慌てぶりが可笑しかったのか、須于の顔の笑みが大きくなる。
「そうね、さっぱりしたもの、いいわよね」
「まぁ、それはそうだ」
マヌケそのものな返事だ。ひとまず、須于が笑顔なのに、ほっとする。
通常の会話もだが、この手の会話は特に苦手だ。
須于は、小首を傾げている。
「んーと、じゃ、お刺身たっぷり入れて、海の幸サラダはどうかしら?」
「ああ、いいな」
なるほど、それならボリュームも出そうだ。
「あとは、リゾットと冷たいスープね」
メインが決まったので、後は簡単、ということらしい。さらさらとメニューが出てくる。
「じゃあ、野菜と魚だな」
「チーズもね」
相変わらず笑顔で言い、須于は歩き出す。カートを押してついて行きつつ、ジョーは軽く首を傾げる。
『第3遊撃隊』に所属になった時も、ゆいが消えてしまった時も。
ただ、笑顔が見たいと思った。
凍った表情よりも、泣き顔よりも、笑顔がいいと思ったから。
ただ、この感情に名前があるのかは、わからない。
あえて、自分から名前をつける気もない。
ただ、笑顔を守れたらイイ、それだけは確かだ。
そして、少なくともいまは、須于は笑顔で歩いている。
ジョーの少し前を歩きつつ、夕飯の材料になる野菜やら魚やらをカゴにいれながら、須于は微かに首を傾げる。
また、ジョーを困らせるような質問をしてしまったらしい。
もともと、会話自体がそう多くはないのだと知っているのに。つい、訊いてしまう。
なんとなく、ジョーならば答えてくれる気がして。
多分、銃を見て、表情に出してしまったのも。
相手が、ジョーだったからだ。
他の人ならば、適当に表情を濁して、コトは終わったに違いない。
ゆいが消えてしまった時も。
ジョーだったから、あんなに問い詰めるような真似をしてしまった。
理由はわからない。
ただ、受けとめてくれる気がしたから。
それは、例えばさっきのような、夕飯の献立にしろ、だ。
須于の投げかけたモノに、必ず返してくれる。
受けとめてくれる。
どうして、自分がジョーにだけ感情をぶつけることが出来るのかなんて、わからない。
なにか、特別であることだけは、確かだけど。
それに、名前をつける気は、まだない。
自分が、何が出来るのかもわからないのに。
自分のことだけ、受けとめてもらうのは、卑怯だと思うから。
だから、まだ、名前はつけない。
そこまで考えて、顔を上げる。
ジョーが、少々困ったような表情でこちらを見ている。
にこり、と微笑む。
「あとは、チーズだけよ」
「ああ」
ジョーも、微笑みかえす。

少し後、ジョーと須于が帰る前に揃った四人は。
温かい目で見守るということで、一致したらしい。


〜fin.

2002.10.07 A Midsummer Night's Labyrinth 〜There First...〜


■ postscript

50000打で、りあサマより、ジョーと須于の二人っきりの時というリクエストをいただきました。
というわけで、初二人っきり(デバガメ付)です。


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